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9.政略結婚の命令

 フェールは、夜遅くに国王ラングレの部屋に呼ばれた。何度も申し込んでいた父王との面会がようやく叶う。フェールは緊張感を抱えながら王の部屋へ向かった。アンジェリンに求婚した翌々日のことである。

 

 王は、フェールの年齢を進めて体と顎を太くしたような容姿をしている。フェールに比べると幾分パサついている白髪混じりの黄金の髪、フェールよりは少し濃い琥珀色の目。良く似た二人は、長いソファに正面から向き合う形で座った。


「余は、そなたに話がある」

「お忙しい中、お呼びいただき、ありがとうございます。私からも父上にお話ししたいことがありました」

 フェールはアンジェリンに求婚したことをすぐにでも出したかったが、まずは父王の話を聞かなければならない。

「そなたの方から話があるとは珍しいことだが、まずは余の話を聞くのだ」

 王の話はフェールの予想通り、ガルダ川下流の砦の件だった。王はシャムア国とのゆゆしき事態について、これまでの経緯を簡単に説明した。


「余は実に頭が痛い。国民の望みで財をかけ、見張り用の砦を建てたことが災いになろうとは。川の中州での砦建設は難工事であった。それを撤去せよとは言いがかりもいいところである」

「結局、砦は撤去することに決まったのですか?」

「いや、撤去しない方向に決まった。我が国はシャムアの脅しには屈せぬ。余は、シャムアの王に、あの砦を拠点にして共に海賊を討伐することを提案したが、まだ返答は来ておらぬ。もう何日もなるが使者はいっこうに到着せぬ」

「では、向こうは元から返答などしないつもりかもしれませんね」

「うむ。余も返答など期待しない方がよいと思う。余の案が受け入れられず、シャムアが予告通りの砦破壊行為に走った場合、我が国は全力で阻止する。それが全面戦争に発展する可能性もあるが、我が国は指をくわえて砦が破壊される様子など見ていることはできぬ。だが、そのときは我が国の背後にあるザンガクム国が危険な存在となるであろう」

 西隣のシャムアと戦闘状態に入るとすれば、東側にあるザンガクムの動きを止めておかなければならない。シャムアとザンガクムが手を組めば、両国の真ん中にあるセヴォローンは挟み撃ちになってひとたまりもない。

 

 フェールは頷きながら話を聞く。

 王は疲れで充血した目をフェールに向けた。

「シャムアとの開戦は避けられぬことかもしれぬ。そこで、我が国が西を向いている間、背後となる東のザンガクムを押さえる手段として最も有効な方法を検討した。結果、フェールよ、そなたがザンガクムの第一王女クレイア殿を妃に迎えればよいのではないか、という結論に達した」

「私に政略結婚せよ、とおおせですか」

 フェールは、やはり、と心の中でつぶやいた。そういう話が出るかもしれないことは以前から予想している。うわさも耳に入っていた。それでも父王から正式に聞くまでは、政略結婚の話は、あくまでもうわさと想像の領域だった。


「さよう。この期にザンガクムと血縁関係を結び、同盟を強固なものにする。西のシャムアと正面から戦うために、背後となる東から人質をもらう。ザンガクムにはすでに申し入れしており、今日、いい返事が来た。この婚礼話を進めることは向こうも賛成である。ザンガクムも少なからず海賊の被害に遭っており、海賊どもを野放しにしているシャムアを警戒しておるのだ」

 王は続ける。

「そなたがこの結婚に気乗りしないことはわかっておる。そなた、最近、侍従長の娘にうつつをぬかして笑いものになっているそうではないか」

 王の言い方はきつくはないが、情報には絶対の自信がありそうだった。


 フェールは、ゆっくりと顔を上げ、父王と目を合わせた。

「うつつをぬかすとはまた……誰がそのようなことを広めたのか知りたいものです。父上には今日、私の口からきちんと報告するつもりでしたが、私はアンジェリン・ヴェーノを妃として迎えるつもりです」

「寝ぼけたことを言うではないぞ。そなたはザンガクムの王女を妃にせねばならぬ。我が国の今の状況を考えれば、それは当然である。王子として生まれた以上、それぐらいの覚悟は持っておろう。どうしてもその娘を望むならば、クレイア王女に世継ぎの王子を産ませてからにすればよい」

「ザンガクムからどうしても王女を迎える必要があるならば、私の妃ではなく、弟ザースの相手として迎えてください。それで問題があるとおおせならば、私は王太子の座をザースに譲ります」

 フェールは語気を強めた。「人質として預かる王女がどの王子と結婚するかは問題ないと思います。人づきあいがうまいザースならば、どのような女性が来ても、きっとうまくやっていけるはずです」

 王は眉を下げた残念そうな顔で息子を見つめた。

「それは無理なのだ。ザースは逆に向こうへやることに決まった」

 フェールは驚きを隠せない声を出してしまった。

「ザースをザンガクムへ婿に出すのですか!」

「向こうが花嫁を出す代わりに、こちらからは婿を出す。ザンガクム王は花嫁になる娘を連れてきて、ここで結婚式を見たら、ザースを婿として連れ帰る。それが、ザンガクムが出してきた不可侵同盟の条件だ」

「向こうから交換条件が……」

「ザンガクムのキャムネイ王には四人の御子があるが、すべて女性で、あちらは男子を欲している。ザースが向こうへ婿入りすれば、それなりの地位を約束されることであろう。ザースの相手となる第三王女はまだ十二歳ということで、結婚には早い。ザースは第三王女の婚約者として三年を向こうで過ごした後、結婚式を挙げて正式な婿となる。そなたの相手は、第一王女クレイア殿で御年二十一。その下の第二王女はすでに嫁いでいるらしい」

「父上、それはよろしくない案です。先を見通す目が鋭いザースは、我が国にとって大切な人材。ザンガクムはそれを承知で」

「ザースのことは余も残念に思っておるが、王妃も賛成したから決めたことである」

 フェールは眉を大きく動かした。

「母上まで賛成なさった? 息子を他国へ手放すことはなんとも思われないということですか!」

「王妃が納得しているならば、余は何も言うことはない。よいか、我が国は東西から同時に攻め込まれれば終わりである。シャムアと心おきなく戦うために、そなたにはクレイア殿と結婚してもらう。クレイア殿は長女らしいしっかりした性格で、目が覚めるような美人だと聞く。王太子妃として、これ以上のお相手はいまい」


 フェールにはもはや、王を説得できる手札はなかった。それでも食い下がった。

「ザースを外へ出すことは危険です。こんな急に二つの婚礼話が成り立つのはおかしいと思いませんか? 父上は、ザンガクムとシャムアがすでに手を組んでいる、という可能性を忘れておられる」

「だとしたら、どうだと言うのだ。ザンガクムの王がかわいい自分の娘をわざわざこの国へ連れてくるのに、シャムアと手を組んでいると思うか?」

「可能性はあります」

「可能性にとらわれていては、何も進められぬ。ザンガクム側は、シャムアとの開戦を控えて事を急ぐ我が国の事情を察し、二十日以内に花嫁を連れてくると約束してくれた。もちろん、ザンガクムがシャムアと裏で結託しているとわかれば、クレイア王女の首をこの手で落としてやる。その時に、クレイア王女がそなたと深く結ばれていたとしても、余は迷いなくそうするであろう。政略結婚とはそのようなもの。シャムアとの戦いに突入する日は迫っておる。婚礼はその前にすませる。心しておけ」


 フェールは、結局、王に反対できないまま追い出され、自室へ戻った。

 ――アンジェリン。

 豪華な天蓋付きの寝台に潜り込む。彼女に触れた自分の唇を指で触りながら、天井をにらむ。

 クレイア王女との急な結婚話は予測範囲内。しかし、弟が代わりに出される可能性については全く考えていなかった。

 隣国から政略結婚の話が来たら、ザースの相手に、と考えていた。王太子の座をザースに譲り、アンジェリンを妻に迎え、いつか王となったザースを支えていく未来を思い描いていた。頭がいいザース。何をやらせても優秀で、いつも的確な意見を出し、誰にでも好かれる小柄でかわいい弟。頑固な父王も、どういうわけかザースの意見ならば、耳をかす場合があった。


 フェールはこぶしを握りしめた。弟が出されるとなると、話は違ってくる。アンジェリンとの結婚を穏便に進めることなどできそうにない。

 王が言っていることは間違ってはいないとわかっている。それでもアンジェリンとの未来を考えるならば、これはどうしても乗り越えなければならない壁だ。

「父上の思いどおりにはさせない」

 頭が切れるザースこそが次の国王にふさわしい。二人だけの兄弟。彼を他国にとられることはどう考えてもセヴォローンの損失。

「ザースを国外に出さず、私がクレイア王女と結婚もせずに、西のシャムアと戦い、その間、東のザンガクムを押さえておく方法……必ずいい道があるはずだ」

  

 砦をめぐる決戦の時まであと四十日を切っている。その前に政略結婚の花嫁が到着し、結婚させられることになってしまう。とにかく時間がない。

 最も優先すべきことは何か、頭に手を当てて考える。いつの日か、アンジェリンをきちんと迎えるためには、今、どう動けばいいか。このままおとなしく父王の命令に従う気などない。しかし、無下に婚礼を断れば、ザンガクムとの関係も冷え込む。

「まずはザースを出さないようにすべきだ。そのためには……ひとつだけ方法がある。危険だが……」


 フェールは寝台からガバッと起き上がった。

「そうするしかない。シドに頼もう」

 フェールは、すぐにシド・ヘロンガルを呼ぶように命じた。同じ年の従兄弟。親友でもあるこの男しか頼れる者はいない。


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