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84.王妃になるために

 その日、昼食後、アンジェリン親子は、午後からの貴族会議が始まる前に紹介されることになった。王の正式な妃と第一王子として人の前に立つ初めての機会。

 ところが、ぐずったウィレムの食事や着替えなどに手間取り、会議開始までに準備が間に合わなかった。用意が整った頃には、会議はすでに始まっており、フェールは先に会議場に入ってしまっていた。


 会議場へ向かう廊下を歩いていても、アンジェリンは心身の震えを止められずにいた。今日知ったたくさんの真実は重すぎる。しかも急に王妃になることに。たった半日足らずでとてつもなく大きな決断をしてしまったが、愛するフェールを拒んでこれ以上傷つけることはもう嫌だ。

 今、身に着けている緑のドレス──実母ジャネリアの婚礼式の衣装──を汚さないように気を付けて歩く。あまりにもぴったりすぎるこの衣装。実母と体型が似ていたとしても、これほどまでに合うだろうか。

 ──もしかして、今日のために密かに準備されていたの? 用意ができすぎているわ。みんな、私の両親の秘密を知った上で、私の気持ちも、私が断わることができないことも、わかっていたみたい。

 ロイエンニに抱かれたウィレムは眠そうに顔をこすっている。

 ──この子のためにもしっかりしなきゃね。これからは彼とずっと一緒にいられるのだから、きっと悪いことばかりじゃないはず。


 マナリエナからは、ひとつだけ注意を受けた。

「人前でフェールのことを呼び捨てにしてはいけませんよ。必ず、陛下、とお呼びするのです。呼び捨てや愛称で呼んでいいのは、個人的な部屋の中か、ごく親しい集まり、あるいは、会話を人に聞こえない場所だけにしなさい。わたくしもここでは息子を呼び捨てにしていますが、外では陛下と呼んで敬意を払っています。そなたも、それだけは気をつけなさい」


 会議場まで歩いているだけで疲れてきた。会議が行われている棟まではそれほど遠くないはずだが、王城の中がひどく広く感じる。極度の緊張でじわじわと汗が出てくる。せっかくの形見のドレスが、汗でシミだらけになってしまうかもしれない。


 アンジェリンの固くなった顔を見たマナリエナは、やさしく肩に触れてくれた。

「そなたの出自を明かしますが、それについて異論を出す者がいたならば、わたくしが説明するから、そなたは黙っていなさい」

「お心遣い、ありがとうございます」

「かわいそうに、緊張しているのですね。わたくしも、婚約発表の時には、数日前から食事の味もわからないほどでしたよ。そなたはジャネリアに似て美しいわ。自信を持って笑えばよいのです」

 マナリエナはアンジェリンの片頬を突くようにそっと触れ、笑顔を促した。「そう、それでいいわ。本当にジャネリアに似ていること。えくぼまで同じね」


 アンジェリンたちが会議場の扉の外に到着すると、知らせを受けたフェールは会議を中断させて扉の外に出てきた。

 フェールは扉の前で待っていたアンジェリンに向かって手を差し伸べた。

「会議を中断して皆を待たせてある。すぐに紹介する。誰にも文句を言わせないようにしてやるから、安心しろ」

 フェールはそう言うと、アンジェリンの手袋をはめた手をギュッと握ってくれた。

「入るぞ。ウィレムは後で呼ぶからそのままここで待っていてくれ。まずはアンジェリンと母上が先に」


 扉が開かれる。

 手を取られたままアンジェリンは中へ入った。多くの顔がこちらを見ていた。フェールは人々の視線など痛くもかゆくもない様子で、会議場の中心、すり鉢状の一番深い部分の演説台へ向かって歩いて行く。

 アンジェリンは呼吸ができなくなりそうな緊張の中、フェールの手のぬくもりに支えられながら必死で付いて歩いた。くじいた足が痛いが、こんなところで転んだら笑いもの。皆は元侍女の自分をどう見ているのだろう。しかも『王太子殿下を国外に連れ出し危険な目に遭わせた女』として死刑判決を受けたことを知っている人がこの中にいるに決まっている。会場には多くの人がいた。五十人以上いるように見える。逃げ出したくなる。

 フェールは握る手に力を込めてくれた。

 ──ディン、ありがとう。


「会議を中断して悪いが、この場を借りて皆に知らせたいことがある。私はこの女性を妃に迎えることに決めた」

 アンジェリンは打ち合わせ通り、フェールの隣に立ち、深く礼をした。

 会場はアンジェリンの予想通りざわついた。

 人々に構わず、フェールはアンジェリンの手を握ったまま説明した。

「この女性は、昔、アンジェリン・ヴェーノという名でこの城の侍女をやっていた。実は彼女は、火事で全滅したニハウラック家の生き残りで、本名はリーザ・ニハウラックという。今まで出自を隠し、元侍従長ロイエンニ・ヴェーノの養女として暮らしてきた」

 アンジェリンに付き添っていたマナリエナがそこで口をはさんだ。

「アンジェリンとして生きてきた彼女は、ニハウラック家直系の若夫婦だったナタンとジャネリアの間に生まれた娘です。生後百二十日ほどで両親を失い、出自を隠してヴェーノ家の養女として育てられた件については、ここで話すと長くなりますので、詳しい事情を聞きたい方は後でわたくしの部屋に来なさい。リーザのお妃教育はわたくしが引き受けますから、彼女の住まいは当分の間白花館とします」

 ニハウラック家の者の顔を知っていた年配貴族たちは、顔を寄せ合い、聞こえるような声でアンジェリンを見た『感想』を言い合っている。

「ナタンというと……ああ、あのカルシェロ殿の長男だな。そこの娘さんか?」「確かにジャネリアにそっくりじゃないか」「あの人さがわせ侍女がニハウラック家直系の方だったとは……」

 フェールはそんな失礼な『感想』にも怒らず、にこやかな笑みを浮かべ、扉の外で待機していたウィレムを抱いたロイエンニを招き入れた。


 会場が再びざわめく。人々の目はロイエンニに抱かれた小さな男の子に移った。

「皆にもうひとつ知ってほしいことがある。アンジェリンことリーザ・ニハウラックは、去年、私の息子を産んだ。ウィレムという名だ。この子を私の第一王子として城に迎える」

 ウィレムは注目の的になっていることも知らずに、顔をロイエンニの胸に押し付けるようにして眠っていた。朝からの長距離移動に加え、見知らぬ庭の散歩。それだけで疲れてしまったようだ。

 マナリエナは誇らしそうに孫を見つめ、室内を見回した。

「わたくしからも言っておきますが、この子のことは、陛下の庶子ではなく正式な第一王子として扱いなさい。陛下とリーザが恋人同士になられたのは戦争直前のことで、当時王太子だった陛下にはクレイア王女との結婚話が進んでいましたから、リーザとの恋仲を公にすることは許されない状況でした」

 フェールは軽く会釈した。

「皆に報告が遅れてすまぬ。私自身、アンジェリン、いや、リーザは戦中に亡くなったと聞かされており、彼女が生きていて、私の息子を密かに産んでいたことを知ったのはごく最近のことだ。知った以上、いつまでも放置しておくわけにはいかぬ。急なことではあるが、今日、この場を持ってニハウラック家のリーザを私の正式な婚約者とする。すべての戦後処理はまだ完全に終わっていない故、余分な経費がかかる婚約式は行わず、近日中に簡単な婚礼の儀式だけ行えるよう用意してくれ。皆、よろしく頼む」


 皆がアンジェリンとウィレムに注目する中、アンジェリンがさりげなくエフネートの顔を見ると、彼は笑いもせずアンジェリンの顔を凝視していた。その目つきは恐ろしいものでも見たように大きく見開かれ、瞬き一つしていなかった。

 フェールもそれに気が付いたらしく、アンジェリンに耳打ちした。

「気にするな。幸せそうに笑ってみろ」

 アンジェリンが微笑すると、室内のどこかから祝いの声が上がり、その声を契機に、驚きの会議場は拍手が起こり、一気に祝賀色に変わった。


 無事に紹介され、会議場を後にしたアンジェリンたちは、ほっとしながらマナリエナたちと共に白花館へ戻ろうとしていた。フェールは会議の続きがあり、そのままあの場に残っている。

 マナリエナは機嫌がよさそうで、ずっとにこにこ笑っていた。ウィレムを抱いたロイエンニと、侍女として付き添うターニャもほっとしたようで共に微笑を浮かべている。

 アンジェリンはまだ緊張が抜けていなかった。

「あの、王太后様、私はあれでよろしかったのでしょうか。一応、陛下の妃として認めていただいたということになりますか?」

「ええ、心配いりませんよ。思った以上にすんなり認められてよかった。そなたが、陛下とシャムアに出かけたことを突っ込まれるだろうと思っていたのだけれど、誰も何も言わなかったから拍子抜けしました」


 白花館の入り口へ入ろうとしたとき、誰かが後ろから走ってくる音がした。

「王太后様」

 一行が振り返ると、追いかけてきたのはエフネート・ヘロンガルだった。

 マナリエナは、にこやかに対応した。

「あら、エフネート、どうしました? まだ会議中では?」

「少々伺いたいことがございまして。大変申し上げにくいのですが、アンジェリン様がリーザ・ニハウラック様だという証拠はどういったものなのですか」

「証拠などいくらでも出せます。何よりも彼女がジャネリアにそっくり。それだけで充分でしょう? 納得がいきませんか? そなたはジャネリアのことをよく知っていましたよね? 学舎で一緒だったと思いますが」

「そうでしたが……その……」

 エフネートは言いにくそうに口ごもったが、その青い目はアンジェリンを刺すようににらみつけていた。

 マナリエナはエフネートの目つきにも全くひるまない。

「おほほ、ジャネリアにそっくりだからニハウラック家の娘ということにしたのです。それぐらいの家柄でないと、王の妃としては不釣り合いですからね」

 エフネートは、一瞬、む、と眉を歪めたおかしな顔をしたが、すぐにいつもの平静な面を取り戻した。

「……ということは、アンジェリン様は本当のところ、ニハウラック家の血は一滴も流れておられない……とおおせですか。皆に認めさせるために偽りの出自を語ったのでございますか」

 マナリエナは涼しい顔で返した。

「ニハウラック家に生き残りがいないことなんて、そなただってよく知っていることでしょうに。あの一族は火事で全滅。それも、とんでもない大火事だったとか。滅びた一族の子ということならば、誰も文句はないでしょう。このことは内緒ですよ。そなただから話しただけです。くれぐれもこの情報はもらさないように」

「はい、そういうことならばよいのです」

 マナリエナはきらりと目を光らせると、容赦なく突っ込んだ。

「何がよいのです?」

「本当にニハウラック家の令嬢だったとしたならば、当方は失礼な対応ばかりしてきてしまったことになりますゆえ」

「これから失礼のないようにしなさい。そういえば、エフネートは、ニハウラック家はお嫌いでしたね」

「いいえ、そのようなことではございません」

「隠さなくてもよいのですよ。昔、ヘロンガル家がニハウラック家と激しく敵対していたことは周知の事実です」

 エフネートは低い声で返してきた。

「それは大昔の話です」

「ええ、大昔のこと。ですからアンジェリンの出自設定は、ニハウラック家でよいではありませんか。陛下も、それでよいと仰せですし。やっと陛下が妃を迎える気になってくださったのですから、お気が変わらないうちに事を進めなければなりません」

 マナリエナは、さぐるように目を細めた。「ティアヌ・バイスラーが殺された後、陛下のお心が壊れかかっておられたことはご存じ? アンジェリンの生存情報はそんな陛下を救ったのです。でも、油断はできませんわ。ほら、ティアヌは陛下に見初められたせいで殺された、というお話もちらほら出ていますでしょう? 誰がティアヌを殺したのでしょうね。本当に怖いこと。アンジェリンも気を付けないと」

「当方は今は、警務総官から外れておりますので、詳しい情報が入ってきません。ティアヌ嬢の件は犯人につながる証拠は、今のところは出ておらず、捜査は難航しているようだとは聞いておりますが」


 アンジェリンはひとことも口をはさめず、二人の様子を見ているしかなかった。エフネートは平静を保とうとしているようだが、唇の端がぴくぴくとひきつっている。マナリエナはそれには気づかないふりをして、明るく話を進めるように見える。

「ティアヌのことは終わったことですものね。気持ちを切り替えて、一日も早く、陛下の妃としてアンジェリンを迎えて、陛下のすさんだ気持ちを明るくして差し上げたいものですわ」

「はあ」

「そうそう、先ほど言い忘れましたが、この期に、アンジェリンにニハウラック家の本宅を相続させます。ご存じのとおり、本宅は美術館になっていますけど、管理費ばかりかかって困っております。所有者の名義をリーザに変更して管理させようかと思いますわ」

「ニハウラック家の遺産管理……経費削減をお考えでございますか。そういうことでしたら理解できます。しかし、驚きました。ジャネリアに本当に似ておられる。アンジェリン様の本当の出自はいったいどちらでございますか」

「それはどうでもよいこと。彼女はニハウラック家のリーザなのですから。どうしてもアンジェリンの出自が気になるのならば、自分で調べなさい」


 アンジェリンは人形のように固まって立っていた。ロイエンニとターニャが、アンジェリンを守るように両側に近く立ってくれている。護衛として従っている巨漢のピツハナンデもすぐ後ろで様子をうかがっている。

 アンジェリンは泣きそうになる自分を叱咤した。自分よりも凄惨な現場を見たターニャの方が辛いはずだ。目の前にいる男はジャネリアを血で染め、ナタンを殴り倒し火を放った殺人者。他にも多くの人を殺していても普通に生活している。許せなくても、今はまだそのことについて話していい状況ではない。


「エフネート、これだけは言っておきます」

 マナリエナはにこやかな顔をすっとひっこめ、厳しい目をエフネートに投げかけた。

「そなた、アンジェリンの秘密裁判のことでいろいろ思うこともありますでしょうけど、彼女は今日から陛下の婚約者で、近日中に王妃になる女性です。今後、無礼な態度をとることは許しません。人々の前で彼女の出自をあばくようなことを口に出すなどもってのほか。わたくしが偽りを言ったと、そなたが騒ぎ立てるならば、わたくしもそなたを放っておけなくなります。彼女は誰が何と言おうと、ニハウラック家のリーザで、ウィレムはリーザが産んだ陛下の御子。わかりましたね? アンジェリンの出自を疑う者がいるならばわたくしが証明できる証拠品を出します」

「はっ、承知しました。つまらぬことで足をおとめして申し訳ありませんでした」

 エフネートは、マナリエナに深くお辞儀をすると、眉間にしわを寄せた顔で引き返していった。


 マナリエナは、エフネートが遠ざり、白花館の自室に入ったとたん、声を出して笑い始めた。

「おもしろいこと。あの男ったら、会議を放り出してわざわざ確かめに来るなんて滑稽な。アンジェリンがあまりにもジャネリアに似ているからって、あんなに焦って」

「私、人がびっくりするほど母に似ていたんですね……だから前髪で顔を隠さないといけなかったなんて思いもしませんでした」

「ええ、ジャネリアにそっくりすぎて、わたくしもその姿に涙が出そうになりました。実はね、エフネートは若いころ、ジャネリアにご執心だったの。ジャネリアが選んだのはナタンでしたからね、エフネートはふられてしまった」

「私の母はエフネート様とお付き合いをしていたのですか?」

「いいえ、付き合っているつもりになっていたのはエフネートだけ。ジャネリアは何も悪くないのです。あの男が勝手に付きまとってのぼせ上っていたのですよ。いつも威張り散らしているあの男のあんな焦り顔を見られただけでも、今日はよかったと思っておきましょう」


 笑っていたマナリエナは、やがて表情を引き締めた。

「エフネートがこのまま引き下がるとは思えません。先ほどわたくしは、エフネートの反応を見るためにそなたが本物のリーザではないと言いましたが、そなたはリーザ本人ですから安心しなさい」

「はい……」

 不安を隠せないアンジェリンを安心させるように、マナリエナは明るい声で言った。

「さ、あの嫌な者のことは横に置いて、この白花館を案内してあげましょう。王妃になるならここがどういう場所なのか知らないといけません」

 アンジェリンは『王妃』というまだなじめない言葉に痛痒さを感じながらマナリエナに付いて歩いた。


 マナリエナは、アンジェリンたちを白花館の全部の部屋へ案内してくれた。

 重い石の壁が続く廊下。壁飾りも敷物も置物もない。どこまでも石一色。それだけで巨大な墓の中にいるような気持ちになってくる。


「この建物の中には許可なしの客人、あるいは、出自のはっきりしない使用人は、原則として入れません」

 確かに、アンジェリンでも侍女時代はここへ入ったことは一度もなかった。ここはどうやら、長年、秘密の諜報機関を置いているらしいことがわかってきた。城の兵舎とは完全に独立している白花館専属の兵たちの寝所や馬屋など、同じ王城内とは思えない場所がいくつもあった。ここはまるでひとつの軍事施設を完備した貴族の館だ。思った以上に奥に広い。

 見た目と廊下は陰気な建物でも、室内に入れば、どの部屋にも厚い絨毯が敷き詰められ、日よけの窓覆いなどは色鮮やかで、王妃の住まいらしい面もあった。

「王妃としての務めは、王のそばにいることだけではありません。王の兵とは別に、自分の命令だけで動かせる人間がどれだけいるか、それも大切なのです。そなたもいずれここを管理するようになったら、情報を常に集め、フェールを守りなさい。場合によってはフェールが不利にならないように世間の評判を操作することも重要な仕事ですよ」

 アンジェリンは、とんでもない世界に足を踏み入れてしまった思いをかみしめながら頷いた。


 マナリエナは、最後にアンジェリンたちのために用意してあった部屋に案内してくれた。ウィレムと同室で暮らせるよう、二つの寝台、それにおもちゃなどが準備され、余分な家具や置物がなく、広く見える部屋だった。ここで子を遊ばせることができるようになっており、マナリエナの気遣いが感じられた。

 ロイエンニとターニャにもそれぞれに部屋が与えられ、今日はそれで解散となった。



 その夜、アンジェリンは心がざわついて寝付けなかった。

 ザース王子にはいつか会えたら心から謝ろう。口でわびる以上のことはきっとできないと思うけれど。

 ウィレムも落ち着かないようで、添い寝してあやしていても眠ってくれない。左右色違いの目は爛々と輝き、寝台の上に座り込み、時々奇声を発しては枕の端を引っ張ったりかじったりして遊んでいる。

 アンジェリンはウィレムを抱いて寝台から出ると、そっと背中をたたきながら室内をゆっくりと歩き回った。こうしていると寝てくれる時もある。

 小さな声で話しかけた。

「今日でおまえの運命は決まってしまった。私の選択は間違っていたと、おまえはいつか私を恨むかもしれない。ディンのように『王子になんて生まれたくなかった』って」

 ようやくおとなしくなってきた息子と頬を合わせる。やわらかい頬の感触に心が温められる。

「ごめんね」

 こんな自分を好きだと言ってくれて、自分も心惹かれてしまった男性は王になるべく運命の元に生まれた人だった。忘れようとしても忘れられず、どんなに別れる覚悟を決めても、どうしても離れられなかった。泣いて別れても再び出会う機会が訪れ、互いに結ばれた紐を手繰り寄せるように、いつのまにか引き寄せ合ってしまう。

「運命なんて、信じたくなかったけど……」

 これからも険しい道が待ち構えていると思う。それでも、もう迷わず顔をあげ、彼の妻となって生きていくと決めた。


 しばらく室内を歩き回り、やっと眠りかけたウィレムを寝台に下ろそうとしたとき、扉が叩かれた。


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