50.卑劣な罠
アンジェリンがフェールの生存を知った少し前、フェールがまだ見張り塔から海に現れた船団を見ていた頃。
ザース王子の葬儀の列は、もうすぐ町中を抜けるところまで進んでいた。墓所は、町を抜けた先の小高い丘の上にある。
先頭は王直属の部隊である近衛兵の一団。彼らに守られる形で国王ラングレと、前王の弟である宰相が、そして王妹でシドの母親でもあるアムネと、その夫であるエフネート・ヘロンガルが立て並びに歩く。周囲は侍従などの付き添いの者たちが囲んでいる。その次に兵たちが肩に担いでいる棺が続く。
棺のすぐ後ろには、王妃マナリエナとその一族。王妃の周りは王妃専属警備隊である白花隊が守っている。そのさらに後ろには、ザンガクムのキャムネイ王とクレイア王女とその警備隊がいる。そしてその他の王族関係者および、セヴォローンの貴族たちなどが後に続いていた。
黒い正装に身を包んだ一団は、ゆっくりと進んでいく。男性は丈の長い立て襟の上衣、女性は足首まで隠れる黒いドレス姿にひさしの大きな帽子姿で参列している。
道がゆるい上り坂に変わったころ、王妃マナリエナが急によろめいて片手を付いた。
付き添いの侍女が体を支えた。
「王妃様? 少しお休みになられた方がよろしいのでは? ここから墓所まではずっと上り坂です」
「見苦しいところを見せてしまいましたね。躓いただけです。心配いりません」
「ですが、お顔色が真っ青です。昨夜は眠っておられないからお疲れでございましょう。少しの間だけ葬列を離れてお休みください」
「わたくしは、皆に心配させるほどひどい顔をしていますか?」
「とてもお具合が悪そうです」
「……わかりました。では、口を湿らせる時間だけ休憩をとります。わたくしが腰を下ろせる場所へ案内しなさい。できるだけ近くで。あまり遠く離れた場所でゆっくりしていてはザースに置いて行かれますから」
真っ青な王妃は、よろよろした足取りで葬列を離れ、白花隊に守られながら付近の家並みを抜け、遠くに見えていた森の木陰へ向かった。
ラングレは、王妃が倒れて行列から離脱したことに気が付いたが、行列そのものを止める命令は出さなかった。墓地へ着いてもすぐに埋葬にはならず、墓の前で死者を送るための伝統儀式がたくさんある。歌や踊りなどが長く、埋葬に間に合うだけの時間は充分あった。
ラングレは妻のことは気にしないそぶりで、王妃の一団が抜けても、まったく何事もなかったかのように、歩を進めた。
王妃が抜けてからしばらくたった時、最前列の近衛兵が急に異様な声をあげた。
「何者かの襲撃だ!」
ラングレは落ち着いて対処した。
「止まれ。安全確認せよ」
王の声に、エフネート・ヘロンガルは、大声で命令を下した。
「前方の敵を排除せよ!」
ラングレの近くにいた近衛兵たちが隊列を崩して葬列の最前へ走っていく。
行く手には、武装した私服の男が五十人近くいて、先頭の近衛兵と戦いになっていた。
道にびっしりと並ぶ一般の人々と、葬列に参加している人々は動揺し、葬列の前方を指差しざわめいている。後方の貴族たちは前方の様子が見えず、どうしたものかと小声で話をしながら様子をうかがう。
棺の後方にいたキャムネイ王とクレイア王女は、素早く行動した。
クレイアは棺の横を抜け、ラングレに駆け寄り、その手を取った。いつものように。
「陛下、ここは危険ですわ。暴漢が片付くまであちらの建物の影に隠れましょう。我がザンガクムの兵たちが陛下をお守りいたします」
「しかし」
クレイアの後ろに寄り添うように付いて来たキャムネイが、娘の案を後押しした。
「ラングレ殿。そちらの兵は暴漢の相手で手一杯のご様子。道の安全が確保されるまで、しばし我が隊と共に建物の向こうで休みませんかな?」
「うむ、かたじけない。では少しだけそちらの隊の世話になろう」
クレイアがぬかりなくラングレの手を引いて促す。
「陛下、こちらへ」
ラングレは言われるままにクレイアに従って、道沿いの建物の影へ向かった。ラングレの叔父にあたる宰相も共に付いて行く。
自分もラングレと一緒に行こうとしていた王妹のアムネは、夫エフネートに呼び止められた。
「おまえは後ろにいる子供たちと一緒に屋敷へ戻れ」
シドの母親でもあるアムネは、六歳の幼い娘の手を引いて歩いていた。そのすぐ横に十歳になる男の子もいる。
「あなた? なぜでございますか?」
「葬列が襲われているのだぞ。安全なわけがない。おい、そこの兵、我が妻子を屋敷まで送り届けろ」
「陛下がまだいらっしゃるのに途中で抜けるのは、あまりにも無礼では……ザース殿下はわたくしの甥でもありますし」
「いいから、言う通りにしてくれ。陛下には子供の具合が悪くなったから帰ったと言っておけばいい。俺は陛下をお守りするから一緒に帰れない。とにかく屋敷へ戻るのだ。急いで」
「ですが、埋葬はまだ終わっていませんわ。暴漢など、兵士たちがすぐに片付けてくれるでしょう?」
「いや、相手の正体も数も未確認だ。埋葬に立ち会えなくても誰も咎めはしない。子供たちに何かあったらどうするつもりだ」
「わかりましたわ、あなた、お気をつけて」
アムネはそれ以上反論せず、子供たちを連れて、坂道を早足で下って行った。
その姿を見届けたエフネートはほっとした顔を一瞬見せたが、すぐに王の一行が向かった避難用路地へ目を向けた。
「ラングレ陛下、こちらなら安全ですわ。道の安全確認まではお時間がかかりそうですから、今、侍女にお茶を用意させます」
クレイアはラングレを建物の壁際に立たせ、ザンガクム兵で囲ませた。王の周りにいるセヴォローン人は、宰相と、付添いの侍従数名。それから、前後左右に立っている護衛の兵が四名だけ。
「お父様」
クレイアは、意味ありげに父親のキャムネイに微笑んだ。キャムネイも目で笑いを返す。
「おお、ここなら安全だな。では、余はあの建物の上から様子を見てこよう。娘よ、一緒に見に行くか?」
「ええ、もちろんですわ。わたくしも様子を確かめとうございます。ラングレ陛下、こちらでこのままお待ちくださいませ。あの上からならこの道の先まで見えそうですから、この先がどうなっているか見てまいります」
クレイアとキャムネイは、ラングレを道に残したまま、すぐそこにある三階建の建物の外につけられた石の階段を上がって行った。
クレイアは階段をのぼりながら、こらえきれず笑い顔になった。
「ほほほ、おもしろいほど計画通りになりましてよ。ラングレ陛下ったら、ちゃんとわたくしの言うとおり付いて来てくれて。愚かで哀れな王様ですこと。守ってもらうべき近衛兵を削がれ、あんな壁際に追い詰められているのに、何の危機感も抱いておられないですもの。これならうまくいきそうですわ。王妃様が予定外に離脱して逃げてしまったことは、少々残念ですけど」
「王妃は国政に無関心らしいから、生き残っても何ら問題はない。それよりも、城内のフェール王太子はどうなったであろうか。予定通りに廃貴族どもが動いてくれているならば、すでに片付けられている頃だが」
「うふふふ……今頃、フェール様の首をさらす準備をしているかも。フェール様はお怪我をしておられたから、少しだけ気の毒な気もいたしますけれど、仕方ありませんわね。邪魔ですから」
親子は薄笑いを浮かべながら屋上へ出た。
そこにはザンガクムが手配した私服の弓矢兵が何人も待っていた。キャムネイ王とクレイア王女の参上に、兵たちは整列敬礼して敬意を示した。
「陛下、準備は整っております」
「よいか、勇敢なる兵たちよ、ザンガクムの歴史に新たな足跡を刻むのだ。標的はあそこ。真ん中にいる男がセヴォローン国王ラングレである。その隣の白髪頭が、王の叔父で宰相を務めている男。あの二人だけは絶対に逃がすな。余の笛の合図と同時に、ラングレを囲んでいる我が兵たちが引く。そしたら、一斉に射かけよ。我が兵に当てないように気をつけるのだ」
「はっ」
「用意は良いか? では、今すぐに作戦を開始いたすぞ。さらばだ、ラングレ」
キャムネイは手の中に握り込んでいた小さな笛を取り出すと、思いっきり吹き鳴らした。
ピイイイイー!
空気を切り裂くような甲高い音がしたとたん、ラングレの周囲にいたザンガクム兵たちが、急に王のそばから離れる方向へ走り出した。
「何だ」
周囲を守っていたザンガクム兵が散り、驚いたラングレが何か言おうとした時――
無数の弓が建物の上から雨のように降ってきた。
「謀ったな、キャムネイ!」
「陛下、お下がりください!」
左右を守っていた警護兵たちがさっと前に出てラングレの身を守ろうとしたが、楯もない状態で無数に飛んでくる矢には対応できず、四人ともほどなく矢だらけになり倒された。ラングレの横にいた宰相は、眉間を射抜かれて壁にもたれるように沈み込んだ。周囲にいた侍従たちも次々倒れていく。
「おのれ、姑息な。計画していたか」
ラングレは倒れた守りの兵の手から剣を取り上げると、両手に剣を持った状態で周囲を見回した。もはや、味方は誰もおらず、遠巻きにザンガクム兵に囲まれている。王を守るべきセヴォローンの兵は、まだ謎の襲撃者たちと戦っているらしく、ここにはいない。
ラングレは片方の剣を頭上へ掲げた。
「余に危害を加えようとする者は誰であろうと許さぬ。卑怯者どもよ、セヴォローン王の戦いぶりをよくその目に焼き付けておくがよい。余は簡単に殺せぬことを知れ」
ラングレは恐ろしい形相で立ちはだかり、二本の剣を振り回して飛んでくる矢を次々払いのけて防いだ。
一矢も許さない猛者ぶりに、遠巻きに見ているザンガクム兵たちからどよめきがあがる。
屋上から父王と共に見物していたクレイアは舌打ちした。
「どうして矢が当たらないのです? 敵はたったひとりで盾もなく身をさらしているのですよ? さっさと片付けてしまいなさい」
叱咤された弓矢兵たちの腕に力が入る。キャムネイ王も兵を励ます。
「焦らず落ち着いて射ればよい。勝利は目前だ」
飛びかう矢の数が増え、とうとうラングレの腕に一本の矢が命中した。
ラングレは顔をゆがめ、屋上から覗いているクレイアたちをにらみつけた。
「魔物はそこか」
ラングレは手に持っていた剣の一本を、ありったけの力を込めて、クレイアたちがいる屋上へ向かって一直線に放り投げた。
「きゃ!」
飛んできた剣はクレイアの頬をかすめて失速し、屋上の床にころがった。
剣の片方を手放したラングレは、獣のように咆哮すると、もう一本の剣を振り回しながらザンガクム兵に突っ込んでいった。
「うおおおお!」
ラングレは身軽に足技と剣を使って、次々と襲ってくるザンガクム兵に挑んだ。素早い動きでたちまち数人を刺して囲みを破り、近い場所にいるザンガクム兵たちの顔を容赦なく剣で払った。ラングレにやられた兵たちは血しぶきのあがる顔を押さえ、悲鳴をあげて転がる。
手傷を負った王の、まさかの捨て身の反撃に、ザンガクム兵たちはおびえてじりじりと下がり始めた。
上からそれを見ていたクレイアは顔を口をとがらせた。
「我が兵のふがいなさ、あきれますわ」
「娘よ、確かに我が兵どもはなさけないが、ラングレ殿はなかなか見事な戦いぶりである。たったひとりであの歳であそこまで戦えるとは、あれでは兵どもが怖がるのも当然のことかもしれぬぞ。見よ、あの身のこなし。やつはすばらしい戦士であったのだな」
「セヴォローンの王族は暇があれば戦闘訓練をやっている、という話は本当でしたのね」
ラングレは傷だらけになりながらも、近衛兵がいる葬列の方へ駆けだしていた。
クレイアは弓矢兵に命令した。
「さっさと射殺してしまいなさい。葬列の近衛兵たちと合流させてはなりません」
傍にいる弓矢兵が困惑した表情を見せる。
「しかし、この状態で弓を放てば、我が兵に当たってしまいます」
「かまわないからやりなさい。ラングレ王を逃がす方が愚でしょう」
弓矢兵たちが手を震わせながら、激しく動き回るラングレの姿を矢先で追う。
「早く殺しなさい」
クレイアの言葉に弓矢兵たちはしぶしぶ矢を引いた。
頭上から降ってくる矢に、下にいるザンガクム兵たちがクレイアのいる屋上を見上げ、足を止めた。その隙に、ラングレはどんどん逃げて行く。少しだけザンガクム兵とラングレの距離が空いた。
「今よ! 早く!」
幾つも矢が風を切って飛んでいく。
その一本がラングレの背中の真ん中に命中した。
「やったわ!」
クレイアが歓喜の声を上げる。さらにもう一本、太ももにも矢が刺さった。
ラングレは走れなくなり、その場に前のめりになって倒れ込んだ。
キャムネイが大声で命令した。
「王が倒れたぞ! 首を取れ!」
地上のザンガクム兵がラングレとの距離を詰めようとしたとき。
「我らの陛下に何をしている」
セヴォローンの近衛の一団が、異様な状況に気が付いたらしく、ザンガクム兵に切り込んできた。狭い道は、たちまち、戦う兵士たちで入り乱れた状態となった。
生きているのか死んでいるのかわからない状態のラングレの体は、セヴォローンの近衛兵たちに抱きかかえられて運ばれていき、クレイアたちの視界から消えた。
キャムネイは苦笑いした。
「逃がしたか。まああの傷では助かりはしないと思うが、やつはすばらしかった。我が兵を何人倒したことか。見事な動き、楽しませてもらったぞ。まるで武闘大会を見学しているようであった」
「お父様、感心している場合ではありませんわ。打ち合わせ通り、すぐにここを離れて、港の部隊と合流しなければなりません」
「港の方もそろそろ制圧されるころだ。まいろうか。城内も王太子暗殺は終わっていると思う。報告が楽しみである。セヴォローンは終わりだ」
親子は笑顔で階段を下りて行った。




