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44.名ばかりの婚約者

 フェールの政略結婚の相手、ザンガクム国の第一王女クレイアは、すでに何日も前にセヴォローンの王城に到着していたが、いまだに夫となるはずのフェールに会わせてもらっていなかった。フェールは原因不明の病で倒れており、病がうつるといけない、という理由からだ。

 書類だけの婚約式を済ませただけで、王太子の婚約者とは名ばかりのクレイアは、与えられた王城の一室で、今日も暇を持て余していた。


「いったいどうなっているのかしら。我が国はバカにされているとしか思えないわ」

 侍女としてザンガクムから連れてきたサラヤに探らせても、フェールの病状に関する情報は入手できない。婚約者なのに、見舞いどころか、フェールがいる建物に近づくことすら許されなかった。

 怒りのクレイアに対し、サラヤは軽く頭を下げる。

「申し訳ございません。状況は全くつかめません。替え玉の王子様がいるかいないかはわからなくて……ただ、ちょっと小耳にはさんだのですが、王太子殿下には心を寄せていた侍女がいて、その侍女は今は王城にいない、との情報はありました」


 殺人養成所出身のサラヤは、まだ十四歳だった。その年齢としては幼い顔立ちで、大人の女性としての肉付きは全くない細木のような体つきに、低い背丈。どう見ても十二歳ぐらいにしか見えない。さらに、王族に仕える侍女としては異例の短髪で、首が見えるほど短い黒髪がよけいに彼女を若く見せる。


 クレイアは銀色と見まがうような明るい黄金の前髪をかき上げ、青い瞳を瞬かせた。

「では、やはり、フェール様はこのお城にはいらっしゃらない? ご病気ではなくて、その侍女と逃げてしまったのかしら。ほら、サラヤも憶えているでしょう? フェール様が山間部の村で捕らえられたというありえないお話を持ち込んだ情報屋がいたというお話。侍女とかけおちの途中だったのならば、あの情報は本当だったかもしれませんわね」


 フェールが意識のないまま帰還したのは、クレイアが到着してから十日以上も過ぎてからのことで、ラングレ王は徹底的にこの秘密を隠蔽していた。フェールの病を口実に、婚礼式の延期を発表したが、シャムアとの砦問題前には執り行うことは撤回されていない。


 サラヤと考えを出し合っていたクレイアは、扉をたたく音で話をやめた。

「クレイア様、ザース殿下がお越しでございます」

 第二王子の訪問を告げに来た侍従に、クレイアは薄い色の眉を寄せた。

「わたくしは今日もザース様に相手をしていただくのですか? わたくしの婚約者はフェール様ですわよ?」

 連絡の侍従は深く頭を下げた。

「申し訳ございません。王太子殿下はいまだ体調がすぐれぬゆえ、ザース様が代わりにお越しになっておられます」

「フェール様のご病気はいつ治るのです?」

「自分は医術師ではないので、何とも……」

 口ごもる侍従の後ろから、ザース王子と思われる凛とした声が聞こえた。

「クレイア様、ザースでございます。今日は兄の寝室へご案内しようと思って伺いました。ご気分がすぐれないならば、やめますが」

「フェール様に会わせていただけるのですか? すぐに支度いたしますわ」

 出かける支度はいつでもできていた。眠るとき以外は、常に王女らしく、美しく見えるドレスをまとい、髪をきちんと整えてある。


 兄王子の部屋への案内人としてクレイアを迎えに来たザースは、その時、初めてクレイアにフェールの状態を打ち明けた。

「えっ、フェール様はご病気ではなかったと……」

「兄は事故で怪我を負っているのです。兵士たちとの戦闘訓練中に腹に剣が刺さってしまいまして」

「それは大変でしたのね。お傷は深いのですか?」

 クレイアの質問に、ザースは涼しい顔で、無難に返した。

「訓練中の怪我とあってはあまりにも不名誉なことでございますので、病ということにしております。申し訳ありませんが、お察しください」

 ザースはクレイアにそれ以上質問させず、口を閉ざしたままフェールの部屋へ先導した。


 フェールの部屋の中には、医術師や侍従など数人が寝台のそばに控えていた。

 フェールは天蓋付の寝台の中で眠っていた。室内には薬草のきつい香りが立ち込めている。

「兄上、クレイア王女殿下がお越しです」

 ザースの声掛けに返答はなかった。「兄上は休んでおられますが、お顔だけでも見ていかれますよね?」

「ええ、もちろんですわ。わたくしは婚約者なのですから」

 ザースは案内を終えると静かに部屋から出て行った。


 クレイアはフェールの寝台へ近づき、夫となる男の顔を初めて見た。肖像画の第一印象では顔立ちは美しい男だとは思ったが。

「まあ……」

 気の強いクレイアも、さすがに絶句してしまった。

 寝台に沈んで眠っている男の唇はかさかさにひび割れ、頬はこけて、目は閉じられたまま。額には頭を冷やすための濡れた布が乗せられていた。髪はクレイアが思っていたよりも濃い茶色で、明るい髪色をした肖像画の印象とは大きく違った。薄暗い室内のせいか、よけいに髪色が暗く見える。髭はきれいに剃られていたが、顔色は青ざめ、重症だとひと目でわかった。

 クレイアは寝台の横にかがみ、遠慮がちに声をかけた。

「フェール様、初めまして。ようやくお会いできました。私がザンガクムから来たクレイアです。お加減がすぐれないと伺い、御身を案じておりました。一日でも早くご回復なさることを願っております」

 誰も何も言わない病室の居心地の悪さに、クレイアはすぐに退室した。


 すぐにサラヤを使い、フェールの容態について聞き込みを入れさせた結果に、クレイアは声を荒げていた。

「なんですって? フェール様はお怪我が元で子を持てないお体になったかもしれぬと言うの? それではセヴォローンを私の子に継がせて、我が国に併合する計画ができないではありませんか!」

「重体だから子種がなくなったなんて、変なうわさがついてきたのかもしれません」

「そのうわさが本当かもしれないとなると……すぐに父上に報告書を送りましょう」

「ですが、王女様、急にそんなうわさが流れるのはおかしいです。これまでフェール様のご病状は、誰ひとり答えることはできなかったのですから」

「確かに……そうねえ……故意に流されたうわさなのかしら? だとしたら、誰が、なぜ?」

 クレイアは首をかしげた。


「あのう、王女様。私が言うことではないですけど、失礼ながらあのフェール様は替え玉ではないのですか? 髪の色が全く別人でした」

「サラヤもそう思ったの? わたくしももっと明るい髪色のお方かと思っていましたわ」

「それに、お話ができなかったこともおかしいです。替え玉なら話せばすぐにばれるから、意識がない振りをして、王女様を国に追い返すために子ができないとうわさを流したとか。本物のフェール様は侍女と逃げてしまってどこにもいらっしゃらないから」

「そうかもしれませんわ。演技だったなら、名演ですこと。本当に死にかけているように見えましたもの」

 クレイアは青い目を細めた。

「ふふふ。あの病人が替え玉でわたくしを追い払おうとしているとしたら、毎日お見舞いに行って試してやりましょう。本物の王子でないならすぐにぼろが出ることでしょうね。それには、起きている時間にお邪魔しないと」

 クレイアは、フェールが目覚めたら連絡してほしいと侍従を通じて頼んでおいた。


 翌日、クレイアは、サラヤを連れて再びフェールの部屋を訪問した。見舞いではあるが、胸元が大きく開いた大人っぽい白いドレス姿で、男性が好みそうな香水を全身にふりまいて。


 クレイアが入室した時、フェールは侍従からの連絡通り、目覚めていた。

 フェールは寝台の上で、背に大きなクッションを複数当てて半身を起こし、かゆを口に運んでいるところだった。そばには医術師と思われる半白髪の男と、食事の世話をしている侍女長が付いている。クレイアが入って来ると、フェールはチラリとそちらを見たが、すぐに目を反らした。

 クレイアは寝台の横まで来ると、礼儀正しく膝を折って挨拶した。

「初めまして、フェール様。婚約者のクレイアでございます」

「エンテグアへようこそ。長くお待たせして申し訳ありませんでした」

 型通りの挨拶。フェールは黙々とかゆを口にしている。

 クレイアはフェールの様子をくまなく観察した。

「わたくし、きのうお見舞いに伺ったのにお休み中でお話しできなくて、がっかりしましたの。お食事中で申し訳ないのですが、今ならお会いできるかと思いまして」

「そうですか。わざわざお見舞いに来ていただき、ありがとうございます」

 フェールは目を合わせもしない。

 話が続かず、クレイアはやりにくさを感じたが、そんなことで負けはしない。この男性はわざと会話を少なくしようとしている。やはり偽者だ。


 そのうちに、フェールはかゆを食べ終え、侍女に器を返すと、背を支える大きなクッションに半身を埋もれさせたまま目を閉じた。


「フェール様」

 クレイアは、フェールを寝かせないよう声をかけた。このまま眠ったふりをされては本人かどうか確かめられないではないか。

「わたくしたち、ようやく会えたのです。少しお話しませんか」

 フェールは目を開くと、無表情を崩し、くすっ、と笑った。

「クレイア様はお話好きな方のようだ。ならば、こちらから質問してさしあげよう。あなたにとって結婚とは何です?」

 フェールがしゃべったのでクレイアは驚きながらも冷静に考えて返事をした。

「王女として生まれた以上、国の役に立つ結婚をすることは、義務だと思っておりますわ」

 フェールはまたしても、くく、と笑いをもらした。

「模範的な解答だ。ではもうひとつ伺おう。この私と結婚して、あなたは幸せになれるとお思いか?」

「ええ、もちろん、幸せになりますわ」

「その根拠は?」

「答えになるかどうかわかりませんが、この婚礼が多くの国民の笑顔につながれば、わたくしも幸せになれるのでございます」

「それが国のためになるから幸せだと……すばらしい。あなたのような前向きな女性は私にはもったいない。私ではなく弟と婚礼式を挙げたらどうか」

 これにはさすがのクレイアもぐっと詰まった。これでは、試されているのはクレイアの方ではないか。この男、いったい何を考えているのかまったくわからない。やはり替え玉だろうか。

「わたくしが……ザース殿下と……ですか」

「そうだ。私よりも弟の方が王の資質に恵まれている。ザースは何をやらせても優秀だ。セヴォローンの次の国王にはザースがふさわしい。クレイア様は王太子妃としてこちらにお越しになったのだから、将来セヴォローンの王になるザースの妃になるべきだな。私がすぐにでも王太子をやめれば問題なしだ」

「そ、そのようなことを急におっしゃられても……ザース様はわたくしと入れ替わりにザンガクムにお越しだと聞いておりますので……」

「その通り。これは私が勝手に思っていることだから、口にしてみただけだ。あなたがどう答えるか見たかった」

 フェールは皮肉な笑いを浮かべていた。


 クレイアは不快感をかみ殺した。からかわれているとしか思えない。

「フェール様はわたくしと結婚したくないのですか?」

 クレイアの思い切った質問に、フェールはやっとクレイアと目を合わせた。

「そうだな、どちらかといえば政略結婚はしたくない。国のためならば結婚すべきだろうが、何とも気が乗らない。クレイア様には申し訳ないが、顔も性格も知らない同士が急に夫婦になって幸せになれるとは思えない。勝手にこの婚姻を決めてしまった父に反抗して抗議のつもりで髪を染めてみたが、解決にはならなかったのだ。あなたは私の意志に反してここへ来てしまった。すべては私の力ではどうにもならない」

 クレイアは怒りを顔に出さないよう気を付けながら、辛抱強くフェールの言葉を飲み込んだ。隣国からはるばるやってきた婚約者に対し、あまりにも無礼ではないか。何日も待たせておいて、この扱いはない。しかし、ここで短気を見せれば負けかもしれない。

「そうでしたの? 髪はお染めになったのですね。髪の御色が肖像画と違うと思いました」

「私はフェール本人だ。替え玉ではない」

 クレイアは、内心を見透かされたような言葉に、ギョッとしつつ、大げさに眉を下げて戸惑った顔を作った。

「替え玉などと、そのような失礼なことはひとことも申し上げておりませんわ」

「ははっ、普通ならば髪色がこんなに違えば別人だと思うことだろう。私の髪の生え際をよくご覧になればいい。伸びた髪の部分は元の明るい金色だ。悲しいことに、私は髪を染めてもフェール以外の何者にもなれなかった。人々は私にどこまでも王太子フェールであることを求める。こんな結婚を強いられるくらいなら、いっそ本当に替え玉にでも身代わりをさせて私はどこか遠くへ行って消えてしまいたかった」

 フェールは前髪をかき上げた。確かに、こげ茶色に染めた髪の根元はキラキラ光っている。「この髪色は自力で起きられるようになったら戻すつもりだ。この髪色は評判が悪い」

 フェールは、ふぅ、と大きな息をつき、目を閉じてしまった。

「殿下の髪の御色、それほど似合っていないとは思いませんわ。落ち着いた感じでよろしいかと思います」

 クレイアは、髪を染めたフェールの気持ちを持ち上げてやろうとしたつもりだったが、相手は再び目を開き、クレイアをにらみつけるような冷たい目を向けただけで、何も言ってくれなかった。


 ――もうっ、何ですの、この殿下は。

 クレイアの中でふつふつと苛立ちが積み上がっていく。心からつまらなそうなフェール。どう返せばいいのかわからないようなとらえどころがない会話。時々薄く笑うフェールの顔色はとても青白く、声には力がない。本当に怪我をしているようではあるが。


 また会話が途切れてしまい、そろそろ面会を打ち切って退室すべきかとクレイアが考えていると、フェールの方から話してきた。

「あなたは、本気でこの私を愛することができるとお思いか?」

 クレイアは切り込んだ質問に驚きながらも冷静に答えた。

 ──まだわたくしを試す気?

「もちろん、できると思っておりますわ。その覚悟で国を出てまいりました」

「すばらしい決断をなさったものだな。あなたはきっと本気で人を好きになったことなどないに違いない。腹を割かれるよりも痛い心の痛みがあるということをご存知ないようだ」

 フェールはクレイアを値踏みするように、睨みつけている。

「……なにをおっしゃりたいのですか……?」

 裁判官のような顔になっていたフェールは、厳しい表情を崩すとまたしても軽く笑った。

「まあ、それはどうでもよいことか。あなたが心の痛みを知っていようが、知っていまいが、関係ないのだった。母国のためとはいえ、こんな私と結婚するおつもりならば、ひとつ残念なことを知ってもらう必要がある」

「なんでしょう」

 フェールはひび割れた唇をまた横に引き、冷たく笑った。

「私は今回の怪我で子種を失ってしまったかもしれないのだ。あくまでも可能性の一つではあるが。あなたが私の妻になっても、私の子を産むことは生涯ないかもしれない。それでもこの私の妃になりたいとお考えか」

 クレイアは顔がひきつらないよう気を付けながら必死で返した。

「そんなにお怪我がひどいのですか」

「下腹のこの辺り……傷を見るなら男の恥ずかしい物も見えてしまうのだが、あなたはどうせ私の妻になるのだから、傷を確認したいということならばお見せしよう。ちょうどいい、もうすぐ薬を塗り直す時間だ」

 フェールはためらいもせず、さっと毛布を跳ねのけ、前合わせになっている衣服をほどきにかかった。医術師が手を貸してフェールの包帯を外していく。目に飛び込んできた肌に、クレイアはあせって目を反らした。

「いいえ、それ以上は結構です。今日はお疲れのようなので失礼しますわ。お大事に」

 クレイアは話を打ち切って退室した。


 彼女らしくなく首筋に冷たい汗をかき、両手に拳を握りしめながら、早歩きで自分の部屋に向かった。

 ――何の策略? あの男はたぶん本物のフェール王子。替え玉なんかではなくて。

 やりとりでそう確信した。

 ――怪我は本当にあった。子ができない体になった、という噂もほぼ真実。

 ちらりと見えた下腹部の赤黒い縫い跡、腫れあがった皮膚は絵とは思えなかった。


 クレイアは即座に秘密の連絡網を使い、母国ザンガクムの父王キャムネイへこの情報を送った。




 フェールは、王女が去ると、押えていたものが込み上げ、寝台の中で、さめざめと涙を流した。王女の前では堂々としていても、傷の痛みは断続的に続いており、ひとりで暗い寝台の中で耐えていると、急にせつなくなる。どうあがいてもクレイア王女との結婚は避けられそうにない。

 ――私のアンは……もういない。


 医術師のテイジンが声をかけた。

「王太子殿下、そのように泣いてばかりおられては、お体が悲鳴をあげてしまいます。ようやく回復の兆候が見え始めたばかりでございます」

「勝手に涙が出てくるのだ。父上はアンの髪を返してくれなかった。彼女の唯一の遺品なのに……。処刑された彼女の遺体だって、どうせ手厚く葬ることもせず、海にでも投げ捨ててしまったのではないのか?」

「それは考えすぎでございます。死刑囚の遺体を捨てるとは聞いたこともございません。それよりも、眠くなるお薬をもう少し飲んでくだされ。悲しいことなど忘れて眠れまする」

「いや、いらぬ」

 フェールはあふれる涙を中指の腹でぬぐった。

「ひとりで眠ることがさみしいことだと、今まで知らなかっただけだ。あの王女がアンの代わりになるとは到底思えぬ」

 マリラも心配顔で口をはさんだ。

「お薬を飲んでくださいませ。ご命令通り、お子が持てないかもしれない、といううわさは流しておきましたから」


『そなたらに頼みがある……私の―――――――――――』


 フェールは乾いた声でつぶやいた。

「……あの程度のうわさでは結婚をつぶすことはできないようだな。あの王女は国に帰るとは言わなかった。そこまでしても私の妃になりたいと思っているのだろうか……結婚をあきらめてくれればよかったのに」




 クレイアが母国へ送った手紙の返信は翌日に届いた。

『フェール王太子との婚礼計画は続行』ということだったが、その密書には、セヴォローンを土台から崩す恐ろしい計画と指令が明記されていた。


『計画を変更。ザース王子を数日以内に暗殺せよ。我が国は、そなたの婚礼を口実に事が起こる前からエンテグア城へ向かって進軍す。ザース王子暗殺の混乱に乗じて、エンテグア城内ではエフネート・ヘロンガル警務総官が反乱を起こすことになっている。その時に我々は――』


「お父様はやっぱりあの男を使うおつもりなのね……連絡のつなぎになっているのはマニストゥ? あんな下品な男たちを信用して大丈夫なのかしら」

 手紙には細かい手順や指示がいくつも書かれている。


『そして、わがザンガクム軍は、シャムアの川中の砦攻撃の瞬間を狙って、エンテグアの港が手薄になったところを港からも急襲す。そのまま王城へ向かって軍を進めるゆえ、そなたは身の危険を感じたら、エフネートを頼るように。彼の妻はラングレ王の妹だが、彼はラングレに対し強い不満を抱いており、密かに王権打倒を狙っている。彼が城内の内乱を取り仕切り、そなたの脱出を手引きしてくれるであろう』


 書簡と一緒にクレイアに届けられた小箱には、猛毒を持つ大蜘蛛の、死んで間もない生々しい死骸が入っていた。その他には、猛毒入りと書かれたお茶の包み、さらに蜘蛛毒が仕込まれていると説明書付きのいぶし銀の指輪も同封されていた。

 クレイアは銀の指輪を手に取った。

 それは指の関節一つを覆ってしまうほど太く大きな指輪で、小さく細かい花の彫刻が施されていた。指の腹で内側の中心あたりを押すと、先からいきなり二本の毒針が突き出た。もう一度、同じ場所を押すと毒針は引っ込んだ。

「これは、蜘蛛毒の指輪ですわね。フェール様は当分動けそうにないから放っておいて、今のうちにこの道具を使ってザース様を殺せばよろしいのね? わたくし、全力でやってみますわ。この仕込み指輪を使って」


 セヴォローンの危機は静かに迫ってきていた。


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