40.罪と罰(1)
なすりつけられた罪。怒りと同時によみがえるあの日の恐怖に、アンジェリンは縛られた腕を震わせた。警務総官のエフネート・ヘロンガルには、何もかも認めるようにと言われたが……。殺人犯の罪を着せられ、約束したロイエンニの釈放の件も反故にされる気がしてきた。
検察官は続ける。
「剣の製作者を調べたところ、販売者と同一ということが判明しました。製作者はこの剣を買った客のことをよく憶えていると言っております。証人、入廷」
扉が開かれ入ってきた男は、アンジェリンも憶えていた。フェールは、最初はこの男の言い値で高い剣を買わされるところだった。忘れるわけがない。あの露店の武器屋だ。
「うちの露店で剣を買った若い男性が連れていたのは、確かにここにいる女性でした。男性はこの女性のために、さんざん値切った上、ガラス玉の首飾りを一緒に付けるよう注文をつけました。間違いありません」
王が問う。
「この男はそう言っているが、アンジェリン・ヴェーノ。この剣は自分の剣だと認めるか? 否か?」
「私の物と認めます。ですが、私はそれで人を刺し殺してはいません」
「では、アンジェリン・ヴェーノのものだと認められるこの短剣が、なぜ被害者の胸に刺さっていたのか。説明せよ」
「わかりません……それは失くしてしまったので……どうして死者の胸に刺さったのかまでは」
「イルカンを殺したのはそなたではないなら、誰が殺したのだ」
アンジェリンは答えられなかった。
エフネート・ヘロンガルの針のような視線を感じた。フェールが剣でイルカンを殺した、とは言ってはいけないことはわかる。しかし、この矛盾をどう説明したらいいのか。
──殿下の今後とお父様の解放ために、私がイルカンを刺し殺した、と言うべき? でも……。
殺してもいない殺人は認めたくない。ロイエンニを助けたくても、育てた娘が殺人を犯した、となれば、あのやさしい養父はきっと悲しむ。
──ごめんなさい、お父様。私、たぶん、お父様を助けられないわ。
武器商人は証言を終えると退室していった。フェールがアンジェリンのために買ってくれた短剣が、死んだイルカンの胸に刺さっていた──その事実だけは確実になった。
「陛下、発言をお許しください」
エフネートが手を挙げた。
「ここで、この殺人事件に関するもうひとりの証人を入廷させたいと存じます。それで事件のすべてが明らかになることでしょう」
「警務総官の主張を認める。次の証人を入廷させよ」
王の命令で入ってきた男は――
アンジェリンは男を見るなり全身から汗が噴き出した。
エフネートは勝ち誇った顔で薄く笑うと、入廷した男を紹介した。
「陛下、この証人は昔、我がヘロンガル家に住んでいたことがある者です。惨劇はこの男の家で起こりました。彼は重要な証言をすることでしょう」
紹介された男──禿げあがった頭をした年配の──マニストゥ・カラングラは、アンジェリンをいきなり指差し、侮辱の言葉を吐いた。
「この売女め! 陛下、ここにおいでの皆さま、よくお聞きください。この女は王太子殿下を誘惑し、あんな山奥の村まで連れ去りました。メタフ村のわしの家でイルカンと名乗っていた身元不明の男を殺したのはこの女です。この女は裏でシャムアと通じ、王太子殿下を売ろうとして、シャムア関係者であると思われるその男と言い争いになり、口封じに彼を殺したのですぞ」
──そういう筋書きができているの? すべてを肯定して、殿下の将来のための汚点を消して、捕まっているお父様を助けるべきなの?
アンジェリンは思わずエフネートの顔を確かめたが、彼は口角を少し上げたまま、平然としていた。
これでアンジェリンが黙っていれば、すべてが丸くおさまるのだろうか。アンジェリンがシャムアの密偵であり、殺人犯ということで。しかし、この設定はひどい。
アンジェリンは耐えられず強く反論した。
「違います! 陛下、この人は嘘をついています。この人の方がザンガクムと通じていて、殿下を売ろうとしていたんです」
場内がざわめく。「ザンガクムだって? シャムアではなくて?」「いったいそれは……」
マニストゥは涼しい顔で嘘をつく。
「わしは、この女が人殺しをするのを見ました。この女と死んだ男、二人ともシャムアに通じていたことは間違いないですぞ。この女は、イルカンとやらの前で、くだらない駄洒落を言ったのですからな。親しかったことは間違いありません」
アンジェリンは自分の頬が硬直するのがわかった。
あのとき、確かに駄洒落は言った――
『【イルカン】さんが、ここに【いる】わ……うふふ』
あの駄洒落が、こんなところで害になるとは。
アンジェリンはしっかりと顔をあげ、王に訴えた。
「あのときの駄洒落は、マニストゥの拘束から逃げる隙をつくるために必死でひねり出しただけです。私は亡くなったイルカンという人とは初対面でした。イルカンとここにいるマニストゥとは仲間です。マニストゥは私を羽交い絞めにして人質にし、王太子殿下を脅しました」
マニストゥがすかさず反論する。
「陛下、それは全くでたらめですな。この女はわしに毒針を刺して動けなくし、逃走したのですぞ。こんな女の言うことを信じてはなりません」
王は眉を寄せた。
「どういうことか余には状況がさっぱり理解できぬ。話が大きく食い違っているではないか。証人マニストゥ・カラングラは今は黙れ。被告人アンジェリン・ヴェーノは最初からもう少し詳しく説明せよ」
自分の方に説明を求めてもらえたアンジェリンは、ほっとして王に感謝の意味を込めて頭を下げた。
わかってもらえるよう、ゆっくり説明する。
「王太子殿下はシャムア軍をさぐってかき乱し、戦争を回避する計画を立てていました。それで、シャムアに渡るために、シド・ヘロンガル様のお知り合いでシャムアの旧軍人だったこの人、マニストゥ・カラングラを頼ってメタフ村へ行きました。気持ちよく協力してもらえると信じて。殿下は先にその資金も渡していたはずです。それなのに、この人は最初から殿下を裏切るつもりだったらしくて、この人の家で宿泊した夜、情報屋のイルカンと名乗る人が深夜に来ました」
「なぜ、イルカンという名を知っていたのだ」
「本人が名乗ったからです。それで、その時に、マニストゥは、もらえるお代が少ないと言ってイルカンに不満をぶつけていました。私はそれを物陰から見て、この人がイルカンをつなぎにしてザンガクムと通じている裏切り者だとわかりました。マニストゥはヘロンガル家に取り入り、これまでもセヴォローンの情報をザンガクムへ流していたこともそのときに知りました」
エフネートが鋭く横から口をはさんだ。
「これはわがヘロンガル家に対するあからさまな侮辱。証拠もないことを言うものではない。陛下の御前である。被告人は口を慎め」
ざわめく法廷内に王が一声入れた。
「静かに。警務総官の主張はあとで聞く。被告人は続けよ」
「陛下、ありがとうございます。マニストゥは、翌日に王太子殿下を山中でザンガクム兵に引き渡そうとしていたのです。話が聞こえてしまった私は、殿下とすぐに逃げようとしましたが、この人とイルカンに捕まってしまい、私は服を裂かれて乱暴されそうになり怪我を負いました。その時、私は、駄洒落を言うことで私を捕まえていたマニストゥの気を散らし、その隙に毒針を使いました。マニストゥの手から逃れるためでございました。私は首をかみ切られそうになっていたのです」
王は目を細めてアンジェリンを見ていたが、やがて、視線をマニストゥに変えた。
「証人マニストゥは今の話についてどう思うか延べよ」
「わしがセヴォローンを裏切っているなど、とんでもないことでございます。この女は金のためならなんでもやる。王太子をたらしこむことすら厭わないのですからな。イルカンとやらを殺したのはこの女。王太子殿下を引き渡すのにお代が少ないとごねていたのはこの女の方ですぞ。わしがこの女の首をかみ切る? 意味が分かりませんな」
「では、マニストゥは、イルカンが密偵同士の内輪もめにより、アンジェリンに殺された、と申すか」
「さようでございます。わしの目の前で殺人は行われました。逆上したこの女が短剣でイルカンの胸を刺したのですぞ。そして止めに入ろうとしたわしを毒針で刺し、偽装のためにこの女はわしの家にある花瓶や酒瓶を投げて室内を荒らし、自分で自分に傷を付けた。そして王太子殿下をそそのかして、台所から食材を盗んで逃走したのでございます」
アンジェリンはすぐに反論した。
「陛下、王太子殿下がお目覚めになったら私が正しいとわかります。この人はイルカンと間違いなく知り合いでした」
マニストゥも負けず言い返してきた。
「この嘘つきの人殺し女め。そもそも、侍女ふぜいが王太子殿下を連れ出すこと自体おかしいですな。殿下のシャムア行きを遂行するなら、もっと護衛にふさわしい実力ある者が同行してしかるべき。芝居をして王太子殿下をそそのかし、殿下にうちの二階から飛び降りさせたのはこの女。怪我をさせて逃げないようにするために、巧みな演技で殿下を操り、わざと二階から飛び降りさせたのですぞ。大切な王太子殿下の御身のことなど考えてもいない」
王は険しい顔でアンジェリンをにらんでいる。
「被告アンジェリン・ヴェーノよ。そなたが王太子を二階から飛び降りさせた、という今の証言は真か? 王太子に怪我を負わせて動けなくするつもりだったのか?」
「飛び降りたことは本当ですが……そのような意図などなく……」
アンジェリンは、自分の声が弱々しく感じた。
もう、何を言っていいかわからない。




