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33.この手を血に染めても

 フェールは、入隊してから数日で、武器庫や馬屋の位置など、この基地の確認はほぼ終えたが、あせる気持ちは日に日につのるばかりだった。ここから出ることは新人兵には許されておらず、手紙も禁止されており、アンジェリンに近況を伝える手段がない。

 シャムア軍での生活行動は二人一組に決められており、食事も訓練も、用足しのときすらも、決められた相手同伴で、一瞬でもひとりきりになる時間はない。ゾンデとは大まかな打ち合わせはしてあるものの、あれ以来話をする機会には恵まれていない。ゾンデは別の隊におり、テントも同じではなく、やはり彼にもシャムア人の相棒がいる。ゾンデと共に入隊したというシドの配下のセヴォローン兵二名に至っては、いまだ顔すら確認できずにいる。


 フェールと組みになったルヴェンソという名の男は、二十五歳の黒目短髪の男で、生粋のシャムア人だった。幸い、ルヴェンソは悪人ではなく、貴族の息子で育ちがよく、フェールとは気が合った。

 シャムア軍内では、組になっているどちらからが寝坊するなど、何か粗相をすると、上官に二人とも殴られ、罰の腕立て伏せなどをやらされたりする。行動が遅いだけで上官に怒鳴りつけられるのは日常茶飯事で、フェールは一緒に叱られるうちに、ルヴェンソと親友のような間柄になっていった。


 陽気で話好きのルヴェンソは、わずかな休憩時間しかないときでも、フェールによく話しかけてきた。

「ディンの奥さんって放っておいてもいいの? 美人なら男がいっぱい寄ってきて、今頃誰かと祝福式を挙げているかもしれないよ?」

「彼女は浮ついた女ではない。重婚を考えるわけがない」

「女なんてわからない生き物さ。信用しすぎると後で後悔するぞ。ま、俺はひとり身だからそんな心配もなくて楽だけど。なんでかわいい女を置いてまで入隊したんだよ」

「ここで手柄を立てて出世したいと思っている。休暇がもらえたらすぐに会いに行く」

「休暇なんて、まだまだ先じゃないか。砦問題が終わるまで俺たちは休みなし。それじゃあ奥さんにとっては、夫なんていないのと同じさ。今頃さびしがっているんじゃないのか」

「彼女は、私を待つと約束してくれた」

 むっとしたフェールに、ルヴェンソは噴き出して笑った。

「うわあ、本気で怒っている? そんなに愛しているのか。ま、ディンはいい男だから、奥さん、ちゃんと待っていてくれそう。俺と一緒に休暇が取れたら奥さんに会わせてくれよ」

「ああ」

 フェールは、それはないだろうと思いながら、適当に話を合わせる。「そう言うルヴェンソこそ、なぜ結婚もせずにここにいる。貴族の息子なら、こんなところで泥まみれの訓練に明け暮れる必要などないだろう」

「俺は好きで兵隊になったわけじゃない。俺の兄弟は、女や母親違いも入れると十五人もいて、母親の身分が低い俺は、どうでもいい存在だったのさ。俺は息子としては七人目で、貴族としての仕事もなくて、家でぶらぶらしていたら、親が勝手に俺を軍に入れてしまったんだ。俺は戦いなんて嫌いだ。戦いが始まったら一番に逃げたい」

「そんなことをしたら、二人一緒に上官に殺されるだけだ」

「それも困るけど」

 ルヴェンソは朗らかに笑う。


 フェールの心は、この悪気のない男と軽い会話をするたびに、下向きになっていった。ここを脱出するためには、この男を切り離さないと自由はない。

 ──心を強く持つのだ。私は、ルヴェンソを倒して自由を得る。私たちは敵同士だ。

 必ず近日中にこの基地を破壊し、アンジェリンを連れてセヴォローンへ戻る。

 ルヴェンソを殺せないなら、誰にも気が付かれないように一瞬で気絶させなければならない。倒す機会は、用足しに出たときしかない。

 ゾンデとの打ち合わせでは、この軍に潜入しているセヴォローン兵二名も、夜の用足しの時に相棒をテントから連れ出し、密かに倒して自由になる計画になっている。


 集合を告げる上官の声が聞こえ、軽い会話を楽しんでいた二人は、飛び上がるように立ち上がり、大急ぎで整列した。少しでも遅いと殴られる。


「全員整列、平伏せよ。教皇様がじきじきにお出ましになられた。教皇様は、皆のためにシャムア神に呼びかけ、加護を祈ってくださる」

 フェールたちは言われたとおりに頭を下げた。

 教皇は腹が出た中年男で、聖職者用の真っ白な衣を身に着けていた。白く丸い帽子には、細かく豪華な金刺繍が施されている。首から下げているのは大きな金のシャムア神像。宝石がはめられた大きな腕輪も黄金のようで、太陽の光を反射してキラキラ輝いている。


 教皇は、ひれ伏す兵たちを前に、長々と演説を始めた。

「勇敢なるシャムアの兵たちよ、シャムア神は、必ず守ってくださいます。私を信じなさい。悪しき者は排除され、清く正しい者が生き残ります。正しい心を持てば、必ず神の加護があるのです。近年の国王の横暴な振る舞い、シャムア神がお許しになるはずがありません。王を信じてはなりません。王は王宮の奥へこもって民のことなど忘れているのです」


 フェールは、教皇の話をおとなしく聞いていたが、だんだんと不快になってきた。

 教皇は公然と国王を批判している。同じ王族として聞いていて気持ちがいいものではない。

「兵たちよ、王のために戦うのではなく、神のために戦いなさい。神はセヴォローンが作った悪しき砦の粉砕を願っておられることでしょう」

 ――なんだ、この教皇は。戦を前にした兵たちへの激励ではなく、宗教を押し付けたうえ、シャムア王の悪口を吹き込みに来たのか? しかも、セヴォローンの砦を破壊することを推奨しているではないか。


 教皇は、王様のようにあがめられて帰っていった。

 フェールは、それを見送るルヴェンソが、眉を寄せてひどく険しい顔をしていることに気が付いた。いつも明るい彼がこんな顔をしたのは初めて見た。共に暮らすうちに、ルヴェンソがシャムア教信者ではないことはわかったが、彼の教皇を見る目は異様にとがっている。

 夜にテントで眠る時間になっても、ルヴェンソの不機嫌顔は直らない。

「ルヴェンソ?」

 フェールが見かねて声をかけると、ルヴェンソの怖い顔は一瞬で消えてしまったが、彼はフェールに耳打ちした。

「ディン、教皇を信じるな。あいつは、国王陛下を幽閉して好き放題やっている悪人だ」

「そうなのか? だが、シャムア王は海賊と手を組んでいると聞いた。悪人は王の方だろう?」

「逆だよ。海賊とつながっているのは教皇の方さ。それを国王陛下のせいにしている。みんなを間違った情報で洗脳しやがって。陛下はあいつに幽閉されて自由に動けない。貴族でも簡単に近づけない状況に置かれている。それは本当だ」

 フェールは、ルヴェンソはやはり貴族の息子なのだと思った。彼の家は、長年国王に仕えてきた一族で、国王の悪行を素直に信じることができないらしい。

 完全に王党派であるルヴェンソの気持ちはわかるが、彼が主張する教皇悪人説をそのまま信じるわけにはいかない。薬師の村のルウニーは、シャムア王が悪だと心から信じていた。国王は海賊と結託しており、民が被害を受けても助けはしないと、少女は言っていたのだ。


 フェールは、ルヴェンソの横顔を盗み見ながら思いを巡らせた。

 ――教皇、シャムア王、どちらが悪いのだろうか。

 思えば、イガナンツ村が襲われた時でも、治安兵たちは、確かに、すぐに助けには来なかった。治安兵が現れたのは、村人たちが海賊を全員捕まえてからだった。治安兵たちが出動時間をわざと遅らせて、海賊たちが略奪する時間を与えた、と考えることもできる。海賊たちが想定外に捕まってしまっていたから、裏での癒着暴露を防ぐために、全員口封じに殺して処分。あのとき現れた治安兵たちは「国王の命令により海賊を処刑する」と言ったが、王の名を使って命令を出していたのは、教皇だった可能性もある。


 フェールは、今日の教皇の『布教』を思い返した。

 ──ルヴェンソの方が正しいかもしれない。では、我が国の真の敵は、シャムア王ではなく、あの教皇なのか。海賊を保護しているのは、本当は教皇の方で、教皇が軍を勝手に動かして我が国の砦を破壊しようとしているのか?


 海賊に思いを巡らせたとき、海賊虐殺の場を思い出してしまった。そして、それを必死で阻止しようとしたアンジェリンの泣き顔も。

『人が死ぬのを黙って見ていられなくて……』

 彼女はそう言って泣いた。

 ──彼女は間違っていない。しかし、どうしようもなかったのだ。

 フェールは、こみ上げる思いに耐え、狭い寝床の中で寝返りを打った。

 ──私の手はまた誰かの血で汚れる。アンがそれを望んでいなくても。



 翌日、ルヴェンソは朝から体調不良を訴え、訓練に出ることができなかった。フェールは、熱を出しているルヴェンソを傷病者用の小屋に残し、一人で作業をすることを許された。

 単独行動ができるのは今しかない。澄み切った青空を見上げ、心を決めた。ここ数日、晴天続きで空気は乾燥しており、少し風もある。こういう日が来るのを何日も待っていたのだ。放火するならこれ以上の好条件の日はない。

 ──今ならば、ルヴェンソを倒さず済む。今宵、ここを離れよう。

 ひとりならば動きやすい。

 休憩時間にゾンデに近づくことに成功し、打ち合わせておいた決行の言葉を伝えた。

「おまえとは二度と戦いたくない」

 ゾンデはフェールの顔をちらっと見ると「同感だ」と答えた。ゾンデの横には相棒がいる。深い話はできない。この合言葉で充分なはずだ。


 その日の訓練を終え、テントに戻ったフェールは、荷物袋の中身を整理するふりをして袋に手を突っ込み、密かに持ち込んだ毒針を袖口に装着した。着火油の小瓶もさりげなく懐にねじ込む。頭の中で練った作戦の手順を何度も繰り返す。失敗は死。

 ルヴェンソは夕方になって熱が下がり、傷病小屋からフェールの隊が寝泊まりしているテントの方に戻されたが、本調子ではなくずっと眠っていた。相棒が今日一日寝込んでいたことは、見張り兵にも報告済みで、ひとりきりで用足しに出ても怒鳴られることはない。


 ──もうすぐだ。間もなく月が真ん中まで昇る。そしたらゾンデが相棒を用足しに誘い出し、隙を見て切り離して動き出す。私は船に放火。騒ぎにまぎれて、ゾンデが武器庫に放火し、セヴォローンから来た他の二名が私の手伝いにやってくる。すべてが終わったら全力で馬屋へ走り――


 ただ、ゾンデが予定通りに事を運ぶことができるかどうかはわからない。テントの中で生活している兵たちは、月を見ることができない。月の位置で正確な決行時間を知るためには、頻繁に用足しに出るしかない。それを怪しまれたら終わりだ。


 突然、背後から声をかけられ、荷物を探っていたフェールは、飛び上がりそうになった。いつのまにかルヴェンソが、フェールのすぐ後ろに、赤い顔でにじり寄ってきていた。

「なんだ、ルヴェンソか。どうした、気分が悪いのか?」

 テントの中には他に数人が横になって休んでいる。

 フェールはすぐそこで寝ている他の兵たちに気を付けて声を落とした。

「病人はおとなしく寝ていろ」

「用足しに行きたい」

「……私も今、行こうと思っていたところだ」

 ──寝ていたなら無傷で済んだものを。

 フェールはルヴェンソを連れてテントを出た。


 二人で、用足し場所と定められている水辺の桟橋に向かってゆっくり歩いた。月は間もなく真ん中近くに差し掛かっている。間もなく決行の時。

 フェールが闇に動く見張り兵のたいまつの位置をさりげなく確認していると、突然ルヴェンソが小さな声で言った。

「ディン、おまえは何者なの?」

 フェールは後ろを振り返り見張り兵の位置を確かめた。見張り兵二名が遠目に巡回しており、ここは見える位置にあるが、用足しのすべてまでじっと見られているわけではない。

「セヴォローンから女連れで逃げてきた平民だ」

「嘘はいらない。俺は何日もディンのことを見てきた。おまえはどう見ても普通の兵士じゃない。最初は、おまえは教皇の命令で軍にまぎれこんだ暗殺者かと思ったけど、そうならば、なぜ俺を殺さない。いつでも俺を殺せたはずだ」

「急に何を言う。私はごく普通の兵士だが?」

「ごまかさずに答えろよ。ディンは俺の敵? 味方?」

 フェールは袖口に忍ばせた毒針にそっと指を伸ばした。 

 ――すまぬ。

「ルヴェンソ、おまえは大切な友だ。だが」

 ――アンの元へ戻るために。

 すばやく手を動かし、ルヴェンソの首筋に毒針を突き刺した。

 驚いたルヴェンソがよろめいた瞬間に、フェールはさっと彼の口を押えて悲鳴を上げないようにし、二本目の毒針を頬に突き刺した。

 まだ熱が下がったばかりのルヴェンソは、二本の毒針攻撃に耐えられず、軽いうめき声をあげると、ふらふらとその場にしゃがみ込んだ。

「だからおとなしく寝ていろと言ったのだ」

「ディ……ン……」

 ルヴェンソは震え出し、口をパクパクさせていたが、みるみる唇が腫れ、はっきりしゃべることができなくなってしまった。

「さらばだ、ルヴェンソ。その毒が致命的なものでないことを祈る」

 フェールはその場にルヴェンソを横たえ、全力で走り去ろうとしたが。

「おいっ、そこのやつ、どうした?」

 ルヴェンソが倒れたことにに気が付いた見張り兵二名が駆け寄ってきた。

 フェールは舌打ちしたくなる気分を隠し、あせったふりをした。

「急に倒れたんだ。今、誰かを呼びに行こうとしていたところだ。ちょっと見てくれ、様子がおかしい」

 見張り兵たちが、倒れたルヴェンソに駆け寄り、様子を確かめるためにしゃがみこんだ。

 ――もう後戻りはできない。私は友を殺しででもやりとげる。

 フェールはすかさず背後から見張り兵たちに飛びかかった。


「ふう……」

 フェールは、見張り兵二名を倒し、剣を取り上げ、急ぎその場を離れた。まだ誰にも気付かれていない。ルヴェンソはまだ意識があり、言葉にならない低いうめき声をあげていたが、もう振り返らなかった。ここまでは予定通りにできた。

 目指すは船。逃走用に一隻だけ残し、あとは全部放火して川に流す。細心の注意を払いながら移動する。今のところ、誰の目にも留まっていない。遠目に、用足しに来る二人連れが見えたが、それが敵か味方かはわからない。

 川岸に生い茂る草に身を隠しながら、繋がれている軍船に近づく。百人以上を運べそうな、きちんとした船室のある大きな軍船は二隻。この二隻だけはどうしても使えなくしたい。あとはどれも、漁船や渡し船のような小舟ばかりで、破壊しそびれたとしてもそれほど問題にならない。

 船上の見張り兵に注意しながら、川岸を這うように移動し、腰まで水につかりながら、軍船のすぐ横までたどり着いた。しびれるほどの水の冷たさに耐えながら、着火油を船の横っ腹に線を引くように擦り付け、先ほど入手した二本の剣をカチンと合わせて火花を出せば、あっという間に炎が立ち上がった。すぐに船から離れ、もう一隻の軍船の横へ。


「おい、火事だ!」

 軍船の船上にいた見張りが周囲を見回したが、その時にはフェールはもう次の標的に移動していた。船の周りにいつまでもいたらすぐに見つかってしまう。炎は着火油を伝い、船はほどなく大きな炎に包まれた。

「あっちの船も燃え始めたぞ! 敵がどこかにいる! 太鼓を打ち鳴らせ!」

 船の見張り兵が大声で叫んだ。

 フェールは無人の小舟の方に移動し、太鼓の音にまぎれて剣で船底に軽く穴をあけ、綱を切った。小舟たちは少しずつ浸水しながら流されていく。

 駐留軍の武器庫から火の手が上がったのはその直後だった。

 フェールはほくそえんだ。

 ――ゾンデが約束通りやってくれたか。

 緊急事態を告げる太鼓が激しく打ち鳴らされる中、フェールは馬屋に向けて、まっしぐらに走って行った。

「おい、そこのやつ! 待て!」

 背後から誰かの声がかかったが、フェールは無視して走り続けた。

「そいつを捕まえろ! 剣を持っている」

 フェールの行く手をふさぐように数名の兵士が立ちふさがった。

 ──アンが私を待っている。

 フェールは全力で彼らに切り込んでいった。


  ◇


 その日の夜も、ささやき亭は夜の営業を終え、亭主、アンジェリン、マロロスは、いつも通り三人で客用の円卓に腰かけ、余った料理で夜食をとっていた。


「【鳥肉】を【捕り】に行く? ふふふ」

 アンジェリンの洒落に亭主は、ぷっ、と笑い、マロロスは目を輝かせる。

「アンは駄洒落がうまいなあ。よく毎日そんなにポンポンと出てくるね。どうやったらそんなに思いつくの?」

「いつも無意識に考えているから。【鳥】の餌を【取り】換えるとかね、トリという言葉ならいろいろ作れるわ」

 マロロスは黒い瞳を亭主に向ける。

「おじさんも何か洒落を言ってみてよ」

「うううう……えええっと……【しゃれ】を言うために【洒落】た服を着た」

 亭主が広い額を照れくさそうにこすると、マロロスがからかう。

「あはは、無理やり駄洒落にしたぁ!」 


 そのとき、外から馬が走ってくる音が聞こえ、ここの前で停まった。 

 玄関扉が、乱暴にドンドンと強く叩かれ、複数の男の声が聞こえる。

「開けろ! シャムア国軍だ」


 アンジェリンは、息を引いた。

 どうしていいかわからず、座ったまま動けなかった。

 ──シャムア軍? グフィワエネだったマロを捕まえに来たの? それとも。

 亭主はあわてずに、すぐにマロロスに指示を出した。

「マロ、俺の部屋に行って隠れていろ」

 少年は素早く動き、カウンターの向こうにある私室へ姿を消した。


 亭主が扉を開くと、四人の男が酒場内に入って来た。全員が対外向け部隊の兵士であることを示す青い星が付いた軍服を着ている。


「兵隊さん方、お泊りでよろしいですか? 酒場は、残念ながら本日の営業時間は終了しております」

 亭主が愛想よく迎えたが、男の一人が、いきなり亭主の胸ぐらをつかんだ。

「ひっ、兵隊さん!」

 目を白黒させて驚く亭主に、つかんでいる男は脅すような大声を出した。

「宿泊に来たのではない。我々は負傷した男を探している。この宿にかくまっていないだろうな」

「そんな怪我をした人は来ておりません」

「きさま、嘘を言ったら叩きのめすぞ。その男の妻が、この宿にいるはずだ。こいつか?」


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