命名の儀(固い言葉使っているだけ)
ロックと旅を初めて数日が経った。
アタシたちは今このトラメイの星にいる三人の守護者が持っている秘宝のカギを求めて、アタシがまだ会っていなかった三人目、海の守護者の住む島へと船の舵を切り、海の守護者チェンジャを訪ねてやってきた。
そこでアタシたちは鍵をもらう代わりとして孫の儀式を成功させてほしいという依頼を受け、島の中にある遺跡へと入っていき、見事に依頼を達成した。
仕事も終わり、儀式も無事終了したコーラルを祝う祝宴にアタシたちも出席させてもらい久しぶりにお腹いっぱいに料理を食べて満足しているアタシたち。宴の席もお開きとなり、今は彼と二人、家代わりにしている宇宙船に向かって月明かりの夜道を歩いている。
一緒に勧められた地酒が殊の外美味しく、ちょっと飲みすぎていい気分になっている。雲の無い晴れた夜空には大きな満月が蒼白い光をゆっくりと地上に振りまいている。
アルコールの入った頭はフワフワと世界を楽しく高揚させ、海の香りを運んでくる潮風とほんわかとした月の光、アタシはその中をフワフワゆっくりと泳ぐように歩いていた。
ふわふわ
空と海の感覚が曖昧になってきた頃、ふと自分だけ楽しくなってきていた事に気付き、同時にロックの姿を見失っていたアタシは、身体ごとクルリと回って彼の姿を探してみる。
彼はアタシの数歩前、両手を頭の後ろに組みながらゆっくりと歩いていた。彼も満足しているのか、シッポをピンと立てて先の方をユラユラと左右に揺らして機嫌の良さを表している。
空からゆっくりとふってくる月明かりは彼の身体の毛並みを優しく光らせている。
夕暮れ時の日差しを受けた彼の毛並みは輝くような黄金色をしていたけれど、ふんわりとした蒼白い月の光を受ける彼は、しっとりとした神秘的な金色を纏っている。
昼の時との雰囲気の違いにアタシは思わずテンションが上がってしまい、気が付けば彼の後ろ姿しか見ていなかった。
(うはぁ~、ロックマジ最高。何々、昼間もカッコよかったのに月夜になったらイメージ変わってまた別のカッコよさ出すとか、もう反則でしょ~。あぁ、もうダメ、飛びついて抱きついてそのまま押し倒して、あんな事やこんな事ぶちかましたーい!……あ、でも女からそんなことして変な目で見られるのもそれはそれでいやだし。だったらロックから来るように仕向けるか!あれとかあれを使えばロックも男だし何とかなるでしょ!襲われてそのまま求められたらどうしよう?どうもしないよね!そうなりたい訳だし!あぁ~、ロック!アタシの事を抱いて~!!)
……こらそこ、言いたいことは色々あるだろうけど、とりあえずそんなにドン引きしないでほしい。
好きな人の事を考えていると、ムネがドキドキするのはよくある事でしょう?そこにアルコールが入っていれば、ちょっとくらい本能、というか欲望に忠実な事考えてしまっても不思議な事じゃないでしょ。
……まあ確かに自分でもヤバい事になってるなとは気付いているけど、ホントの気持ちなんだから仕方ないじゃない!
などと一人で理由を付けて納得しようとしても頭の片隅では冷静に今の自分を分析しているものだから、自己嫌悪と言うか罪悪感で自分の心の中がいっぱいになっていくのが分かる。
いっそ何も考えられないほど酔ってしまえば楽なんだけどもう飲めない。そんな訳で悪いと思っているんだけと頭の中や感情は相変わらず目の前の彼の事ばかり。
時々風に乗って彼の声が聞こえてくるけど全然集中することが出来ず、何を話しているのか全く頭の中に入ってこない。
適当に相槌を打ちながら、自分でも気づかないうちに足早に彼に近づいていく。
手を伸ばしたら彼の肩を掴めそうな距離まで近づいた時、色んなものの勢いに任せて押し倒してやろうかと思って両腕を彼の肩に向けて伸ばした。その瞬間を狙っていたのかどうなのか、突然彼が振り返ると、今のアタシにもよく聞こえる声で聞いてきた。
「だからさ、オレ達のチームの名前とか、あの船の名前とか、そろそろちゃんと決めといた方がいいから。リカルは何か考えてたりとかしてない?」
「こ、子供の名前!?」
とんでもない大声で素っ頓狂な事を口走ってしまい、その直後アタシの身体は思考ごと完全にフリーズしてしまった。いくら妄想していたからってなんて事を言ってしまったんだアタシは。
彼もアタシの声に理解できなかったのか、ものすごく困った顔をしてアタシの顔を覗き込んできていた。いっそ笑い飛ばすか流してくれればまだ気が楽になるのに、何でコイツはこんなに気になっているんだ?
「あー、うん。名前って?」
辛うじて発することのできた掠れ声でアタシは彼に聞き直す。アタシの声に反応して、ロックももう一度説明をし直してくれた。
「や、だからオレたちもチームって事になったわけだから、ここらでチームの名前を決めておいた方がいいと思ってな。それでチームの名前決めるなら、あの船にも一緒にちゃんとした名前つけてやった方がいいだろ。オレもいくつか考えているけど、リカルは何かアイデアあるかなー、って思ったから聞いたんだけど」
「あ、あはは、そういう事ね。うーん、名前かぁ……」
ロックから話を聞いているうちに呼吸を整えて、どうにか落ち着きを取り戻すことは出来たけど、今度は別の問題が出てきたことに気付いて、アタシはそのまま固まってしまった。
「……何にも考えてないわ……」
アタシの声にロックも呆れたのか、頭の近くで自分の手を広げながら頭を軽く振って、呆れを表す動きをして見せていた。その動作にカチンと来たけど実際何もしていないから言い返すことも出来なかった。
「じゃ、二、三日中にいくつか考えといてくれよ」
そういってロックが話をしめてきたので、アタシも「わかった」と返事をすると、いつの間にか止めていた足を再び前に動かして、再び月光と潮風の中を泳ぐ気分で歩き出した。
「……そういえばさっきの子供の名前ってヤツだけど」
アタシがロックのそばを通り抜けようとしたまさにその時、突然狙ったかのように彼の口から出てきた言葉に不覚にもアタシは反応してしまい、全身の毛並みを逆立てながら変な声を出していた。
「ひょっとして子供が欲しいのか?」
茶化すでもなく、といって真面目に聞いてきているわけでもなく、興味というか関心で聞いてきたのが見てわかる態度はさすがに不快になった。
だから違うとのどまで出かかった言葉をいったん飲み込むと、アタシは若干陰を含んだ目でロックの事を睨みつけてみた。
「だったら何?アンタ、アタシが子供作るの手伝ってくれるの?」
「えぇ……」
思った通り彼に引かれた。そりゃそうだ、こういったことに慣れてなさそうなのだから。
でも自分で言うのもなんだけど、こんないい女の誘いを断るなんて、こいつにゃ女を見る目が無いのだろうか?
「そりゃ確かに興味はあるけど、今のお前とはヤリたくないなぁ」
ちょっと待て、なんだそのゴメンねみたいな表情は?なんでアタシが振られたみたいな風になってるんだ?こんな態度をされたものだからアタシの頭の中で何かがキレた。
アタシが不満とか何様のつもりだ!そう思った瞬間、アタシは一足飛びでロックとの間合いを詰めると右の拳を握りしめ、彼の顎を右のアッパーでぶち抜いた。
ロックは油断していたのかアタシの動きについてこれず、驚くほどきれいに攻撃が入った。彼の身体は少し宙に浮いた後、仰向けになって地面に落ちる。
「冷めた!帰る!寝る!!」
アタシはそう片言で言い捨てると、速足でその場を立ち去った。
ロック?大の字で仰向けにひっくり返っているネコなら後ろにいるけど。この島は結構暖かいから一晩位放っておいても大丈夫でしょ。
あの日から二日が経った。今は船の慣らし運転を行いながら、この船の全体調査を行っている。
今アタシは船内のコンピュータを復帰させながら、船の全コンピュータをアタシの使っているコンピュータにオンラインさせる作業を行っている。
自室として確保した、執務室とプライベートルームで出来ている船長室で作業していると来客を伝えるチャイムの音が聞こえてきた。
入口まで出向いて部屋のドアを開けてみると、そこにいたのは屈託のない笑顔をアタシに向けながらヒラヒラと手を振るネコだった。
「なーによ、こっちは忙しいのに随分暇そうにしちゃってさ」
「なんだかこの間から嫌われてんなオレ。なんかしたっけ?」
精一杯の皮肉で出迎えてあげると、アタシの不機嫌な理由がよく分かっていないロックは苦笑いをしながら部屋の中に入ってくる。
理由が理由だから口に出すことはしないが、それがかえって彼の事を困らせている。だからと言ってそれでアタシが罪悪感を感じることはないけど。てか、もっと悩め。
「それで、どんな用事?」
暇そうに見えるがこいつもたくさんの仕事を抱えている。用も無しにアタシの部屋を訪れることも無いので、とりあえず聞くことだけは聞いてみると、彼はアタシが仕事をしていた机の空きがあるところに腰を掛け、こちらが声をかけるのを待っていましたとばかりに口を開く。
「ほら、一昨日船やチームの名前、何か良いやつ考えておけよって話していたろ?そろそろどうするか決めようと思って」
ニコニコしながら話してくる彼の声に耳を傾けながら記憶を呼び覚ましてみると、確かにそんなことを言われたことを思い出す。というか今思い出した、つまり全く何も考えていない。
アタシの態度の不自然さを読み取ったのか、ロックが近づいてきてアタシの顔を覗き込む。ネコ特有のツリ目に、アタシの事を伺う怪訝の色が混じっているので、観念したアタシは彼に何もしてないことを正直に伝える。
「ちゃんと言ったよな、オレ」
「だから忙しくてできなかったのよ」
「だからって、船もチームもリカルの名義になるんだから、何も考えていないってのは問題だろ」
そういわれたら反論出来ない。この船はアタシの所有物だし、ロックを村から連れ出した時点でアタシが彼をチームに引き入れた事になるから、アタシがチームリーダーということになっている。何より彼がチームの全てがアタシのものだと了承している。だから自分のものに名前を付けろと言われるのはもっともな事だ。
「本当に何もアイデアが無いならオレが考えた名前にするか?」
……後から考えるとこの言葉に安易に飛び乗ったのがいけなかった。正直考えている暇がなかったのでありがたいと思いつつ、見せてと頼んで彼が名前を考えて書き留めたメモ帳を見てみると、格好いいものに憧れだした子供が考えるような奇抜なセンスの名前が沢山湧いて出てきた。
見せてといったが流石にこの中から選んでつけたい名前が無い。だからアタシは正直にロックの考えた名前は使いたくないと伝えた。
「バカ言ってんじゃねえよ!何も考えていないくせして人のアイデア全却下とか、許されると思ってるのか!?オレの考えたやつ、二つともにつけるのがイヤだってんのなら、どっちか片方に使ってもらうぞ!」
「それはホント勘弁して。ロックの考えた名前は見てるだけで恥ずかしいよ」
「何だと!そこまで言われちゃオレも引けねえよ!オレとお前で一つずつ出す事にするぞ。リカルもすぐ名前考えろ!」
「……藪蛇った」
ぽつり呟くとアタシは執務用の机に向かい、紙とペンを取り出すと単語を適当に書き連ねだした。
思いつくもの、手当たり次第に書いていき、四十ほど単語を書き出してから今度はその単語を色々組み合わせてみた。
「随分テキトーにやりだしちゃって、もー」
呆れてものを言ってるのだろうけど、明るい声で言われたのでなんとなくのほほんとした何も考えてないような感じに聞こえてくる。
そんな彼の声を聞いて、内心は苦い表情しながらも見かけは無表情を作り、あなたの言葉は無視してますよ、と恰好を付けながら作業を再開する。するとたまたま目に飛び込んできた単語の組み合わせがとても印象に残った。
「……アタシ、船の名前つけていい?」
それが印象に残った理由はPRSの発する光輝く波をかき分けて進む船体をこの前見たから。そう思うとこの名前以外この子に合う名前が思いつかなかったし、ロックの名前なんてものはもってのほかだ。
「じゃ、これが船の名前?……カッコいいじゃん、オレはこれでいいぜ。そんじゃオレはチームの名前だな。んーと……。これにしたいな、オレ」
メモから選んでマルを付けた彼が笑いながらアタシに名前を見せてくる。正直これも選びたくない名前、と思ったことが口から出そうになるのを懸命にこらえながら、この名前でいいよと彼に伝えた。またキレられてウザくなられちゃたまらないしね。
とにかくこうして名前を決めると、ロックも納得したのかバインダーに留めていた紙に何かを書き込むと、ありがとなと一言だけ言って部屋から出ていった。
彼がいなくなった部屋でアタシは、心なしか疲れた身体を持ち上げる様に気を入れ直すと、作業途中だったコンピュータに向かい直って作業を再開し始めた。
これがアタシとロック、二人の初めての共同作業の話。
……遺跡潜りは違うのかって?あれはコーラル達への協力だし、そもそも二人で何かしたわけでもないしね。この子の修理を手伝ってもらった時はまだ一緒になったわけじゃないからノーカンでいいでしょ。
とにかく決まった名前を他の乗組員達に伝えたらおおむね好評だったのでとりあえず一安心した。
名前一つでも何かを決めるの揉め出したら時間が掛かるからね。
そんなこんなで船とチームの名前も決まり、アタシ達の旅もまた一歩前に進みだした。トラメイでの用事も終わり、次はいよいよ宇宙港からこの子を使って宇宙に飛び出す。
心配したところでなるようにしかならないから、今のところは予想以上にクルーが増えたことで手持ちの資金が足りるかを心配するとして、無事に宇宙に出れる様、どうかトラブルが起きませんように!!