4.僕の目標は
「山田さんは編集者だからそれで良いのかもしれませんね」
豊満な胸をした女性はそうかすれた声を出した。
チープな照明が田中さんに影を落としている。
「私はマンガ家になることを両親に反対されています。そんなことをさせるために学校に行かせたんじゃないって」
そう鼻息を荒くする彼女。かすかに呼吸が乱れていた。
「だけど私にも意地があります。バイトをして生活費を稼いで、空き時間でマンガを描いて、ようやくここまで来たんです」
その必死な表情には圧倒されるものがあった。
「私にはこの作品しかないんです。このマンガと心中するつもりです。山田さんにはその覚悟があるんですか?」
いや、僕にはそこまで思い入れのある作品じゃないし。
それに商業誌なんだから、内容が被らないようにするのは常識でしょ。
「他の人が面白いから何ですか、つぶし合いになったら勝てばいいじゃないですか。これからもそうやって言い訳ばかりしていく人生を送るんですか」
だいぶフラストレーションが溜まっているな。
僕は聞き役に徹することしか出来ない。
「他人事じゃないんですよ。わかってますか」
「僕だって一生懸命にやっているつもりです。これ以上何をすれば良いんですか?」
「だから打ち合わせをしようって言ってるじゃないですか」
「野球マンガ以外なら話し合いに応じますよ」
むー。そう唸り声を上げる田中さん。
頭を押さえて沈痛な面持ちである。
「山田さんの目標って何ですか?」
「それはもちろんヒット作を出すことですよ」
「ですよね。他の人や他の作品に構っている場合じゃないんです」
巨乳を揺らして立ち上がると、彼女は身振り手振りを交えて力説した。
「自信作で勝負できなくて、何が作家ですか。何が編集者ですか。私の目標は、少しでも多くの読者に感動を与えられる作品を描くことです。そのためには回り道をしている暇なんてないんですよ。――取り乱してすいませんでした」
田中さんはふっと我に返ったのか、そう着席した。
そうなんだよな。
僕は彼女の視線から逃げることなく、思考する。
このままじゃきっと後悔するだろう。
もっとちゃんとやれば良かったなって、同期が出世したころに思うんだ。
でも、それじゃあ遅いだろ。
今やらなければ駄目なんだ。
僕は読者だけじゃない。作者と向き合うことすら出来ていなかったんじゃないのか。
いつも上の顔色ばかり気にして、肝心なことからは逃げ続けて。
今度は目の前にある豊満な胸からも目を逸らすつもりか。
バカか、僕は!
おっぱいから逃げるなんて、男のすることじゃねえ。
「わかりました。田中さん」
僕の胸中には熱い闘志が燃え盛っていた。
「この作品を煮詰めていきましょう! 次こそは絶対に連載を勝ちとるんです」
「どうしたんですか、いきなり」
そう引き気味に応じる田中さんに、僕は初めて心からの笑みを向けることが出来た。
「そのおっぱいを見て思い出したんです。僕の目標はヒット作を出すことです」
待ってろよ、斎藤。
お前の野球マンガよりも面白い作品にしてやるからな。
僕はそう密かに誓うのであった。