3.連載会議
「田中さん。これは連載会議に回しましょう」
何度も何度も原稿を熟読し、テーブルに置く。
近所のファミリーレストランで、僕と田中美麗さんは打ち合わせをしていた。
「ええ、ぜひお願いします」
田中さんはストローをつまんでメロンソーダを飲み始める。
僕は原稿ではなく、彼女の美貌に見惚れていた。
「ところで山田さん」
パンケーキにフォークを刺しながら、田中さんは目を細める。
「連載会議ってどれくらいの枠があるんですか?」
彼女の髪の毛を掻き上げるしぐさに色気を感じつつ、僕は答える。
「連載が終了するのは2作品ですから、枠は2つあります。しかし新連載の立ち上げを考えている作家が何人いるかはわかりませんし……」
「大丈夫ですよ。山田さんもそう思いますよね?」
彼女は明るい笑顔で微笑みかけてきた。
僕はそういう不意打ちに弱い。
「う、うん。もちろんだよ」
小さな口でパンケーキを食べる彼女を黙ってみていると、田中さんはまた相好を崩した。
いよいよ連載会議の当日がやってきた。
僕は出席できないが、上司である大原班長がこの会議に出席する。
相変わらず渋い顔をされたが、例の原稿を持って会議室へと向かってくれた。
「いけるよな。いけるはずだよな」
僕はデスクの上で両手を組み合わせ、祈ることしかできない。
肩をトントンと叩かれた。同期の斎藤だ。
こっちへ来いよと、指を休憩室の方に向けている。
僕は仕方なく立ち上がり、インテリメガネのあとを追った。
「その様子だと、お前も連載会議にネームを回したみたいだな」
缶コーヒーをよく振りながら、斎藤は水を向けてきた。
「そうだよ。今回は自信作だ」
缶コーラをよく振りながら、僕はプルタブを起こした。
ぶしゅうと、たちまちに甘い液体が溢れ出てくる。慌てて床を拭いた。
「おいおい、大丈夫かよ」
丸テーブルに缶コーヒーを置いて、彼は苦笑した。
「すまないな」
そうハンカチをポケットにしまう。脚の付け根がひんやりとした。
「今回の新連載は、スポーツマンガが採用されると思う」
斎藤は金色の缶をゴミ箱に捨てると、
「ギャグ、バトル、お色気、ミステリー、ホラー。うちは他誌と比べても幅広いジャンルを手掛けているが、スポーツマンガはまだ開拓できていない。先人達もことごとく失敗してきた。だからこそ必要なんだ」
なるほどなー。さすがインテリメガネだ。
炭酸飲料を飲み干して、僕もゴミ箱に捨てた。
「で、斎藤はどんなマンガを出したんだ?」
「コピーを取ったんだが、読んでみるか?」
「うむ、点検」
「大原班長かよ」
そう脇に抱えたファイルを差し出してくる。
僕は暇つぶしのつもりでそれを受け取った。
"野球賭博~甲子園を目指す者たち~"
高等学校野球連盟は健全なる人間性の発育だけでなく、プロとしても活躍できる人材を欲するようになった。そこでとある法案を国会に提出し、国会はそれを受諾した。その法案とは高校野球賭博の解禁である。
甲子園の初戦でどの高校が優勝するかを予想させ、その金額の多寡によって、出場校に相応の金銭を分配していくのだ。
学校側は少しでも知名度を上げて投票をしてもらう努力をするし、野球に興味のない人間もこれなら引き込めるかもしれない。
だが、主人公の所属する野球部は無名の弱小校だった。
果たして彼らは甲子園で勝ち抜くことが出来るのか!?
「面白い。少年マンガなのにアンチ野球で勝負しているところが斬新だ。それに内容もかなりエグいな」
僕は感心の溜め息を漏らす。
「利権が絡めば大人はすぐにこうなる。そういったダークな面も見せつつ、表向きは爽やかなスポーツマンガだ。そのコントラストも絶妙だろう」
眼鏡をくいっと持ち上げて斎藤は口角を上げた。
「ところで山田はどんな話を持って来たんだ?」
内心ではやられたと思いつつ、僕も野球マンガであることを伝えた。
ストーリーに方向性の違いはあれど、おそらく連載会議に通るのは……。
「そうでしたか。残念です」
田中さんはハンバーガーの包装紙を解いて、口をつけた。
「どこが悪かったのか2人で話し合いましょう」
そうクリームチーズを舌で舐めとる彼女。
あなたはわかっていないんだ。あなたの作品では通過できない。
脳裏に斎藤のしたり顔がよみがえる。あいつは連載会議に通ったのだ。
「田中さん。野球マンガはやめましょう。上もそう言ってました」
僕はフライドポテトを食べながらそう忠告する。
「野球マンガはやめる? なんでですか、あんなに賛成してくれてたじゃないですか」
そうカップサラダにフォークを突き刺して硬直する彼女。
「実は今回の連載会議で、べつの野球マンガが採用されたんです。もし次回の連載会議で合格したとしても、本誌ではきっとつぶし合いになります」
僕は紙コップにストローをねじ込んで、コーラを少しすすった。
「僕も拝読しましたが、向こうの方が面白かったです」
そう言って反応をうかがう。
田中さんの目が、次第にうるんでくるのがわかった。