2.安請け合い
「持ち込みを希望していた田中美麗さんで間違いないかな?」
僕はパーテイションで仕切られただけの空間に面会者を連れてきた。
「はい、そうです。私の作品をぜひプロの方に評価してもらいたいと思い、ここまで来ました」
田中さんはそう目を輝かせて身を乗り出した。
胸元についている入社許可証のバッジが大きく膨らんでいる。
すごい巨乳だ。眼福眼福。
「うん。では早速拝見しようかな」
「ぜひお願いします!」
彼女は笑顔で原稿を手渡してくる。
僕はその表情に既視感を覚えたが、どこで会ったのか忘れていた。
数枚をぱらぱらとめくってみて気が付いた。
細かい指摘はあとだ。これはおかしいだろ。
「ちょっとこれ。少女漫画の絵のタッチだけど、熱血系の野球マンガじゃないか」
「そうなんですよ。少女漫画ってこういうの少ないじゃないですか。だから少年マンガならいけるかなと思って持ち込んだんですけど」
そう彼女は悩ましそうに腕を組む。
胸のラインが露わになったところで、僕は彼女のことを思い出した。
「それもそうなんだけど……」
まずは連載会議に通るかどうかが問題だし、上にはなんと言われるかわからない。
このままヒット作が出せなければ左遷だってあり得る話だろう。だけど、
「面白いな!」
僕は思わず快哉を叫んでしまった。
「野球部に入部したのはモテたいから。こんな不純な動機にもかかわらず、この主人公は応援したくなる」
「そうですよね」
「しかも女の子が上手に描けてる。女同士の嫉妬も同性だからこそのリアリティが感じられるし」
「ありがとうございます」
「ストーリー性はこれでいいから、このまま3話分描いてくれ。終わったら僕のケータイに電話をくれないか」
そう自分の名刺に電話番号を書き込んで手渡した。
「ありがとうございます。また連絡しますね」
焼き肉屋の巨乳なお姉さんは、頭を下げて社内をあとにした。
僕のケータイに着信音が鳴ったのは次の日の夕方だった。
ちょうど定時で退社をしようと思った時分である。
「はい、もしもし」
そうケータイ電話を耳にあてがう。
「山田さん。もう描き終わったんで原稿を取りに来てもらっていいですか?」
「了解。今すぐ行くよ」
そう電話を切ってタクシーに乗り込む。
新井はいつも茶色の封筒に原稿を入れて編集部に郵送していたが、先日の一件があったからなのか、僕を仕事場へと呼び出した。
一体どんなことを言われるんだろう。
僕は冷や汗を流しながら、暮れていく夕焼けを眺めていた。
「これでどうですか。ご納得いただけました?」
狭いアパートの一室で、新井は原稿を用意して待っていた。
アシスタントはいない。
床にはインクをこぼした痕跡があり。
仕事机には背景カタログの資料が雑多に積み重ねられていた。
「どれどれ」
そう原稿をチェックしていく。
ストーリーに不備はないか、矛盾はないか。
「よし、これでいこう!」
「頼みました。じゃあ俺は寝ます」
彼はそう言うと、おもむろに布団を敷き始めた。
よく見ると目の下は黒く、夜通しで描いていたことがうかがえる。
「先日は無責任な発言をして申し訳ない。反省しているよ」
「謝罪とかいいですよ。あなたの性格が変わらなければ意味ないです」
新井は掛け布団をずっぽりとかぶってしまった。もう話すことはないと言わんばかりに。