陸ノ章
物語の性質上、時代背景や武術等にはズレや勝手な解釈が含まれて居ります。
「いずれに名のある御仁とお見受けするが…」
東五郎秀次が誰何の声が低く響く。
「… 」
黒衣の男は黙って顎をしゃくると、背後より生成りの高麗服を纏った数名が進み出でる。
暗鼠色の馬褂子を重ね着した壮年の男が直刀を掲げ、生成りの高麗服三人が矛を構え半包囲の形を取り始める。
「ふむ、どれ槍合わせと参ろうか」
「五郎は何処か!」
戎克船の甲板で大鉞を振るいつつ怒声を上げる。
「お屋形様ぁ、東殿は先に矢倉へ向かわれもうした!」
「詮無き事か… 槍衾築け!押し切るぞ」
伊予守を中心として、二間一尺(4.0メートル)素槍の穂先を揃え陣地を形成する松浦水軍。対して五尺五寸(1.6メートル)程の矛や片手剣を構える海乱鬼兵達。
「前進っ!」
伊予守の号令と共に、ずいっと陣形が移動を始める。
間合いを詰める為、踏み込んだ海乱鬼兵の頭上へと振り下ろしされる素槍。
〝ごずっ〟
「… ?…!」
鮮血を噴き出し崩れ落ちる海乱鬼兵。それを見た他の兵達に動揺が走る。
高麗人の感覚では、槍・矛は六尺(1.8メートル)前後の長さが一般的であり、「突く、薙ぐ」が通常の運用である。弓・弩等の遠距離兵器で交戦、接近後に使用される近距離兵器として考えられていた。無論、長槍も存在したがあくまで城塞防衛用と見做されていた。
しかし日本国内では長らく続く戦乱により、槍はその長さを増していき、二間槍、三間槍等が一般化しつつあった。
「蹂躙せよ」
腰を割り上体を左前半身下段、足構えは撞木足の東五郎に対し、矛を構える高麗兵は左前半身中段、平行足。
その表情には焦燥の色が浮かぶ。
既に二人の高麗兵が物言わぬ骸に姿を変え、馬掛子の男もその表情は焦りの色が隠せない。
通常一人と多人数の戦闘など袋叩きになって終わりと言うのに。
つまり、五郎はなんと〝逃げた〟のである。
背中を見せて走り出した五郎を、呆気に取られつつも追う高麗兵達。
振り向き樣に先頭の男の足を、十字槍が刈り転がす。思わず足を止めた二人目を突く。
立ち上がろうと上体を起こした先頭の男も同様に刺し貫く。
言葉にすれば簡単であるが、実際に行動するには余程の胆力が必要な戦術である。
「…。」矛で突きかかる三人目。
「まあ、卑怯とか言っとるのじゃろうな、しかし戦さ場に卑怯も辣韮もなかろうて」
突き出されてくる矛の穂先に拍子を併せ、一気に踏込み、後ろ手(右手)の手首を返しつつ捻り込む。
十字槍が虚空に螺旋を描き、矛の穂先を絡め跳ね上げる〝巻上〟から大きく引き戻し繰り突きをしごき出せば、枝刃が首筋を切り裂く。
「……!」
好機と見たか血飛沫の向こうから馬掛子の男が斬りかかる。
軸足を後ろに引くと、瞬く間に時計廻りに五郎の躰が反転し〝柄返〟脚、腰、上体の捻りが加わり石突が強かに一撃す。
「これはしたり…」
気付けば、黒い直垂姿の男の姿は見当たらず、途方に暮れる東五郎であった。
「又三殿、お戯れが過ぎますぞ、因幡守様や越前守様が何と云われるか…」
「心配するな、兄者達も此度の遠征は知っておる。鶴田の名は出さぬわ」