第9話 一難去ってまた一難
いつものようにカチャカチャという食器にスプーンが当たる音が教室の四方八方から聞こえてくる。
この音は給食が常に戦いの場である俺からしたらア◯スラーン戦記とかでよく聞こえる剣戟のようなものだ。 そう思うとなんかかっこいい。
しかしそんな悠長なことは言ってられない。いつもは味方のはずのパンが今日は敵なのだ。 いつも以上に苦戦を強いられるのは間違いない。
「今日のパン、セサミパンだね」
クスッと相沢は笑いながら言う。
こいつは俺がセサミパンを食べられないのを知っている。
「なんだよその含みのある言い方は。当然対策は練ってあるぞ」
「へぇー、机の中に隠したりとか?」
よく漫画で給食のパンを残したいがために机の奥底に隠しておいて終業式の日にカビだらけのパンが出てくるというのがあるが、あんなことをする奴は現実にはそうそういないだろう。
「そんなことはしねぇよ。机に入れてやり過ごすなんてただ問題を先送りにしているだけに過ぎないんだ。 俺は今日の敵は今日のうちに倒す。それが相手への敬意でもあるんだ。」
ちょっと誇らしげにしてみた。
「いつも食べ物を粗末にしてるのに敬意も何もないと思うんだけど」
「……はぁい」
ド正論が返ってきたのでまともに言い返せませんでした。
なんてキレのいいストレートなんだ。
まあいい、作戦の遂行のためとりあえず今はビーフシチューや鮭のムニエルを食べてごまかそう。
セサミパンだけにな。
俺は心の中でつまらないギャグを呟き、時が来るのを待った。
× × ×
そろそろだな、給食の食べている生徒が三分の一ほどになった時に「その時」はやってくる。
「よーし、給食当番はそろそろ片付けにいけー」
きた。 今こそ 今日の作戦を遂行する時だ。
準備をするだけが給食当番じゃない。
食器や鍋、ボウルを片付けるのも給食当番の役目だ。
すでに食べ終わっている菊池や松山はともかく、まだ途中の俺や相沢も一旦食を止めて片付けなくてはいけないのだ。
「あーめんどくさいなぁー」
前の席の菊池が席を立ち、食器のカゴを持って教室を出て行く。
「んじゃ、俺たちも行くか」
「んーそうだねー」
俺と相沢も席を立つ。それと同時に安倍や福井さんの立つ姿も見えた。
この時、俺はここで周りに見えないように机の上にあったものをポケットに入れる。
「よし、じゃあ俺は牛乳瓶の箱持つから女子2人は軽い食器や鍋持ってってよ」
「「はーい」」
2人は同時に返事した。素直でよろしい。
「てか、また新井に指示されちゃった。なんかやだなぁ」
相沢が呟いた。 素直でよろしい。
「まあいいか…」
とりあえずバレていないようだ。よし、さっさと教室を出て…
「新井くん」
「うおっ!?」
急に背後から声を掛けられた。なんだ安倍か。
「ふふふ…どうしてそんなに驚くんだい?もしかして何か後ろめたいことでもあるのかい?」
「!?」
なっ、まさかバレたのか!?
だが俺の不安は一瞬で吹き飛ぶ。
「ぼくにはなんの指示もくれなかった。いないもの扱いをしているのかと思ってね…」
「いやちげえよ… 別に俺に指示されなくても適当に持っていけばいいだろ?」
「そうか、ぼくには指示をするのも嫌だと言うのか…」
「えぇ…」
なんだか別の不安が生まれてきたよ?
被害妄想とんでもないよこの人。そのうち誰か刺しそう。 とにかく話したくないからさっさと行こう。
それなりに重量のある牛乳瓶の箱を持って教室を出た。
はい勝ち確定。
これで今日の戦いは終わりだ。
俺は自らのポケットの膨らみを見ながらほくそ笑んだ。
どういうことか説明しよう。
俺が先ほど教室を出る時にポケットに入れたのはパンである。
あらかじめ綺麗に破った袋に入れ直し、見られないようにポケットに突っ込んだのだ。
袋に入れておけばポケットの中でパンが崩れて汚れることもない。ただパンはそれなりに大きいので膨らみも大きくなり、見つかる恐れもある。
そこで牛乳瓶の箱だ。表向きは女子に重たいものを持たせまいとするジェントルマンに見えるが、牛乳瓶の箱は面積が大きいため持つと俺の下半身が箱に隠れて見えなくなるのである。
そしてそのまま給食室に運び、箱を片付けると同時に残飯用ポリバケツにシュート。
メテオスパイク同様、嫌いなものの除去と社会的地位向上を同時に達成。
なんだこの知能犯。天才すぎる。
そして俺は1番後ろを歩き、給食室に到達した後、相沢たちに見られないように
パンを袋から取り出してポリバケツにシューティング。
そしてバレることなく教室に無事帰還。
再び自分の席に座る。
机上には空になった皿しかない。
「あれ?新井なんでお皿全部空いてるの?」
隣には共に教室に戻ってきた相沢。
「もちろん、全部食べたのさ」
「うん、そういうのいいから。どうやったの?」
やっぱりなんらかの方法で乗り切ったのはもうバレバレかぁ。
「教えない。これ以上お前に俺の手の内を晒してたまるか」
「ちぇー、今まではほとんどわかってたのになぁ。なんか悔しい」
「ほとんどわかってたのかよ…」
恐ろしい子。てかこの人俺の観察し過ぎだろ…
まあいい、なぜ皿が全て空いているのかについても説明しておこう。
セサミパンは外側に胡麻が付いているだけで内部は香りはするが普通のパンと同じだ。そこで俺はまずパンを半分に割って内側を食べ進めておいた。
そうすることでパンの内部に空洞ができる。
そしてこっそりもやしのナムルとビーフシチューに入っていた人参を詰め込んだのだ。そしてそのままパンを閉じ、袋に入れるという下準備をあらかじめやっておいたのだ。
嫌いなものの中に嫌いなものを隠してそのまま除去。
これぞ残飯の中の残飯。ちなみにトラッシュイントラッシュと読む。
またもや天才の所業。
そろそろ世界政府に目を付けられてしまいそう。
この相沢さえも見破ることはできなかった。これでもう、俺の敵はいないな。
完璧すぎる戦果に、俺は格別な満足感を得ていた。
× × ×
放課後。帰ろうと準備をしていた時、筆箱の中に手紙のようなものが入っていた。なんだこれ。
手紙を開いてみた。
【ぼくは、ぼくだけは、君の悪事を知っているよ… 安倍】
「!」
俺は金縛りにあったかのようにしばらく動けなかった。
あいつ… 気づいていたのか。くそっ。ていうか文面怖えよ。
まだ教室に残っている安倍に声をかける。
「なあ安倍、あれどういうことだよ」
「どうもこうもないさ…ただ君がパンの中にもやしを入れているのをたまたま見ただけの話だよ…」
くっ… 細心の注意を払っていたつもりだったが見られていたのか…
「それでどうするんだ?先生にでも言うのか?」
俺が最も恐れていることについて聞いてみた。 頼む、やめてくれ…
「いいや…そんなことはしないさ。先生に言いつけてみんなの前で裁かれる辛さはこのぼくが1番よく分かっている。その後の扱いがゴミのようになることもね…」
「そ、そうか」
なんかまた嫌な話聞いてしまったな。
「だけど言いつけない代わりに条件がある」
「な、なんだよ」
金か?それとも肉体的苦痛や精神的苦痛を伴うものか?なんにしてもこういう言われ方をすると怖い。
しかし安倍の口から聞かされたのは予想外のものだった。
「ぼくと…ぼくと友達になってくれないか?」
「は?」
「ぼくは生まれてこの方親しい友人の1人もいない。新井君となら、友達になれそうな気がするんだ。ぼくと似たオーラを感じるしね…」
「そ、そうか」
似たオーラってなんだよ。こんなドス黒い闇なんか抱えてねぇぞ。
「まあ、別にいいけどよ。」
まあ変なやつではあるが、根は悪い奴じゃないんだろう。おそらく生きてきた環境が悪かった。同じように劣悪な環境の中日々戦ってきた俺と何か通ずるものでもあるのだろうか。
「本当かい。ふふふ…非常に喜ばしい限りだよ それじゃ早速一緒に帰ろうじゃないか…」
「お、おう…」
ま、給食も乗り切れて一応友達も増えたしこれでよかったのかな。
「それじゃ帰り道にぼくの過去についてたくさん話してあげるよ…」
「え、マジか」
この日の帰り道、俺は安倍の壮絶な人生について散々話を聞かされた。
終わって家路に着いた時には正直今日のことを先生に言いふらされる方がマシだと思うくらい鬱な気分になったのである。
給食ごときで辛いとか、言ってちゃ甘いのかな… ちょっと反省。
この先ペースが遅くなるかもしれません。