第7話 配膳、選別、そして終焉
給食当番というものの存在意義とは。
大人数の食事を短時間で準備するために数人のグループによる準備が効率がいいと言われている。この経験を通して責任感、自主性、相手を思いやる気持ちを育むものだと学んできた。
うん、学んできたんだ。 それなのに…
「おい新井!これ俺の席に置いてくれ!」
菊池にちょっと揺れたら溢れそうなくらいの量があるけんちん汁を渡される。
「へいへい」
「な!?ずるいぞ菊池!よし、新井!ここにある皿全部俺の席に頼む!」
配膳係が給食好きだとこんなことになるのである。他のより明らかに多くよそって自分の席に置いてくれと頼んでくるのだ。
あと松山、同じメニューは一人一皿だからね。全部持っていこうとするのやめてね。
「あ、この皿きんぴらごほう多い。これ新井の席に置いてこよーっと」
「おいよせやめろ相沢。それだけはダメだ。マジで泣くよ?」
やべぇよ、もうめちゃくちゃじゃないか。なんなんだこの無法地帯は。今日は菊池がけんちん汁、松山がきんぴらごぼう、福井さんがご飯の配膳を担当し、俺と相沢が席に運ぶ係をやっている。
「新井くん、ご飯の方も運んでもらえるかな?」
「お、おう」
まともなのは福井さんだけだな。
とりあえず近い席からせっせと牛乳やら食器やらを運ぶ。
「なぁ相沢、今日はなんでこんなに忙しいんだ?というかなんで5人しかいねぇんだ?」
「このクラス27人でしょ?4つに分けると7、7、7、6でこの班はもともと6人しかいないの。それでもう一人の子が今日は休んでるから5人なんだよ。」
「そういうことか… てか、誰だよそんな無責任に休みやがったやつは」
「別にこれが休んだ理由じゃないと思うんだけどな… 確か安倍くん?だったかな?」
「あいつか…」
安倍は前も言った通り、うっかり中田さんのクーピーを折ってしまい、帰りの会で裁かれ心を折られてしまった奴だ。
あれ以来結構学校を休みがちだ。
些細な粗相が奴を破滅に追い込んでしまうとはな。
帰りの会… なんて恐ろしい弾劾裁判なんだ…
「しゃーない、じゃあ5人で頑張るか」
目まぐるしいスピードでどんどん教室前方の長机と席を往復し、ようやく落ち着いてきた。
いつもより時間がかかってしまったが、これで俺も今日の作戦に取りかかれる。
いつものように給食を乗り切る作戦だが、給食当番の時だけに使えるテクニックがある。
それは別の給食当番がよそったものが長机に置かれる時、できるだけ野菜の少ないものを厳選し、自分の席に運ぶことである。
下準備として俺は自分の席にはまだ牛乳とご飯しか置いていない。
何度か相沢に皿を置かれていたが、こっそり別の席に移動させておいた。
もう前の長机にある皿は数少ない。
あの中から野菜の少ないものを厳選しないと。
「どれどれ…」
まずはけんちん汁だ。できるだけゴボウやニンジンが少ないものを選ぶ。
あれは…だめだニンジンが多い。
これも…うーん、ちょっとキツそうだな。
お、あれは豆腐が多いし他の具が少なさそうだな、よしあれにしよう。
俺は怪しまれないよう普通の皿と厳選した皿を持って運ぶ。
よし、けんちん汁はokだ。あとはきんぴらごぼうだが…
けんちん汁とは違い、きんぴらごぼうは存在そのものが嫌いなものだけで構成されているので厳選するのかなかなか難しい。単純に量が少ないものを選ぶしかない。
どれにしよう… どれもあんまり変わらないなぁ。
あんまり長い時間考えていると他の当番に気づかれてしまうのでとりあえず別の席に運んで行く。
相沢も運んでいるので早めに決断を下さなくてはならない。
だがなかなか決まらない。できることならメテオスパイク一撃で仕留められる程度の量がいいんだが…
そうこうしているうちに皿は減っていく。まだよそってない皿もほとんど残っていない。
やべぇよ、どうしよう。
「おーい新井、けんちん汁も運んでくれよー」
「あの…新井くん、こっちも…」
「あ、おう…」
菊池と福井さんにも声をかけられ、ご飯とけんちん汁を別の席に運ぶ。
くそっ、俺は今こんなことをやっている場合じゃないんだ。
早く自分の分を選ばなくては。
焦りが生まれてくる。きんぴらごぼうは松山の捕食対象から外れるため食べてもらうことはできない。
ならばメテオスパイクで終わらせられる量じゃなきゃ詰んでしまうのだ。
なんとかしないと…うん?
ふと長机の方を見るときんぴらごぼうの皿がない。残りは今松山がよそおうとしている1皿のみのようだ。
「よっしゃぁあ! これでラストォォ!早く給食食いてぇよおおおお!!」
席の方にも目を向ける。俺の席にはまだきんぴらごぼうの皿はない。ということはあれが俺の分になることは確定事項だ。
遅かった、やってしまった…
「あ、きんぴらごぼう余っちまったな、この皿に残り全部入れるか」
「おいおい松山、それ山盛り過ぎだろー!そんなに食えないってー」
「でもよ菊池、きんぴらごぼうなんかおかわりする奴いないだろうし余らせたらまずいって」
「それもそうだな!全部入れよう!」
なんて愉快な会話をしていたが俺の心はいうまでもなく穏やかではなかった。
なにさらしとんじゃあのデブ!!
ばかかあいつ?なんでもっと計算しながら分配しなかったんだ?
よりによってクラスで1番多い量のきんぴらごぼうが俺の席に置かれてしまった。
確かに選別するのに戸惑ってしまったのは俺のミスだが、それ以前にまともな配膳ができない松山は言い表せないほど無能だ。 食べることだけ考えてるから計算が狂うんだ。 ふざけるんじゃねぇ。
養豚場に帰れよ。
穏やかな心から激しい怒りによって何かに目覚めてしまいそうだった。
「お、終わったか。よーし、みんな席につけー」
緒方先生が教室の後ろで遊んでいる奴らに声をかける。
とりあえず着替え終わり、席に着く。
「手を合わせましょう」
「「「合わせました」」」
「いただきます」
「「「いただきます」」」
日直の号令と共に給食スタート。
俺の席にはこんもり盛られたきんぴらごぼう。
「ねぇ、やっぱり最初に運んでた方が良かったんじゃない?」
相沢の声も今の俺には届かない。
「ふっ…」
人間は自己の精神を守るため、極限まで追い詰められた時、笑う。
酷薄とした笑みを浮かべながら天を仰いだ。
この日、俺は隕石落下を使った後に先生との激しい口論になりながらの交渉でなんとか乗り切りったのであった。というか土下座した。
乗り切ったって言えるのかこれ。




