第5話 おねだり上手の相沢さん
なにはともあれ、これで場に残ったのはマグロレバーのケチャップ絡めと少しの牛乳だけだ。レバーはあんまり美味しくないけど頑張れば食べられる。
野菜は頑張っても食べられないけど。
もう勝利は近い。再び席に着いた俺は確信していた。
俺は残りのレバーを口に放り込む。
ぐっ… でもやっぱり美味しくない…
すかさず残っている牛乳を飲み干す。 ふぅ… この牛乳のカバーリングにはいつも助けられている。
よし、こうして俺の机上にある皿は全て空いた。 ミッションコンプリート。
今日の敵は大したことなかったな。
ちゃっちゃと片付けよう。
俺が皿を重ねていると横からわき腹をツンツン突かれた。
「ふへぇっ?!」
すげー変な声出た。やだこれ超恥ずかしい!
突かれた方を向くと相沢がけらけら笑っている。
「あはは、なにそのリアクション。 ウケるんだけどー」
「お前なにしやがる!いきなりわき腹は反則だろ!」
俺わき腹弱いんだよなぁ。体育の「前ならえ」の時に前方に伸ばした手でそのままくすぐるのもマジでやめてくれ。
あれ自分も前に手を伸ばしてるから無防備なんだよな。
「もちろん反応が見たかったからやったんだよー」
愉快犯か。いい性格してらっしゃる。
「てかお前まだいたのかよ。俺より遅いとか流石に心配するぞ。」
先ほどから気づいてはいたのだが今日はいつにも増して遅い。
「新井に言われると確かにやばいのかも。まあ今日はちょっとね…」
最後の方が聞き取れなかった。
そういや、さっきもなんか似たような雰囲気だったな、なんかあったのか。
ふと相沢の机上に目をやる。
残っているのはマグロとレバーのケチャップ絡めだけだ。いや正確にはレバーだけのようだ。相沢はそこから一向に箸を動かさない。
こいつもしかして…
「実は私、レバー食べられないの」
俺が質問する前に相沢が答えた。
「え、そうなのか」
意外だ。野菜が好きだということは以前聞いていたがこいつに苦手な食べ物があったとは。
「新井はもう全部のお皿空いてるけど、どうやったの?」
「どうやったってなんだよ、全部に食べたに決まっているではないか」
自信満々に勝ち誇る。
「コンソメスープは松山に食べてもらってたじゃん」
相沢の火の玉ストレートに俺の自信は一瞬で砕け散る。
「な、お前気づいてたのか…」
「いや、隣にいて気づかないわけないと思うんですけど。今までも何回も見てたけど言わなかっただけだし。」
やっぱりそうかぁ、ということは下手したら周りの人たちはみんな黙認してくれていたということかぁ。
今まで悟った目でクラスメイト達を見ていたのが急に恥ずかしくなってきた…
皆さんの方がずっと大人だったんですね。
「それと、ゴミを捨てに行って帰ってきたらほうれん草無くなってたのはなんで?」
ファッ⁉︎ ナンテコッタイ。 まさか隕石落下さえも見透かされていたというのか!?
何者なのこの人。組織からの刺客か…
「いや、そ、それはだな…」
策に溺れてしまった。
新井、敗北… 圧倒的敗北…!
「んー、まあそんなことはどうでもいいや」
ほっ。 助かったぜ。でも今後は隕石落下使うときはもっと細心の注意を払わないと。
「それよりさ、このレバー食べてくれない?レバーだけは本当に無理なの」
プライドの高い相沢が珍しく俺にお願いしてきた。俺の答えはもちろん…
「いやだ」
まあ俺もレバーは頑張れば食べられなくはないがあんまり好きじゃない。
それになによりいつも給食を残すことでからかってくるこいつに俺の痛みを思い知らせてやるチャンスだと思った。
「えぇーなんでよー新井だって松山に食べてもらってたじゃんー」
「あれはあいつも欲しがっていたからな、win-winの関係が成り立っている。だが今の状況は違う。俺はレバーはあんまり食いたくない。嫌なら先生にお願いして残すんだな」
高学年にもなって給食を毎日のように残してるみっともないやつは俺ぐらいしかいない。 俺は慣れてるから全く気にしないが女子ならなおさら恥ずかしがって先生には言いにくいだろうな。
「お願い、食べて」
「いやだ」
「食べてよー」
「いやだー」
「食ーべーてー」
「いーやーだー」
「…」
同じようなやりとりが何度か続けていると相沢は下を向いて俯いてしまった。
あれ?もしかして泣かしちゃった?
それはまずい。女子を泣かしてしまうと帰りの会とかいう弾圧裁判で晒しあげられ裁かれてしまう。
それは社会的に殺されることを意味し、絶対に避けなくてはいけない。
確かこないだもいつか同じ班だった安倍が女子のクーピーを誤って折ってしまったことを帰りの会で告発されボロクソに叩かれていたのを見た。周りの女子は
「うわーまじありえない」
「安倍サイテー、中田さんかわいそー」
「てか安倍キモくない?」
とコソコソ言っていたのが耳に入ってきて俺は戦慄した。近くにいた安倍の耳にも当然入っているはずだ。
いやいや、たかがクーピーの一本や二本折ったくらいで安倍の心まで折らなくてもいいだろ。 中田さんえげつなさすぎる。何倍返しだよ、それ。
そんな恐ろしい出来事が頭の中でリフレインしていると再び相沢がこちらを向いた。
泣いてはいないみたいだが涙目だ。
「え、えーっと」
なんて言えばわからず口ごもっていると
服の袖を掴まれる。
「ねぇお願い…」
弱々しく声を絞り出す相沢。
相沢の大きく吸い込まれそうな瞳は潤みを帯びてより凛々しく見える。
な、なんだか新しい世界に放り込まれそうな気分だ。こんな姿初めて見た。
いかんいかんここは心を鬼にして…
「だ、だめだっ 自分で食べるか先生に言うかしろ!」
「うぅ…」
ほんとに泣きそうだぞやばいどうしよう。
相沢は一旦顔を下げて下を向いたまま消え入るような声でこう言った。
「紙ヒコーキ…」
「え?」
「紙ヒコーキ」
今度は顔を上げて言った。
「うっ」
あぁ、だめだ。これを言われるともう何も言い返せない。こいつには先週大ピンチを助けられている。 さすがにお手上げだ。
「はぁ、わかったよ。皿をよこせ。ただ、先生まだいるから慎重にな」
「ほんとに?ありがと」
相沢の嬉しさに揺れるような微笑みに俺は思わず目をそらした。
「いや、別にいいよ」
まああれだ。一応助けてもらった恩があるしそれを無下にするほど腐っちゃいない。それに緒方先生怖いし残しに行って怒られるのもちょっとかわいそうだしな。
べ、別にお願いしてくる姿が可愛かったとかじゃないんだからね!
先生に見られないよう皿を受け取る。
牛乳がないから結構きついな…
「なんなら牛乳もあげるけど」
そう言って相沢は飲みかけの牛乳を差し出してきた。エスパーかよ。
「いやいや、それはいい」
「そっか」
俺は手でそれを制した。何を言っているんだこいつは。もっと恥じらいというものを感じろよ。 そんな子に育てた覚えはないぞ。
そして俺はレバーを味わうことなくたいらげた。 苦げぇよ、これ。あとでうがいしよ。
「ありがとね、新井。もう時間ないし、早く片付けにいこ」
「ああ」
この時間なので片付けるには結局給食室まで行かなければならない。
てか一緒に行くのか…道中で誰にも会いませんように…
2人で教室を出る。
「しかしお前のあんな泣きそうな表情初めて見たぜ。よっぽど嫌だったんだな」
廊下を歩きながら話しかける。
「ああ、あれね。ああすれば新井が食べてくれると思って」
「演技だったのかよ…」
振り回されっぱなしじゃないか俺…
こいつには一生敵わなさそうだ。
道中にある教室の時計がふと目に入る。
時刻は午後1時15分を少し回ったところだ。
もうすぐ昼休憩が終わる。
明日の給食はどうやって乗り切ろうかなぁ。




