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オレアとネセブ

なろうでは初投稿です。よろしければお付き合いください。

 「太陽の街」とも呼ばれる都市国家ムナハは、北の連峰から流れる河川に面し、緩やかな丘陵の上に成立している。東西交易の中継地たる商業都市として成り立つ市街は、日干レンガの壁に守られ、周囲には灌漑(かんがい)の整備された農地が広がっていた。

 その街と農村とを繋ぐ広い道を、籠を背負った少女を乗せた一角の獣が軽やかに歩いていた。

 乾いた体に太い尾を持ち、前傾になりながら透き通る角を突き出し二足で走る、馬よりは一回りは小さい姿。それは、遥か昔に絶えたという種によく似ていた。

 しかし、その獣の何よりも驚くべきことは、その体が砂によって形作られていることだろう。

 砂の器に命を宿し、従える。この地に住む魔術師が使う、魔法の一つである。

 しかし獣の足取りは、道の真ん中を歩いていたかと思えば次には道の端に行ったりと、まるで好奇心にあふれた子供のようにまっすぐではない。そうしてあっちこっちに獣が行くたび、少女の頭に被ったスカーフから見える編み込んだ髪が、右に左に揺れていた。


「フィー、遊ばないの。早くしないと日が暮れちゃうよ。今日は月のない夜なんだから」


 胸元に青い宝玉の胸飾りを付け、赤い織物の外套を羽織った小麦色の肌の少女が、砂でざらつく獣の背中を叩き、そうたしなめる。しかし「フィー」と呼ばれたその獣は、言葉がわかりながらあえて無視するように、太い石英の爪で自分の顔をふてぶてしく掻き、やはりまっすぐに進もうとはしなかった。


「もう、あとで先生に言うからね」


 少女は両手についた砂を払いながら、言うことを聞かないフィーを叱った。彼女とフィーとは仲が悪いわけではなかったが、まだ“女性”と言うには幼い彼女を下に見ているのか、フィーは大まかな指示は聞いても細かい部分はかなり気まぐれだった。

 途中、市街の住民らしき者たちとすれ違った。少女はフィーの上からでも一応の会釈をしたが、彼らからの返礼はなかった。それどころかその中の数人かは、すれ違いざまに彼女たちに白い目を向けていた。


「ラルウートの所の」

「あの恥晒し、まだ生きてんのか」


 誰かがつぶやいた声を耳聡く察知して、フィーが足を止め彼らを鋭く睨んだ。フィーの水晶の瞳は怒りを灯し、今にも襲いかかっていきそうな剣幕をしていた。


「気にしちゃダメだよ、フィー。行こう」


 しかし、少女はフィーをなだめて身をかがめてその首元を撫でた。さっきは言うことを聞かなかったフィーもその言葉に大人しく従い、吐き捨てるような鼻息を一つすると、視線を彼らから外し、また弾むように歩き出した。


「ありがとね」


 自分のために怒ってくれたらしいフィーに、少女はそっと感謝を告げた。それが聞こえていたのかはわからないが、フィーはまた顔を掻きながら、さっきよりは一直線に道を進んでいく。

 あの視線にはもう慣れた。しかしそれを浴びせられる理由が、恐らく自分の「先生」にあるということしか少女は知らない。


「変な人だけど、悪い人じゃないのに」


 まるで埋まらない自分と他人との認識の齟齬に、少女は翡翠色の目を細め、ぎゅっと唇を噛んだ。



  ***



 街からも農村からも離れた、数分で一周できる小さな泉の傍。

 こじんまりとした日干レンガの家の前で、フィーは足を止めて体を伏せた。その背からぴょんと飛びおり、少女は砂の地面に足をつけた。そして背負っていた籠を下ろし中の荷物を確認していると、フィーが何かを催促するように少女の腰に顔をすりつけてきた。


「はいはい、わかってるから」


 くすぐったさに笑いながら、少女は腰の帯につけていた土器の小瓶を取り、その中身を手の平に広げる。小瓶から出てきたのは、豆粒ほどの大きさの、キラキラと光を放つ鉱石のようなものだった。太陽の光のように熱を持つその石を、お使いのごほうびとして数粒差し出すと、すぐにフィーはそれを砂でできた舌で舐め取ると、石英の歯で噛み砕いて飲みこみ、満足そうに鼻を鳴らした。それを見た少女は、


「お疲れさま。でもまっすぐ歩いてくれなかったのは先生に言うからね。そのせいで帰ってくるの遅くなったんだから」


 と、少し冗談めいてフィーを脅す。


「…………」


 すると、突然フィーの砂の体がもの言わず崩れ出した。


「あっ!? こら逃げるな!」


 少女が怒るも時すでに遅く、あっという間にフィーの姿は崩れ去って、跡に残るのは小高い砂の山だけ。その砂の山さえも吹いてきた風に、ぱらぱらと崩されていってしまう。


「……フィーのバカ! ビビり! 砂つぶ脳みそ!」


 悪口を言っても何の反応もない。どうやら本当にいなくなってしまったようだ。仕方なく少女はため息をついて、砂の山に手を突っ込んだ。もぞもぞと探りながら取り出したのは、先程フィーに与えたよりも大きな、握り拳ほどの太陽色に輝く鉱石。それを懐にしまい、ついでに砂の山を手と足で適当に(なら)した後、少女は玄関を覗いて家主に声をかけた。


「先生、帰りましたー」


 しかし物だらけで雑然とした家の中に人の気配はない。家の中は、砂と埃が混ざった咳こみしたくなる臭いがした。

 朝に片づけたのにまた散らかして……。いつものことながらもそのだらしなさに若干呆れつつ、少女は荷物を再び背負って家の裏へ回った。そこには泉に接した小さな菜園があり、果たして少女の予想通り、ひざまずいて植物を観察する、一人の男の姿がそこにあった。

 直方体を連ねた紋様のある赤い外套と、銀の糸を編み込んだ頭巾、少女と同じ褐色の肌に彫りの深い顔立ちをし、男性としても長身で線の細い体形。

 少女の「先生」――ネセブ・ラルウートは少女の物音に気付き、立ち上がってそちらを振り返ると、隈の濃い目元を細めて笑顔を見せた。


「ああ、帰ってたのか、オレア」


 声をかけられ、少女――オレアはぺこりと頭を下げる。


「ただいま帰りました。お使い済ませてきましたよ」

「ありがとう。親父さんは何か言っていた?」

「『女の子を使わないで自分で来い、この引きこもり』と言うよう言われました」

「ははは、じゃあ今度行く時に善処すると伝えておいてほしいな」

「それって自分じゃ行かないってことですね」

「めんどくさいからね。親父さん話が長いし」


 伝えられた言葉に乾いた笑い声をあげて、ネセブはオレアが背負う籠を覗く。中には豆や干した果物などの食料がぎっしりと詰まっていた。


「あれ、ずいぶん買ってきたね。お祝い事でもあったっけ」

「今日で全部食べるんじゃありません。市が出ていたから、保存ができるのを買い溜めしてきたんです」

「ああなるほど。オレアは頭いいね」

「先生が食事に興味なさすぎるだけな気がします」

「あはは。確かに」


 年上かつ「先生」と呼ぶ割にオレアの物言いは不躾だったが、それにネセブが怒ることはなく、無精ひげを撫でながら笑っていた。そうした態度が気安さを感じさせる反面、どこか謎めいたものをオレアに感じさせる部分があった。

 オレアがこの無気力そうな青年と暮らして五年にはなるはずだが、彼について知っていることはそれほど多くはない。

 自称・魔術師であること。孤児の自分を拾ってくれたこと。そんな自分に魔法を教えようとしていること。街の人からは何故か蔑まれていること。ついでに生活能力が壊滅的なこと。それがオレアの知る彼の全てである。


「すぐご飯の支度しますね。今日は新月の日ですから、日が落ちる前に食べちゃいましょう」

「あれ、今日新月だっけ? 駄目だなあ、最近日にちの感覚がなくなってきてる。歳はとりたくないよ」

「……先生おいくつでしたっけ」

「数えるのを忘れてなければ……たぶん二十四」

「まだお若いですよね」

「オレアに比べれば年寄りだよ。だからこうして隠居して、後進の育成に努めてるんだ」

「…………」


 くすくすと笑うネセブの顔を、オレアは呆れた表情で見上げていた。

 悪い人ではないけれど、この人には決定的に覇気というものが足りない。子供のオレアでもはっきりとそう思わせるほど、彼はどこか無為的なのだ。最早、世を(はかな)んでいると言っていいくらいに。


『あれで昔は、落ち着くことがないくらい生き生きとした人だったんだ。街でも人気のある人でね』


 昔からの知り合いらしい、今日も使いを頼まれた道具屋の親父さんは、ネセブのことをそう言って残念がっていた。親父さんの言う姿がオレアには信じられないのは、その頃の彼のことを全く知らないし、想像もできないからだ。


「月が出ないなら、そろそろ家に戻ろうか。私は戸締りをしておくから、オレアは食事の用意を頼むよ」

「戸締りの前に片づけをしてください。家の中埃だらけですよ」

「ああそうだった。オレアはよく気がつくね」

「先生が気がつかないだけです」


 ネセブとオレアは家の裏口へと向かった。ネセブが羽織った外套を脱ごうとするのを、オレアは慌てて手伝う。


「すまないね」

「いいえ」


 いつもネセブに近づく時、オレアは少し緊張する。それ(・・)を、できるだけ意識しないようにするために。

 するりと外套が脱げ、背後のオレアの手元に収まる。そうして露わになるのは、ネセブの痩せてほっそりとした体と、愛着する灰と黒の色をした着物――


 ――そして、肘から先のない右腕。


「ありがとう。じゃあご飯の支度は任せたよ」

「は、はい……」


 気にした様子もなく、残されたもう一つの腕で、ネセブはオレアの頭を撫でた。オレアは伏し目がちにしながら、撫でられるに任せていた。

 つい目を伏せてしまうのは、最近になって(きざ)してきたネセブへの気恥ずかしさもある。しかし何より、欠けてしまったネセブの右腕を見るのが、痛ましく思えたからだ。

 この人に何があったんだろう。ネセブの右腕を意識するたび、オレアの中にそんな疑問が浮かぶ。

 成長するにつれ、その疑問は段々と大きくなっていく。しかし、自身のことについてネセブが語ってくれたことは一度もないし、オレアも疑問を口にしたことはない。

 それは触れてはいけない大きな秘密に触れるようで、オレアにはどうしても躊躇(ためら)われることだった。


お仕事などありまして更新速度は遅めかと思います。

ご了承ください。

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