表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/17

#9:てのひらを見つめる

 オカルトなんて大嫌いだ。

 心霊現象の特集なんて観たこともないし、心霊写真も嘘っぱちだと笑い飛ばしていた。神社にお参り、なんて暇人のすることだと思うし、お守りなんて邪魔なだけだ。

 祈りも願いも、自分でなんとかするしかない。都合のいい願い事を聞いてくれる神様なんかいない。仮にいたとしても、そいつは無慈悲なもんだ。おまけに気まぐれだからどうにもできない。なのにそれを信仰して重んじるなんて、もう、馬鹿としか言えない。悪い行いが巡って自分にやってくる? いい行いをしないと死んでから天国に行けない? 腹がよじれてしまう。

 でも、それも、つい昨日までの話。今なら、オレはそういうのを全部信じられると思うんだ。


* * *


 あまりの寒さで目を覚ました。ちゃんと、アンカを仕込んで、頭まで布団を被って眠りについたはずなのに、この気温はなんだ?

 見覚えのある光景だ。左に古ぼけたオレの家、右に親父が暇つぶしにいじっている庭。季節がら、すべて雪を被っている。

 庭だと? オレの部屋は二階だ。

 まさか、誰かがオレを窓から突き落としたのか。いや、オレの体重は100キロを越えている。自慢じゃないけれど、そんなことをできる人間はこの村にはいない。

 とにかく、動こう。ここにいては凍えてしまう。

 立ち上がれなかった。

 いや、手足は伸びるんだけど、腰が伸びない。

 それに、首が苦しい。なんとか家に向かおうと足を出すと、きゅっと締め付けられる。数歩動くのが限界だ。

 オレはパニックに陥った。置かれている状況がわからない。家には入れない。雪に触れている部分がだんだん痛くなってきた。

 そして、追い討ちが入る。

 家から誰か出てきた。目がかすんですぐにはわからなかった。

 そいつはオレに向かってのっしのっしと歩いてきた。

 そいつはもっちゃりした声で言った。

「おはよう、コジロウ」

 そいつはオレだった。

 分厚い眼鏡を掛けて、えりの伸びたトレーナーを着て、自分の庭なのに長靴を履いていた。手には薄汚い竹箒が握られている。

 それでやっと、オレは事態を把握した。オレとコジロウの中身が、入れ替わったんだ。

 オレ、いや、コジロウは竹箒を反対に持って、その辺の雪を叩いた。本能的に痛そうな音が鳴って、体が思わずびくついた。

 思い当たる節はいくつもあった。オレは学校でムカつくことがあると、決まってコジロウに当たっていた。

 餌に釘を混ぜてみたり、

 牛乳に砂を入れてみたり、

 竹箒で体や頭を叩いてみたり。

「おいおい、もう17になるんだろ? 子犬みたいに震えてどうするよ?」

 コジロウは箒をしっかりと握ったまま、膝を曲げ、オレに視線を合わせた。


* * *


 寒いだろ。前まではそれでもなんとかなってたんだぜ。おふくろさんが毛布を置いておいてくれたからな。でもそれも、アンタがこの前燃やしちまったよな。切なかったぜ。

 どうしてこうなったかわからない、って顔してるな。いやさ、自分の顔だからわかるんだよ。

 オレたちはな、ときどき妙なヤツが生まれてくるんだ。声帯がちょっと変わってたり、頑張り屋だったりなんだが、オレの場合は、遠くの仲間とテレパシーで喋れちゃうんだなあ、これが。

 でよお、この村の他のヤツとか、海や国境の向こうのヤツとかと話してて思ったのよ。なんでオレは、こんなに不遇なんだろう、ってな。理不尽だと思ってるだろ? オレは何もしちゃあいない。あんまり吠えないし、餌をねだったりもしなかったはずだ。人間に噛み付いたこともない。

 なのに、なんでコイツはこんなに酷く、辛く当たるんだろう。

 ずっと思ってたよ。

 ま、わからなくもないわ。お前、学校でいじめられてんだろ? きっと、この重たい体が原因だな。あと、理不尽な行動な。

 まあ、そういうののはけ口が見つかっただけでも、偉いと思うよ、実際な。何にも、とはいかねえけど、誰にも迷惑かけない方法を見つけたお前は賢いよ。ガキだけどな。

 ・・・おうおう、わかってない顔だな。

 実はな、お前に頼みがあるんだよ。別におふくろさんでもおやじさんでもよかったんだけどよ、今、オレにわざわざ会いに来てくれるの、お前だけだからさ。

 なんつーの、愛?

 ん、なんか、くすぐったい単語だな。優しさ。うん、こっちの方がいいな。それをさ、欲しいんだよ。なんかさ、よそのヤツらがあんまり自慢げに話すもんだからさ、ちょっと興味が沸いたんだよな。

 そういうのってさ、オレらには無いんだよ。子孫を残すためにメスを見つけるし、れる。前足で体に引き付ける、ってのも、なんか、うらやましいんだよな。

 バアカ、いきなりそんなもん求めちゃあいねえよ。こうやってさ、頭を撫でてくれるだけでもいい。いや、それがいいな。オレも恥ずかしいしさ。

 わかってるよ、お前がオレのことを嫌ってないことくらい。お前、体とか手足はバシバシ叩いてたけど、目はおろか顔には一発も入れなかったもんな。

 ん、安心したわ。お前の手、こういう動きできるじゃん。

 悪ィな、これだけ確かめたかったんだわ。んじゃ、邪魔したな。


* * *


 重い布団をどかして、起きる。窓の外はお粗末な銀世界だった。

 手のひらを見ると、細くて茶色い毛が付いていた。

 下に降り、居間を横切る。新聞をだらだら読んでいるおやじに軽くおはようと言う。

 廊下にぽつりと置いてある餌箱からドックフードを掬い、

 外へ。

 思わず肩を縮めてしまうほど寒かった。間違いなく氷点下だろう。

 コジロウは首を動かしてオレを見つけると、さっと起き上がり、落ち着きのない「おすわり」をした。

 オレは器に餌を入れ、冷たい廊下に腰を降ろして、餌にがっつくコジロウをぼうっと眺めていた。

 何度も、何度も、手を伸ばそうとしては諦めた。

 きっともう、二度と言葉は通じない。それはもう、悔やんでもしょうがない。

 わかってはいる。わかっちゃあいるんだけどさ。

 唇を噛んで、寝巻きのズボンを握り締めて、太ももを叩いた。

 とうとうコジロウが餌を食べ終えた。髪の毛を掻きむしるオレを見て、コジロウは口周りを一気に舐めてから、音が鳴るほど首を傾げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ