#7:約束の時間
―ごめん、出るのがおそくなっちゃってもう少しかかりそう
文面の最後には使い古された顔文字。両手をついて謝っているそれを見るたびに、もう帰ってしまおうか、と私の心がうずく。
日はすっかり落ちてしまった。はかなげな夕日も、もう消えてしまった。空は端から黒く染まっていき、やがて無邪気な星らが夜空を埋め尽くす。
こうなっていく景色を眺めたかったから、少し早めに待ち合わせ時間を設定したのに。
マフラーを巻きなおす。口元を隠すように。吐く息でちょっとはマシになったけど、今私が欲しいのはこの温もりじゃない。
周りは誰も彼も“つがい”。それはそうだ。ここはこの街の繁華街で、ここは駅前。しかも丘の上ときている。この街で最初に月明かりを浴びる、ろまんちっくな場所。おまけに聖夜だ。ひとりぼっちなのは私しかいない。どいつもこいつも幸せそうな顔しやがって。片っ端から殴りたくなるし、誰のそれも見たくなくなる。
こんなときは妄想する。相手が来て、こいつらに負けず劣らずの幸せに浸る自分を想像する。お前らが勝ち誇っていられるのも今のうちだけなんだぞ、って。ああ寂しい。
それにしても、こんないい女を待たせるなんて、業の深い人間もいるもんだ。神様がいて、もし私に同情してくれたなら、ぜひとも天罰のひとつやふたつ落としていただきたい。
携帯をいじっていると、それは震えた。これは私だけだろうか。受信するタイミングがなんとなくわかってしまう。
電話だと思って見たけれど、メールだった。それも、女友達からのノロケメールだった。あの馬鹿、空気読め。
電車がホームに入ってくる音がして、どこかに去る音がした。その間中、駅からあふれてくる人ごみに目をこらしたけれど、意中の人が現れることはなかった。
溜息を打つ。マフラーに跳ね返って顔に戻る。鼻の頭が汗をかいた。
携帯を開いて、ホームページを見る。友人のブログはさすがに更新されていない。アイドルも今夜は忙しいようだ。ゲームでもやろうか、と思ったけれど、さすがに虚しくなって、やめた。
さっきのつまらないメールに返信でもしようか。いや、駄目だ。返事が返ってくるとは思えない。どうせ、あらかた楽しんで、相手がトイレに立ったりして、すっと暇にならないとメールのキャッチボールは続かない。それでも返信しようものなら、また、この孤独感がふくらむだけだ。
約束の時間から、かれこれ一時間が過ぎた。いい加減立ちっぱなしも疲れてきた。
・・・植え込みのレンガに座っちゃおうか。あそこには先客どもがいるから、あっちの、ずっと日陰だったところとか。
そっと触ってみると、氷の彫刻みたいだった。いや、実はそのものなんじゃないかな。とにかく、私が間違ってた。こんなとこに一瞬でも座ってしまったら、そのまま凍えてしまうに違いない。
「お待たせ!」
はっと振り返る。もちろん、満面の笑みで。不機嫌そうな表情なんか見せてしまったら、せっかくのデートが台無しになってしまうから。「今来たとこ」なんてバレバレの嘘はつかないけど、それを帳消しにしてしまうくらいの幸せが―
「ううん、今来たところだよ」
視線の先には、新しいカップルが誕生していた。仲睦まじく腕なんか組んじゃって、女が男の肩に頬ずりしている。
―死んじまえ!!
念を送っていると、肩を叩かれた。
「ちょっと、顔、恐いよ」
「・・・あ!」
「いや、遅れたのは謝るけど、せっかくだから楽しもうよ。笑顔エガオ」
言うと、ユリは私のほっぺを無理矢理引っ張り上げて笑わせた。
「やだ、ちょっとチカ、何涙目になってんのよ?」
「いや、その、風が、ね。ほら、冷たかったから」
「ふうん? 泣くほど待ってたのかと思った」
「そ・・・んな・・・」
「こと、ないよねー。せっかくのクリスマスなのに女二人でご飯だもんねー。あ、そっちで泣いてたのか」
彼女は朗らかに笑った。
「ま、いっか。さ、行こう。遅れた分を取り返さないと、ね」
彼女は私の手を握って、光り輝く繁華街へ向けて歩き始めた。
―これこれ。この温かさだよ




