#6:手紙
亮平へ
こうして手紙を書くのも三度目ですね。今年も見事な桜が咲きました。川辺の道を覆いつくしそうな、見事な桜です。
きのう、私のクラスの生徒たちが卒業しました。笑いながら、泣きながら、桜並木をくぐって巣立っていきました。あの子たちの表情を見ていたら、一年間の苦労がどこかに飛んで行きました。それと、例年通り、『仰げば尊し』に、やられました。
「何度経験しても慣れないことは、弱点だと諦めてしまった方が、次の日にもっと強く、素晴らしくなれる」
覚えてますか。忘れてませんか。君の言葉です。
毎年必ずやってくる、卒業式と君の命日は、どうやら私の永遠で最大の弱点みたいです。
桜並木道を歩くと、最後に手を繋いで歩いた日を思い出します。私がメガホンを手にして映画を作ったら、ちっとも変わらず再現させる自信があります。
あの日を、あの瞬間を、私は何一つ忘れていませんよ。
顔に似合わず、ちょっと無骨なてのひら。
私が誕生日にプレゼントした香水の控えめな匂い。
細い目。
お日様できらめいた無精ひげ。
幸せそうに桜を見上げる横顔。
取りとめもなく交わした会話の全部。
君は教えてくれましたね。
「僕の実家では、山に積もった雪が風で舞って街に降って来る。本当に綺麗なんだ。一度見においでよ」
風花―かざはな―と言うんですよね。一緒に見上げることはできなかったけれど、君が不思議がった私に一生懸命説明してくれたから、そのときのイメージがちゃんとまぶたの裏に残ってますよ。きっと、こんな景色で、とても綺麗なんでしょうね。
そうなんです。この手紙を今、桜の 下で書い ます。面倒くさがりの私がこ こ をす んて、 と君は信 いでしょう。だから証拠に、便箋に花びらを挟んでおきます。
涙が落ちてしまいました。春の風なのに、なんだかとっても冷たいんです。風に舞う花びらが、まるで雪みたいに思えてきます。
毎年のように、手紙を煙にして送ります。ちゃんと、真っ直ぐ届くように、風の無い日に送りますね。
手紙を読んだら、返事なんかいらないですから、ちゃんと見ていてください。来年こそは、きっと泣かずに春を迎えますから。
美穂より
追伸
君のお墓に桜の花びらがついていて、先を越された気がして、いろいろ思い出して、結局泣きました。




