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#2:気だるい余暇の過ごし方

「これは珍客だ。私もいろいろな連中に顔を見せてきましたが、ヒゲを生やした中年サラリーマンは貴方が初めてです」

「嬉しいね。嫌でも記憶に残るだろう」

「非凡な表情で愉快なことを言った人と覚えておきましょう」

「それだけじゃ寂しいな。これで、どうだ?」

「・・・なるほど。ただ、これでは貴方の顔よりも銃口の方が気になってしまいますね」

「それでもいいさ。悔しがって死ぬといい。

 だが、オレはアンタと違って極悪人じゃない。殺される理由くらいは教えてやるよ。

 おっと、妙な動きをするなよ。オレはこれからアンタのために語るんだ。中断したって一向に構わないんだからな」

「なるほど。お話はわかりました。それで、何故私は殺されるのでしょうか?」

「なんのことはない。復讐さ」

「復讐? ・・・ははあ」

「そう、それさ。謎だけを残した、十五年前の集団自殺。年齢も性別も身寄りもバラバラの49名が揃いも揃って川に身投げ。その中にオレのお袋がいた。一人でオレを懸命に守り、育ててくれたお袋が何故あんな死に方をしたのか、ずっと不可解だった」

「では、答えが出た、と?」

「アンタの研究の一端だったのさ。お袋は占いをよく信じる人だった。物好きが講じて、アンタの助手として働いていた。とぼけても無駄だ。証拠はあるし、この写真の女性に覚えが無いとは言わせない」

「・・・ええ、私の右腕として、よく働いてくれていました」

「心理学者として功績を残したアンタに、お袋は殺された。いや、お袋の死があったからこそ、アンタは今、そうやってふんぞり返っていられるんだ」

「いささか飛躍が過ぎますね」

「飛躍なもんか。アンタの論文が決定的な裏づけなんだよ」

「読んでくださったのですか。大変だったでしょうに」

「『幸福循環理論』。細かいことはよくわからなかったが要点はよくわかった。世の中の幸せの量は一定で、それが巡っている。合っているか?」

「ええ。忘れもしません。あの論文は間違いなく最高傑作でした」

「その出だしが、あの集団自殺のことだったじゃないか。事故が起きた瞬間の全世界の出生者数を調べたら、綺麗に49人だったそうだな?」

「50人飛び降りて一人生き残ったにも関わらず、その数値は合致していた。人類は最大の敵である偶然をすり抜けて、必然にめぐり合ったのですよ」

「これだけ揃って、何で言い逃れができると考えられるのか、オレにはわからん。どう考えても、アンタが実験のために50人を身投げさせたとしか思えん。うまいことお袋を丸め込んで、先導させたんだろう? 催眠かも知れないが、な」

「なるほど。警察を納得させる理由は用意できても、貴方を頷かせる理屈はどうやっても出てこない。ここは素直に、白旗を揚げるとしましょう」

「・・・認めやがった・・・どこまでも悪魔だぜ、アンタ」

「実を言えば、誰かがこうやって訪れ、殺してくれるのを待っていたのかも知れませんね。今なら、そんな気がします」

「開き直ってんじゃねえ!」

「まあまあ。貴方の話を聞いたのです。私の余田話もどうか聞いてください。これが、私の最後の講義になるのですから」

「・・・」

「ありがとうございます。ではお話しましょう。

 確かに、あの事故が私の仮説を裏付けた。ですが、あの論文の本当の意味は、実は、今の私たちの間にこそ、初めて活きるのです」

「あ・・・?」

「幸せは循環する、ということです。例えば、今ここに私の命がある。貴方はこれを奪うことを目的としている。しかしそうなれば、もちろん私は死ぬ。死ぬことを幸福と考えないとすれば、私の“命”という幸せは貴方の“殺す”という幸せに変わる。

 はは。もっと単純な例えにしましょう。机の上にひとつのパンがあるとします。そこにお腹を空かせた二人の兄弟が来たとしましょう。二人はまず、空腹を満たしたい、という欲求、希望に駆られます。そして、パンをどうにかするはずだ。ここがポイントなのですが、もし二人でパンを分けて食べたら、それぞれが幸福を感じることができる。ただし、ひとつを丸々食べた分の幸せは得られない。ですが、独り占めしたらどうでしょう。食べられた方には満腹感と、欲しいものを手に入れられた満足感がやってくる。しかし何も食べられなかったほうには、空腹感と嫌悪感が訪れる。

 おわかりですか? どちらも、誰が得をして誰が損をしても、そこに生まれる幸福は常に一律ゼロなのです」

「オレには学がないってことだけはよくわかったよ」

「そんなに事を急がないでください。ここからの話で、やっと学問が活きてくるのですよ」

「どういうことだ?」

「私を殺しても、貴方は幸福を感じることができない。いや、幸福はおろか、達成感さえも味わうことができない」

「なんだと? 実はもう死んでいる、とか言い出すんじゃねえだろうな?」

「似たようなものです。私は生きていることに疲れてしまっているんですよ」

「莫大な遺産を抱え、出版物の印税で儲け続けてる奴の台詞か?」

「妻も娘もいます。そろそろ孫も産まれるはずです。ですがね、そんなことさえもどうでもいいと思えるほど、私は生きることに疲れてしまっているんですよ」

「てめえ・・・」

「これがどういうことか、おわかりですか?」

「・・・・・・」

「私にとって、死こそが幸福なのです。有体ありていな悪役の最後の台詞ですけれど、事実だから仕方ありませんね。

 私を殺せば、貴方は幸せを得られる。そう信じてここまでやってきたのでしょう? しかし、申し訳ない。それこそが私の幸福だったのです。

 さあ、ここで応用を利かせてみましょう。世界の幸福の量は一定である。今、私に幸福をもたらせば、貴方の幸福は減る。間違いなく、減ります。絶望を与えようと思った相手に幸福を与えてしまう。貴方の人生はそれでいいのでしょうか? もっと他に、手にすることのできる幸福が、どこかに落ちているんじゃありませんか?」

「オレは・・・幸福なんか望んじゃいない!」

「ええ。同時に、いや、それ以上に私の幸福も望んでいないのではないのですか?」

「・・・う、あああ」

「もうひとつ、いいことを教えてあげましょう。貴方のお母さんは、私に殺されたのではない。自ら死を選んだのです。50名全員が、です。彼らは例外なく、何らかの病を抱えていた。貴方のお母さんは、インターネットを使い、死に怯え、震えている人に呼びかけ、あの大規模な実験を行ってくれたのです。そう、心酔した、私の論文の為に」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 銃声。


* * *


「またカウンセリング中の自殺、ですか。先生、ちょいと言葉が刺激過ぎるんじゃありませんか?」

「いえいえ。私はあくまで、一般的なそれをしていますよ? 相手の問いに真摯に答え、誤っている道を正そうとする。しかし、私が昔書いた論文がそんなに彼らの琴線に触れたのか、どうしても結論が“死”に至ってしまう。まったく、悲しいことです」

「調べでは、例の集団自殺した方のご遺族だったそうですが」

「腕のいい助手の息子さんでした。その分理解も早かった。しかし残念ながら、どこかでねじれてしまったのでしょうな。どうしても、自分の価値観を捨てられず、言ってみればそれに殺されたようなものでした」

「ふむ」

「幸福は巡ります。しかし、それを幸福と思うか否かは、結局当人次第なのですよ。それがわからなければ、生きている限り不幸なのでしょうね」

「ご高説痛み入ります。いや、しかし申し訳ない。最近は新聞しか読んでいなくて、そういう話には疎いんですわ」

「ははは、いやいや、そのくらいが一番幸福なのかも知れませんね。

 いや、本当に」


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