#14:血の管
ご注意
この作品は、実在の人物、事件などとは一切関係ありません。
いつから始まったかわからない。そんな友情が誰にでもひとつやふたつくらいあるだろう。いや、もしかしたら、そもそも友情なんてそんなものなのかも知れない。
ともかく、オレと彼の出会いの付き合いは、出会いもきっかけもあいまいなまま十年目を迎えようとしていた。
妙なやつだ、と思っていた。いつもおどけていたかと思えば、ふと地球の裏側を見ようとしているような遠い目になる。しかし考えを聞いてみればよくわからず、というか拙く、到底理解できるものではなかった。極めつけはあの特異な趣味。正直に言ってしまうと、オレは彼が苦手だった。それでも交流が続いていたのは、何度考えても惰性だったとしか思えない。でも、惰性を切る理由が見つからなかったのだから仕方がない。しかし、これも逃げでしかないとわかっている。
ああ、えっと、何の話だったっけ。
そうそう、その友人が先日、亡くなった。
車と車の事故で、友人が信号無視をして大型トラックに薙がれて、即死だったらしい。
訃報を聞いたとき、オレは自分でもびっくりするくらい落ち着いていた。最初に考えたのが
「となると、通夜や葬儀は明日あさってくらいか。予定入ってたっけ」
だったくらいだ。なんとも友達甲斐のないヤツだろう?
でも、彼にも理由はある。
彼の趣味はリストカットだった。汗が止まらないような日でも長袖を着て、さらにリストバンドを常備しているから周りの人間は知らなかったかもしれないけれど、本当にしょっちゅうやっていた。
仕事の面接に落ちました。ざくり。
彼女とケンカしました。ざくり。
都合の合う友達がいません。ざくり。
よくもまあ簡単に、と、逆に感心してしまうくらいよく切っていた。
故人曰く、
「安心する」
んだそうだ。自分は生きていると、実感できるんだそうだ。
この理論、キミはどう思うだろうか。
オレは馬鹿げていると思うんだ。
だってそうだろう? 生きていると実感できる瞬間なんて、もうたくさんだ、って投げ出したくなるくらい溢れているじゃないか。汗水垂らして働いたあとの食事、好きな人の手を握ったときの胸の高鳴り、失敗を犯してしまったときの絶望感。わざわざ自分を傷つけてまで感じるものじゃあ、ないんだよ、そんなもん。
でも、まあ、それに気が付けなかったから、あんな馬鹿なことをしていたんだろう。そう思えば、納得もできなくはないし、何より胸が強く縮められてる気持ちにはなるけどさ。
で、それでも満足できなくなってしまったから、あんな自殺まがいの暴走をやらかしちまった、ってわけだ。
驚いたのはここからなんだけどさ。
葬儀もつつがなく終わって、いつもの日常に放り出されてしばらくして、ふと気が向いてジョギングに出たんだよ。そう、いつもならとっくに寝ている午前3時に。運動なんかとんとしてないのに、気合い入れてジャージなんか引っ張り出しちゃってさ。首にタオルまで巻いて、駅のそばの河川敷まで走っちゃったんだよ。
いやあ、思い出すのも恥ずかしい。
川の正面まで走ってさ、叫んじゃったんだよ。なんて言ったかはわからない。多分、言葉なんか言わなかった。ただ声を出したんだ。そりゃもう、とびきりの大声で。
叫べば叫ぶほど、思い出が沸いて出てくる。どうしようもない思い出だよ? ただの日常。そういうのがここぞとばかりに飛び出すんだよ。
やっぱり、悲しかったのかな。それとも混乱してたのかな。でもとにかく、辛かったんだ。
何ができたかとか、もしかしたらそうなる前に何か言ってやれたんじゃないか、って、ぐるぐる考えちゃうんだよ。もし、そういうのを先に思いついて、実行に移せたとしても、きっと何も変わらなかったってわかってんのに、考えちゃうんだ。
こういうのがエゴなんだろうなあ。やっぱりオレは、アイツの友達にはなりきれてなかったんだろうなあ。
時折目に涙を浮かべながら、彼は極力おどけて話してくれた。私は今日ほど、彼と同時に休憩に入ったことを悔いた日はない。
掛ける言葉はない。もう顔も見れない。見た瞬間、言いたいことが堰を切ってあふれ出してしまう。そしてもし本音を言ってしまえば、彼は今後、冒頭の語りのときのような目で私を見るようになるに違いない。それは嫌だ。そんなのは辛くてたまらない。絶対に我慢できない。
彼の話はもうしばらく続いた。私は、手首の傷を隠すために、こっそりと袖口を掴み続けることに必死だった。