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#1:学園天国

 ぼくはいわゆる卵だから、自分の作品にあまり自信が持てない。創ったものに責任を持てない、って意味じゃなくて、それが面白いのかどうか、ときどきわからなくなる、という意味で。

 自分の趣味を盛りだくさんにしながら、流行の要素を申し訳程度に折り込んで、結局収集がつかなくなる。それでもなんとか、それらしくしようってつじつまを合わせているときなんかは、特に実力の無さを痛感する。この作品のタイトルの下に、自分のペンネームを書いていいのかどうか、迷ってしまうときだって、ある。


 誰もいなくなった、夕暮れの図書室。台詞回しやコマ割りを確認していたときのこと。

「それ、漫画?」

 とつぜん、あの人が声を掛けてきた。どこから入ってきたの、と聞いたらキミが来るより前から、と言われ、いつから見てたの、と聞いたらずっと、と返ってきた。

 見たことのない人だったけれど、ずっと、もっと見ていたくなる顔だった。

 彼女はとても本が好きで、しかも無類の漫画好きだと言った。だから、素人のものでも、読んでみたくて仕方がないんだって。

 ぼくは渋々原稿を渡した。この作品には自信があった。比較的上手く描けたし、これはもっと面白くなる、まだまだ良くしようと思って修正を加えていたくらいだ。

 全ての原稿に目を通し終わると、彼女は苦笑いをして言った。

「迷いが作品に出ちゃってるよ」

 その一言だけで、体の真ん中が大きく脈打って、震えた。

 先輩、後輩、大人。誰に見せたって、こんなに的確に自分の作品の欠点を言ってくれる人は、今まで一人だっていなかったから。


 その日から、木曜日の放課後は、彼女に原稿を見てもらう時間になった。手直しをしては見せて、たった一言の感想を貰う。踏み込んで深く聞いたりしないし、彼女もそれ以上は何も言わない。それほどまでに明確で、真っ直ぐな一言なんだ。否定もできない。できる気がしなかった。そんな馬鹿な、と思う一言が飛んできた日もあった。でもそれも、まじまじと自分の作品と向き合っていると、数時間後にはうなずけてしまうものだった。

 ぼくの創作に注ぐ熱は段違いに向上した。それはもう「必死」と言ってしまってもいいほどに。いつか彼女に何も言わせない放課後を目標にして。何より、手直しをしないで、作品を劣化させて彼女に見せて、この密会が終わってしまうことが本当に恐かったから。


 初めて見せた日とは季節がすっかり変わってしまったある日、いつもどおり一言を零したあと、彼女は小さめの紙袋をぼくに手渡した。口にはセロハンテープで封が成されていて、中身を伺うことはできない。

「帰ったら、開けてね」

 彼女はワクワクを押し殺しながら、抑え目の声で言った。

 でもぼくは、なんとなく中身の察しが付いていた。

 家に帰って袋の中身を見てみると、やっぱり漫画だった。少し厚めのものが四冊。周りに、あのプチプチする奴が入っていた。余程大切なものなのだろう。

 ぼくが尊敬する漫画好きの人が漫画家志望のぼくに勧めてくれた漫画だ。否が応にも期待が膨む。つまり、それだけいい作品ということ。そこに気が付いたので、先に日課の修正を済ませた。もし感化されてしまったりしたら、見損なわれてしまう気がした。自分の作風や信念は、貫くべきものだと思うから。

 今日言われた部分を、今日できるだけ直す。無理をして、めちゃくちゃになってしまって怒られたこともあったから。作品がかわいそうだと嘆かれたりもしたから。

 納得とはいかないけれど、満足できる工程を終わらせて、いよいよ読書に入る。これを読み終えたら、きっと、もっと素晴らしい作品が創れるようになっているに違いない。

 その本の内容は覚えていない。

 数ページ開くと、青年に少女が

「迷いが作品に出ているよ」

 と言われていた。

「伝えたいことしか伝えていない」

「自分の好きなことしかしていない」

「そのうちきっと、いいものができる」

 耳が覚えている台詞が出てくるたび、ぼくの心は乾いて崩れた。

 本を閉じて、置いて、溜息をつく。

 なんだ。彼女はこの本の台詞を、役者みたいに反芻していただけなんだ。ぼくが話していたのは、彼女ではなくて、この漫画だったんだ。

 両手を机に置いて、だらだらと前に突き出しながら体もそうさせる。その手で、机の上の原稿を潰し、握って、捨てた。筆記用具も参考資料も全部捨てた。捨てながら、机のへりに頭を何度もぶつけながら、声を押し殺して泣いた。


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