2章 キングコング対キングゴジラ
2章 キングコング対キングゴジラ
最初の混乱が落ち着いてハーリクイン氏から話を聞くと(今更気が付いたが首から下はさっきまでの道化衣装そのままだった)、偶々現在公開中の映画『マッドマックス 怒りのデスロード(吹き替え版)』を見て感銘を受け己の進む道を映画製作にありと見つけたんだそうな。
その気持ち分からなくはない。うちもあの映画にはセリフとか演出とかを超えた何かを感じていた。一見馬鹿っぽい映画なんだけど。
ただ当人は今まで映画の世界にまったく興味はなく大道芸をやったり、学生プロレスをやったり、工事現場で働いたり、何もしなかったりでどうすれば映画を撮れるのか分からなくて困っていたところに、ウチが言った『杉並撮影所』というひとり言を聞いてスマホで検索してここへ来たらしい。
だったらその場で聞けばいいのにそれはパントマイムのパフォーマンス中はしゃべっちゃいけないマイルールなんだそうで、なんだか妙に几帳面な王様である。
カンヌだのパルムドールだのは杉撮のホームページの斜め読みの受け売りで、なんかご近所映画祭かなんかと思ってたとか。
んな馬鹿な。
「それで」
みんなで部屋を片付けながら(結局ドアは蝶番が一個壊れてた)現在フロアにいる最年長の米永さんがため息をつきながら言った。
「ここは本当の撮影所じゃなくて映画同好会なんだけどって話聞いてる?今まで映画見た事ないって話だけど冷やかしはお断りだよ」
「俺サマ最大!の熱意がにせものだと?それはありえない」
変な日本語で自信たっぷりにそう言って立ったままフロアを見渡す自称王様に米永さんが「君あのね…」と言ったその時、
「では試させてもらおうかな」
「御簾さん!」
どーん!と再びドアが乱暴に開き二つ目の蝶番が壊されて入ってきたのはここ杉撮の二代目所長御簾さんだった。
御簾さんは某大手製薬会社の部長を40代の若さで務める人で、いつも仕立てのいいスーツを着こなして、ここ杉撮でも映画への造詣も深く、また所員の面倒見がいい事もあって人望も厚い。
ウチも入所以来何かと気を配ってもらっていている。そうそういつも高級なお菓子を差し入れしてくれるいい人だ。
「ほう試す?」
大男と御簾さん二人の視線が空中で火花を散らす。
御簾さんは自称王様程身長は高くはないが肩幅は広くがっちりしていて、仕立てられたスーツの上から見ても筋肉の形が分かるようで見た目の迫力は負けていない。
それに何と言っても年長者としての中年(と本人に言ったら怒られるが)の貫禄がある。
「キングコング対ゴジラ」
所員の誰かがぼそっとつぶやいたがまさにそんな感じだった。
「そうだ君を試させてもらう。一週間後の今日までに私の古今東西名作映画リスト30本を全部見たら君を歓迎しようではないか」
「30本!」
ウチは驚いた。一日4本見てもまだ足りない。しかも所長の名作リストとなれば古典の3時間超えの作品も複数入るだろう。
「そんなに厳しくしなくてもよくないですか?ウチそんな試験受けてませんけど…」
おずおずと発言すると御簾さんはかぶりを振って言った。
「まだこの男の得体が知れないのでね…。杉撮が来るものは拒まずと言っても翠子君を狙うストーカー気質の変態モリモリマッチョマンなのかもしれない。私には君のご両親への責任があるのだよ」
初対面の人間を前にしてえらい言いようだがストーカー呼ばわりにも王様は気にした様子はない。
ウチはさっき男の子を泣き止ませたパフォーマーさんを見ているので怖いとかは思わないのだけど、大人の判断としてはそうもいかないと考えると一言もない。
「それに」
と所長は続けた
「翠子君は所員の推薦もあったしね」
「いいだろうその条件謹んで受けよう」
怪獣だか王様だか道化師だか不明な人が尊大に答えると、
「OK!ではミスター米永、会員登録用紙を持ってきてくれたまえ」
こちらも負けじ劣らじ尊大に米永さんに下知を飛ばす。
「なんでこんな男を…」
とかぶつくさ言いながら米永さんは不承不承という感じで登録用紙を持ってきた。ちょっと可哀想。
「では住所氏名連絡先を書いてくれたまえ」
王様兼道化師さんは登録用紙に名前を書き込む。意外と言っちゃ失礼だが綺麗な字だなと思った。
「『堂城 最大!(どうじょう さいだい!)』20歳…。?この『!』マークはなんだ?」
いぶかしげに御簾さんが尋ねる。
「俺サマ最大!の両親が付けた名前に何か不満が?」
どうやらモーニング娘。とか藤岡弘、のようなものらしい。キラキラした両親だ。
「住所は?」
「住所はない」
「何?」
「先週まで工事現場の寮に泊まっていて今は公園で寝泊りしながら路上パフォーマンスをして生活している」
なんとフリーターどころか住所不定の大道芸人でホームレスということらしい。
今時のホームレスはスマホは持ってるんだなーとか変な感心をしていると御簾さんは、
「ふん。条件に一週間後までに住処を決める事も付け加えさせてもらうぞ」
と言いながらフロアのPCのキーボードをものすごいスピードでダダダっと叩くとリストをプリントアウトする。
「これが君に一週間に見てもらう映画リストだッ!」
と言うや否やリストをPCデスクに叩きつけた。
1 キングコング(1933)
2 キートンの大魔術師(1936)
3 風とともに去りぬ(1939)
4 ファンタジア(1940)
5 七人の侍(1954)
6 ゴジラ(1954)
7 ベンハー(1959)
8~9 ゴッドファーザーⅠ、Ⅱ(1972、1974)
10 エクソシスト(1973)
11 ジョーズ(1975)
12~14 スターウォーズEP4~6(1977、1980、1983)
15~16 マッドマックス1~2(1979、1981)
17 エイリアン(1979)
18 ルパン3世 カリオストロの城(1979)
19 プロジェクトA(1983)
20 バックトゥザフューチャー(1985)
21 ターミネーター2(1991)
22 トイストーリー(1995)
23 ムトゥ踊るマハラジャ(1995)
24 タイタニック(1997)
25 ジュラシックパーク(1996)
26 プライベートライアン(1998)
27 マトリックス(1999)
28 ダークナイト(2008)
29アナと雪の女王(2013)
30 アベンジャーズ2(2015)
条件は以下のとおり
・7/29 12:00までに30本の映画を全て見る事。
・見た映画に対して10の質問をするのでそれに答えること。
・同時刻までに住所を確定させること。
パッと見、案外初心者向けというか、ツボは押さえてあるというか、エンタメ好きな御簾さんの趣味的と言うか、見た事はなくてもウチも知ってるタイトルが多くてホッとした。
映画愛はあるけどロマンスは少なくて、火薬の量とか死人の数とかがすごい事になってそう。
マッドマックス1~2が入ってるのは御簾さん親切だなと思った。
でも筋肉モリモリマッチョマンのコマンドーは入ってないんだなあ。ちぇっ。
『ロードオブザリング』シリーズが入っていなくて良かったなーとか思っていると、他の所員達もリストを覗き込んであれが入ってない、これが入ってない、コマンドーが入ってないとか好き勝手言い始めた。
御簾さんはリストを掲げると最大君の鼻先に突きつけた。
最大君はリストを受け取り目を通すと「承知した」と言って何故かリストにサインした。
御簾さんもダッとサインを書き殴るとその場のノリでがっちり握手を交わす両者。目は真剣だ。
「最大君映画見るのここ出入りさせてあげてもいいですか?」
御簾さんにそう訊ねたのは杉撮一の美女、樹さんだった。意外なことにあっさりとOKが出た。
これで10時から24時までのこのフロアが開いている時間自由に映画が見られる。
ここなら古今東西の映画揃ってるし環境としては申し分ないよね。
嵐のような一時が過ぎて(御簾さんは帰っていった)最大君とようやく落ち着いて向き合うことが出来た。
「今更な気もするけど自己紹介するね。ウチは縞音 翠子。…高校二年生」
「堂城 最大!だ」
そういってぐっと手を差し出す最大君。おずおずといった感じで握手をする。
「これからどうするの?」
「早速リストの映画を見てゆく」
「最大君ここ自由に使っていいけど、お風呂は毎日入らなくちゃ駄目だからね。昨日お風呂入った?」
「寮を出てからは公園の水道で毎日身体は拭ってるぞ」
「つまり一週間近くお風呂に入ってないと!偉そうに言うことか!」
最大君を近くの銭湯『井草湯』に案内して(一番風呂である)戻ってくるまでの間、ウチは以前から気になっていた映画『シュガーラッシュ』を見ていた。
ぐずっヴァネロペちゃんいい子だ。
「戻ったぞ」
「きゃああああああああああああ!」
涙ぐんでいたらいつの間にか最大君が後ろに立っていた。
「びっくりさせないでよ。はいこれ」
さっきまでみんなが見ていた映画キングコングのDVDパッケージを差し出す。
「今日から映画見るんでしょ?じゃあまずはこれから見ようよ」
キングコングは見た事ないからウチも最大君と一緒に見るつもりでいた。
『キングコング(1933)』
もちろん名前は知っているけど今日まで白黒映画だったとは知らなかった。
今までに何度もリメイクされているけれどその元祖、という事らしい。
舞台は1930年代のアメリカから始まる。映画撮影隊が猛獣映画(すごい語感だ)を撮影するため『髑髏島』へ向かうとそこには「世界八番目の不思議」キングコングが生息していた。
金儲けのためにニューヨークに連れてこられ見世物にされるキングコング。
しかし手枷を破って大都会に破壊と混乱をもたらすのだが、最後はビルの上で美女を庇いながら戦闘機により殺されてしまう。
見終わって悲しいお話だなと思った。
人間の欲望の犠牲になった野生動物の悲劇。もちろんキングコングは空想の生き物だけどそれでも人間が文明を発展させることで犠牲になった動物達がたくさんいる事を思うと南の島の王様として君臨していた方が幸せだったろうなと思ってしまう。
ウチの好きなディズニー映画『美女と野獣』にも通じるものがあるようにも感じた。
しかしこれ驚いたのはお話の現代性もそうだけど特殊撮影の迫力だった。
だってこれ1933年の映画でしょ?たしか第二次世界大戦が始まったのが1939年だったからそれより6年も前の映画だったなんて!
1993年(ウチの産まれる6年前だ)の『ジュラシックパーク』の実に60年前!(ちょっとくらっときた)。
昭和8年の日本の映画なんて想像もできない。
もちろん現代のCG映画とは比べ物にならないちゃちさはあるんだけど、それでも古代の生物が生きている島での戦いも、ニューヨークで暴れるキングコングもとてもよく出来ている。ちょこまかした怪獣達の動きは手作り感があってどことなくユーモアがある。
正直びっくりした。
「これはすごいな」
最大君も同じだったようでなんだか素朴な感想を述べている。
「これはどういった技術なんだ?」
「人形アニメ…ストップモーションって言うみたい」
スマホでキングコングのWikipediaを見ながら答える。
なんでも人形をコマ撮りで一コマづつ動かして撮影する技術なのだそうだがそれを具体的にイメージするのは難しかった。
「なるほど。パラパラマンガと同じ理屈なのだな。それの立体針金人形版ということか」
同じくスマホを見ていた最大君がそんな事を言っている。
ひとしきり色々検索していたウチと最大君だったけど
「映画と言うのは奥深いものだな」
という最大君の一言で我に返った。時計を見るともう20時近い。
「あ、やば。そろそろウチ帰るね。最大君もほどほどにね」
「今日は世話になった。ありがとう」
「いいって。大したことはしてないし。じゃあね」
そういって帰り支度をして修理跡の目立つガタ付く杉撮の扉を出た時振り返ると、最大君は二本目の映画を見始めるところだった。
翌朝スマホのアラームより早く目が覚めると朝の支度をして杉撮へ向かった。
なんとなく予感めいたものがあったのだが案の定最大君はすでにやって来ていてアニメ映画を見ていた。
「最大君、今何見てるの?」
「今見ているのはファンタジアだな」
という事は4本目か。
「ちゃんと休まないと身体に毒だよ」
「心配ない。野宿は慣れてる」
いや心配だって。つか多分都条例違反だよね。
そう言っている間もテレビから目を離さないし。
「はい、これ差し入れ。どうせ何も食べてないでしょ」
「む、これはかたじけない」
ようやくこちらに顔を向けてコンビニのおにぎりとお茶の入った袋を受け取りつつ頭を下げてきた。
「とりあえずご飯にしたら?」
「そうしよう」
最大君はそう言って大きな背伸びをするとやっとDVD鑑賞を中断して朝食を取る気になったようだ。
しばらく朝食を食べつつ毎日暑いだの、今朝めざましテレビでサメが海水浴場に現れたと言っていただのの世間話をしていたけど、最大君は朝食を食べ終わると再びDVD鑑賞に戻り、ウチも暇を持て余しつつスマホをいじって時間を潰していた。
「あ、そうだ」
お昼ごはんをごうか亭で食べてから(A定美味しかった!)再びスマホをいじっていたウチだったが最大君が見ている(お昼前から七人の侍を見ていた)のとは別のテレビのリモコンをいそいそと探す。
「ねえ、これから隣で別の映画見ていい?」
「構わんぞ。何を見るんだ?」
「…えーっと午後ローで『シャークネード2』を」
「『シャークネード2』?それはどんな名画なんだ?」
…うう、隣で七人の侍を見ている人に『シャークネード2』の解説をするのはなんだかとても恥ずかしい気がする。
『シャークネード2 サメ台風2号』を一言で表すと『馬鹿映画』である。
それだけではちょっと足りないか。より正確に言うと『サメ馬鹿映画』である。
…何だろうこの敗北感は。
実はウチも見るのは初めてなんだけどネットの評判曰く、「設定に無理がありすぎる」、「見ると知能指数が減ってゆく」、「世の中にはこんな映画があるんだと逆に感心した」、「素晴らしい。感動した」等々。
というか今年の夏に午後ローことテレビ東京の午後のロードショー枠では「サメ映画祭り」を現在絶賛開催中で、毎週木曜日に「ダブルヘッド・ジョーズ」、「メガ・シャーク VS ジャイアントオクトパス」、「シャークオクトパス」、「シャークネード2」、「ビーチシャーク」というタイトルを聞くと中身が全部想像できるサメ映画を連続放送、世の馬鹿映画好き(いるのだこういう人種が)を熱狂させていた。
かくいうウチも毎週かかさず見ていて(もちろん録画もだ)画面に突っ込みを入れながら楽しんでいた。
で、今日は『シャークネード2』なのだ。
七人の侍の隣で、ジョーズをまだ見た事のない人の隣で、しかも数日中にジョーズを見る人の隣で『シャークネード2』を見るのは映画の神様に大変申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだが見たいものは仕方ないじゃないか!
という事を瞬時に考え結局最大君には「つまらない映画だから気にしなくていいよ」と答えてごまかした。
午後ローが始まるとウチはテレビを見ながらスマホで実況していた。
『ワロスw』
『サメキタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━ !!!!!』
『すげーサメ降ってきたwwww』
「おい」
「はえ!?」
すっかり夢中になって実況していたら最大君が隣で七人の侍((まだやってる))を見ていた事をすっかり忘れていた。
顔から火が出たが不幸中の幸い最大君は七人の侍とシャークネード2の両方の画面を見ていて(器用)こちらの顔は見ていなかった(と信じたい)。
「この映画は…何だ?」
テレビを凝視しつつものすごくざっくりと本質的なつっこみがきた。
「サメ馬鹿映画、かな」
渋々と仕方なくそう答えると、
「…ものすごく面白いじゃないか!なんで昨日貰ったリストには『シャークネード2』が載ってないんだ!」
映画史上最高のアクションとも名高い七人の侍のクライマックスシーンとサメが街に降ってきて人を食う映画を同時に見ながら最大君そうは叫んだ。
翌日以降もちゃくちゃくとリストを潰してゆく最大君。夜は道路整理のバイトをして、昼は映画を見たり仮眠を取ったりしつつ最終日前日にはいよいよ残り2本という所まで来ていた。
この調子なら深夜0時前には30本全部見終わるだろう。
後は御簾さんの質問に最大君が答えられるかどうかだけどそれは始まって見なければ分からない。
今日は早めに休むように最大君に挨拶してウチは家に帰った。
7月29日。試験当日。
安心していたせいかアラームで目が覚めず起きたのは11時近かった。
やべ、寝過ごした!と朝の支度もほどほどに慌てて向かって杉撮に着いたのは11時半を回っていた。
「ちゃーっす…あれ」
最大君の噂が広まって最終試験日の今日、夏休み中の所員が多い事もあって部屋には結構な人数が集まっていたのだがどうも空気が変だ。
最大君をみると妙に憔悴している。
「最大君もしかして寝てない?どうかした?」
「…最後の一本がまだ見れていないのだ」
「ええ!」
あの常に尊大な最大君がすっかり顔色が悪い。
時間的な余裕はあったはず…と思って最後の一本を思い出してハッとした。
『アベンジャーズ2』こと『アベンジャーズ エイジ オブ ウルトロン』。
今年2015年サマーシーズンの作品。当然ソフト化はまだ、されていない。
しまった!
映画に疎い最大君はリストの作品は当然杉撮に全部揃っていると思っていたに違いない。
ソフトを探したが見つけられず、ネットで調べて現在公開中の作品だと知ったのが昨日の夜22時過ぎ。
その時間以降に上映している劇場はなく、仕方ないので朝一でやっている劇場を調べたのだが時すでに遅し。
すでに公開規模はかなり減らされていて一番早い時間上映でも横浜で13時以降なのだった。
これはウチのミスだ。
「13時の横浜の回見に行こうよ。御簾さんにはウチが説明するから…」
「いやそれは認められない」
そういって所員の間から現れたのは御簾さんだった。
ただ今到着らしい。御簾さんはリストを手にとって
「リストにはこう書いてある。『・7/29 12:00までに30本の映画を全て見る事。』と。それが守れなかった以上君の合格はありえない」
「でも…!リストの一番最後に公開中の作品があったなんて気付かなかったんです!」
食って掛かったが御簾さんはにべも無く
「誰かリストの一番上から順に見ろと言ったのかな?」
「それは…」
言葉に詰まった。
確かにリストの上から見なければいけないといった約束はされていない…でも…。
ウチがリストの一番上の『キングコング』を見ようと誘ったから最大君もリストの上から順番に見るって思い込んでしまったんだ…!。
「だが」
そこで御簾さんは一息貯めて言った。
「土下座して入所を頼むというのであれば認めなくもない」
「御簾さん!?」
ハッとして振り返る。
「何もそこまでしなくても…」という米永さんへ怖い顔をして御簾さんは吐き捨てた。
「愚かしくも厚かましく映画を撮りたいだの、カンヌへ行くだの無知蒙昧の暴言は映画に対して冒涜千万!」
御簾さんの迫力に声もない米永さんや周りの所員達。
普段は優しい御簾さんの意外な一面を見て皆声も無い。
「だが」
続けてこう言った。
「その考えを悔い改め許しを請うのであれば数々の暴言不問に付そうではないか」
そう言った御簾さんの表情を見たその時、全てを察した。
これは罠だ。
これはマウンティングだ。
リストの最後に現在公開中の作品を載せただけではない。リストは年代順に並んでいたのだ。
30本という一週間で見るには多いけど絶対に不可能ではないという絶妙の数。
1番から29番までは全て杉撮の映画棚にあるメジャー所ばかりだったのも偶然じゃあない。
あの時たまたま流れていた『キングコング』をリストの一番上して年代順の映画作品リストを渡す事で上から順番に見るであろうという心理。
たかが同好会への入会にここまでするのは、この生意気な新人が自分より下であるという事を集まった大勢の所員に目撃させるため。
全ては最初から計算されていたのだ。
あっと小さく声が出た。
御簾さんは最初から全て見ていたのだ。
足元がグラッと崩れるような感覚。
これは、学校の、クラスの、みんなの、目が、私、居場所、ここも、無くな、やだ嫌、いや、、、、、
「さあ、出ていくのか、頭を垂れるのか男らしく態度を決めたまえ!」
最大君が黙って立ち上がり御簾さんに向かい膝を折り曲げようとした瞬間、ウチの中で猛烈な感情が弾けた。このままでいいのか?いや良くない!
御簾さん、お菓子をくれるいい人かと思ってたけどそのせいでウチの体重増えたんだったと思い当たった刹那キレた。
ふざけるなこのペテン野郎!
「待ってください!」
ウチは叫んだ。
最大君も御簾も部屋中の人間の視線が集まる。
「彼は約束を守っています!」
「何?」
不快気に御簾がこちらを向く。
「『アベンジャーズ エイジ オブ ウルトロン』を見ていないと彼自身が言っているのだ。弁解の余地はない」
「最大!は30本見ています!『シャークネード2』が30本目です!」
一瞬にして固まるフロアの空気。そして沈黙。
倒れそうなほど恥ずかしかったが気力をお腹に集めて必死で両足に力を込めて踏ん張る。
「ハッ」と馬鹿にしたような声。
「リストにはシャークネードなど載っていない!そもそも午後ロー枠を認めるなど…」
「いえ、リストに書かれている約束は『30本の映画を全て見る事』です!『リストの映画を全部見ろ』とは書かれていません!『シャークネード2』だって立派な映画です!午後のロードショーだって立派な映画枠です!彼はそれをウチと見ました!」
一気にまくし立てる。
「馬鹿な!そんな物を認めるわけにはいかん!」
自分の言っていることが詭弁だというのは分かっている。それでも引き下がってなんかいられない!
再び言い返そうと口を開けたその時、
「いいじゃない」
と誰かが言った。声の主に向かって御簾は
「幕間所長…」
と部屋に入ってきた女性に向かって言った。
幕間所長?…という事はこの女の人が『杉並撮影所』を立ち上げた先代の初代所長さん?
漠然と先代は御簾よりももっとずっと年輩の人を想像していたけど、実際の幕間所長は年の頃30代の妙齢の美人だった。
「しかしそれは…!」
「私が30本目をシャークネード2だと認めます。異論は却下します。この後私が彼…えーっと最大!君だったかしら。彼へこの一週間に見た映画の10の質問をします」
とぴしゃりと言い放つと御簾もそれ以上強くは出なかった。
「初代のご自由に…」
そう言うとウチをグッと睨むと肩を怒らせて部屋を出て行った。ざまあ。でもちょっと怖かった。
「さて。では最大!君、始めましょうか」
「謹んで」
そう初代所長に答えると最大君はこちらを見てニカッといたずら小僧みたいな顔で笑った。
それを見たら張り詰めていた気が抜けてしまってその場にへたり込んでしまった。
「…では最後の質問をします」
9つの質問に最大君は自分なりの感想や解釈を答えて残るは最後の質問になった。
「映画って何だと思う?」
それまでの個々のタイトルの質問や感想に比べるとずいぶんおおざっぱな質問だ。
「最初に言っておくけど答えはなんでもいいの。ここまででもうあなたは合格。で、この一週間で思ったあなたの映画観を聞かせて欲しいな」
「我思う故に我在り」
「?」
訝しげな視線を投げかける幕間所長。
「観客がいる故に映画在り!」
最大君はそれだけ言うと黙ってしまった。
あっはっはっは!
と初代は笑って「このリストエンタメばかりだもんねえ」とリストをヒラヒラさせた。
「まあ映画ってのはそれだけじゃないんだけど、ま、いいわ。最大!君杉並撮影所へようこそ。歓迎するわ」
ホッと胸を撫で下ろすウチ。小さく拳を握る。いえい。
「ところで」
と初代所長が綺麗な眉をわずかに顰めると不思議そうな顔をして言った。
「この会員登録証住所が書かれてないんだけどお住まいはどちら?」
しまった!まだそれがあった!
「東京都三鷹市井の頭4。井の頭公園です」
最大君のさも当然とした答えに初代所長は一瞬ポカンとした後カラカラと笑ってその場はお開きとなった。
かくして最大!の入所は決まったのであった。
続きは11/6 23時頃の予定です