プロローグ
『真嶺男子高等学校』。
今どき珍しい全寮制男子高校にして、有数の進学校である。
しかしそんなエリート校とはいえ、そこは男子校。おまけにビルが建ち並ぶ都会ではなく、山や農地に囲まれて、専用の学生バスでもなければ一体誰が通うのだという立地条件ともあれば、草しか生えないこの学校に通った者にしかわからない苦難もあるとか。
(あぁ、なんでこんなことになったんだろう)
4月から通っている草間英二は一体何度この言葉を繰り返しただろうと、盛大にため息をついた。
向かいのベッドに寝そべり、漫画雑誌を読みながらニヤニヤと笑みを浮かべ、楽しそうな同室を見ていると、ため息の1つや2つつかずにはいられなかった。
「頼むから、その顔辞めてくれない?」
相手にそう呟きかけると、相手はちらっと漫画から視線を外してこちらを向いた。先程の楽しそうな表情から一変して、眉を寄せ、怪訝な表情を浮かべている。
「いや、辞めるも何もこれお前の顔だろ」
「それはそうなんだけどさ。その、自分の顔がそんな風にニヤけてんの見ると、ちょっとキモいっていうか、見たくなかったっていうか」
「じゃあ見なきゃいいじゃん」
「確かにそうだけどさっ」
草間は間髪入れずにツッコミを入れる。
こんなやり取りも何度繰り返した事だろう。馴れたくもないけど馴れてしまった。
「安心しろよ。無表情でもお前キモいから。笑おうが何しようが大差ねぇし、気にしたもんじゃねぇよ」
(そこまで言うか?!このサディストがっ)
草間は表情をひきつらせ苦笑した。
今すぐ殴りたいと言わんばかりにギュッと握りしめた拳を掲げる。
「あぁそうでしょうね。えーえーっわかってますとも!君と比べれば自分の容姿が残念だって事くらいね!わざわざ他人の痛いところ見つけて突き刺すなよ!ていうか、そんな能天気に構えてる場合?この状況どうにかしようとか少しは真剣に考えてるの?」
「なんだ、俺の顔で辛気くさい顔してた訳はそれか。テキトーに地面掘れば温泉掘り当てられるわけじゃねぇように、考えたって答えなんか出やしねぇよ」
「そうかもしれないけど…。ていうかなんで例えが温泉?」
草間は後に続ける言葉が思いつかず、そのまま口ごもってしまうが、ふと全く別の疑問符が浮かび、それについて問いかけた。
しかし同室はやれやれと呆れたように短く嘆息し、また漫画の方へと向き直って続きを読み始めた。
(無視かよ!はぁぁ、なんでこんなことになったんだろう)
また同じ言葉が頭の中で繰り返される。
人生は長い。その長い人生の中で人は色んな体験をするのだろう。
その中にはきっと困難なものもあるはずだ。しかし一体この世の中の何人がこんな体験をすると言うんだ。
『俺が君で、君が俺で』なんて。
草間は苦笑し、あの時の事を思い出していた。
そう。あれは入寮日。入学式の前日が初対面で―――――あぁ、今思い出しても寒気がする。
同室の“橘亮介”は草間の最も苦手なタイプだった。