僕のこと、忘れてなかった?
◇◇◇◇◇伊織
一瞬のことだった。
「伊織様っ!!」
纏が僕の名前を叫ぶ。僕の視界には、英雄君が聖騎士の鎧に包まれて、神々しいその剣を僕に振り下ろそうとしていた。
あまりにも突飛な出来事。さっきまで別行動をしていた英雄君と合流して互いに状況確認をしようとしただけなのに。『パラディン!』と叫んだ彼が今の姿になり僕に剣を向ける。
動けなかった僕は、しかし、かすり傷1つつかず、ただ横からの衝撃に身を崩した。
よろけながら僕は見た。英雄君が、纏を、ズバッと斬ったのを。
「逃げて、伊織様……!」
彼女のスキルを僕は知らないけど、血だらけになりながら暴走する英雄君を止めている。でも、あれじゃあいつまでもつのか。
普段から仲の悪い纏とディトリティアは互いを見つめあう。一瞬の間でそこに何があったのかは分からないけど、まるで2人は通じ合ったかのように僕は思えた。
「伊織様を連れて逃げなさいディトリティア。傷1つ付けたら許しませんよ」
「ふんっ、言われなくとも」
僕の意思は無視。ディトリティアは軽々と僕を担ぐと、この戦場から離脱をしようとしている。
何でだよディトリティア。君が加われば、英雄君を止めれるかもしれないのに。
何で、何で……
◇◇◇◇◇纏
……行った、ようですね。
伊織様は優しすぎる。今のコレは、殺す覚悟がないと止められない。そして私にはそれがある。だからと言って止められるというわけではないのですが。そしてあの女は癪だけど、利害の一致。今だけは伊織様に触れるのを許しましょう。
「一応、聞いておきましょうキャプテンさん。どうして、伊織様を」
「どうして? ……やはりな。君も被害者だよ纏君」
勝手に名前を呼ぶなこのヤローです。
「被害者とはユーモアの溢れた発言。確かに私は、今貴方に殺されかけてますし」
「違う!」
ソレは剣を乱暴に振って私を弾いた。怪我をしている事もあり、それに耐え切れることはできない。
私のスキルは伊織様のもの。いつ如何なるどんな時でも伊織様の位置と体調と心を分かることができ、もう1つは伊織様が近ければ近いほど総合的に力を上げるスキル。つまり今、私の力はどんどん弱まっていきます。
いい……傾向ですね。
「どうして君達はまだ分からないんだ!? みんな、あいつに騙されていることに!」
「騙されて、いる?」
「ああそうさ! 奴が、よく分からないけど、スキルを使って不当にもディトリティアさんを誑かして! 何よりこの状況を作り出した元凶だ!」
頭にウジが湧いているようです。ただの恋愛脳かと思えば、既に欠陥品だったとは。頭の病院に行っても手遅れだと診断されますよきっと。
「その情報は、誰から?」
「聞いて驚かないでくれ。月姫さんだ」
オーマイゴッド。
嫌な予感が的中ではありませんか。大方、月姫とやらに遭遇して、言葉巧みに丸め込まれたのでしょう。元放送部の彼女は声もきれいですから耳の心地はよかったでしょうし……ま、どうでもいいですけど。
「あのー、月姫は信頼というスキルを持っていることは知っていますよね?」
「それはもちろんだよ。でも、これは信頼できる情報だ。月姫さんの言うことは正しい。考えても見れば簡単なことだったよ。
ディトリティアさんが、まさか! 正常な思考さえしていれば伊織よりもまず、僕を選ぶべきだろ? 君だってそうだ。操られてでもいない限り、どうすっ転んだって全てにおいて優れた僕に惚れるべきだ」
あまりの発言に腹が立ちます。何よりもイライラするのは、その内容が月姫のスキルだけではなく、半分以上は本音も混じっているだろうから。
「さあ纏君。今なら僕が君の傷を癒してあげれる。だからお願いだ。もう正気に戻ったと。ディトリティアさんをあいつから救うと今ここで誓ってくれ」
聖騎士とは便利ですねー。防御力も攻撃力も高い。いざとなれば回復役にもなれる能力は、ほとんど反則です。
だから何だという話ですが。もしも貴方が聖騎士なら、伊織様は……勇者ですよ勇者。
「くたばれキャプテン」
「……ふぅ、どうやら手遅れらしい」
さも悲しいという表情を表に出して、目の前の人間は、剣を振り上げた。そのまま、徐々に徐々に近づいてくる。
……これは罰なのかもしれません。嫌がる相手に無理矢理にでも愛を押し付けた償い。しかしそれでも、あぁズルい私はまだ縋っている。貴方様の優しさに。
◇◇◇◇◇伊織
「待って、ちょっ、待って!」
「……」
ディトリティアはいつもの如く僕の言う事を聞かない。ただ真っ直ぐ前を向いて、纏から目を背けるように走るだけ。
「離してくれディトリティア!」
「っ……」
「うわっ!?」
急に投げ出された僕は、無様に転がる。痛いよディトリティア。離せと言ったけど、もっとやりようがあるんじゃないのかな。
って、こうしちゃいられない。
僕は急いで来た道を戻ろうと立ち上がったその時、ガシッと胸倉を掴まれる。そのまま壁まで引きずられ、押し付けられた。
「ぐっ……」
「行ってどうする!」
「それは、纏をっ」
「助けるというのか? 貴様が! あいつを!? 私がいないと何にも出来ない人間が偉そうな事を言うな!!」
ディトリティアの叱咤、僕は否定できない。だからこそディトリティアを支配したんだから。無理矢理。
だったらこの結末は僕の責任? もしもディトリティアと真の意味で仲間になっていたら? そもそもさっきのだって、僕がしっかりと避けていれば纏は傷つかずに済んだんだ。
僕が……僕は……僕の、せい。
「貴様は大人しく私についてくればいい。ずっと。永遠に。
あの男は強い。逃げる方が賢明だ。そもそも貴様は、あの女を好いてはいなかったはずだろう。何をそんなに慌てている」
そりゃあ僕は纏を好きじゃない。ストーカーだから気持ち悪いし、僕の好きな子はディトリティアだ。いつもひっついて嫌だって思う。離れてくれと言っても言う事聞かないから、実を言うと嫌いかもしれない。
ああそうだよ。本音はこうだ。『囮みたいにするのは心が痛むけど、やっぱり僕は死にたくなんかない』
……でも……でもさ、ここで死んでいいような人間じゃないだろ! 纏は、確かに僕の事を命懸けで助けようとした、だろ?
だからって訳じゃない。そうじゃないけど今、僕は! 纏を助けたいと思っている!
「ディトリティア」
僕は彼女に手を伸ばした。何を思ったかは知らないけど、彼女は安心して僕の手を取ろうと……
「絶対支配」
「なっ……!?」
ピタリと、彼女の手が止まる。
ゴメンねディトリティア。
「何の、真似だ。貴様」
「ディトリティアはここに待機。もしも危険な目にあったら、自分の命を大事にして。とにかく、生き延びて」
「おいっ、私の目を見ろ!」
言われた通りにすると、ディトリティアがたじろぐ。目は口ほどに物を言うらしいから、きっと何かを感じ取ってくれたのだろう。
決心がついた。僕は彼女に背を向け、彼女はそこから動けない。
「待て、止まれ!」
その時、ガラッとゾディアックが揺れた。何か危険なことがこの要塞で起きているようだ。早く行かないと。これ以上纏を1人にしちゃいけない。
「行くな! 行くんじゃない……ダメだ。行かないでくれ……伊織ぃ」
「っ……」
あーもう。やめてくれないかなそういうの。せっかくの決意を揺らさないでほしい。せめて格好つけさせてくれよ。
でも抗えない。
一度だけ、もう一度だけ僕は振り向きディトリティアを見つめる。
「大好きだよディトリティア」
「っ……」
僕は臆病だから、返事は聞かずに駆け出した。伊織と叫ぶ声がしたけど、胸が裂ける思いで無視をする。脳裏にはずっと、初めて見るディトリティアの情けない顔が、いつまでもいつまでも張り付いていた。
〜〜〜〜〜
危なかった。あと1秒でも遅れていたら助けられなかった。
僕は纏の体に、ほとんどタックルする勢いで突っ込む。英雄君の剣が通り過ぎても自分の足が無事だったのは、見ていて生きた心地がしなかった。
「そんな、どうしてーー伊織様!」
うっ、やっぱり、纏は苦手だ。様付けもやめてくれないし、今こうして近くにいるだけで辛いものがある。真夜中に電柱の陰からというトラウマが。伊織ノートという僕の個人情報がほぼ全て記されているトラウマが。
それはもう生理的なもので、これからも一生変わることのない感情なのだろうけど。
でも。
「ありがとう纏。でも、もう大丈夫だから。こっから先は僕に任せて」
本当に感謝している。だから休んでくれ。という僕の精一杯の思いは、果たして纏に伝わったのか……
「勇者様ぁ」
うん、伝わってないかも。というか勇者って誰。僕?
柄じゃない。それならまだ、そう。あそこの聖騎士の方が、よっぽど勇者らしい。
君の事だよ、英雄君。
「どうして……英雄君。英雄君はこんな事する人じゃないはずだよ」
「自分の胸に聞いてみたらどうだい伊織君。本当は君も、分かっているはずだよ」
……うん?
「耳を貸してはなりません伊織様。あいつはもう敵の術中。
……殺さない限り、止まらない」
ゾッとするほど冷淡な声の纏に、僕はたじろいだ。彼女は本気だ。本気で英雄君を殺そうとしている。 その証拠に、立っているのがやっとのはずの傷の体で、立ち上がろうとしていた。
「伊織様。あいつは私がやります。だから伊織様は逃げて…………伊織、様?」
僕は彼女を座らせる。何もしないで死が迫っていそうな人間に、これ以上どれほどの何をさせろと?
少なくとも、僕にはできない。
「伊織様……失礼ながら、無理です。あなた様は……出来ない」
「ううん、大丈夫」
そう、大丈夫。
だから安心してくれ纏。
「僕は君を、守るだけだから」
「っ……」
考えろ伊織。僕のこの力。想いを具現化させる理想の力を。
想いとは、生半可な感情ではなく、心の底からそう想わなければならない。噓偽りなき感情を表に出す。それだけ。
僕はあの時、それが出来たはずだ。
今は……そう。
(纏を、助けたい!)
「顕現。溢レル希棒!」
僕の手元に、一本の棒が現れる。今なら何でも出来そうな気がした。
何しろ、英雄君の一撃でさえ、防いでみせたんだから!
「なっ、棒切れ1つに、僕の攻撃が?」
「これはただの棒じゃない! 僕の想いが込められた、僕だけの武器だ!」
「くっ……」
1度距離をとる英雄君は、剣を指でなぞり詠唱を始める。
「我、光の戦士。数多の悪を退け、欺瞞を貫き弱者を包む。この世全ての正義を今ここに!」
剣が光を放つ。
「ホーリースラッシュ!」
英雄君が認めた者は癒され、そうでない者を滅する攻防一対の攻撃。もちろん今回の僕は後者でしかない。そしてそれは、後ろにいる纏も例外ではないはずで。だからこそ……
絶対に、防ぐ!
「顕現、絶対ノ勇木!」
僕の両手は丸太を掴んでいた。重いと思う事もなく、僕はこれを振りまわせる。
光の一撃が僕の元にまで迫り来た時、それはこの丸太で弾き返した。英雄君の驚きが伝わってくる。今さっきのは自信の一撃だったのだろう。
ここを見逃す手はない!
「顕現、努根場」
根を張り巡らせる。さっきまで驚愕に身を呆然とさせていた英雄君は、「しまった!」と言いながら自らの足に根が絡みつく失態を嘆いていた。
ダメだよ。そう簡単に、離してたまるもんか。君にはいっぱい言いたい事があるんだから!
「こんな、ものっーー」
「顕現、溢レル希棒!」
「なにっ!」
頭上に振り下ろす棒。今まで根を足からどけようと躍起になっていた、彼の中途半端に体を守る剣は棒の攻撃に耐えきれずあっさりと弾かれ、ゴチーンと英雄君の頭にそれがぶつかった。
痛そう。でも……
「纏はもっと、痛かったはずだから」
英雄君が死んではいない事を確認してホッとする。彼には償ってもらわなければ。ちゃんと謝ってもらわなければ。そうしてしっかり、仲直りをしよう。
「ゴホッ、グフッーー!」
「っ……纏!」
彼女の傷は、想像以上のものだった。むしろどうして今まで持ち堪えれたのだろう。傷がパッカリと開き、血は今もとめどなく垂れ流している。
「どうして、なんで、何で!」
止まらない。血が、無くなっていく。せっかく英雄君を止めたというのに、これではあんまりじゃないか。
纏はきっと、とっくに限界を迎えていたのだろう。手の一つ動かさず、弱りきった彼女の体はとても細かった。
「死んじゃダメだ纏。そうだ、僕の力なら。そうだよ。まだ」
何かあるはずだ。助けたいと思えば、きっとーー僕の手に、冷たい纏の手が重なる。
「……もう、ダメです」
「違う! そんなはずあるもんか!」
「いえ……私の体は、私がよく知っています。もう、ダメみたいなんです。何にも、見えない。どこにいるんですか。伊織様?」
「っ……」
彼女の手を握る。
「ここだよ。ここにいる」
「……ああ、そこですか」
ゆっくりと、ゆっくりと。纏の手が這うように体を触る。地球ではしょっちゅうされていて、その度に寒気がしたものだが。
今はーー
「温かい」
纏が呟いた。彼女の手は僕の顔にまで届き、流れ出る涙に触れてしまったのだろう。
「分かります。分かります伊織様。そこにいるんですね。私、まだ分かります」
「まだなんて、そんな、終わるような事を言っちゃダメだ。ずっと僕のそばに居るって、前に言ったじゃないか」
「……ずっと、いたいですね」
いつも聞いていたその言葉。どうして、今まで拒絶していたのか。昔の僕に理解が苦しむ。
神様、貴女は残酷だ。
「最後のお願い、聞いて、くれますか?」
「……」
「キスを、してください。私のファーストキスを奪ってください。深い深い、大人のキスを」
「……ごめん、纏。僕は好きな人がいるんだ。だから……ダメなんだ。そのお願いは、聞けない」
「ああ伊織様。貴方のそういうところもまた、愛おしい」
そう言うと纏は、一体どこにそんな力を残していたのか、文字通り死力を尽くして起き上がると、そのまま僕の唇を奪う。
といっても軽く。
触れるような、優しいキスであった。
「あはっ、これで、伊織様は私を忘れません。貴方様の記憶に私は生き続けるのです。ずっとずっとずっと。ずーっと……ね」
「纏……」
その時また、大きく足場が揺れる。まるでこの移動要塞が崩壊しているみたいに。
そして、どういう訳かこの場に、ディトリティアが現れた。
「どうして……僕の命令は絶対なはずなのに」
「ふんっ、さっき化け物が見えて、自分の命を大事にここまで逃げてきただけだ」
命令を逆手に取った。ディトリティアはこわーい顔をして僕に近づいてきて、傍に横たわる纏に気づいた。
慰めの言葉はない。
けれど、ディトリティアの瞳が少し揺れたのは、僕にとって衝撃的なことであった。さらに言えばーー英雄君が起き上がってきたこともまた、僕にとっては想像もしなかった事だった。
「伊織っ……君」
怨嗟の込められた声。ディトリティアが警戒をしながら僕を叱る。
「何故とどめを刺していない!」
「うっ、ごめん」
「ちっ……いいから構えろ! 奴め、様子が変だぞ」
ディトリティアの言う事は正しかった。正義を象徴するかような鎧が真っ黒に染まっていく。側に落ちた剣も闇が覆い形を変えて、一本の槍と変わった。
「ディトリティア……さん。ああ、本当にディトリティアさんだ!」
僕を呼ぶ声とは随分と違う、英雄君の歓喜に苛まれた欲望の渦は、応えるように彼を包む闇が蠢く。
光が大きければ大きいほど、闇もまた然り。僕は知らない事だったが、この時の英雄君は纏のスキルを手に入れた事により、そしてディトリティアが近づいた事で条件を達成し、その身に姿を変えた。
【暗黒騎士】、堕ちた英雄へと。
「待っててディトリティアさん。今、僕が救ってあげるよ。だから伊織君……君は邪魔なんだぁあ!」
「っ……顕現、勇木!」
戦闘経験がほとんどない僕は、目の前に盾を召喚した。それは英雄君の槍を防いだがエネルギーは止まらない。あまりの力に、その勇木ごと部屋を抜けた通路まで吹っ飛ばされる。
僕のクッションとなったディトリティアの呻き声がした。
「ディトリティア! くっーー混合武器。希棒。勇木。怒根場。顕現、世界樹!」
希棒は剣。勇木は盾。怒根場は魔法。そしてその全てを一緒にして顕現させる世界樹の武器が僕の手に。
それは瞬く間に壁となり、僕たちと英雄君を分断した。
しかし、それも時間の問題だろう。壁の向こうでは、英雄君の必死な叫びが聞こえてくる。
「今だ、逃げようディトリティア!」
「くっーー他に味方はいないのか」
……生徒会長なら、何とかしてくれるかな。生きていたら、だけど。
「とりあえず、逃げるしかない」
「……仕方あるまい」
〜〜〜〜〜
結局は時間稼ぎでしかなかった。とある部屋まで逃げ込んだ僕らは聞いた。
「ジャンプ」
と。そして天井を突き破ってきた、あの英雄君と再び相見える。
まず最初に反応したのはディトリティアだった。彼女の力は英雄君と、それに今の僕にだってさえ劣っているはずだけど、戦闘経験が違う。
愛剣を片手に槍の英雄君と拮抗する。僕ではついていくのがやっとだ。
ーー悪手。他に誰かいたのならそう言った。何故なら英雄君は、ディトリティアと近ければ近いほど力を増すのだから。
「かはっーー!」
「ディトリティア!」
ディトリティアが僕のところまで吹っ飛んでくる。英雄君の仕方なかったんだと呟いたそのセリフが、僕にはとても憎かった。
……時間稼ぎ。
ああ、でも、しないよりはマシだろう。
「ディトリティア、君は、逃げろ!」
全てに裏切られたかのようなディトリティアの顔は、僕の心を苦しめた。
命令に逆らう事のできないディトリティアは、僕とは反対方向に進む。怪我をしているのか、ゆっくりと。
英雄君がそれについて行こうとしたから、僕は、全ての力を使って引き止める。
「君の相手は、僕だよ」
「伊織君……君はっーー!」
その言葉を最後まで聞く事はなかった。僕の後ろを見て目を見開いた英雄君。振り返るとそこには、ディトリティアがいた。
胸の辺りから血を吹き出して。
………
いや、僕の胸も、血だらけだった。直感でわかる。英雄君の胸も、血だらけなのだろう。
どうして逃げてないのか、僕にはさっぱり分からない。絶対支配すら拒絶したのか。僕の混乱を打ち消すように、ディトリティアは言った。
「私は、貴様の事なんて……大っキライだ。馬鹿者め」
◇◇◇◇◇王人
上を目指す途中、面白いものを見た。あのイケメンキャプテンがさながら悪役の如く、黒に身を染めていたのだ。それに、確か同じ仲間なはずの男へ、明らかに殺意を向けているそんな状態。
ここを止めるべきはイケメンキャプテンか、もう1人の男か。俺は両方を選んだ。うん、やっぱり、何事にも保険をかけてないとな。
こんな状況だ。俺は、お前らにさく時間を持ち合わせてはいない。
「秘技 十砲」
一刀閃とは違い、一点集中の突きを飛ばす技は一寸違わず2人に直撃。
途中、ディトリティアとかいう女が、庇ったのかどうか真相は不明として、間に入ったが些細な事。むしろ死んでくれたのなら、面倒事が一つ消えたという事。ラッキー。
(異世界知識さん、俺の手に入れたスキルを教えてくれ)
《……【光の戦士】、光の力を纏います。【パーティー】、仲間が多ければ多いほど力を得ます。【盲信】愛するものが近ければ近いほど力を得ます。【ストーカー】……は、まあいいとして。あとは【絶対支配】と【想いの力】です》
異世界知識さんから知らされる事で自覚する、新たなる自分の力。
なるほど、便利な代物が多い。
「王人殿……今のは」
俺はとりあえず、近くにいたフォークスに【想いの力】を使った。
「顕現、遙カナル絶忘」
右手から不可視のオーラがフォークスを包み、一瞬ボーッとしたフォークスは、ハッと我に返って周りを見渡した。
「私は何を……」
「しっかりしろ。見ろフォークス、俺たちが来た時にはもう死んでいたあの3人の、まずはご冥福を祈ろうじゃないか」
「え? ああ、うん、そうだな……ってうわぁ、死んでるぞ!?」
「戦場だよなぁ……」
「あ、そうだな。うむ、悲しいものだ」
あっれぇー? と、まだ釈然としないのか首をかしげるフォークスだったが、記憶の消えた彼女は俺が結果的に3人を殺してしまった事を覚えていない。
俺は自分の力に満足しながら、化け物の進む上へ上へと目指すのだった。




