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異世界ダンジョンウォーズ  作者: watausagi
最終章 最後の決戦
73/85

実際は、スーパーヤサイ人並みのスピードで動いてるんですよ?

◇◇◇◇◇


勇者は愛剣ラグナロクを構え、容赦なく、最初から、全力で不思議ちゃんに斬りかかった。幼少期から鍛え上げられた肉体と、才能というスキルの力は尋常ではない。


これで決着をつけようとした。


油断していたわけではない。しかし、意外な結果に反応が遅れた。


ーー滑った?


そう、勇者ソードは思い込む。


実際は不思議ちゃんが、勇者ソードの力を受け流しただけ。純粋な力比べでは圧倒されると判断した不思議ちゃんが、“ワンダーワールド”で力の矛先を変えたのだ。


さらに、流れるような動きで勇者ソードの剣を抑え込むと、後ろの空中に浮かぶ剣で本体を襲う。この10本の剣は、不思議ちゃんの思うがままだ。だから勇者ソードは、実質11人の敵と戦っていることになる。


マズイと思った勇者ソードは強引に不思議ちゃんから抜け出し、呆気なく距離をとった。少しだけかすっていたのか、裾が破れている。


「……トゥルキス・ワンダー。君の力は、魔法だけじゃないんだね」

「私は……出来ない事がなかった。ただそれだけ。凄くなんかないし、褒められるようなことでもない」

「それでも、確かにそれは君の力だ。正直に言って驚いたよ。だからもう驚かない。それは覚悟してくれ」


勇者ソードは再び剣を構える。それを、不思議ちゃんは……笑った。


微かな違いで、それは誰からも認識することのできなかった表情だが。


「貴方はどうして戦うの」


不思議ちゃんが、手を真横に突き出し、そのまま魔法を放った。


そしてそれは、転移札のもとへ転移する。直感スキルは、遅れて勇者にその存在を気づかせた。


(いつの間にっ……僕の剣へ!)


剣に張り付かれた転移札から、不思議ちゃんの魔法が零距離で放たれ、衝撃をまともにくらった勇者ソードはよろける。

その間に、自身の周りには無数の転移札が漂い、不思議ちゃんの10本の剣がどんどん消えていくのが見えた。


ーー転移札から、剣が消えては現れ、現れては消える。全方位からの攻撃はとても厄介だった。


弾き飛ばしても、どういったわけか転移札からまた現れ、転移札を怖そうにも10本が邪魔をする。更に面倒くさい事に、10本の剣の先からレーザービームのような熱戦が飛び出してきた。


どこを避けようにも、どこも敵の射程範囲内だ。早くなんとかしないと、不思議ちゃんが魔法の詠唱を唱えていた。


本来なら、先ほどのように、熟達した魔法使いが可能な無詠唱という技術で済むというのに、あのトゥルキス・ワンダーが詠唱を唱えていたという事実は、背筋がゾッとするものだ。


「ーールナーーディ・アブーー」


幾らか魔法を習得している勇者ソードも、聞き取れない言語。


いや、聞き取れないではなく、理解ができない言語。


(まさか、古代魔法!?)


魔法とは、魔力と詠唱……その2つが合わさって初めて出来る人の力。しかしこれに、自然を加える事で更に大いなる力を発揮する。これこそ古代魔法。


ただ、人の身では収まりきれぬ力を使うという事は、術者がただの人では古代魔法を使えないという事実に他ならない。それを覆すのがトゥルキス・ワンダー。人の身を超えた、世界最強の人間である。


ーーだが、勇者ソードもただの人間ではない。生まれたときからではなく、生まれる前から勇者ソードという名は決まっていた。いわば人造人間。


シント法国の叡智である。


「【天武】・【神体】・【覇心】」


黄金の輝きが、勇者ソードから溢れ出した。その恩恵は計り知れないが、使いどころを誤ってしまえば、じきに体が使えなくなる自爆技。


使うべきは今だと、そう判断した。


勇者ソードが周りの剣を薙ぎ払い、一直線に不思議ちゃんへ突撃する。未だ終わらないしつこい攻撃は致命傷だけを避けて、この一撃に全てを賭けた。


「うぉぉおお!!」

「ディザーーシ・スィーーサン」


間に合わない。不思議ちゃんはそう思った。間に合う。勇者ソードはそう思った。


ーーなんと、剣を投げた。己の半身とも呼べる存在を、勇者ソードは躊躇いなく不思議ちゃんの心臓へ投げた。


予測できなかった行動に、不思議ちゃんは反応が遅れるという致命的なミスをしてしまった。詠唱こそ止めなかったものの、ラグナロクは不思議ちゃんの体に接触し、血を撒き散らせる。


同時に、勇者ソードの後ろで、ラグナロクは現れる。


ーーギリギリ


皮膚こそ突き破ったものの、完全な内側に到達するまでで何とか転移させる事が出来た。これを勇者ソードが想定していなかったわけではない。


圧倒的な速度は少しも緩めておらず、不思議ちゃんとの距離を確実に縮めていた。


……しかし


ーーギリギリ、終わった。


詠唱を終えた不思議ちゃんの、最後の一節が聞こえた。


「ーープフ」


天井から、光が落ちる。あと一歩のところだった勇者ソードは、ゾディアックごと貫通してきた天からの光により、その身を貫かれた。


さっきまで戦闘の真っ只中だった空間に、静寂が訪れる。


不思議ちゃんは息を整えて、10本もしまい“ワンダーワールド”に手をかけたその時、勇者ソードが咳き込んだ。


血が溢れている。

魔力が抜けている。


ただの攻撃ではない古代魔法をくらって、生きているのは奇跡だった。


「……」

「かはぁっ……はぁ……はぁ、不思議な、力だ。痛いだけじゃ、ないっ……幻覚が見える。魔力が消える。こんなのは初めて、だよ」

「うん、そして最後。貴方はもう無理」

「へへっ、どうかな」


勇者ソードは、ボロボロで、立ち上がろうとして足が動かず、這いつくばったままだというのに、不思議ちゃんを睨んだ。


「僕はまだ、終わってないっ!」


満身創痍で虚勢をはるのはいい。


確かに傷が修復している。体に穴が開いていたというのに、恐るべき生命力。魔力も既に元通りになってきているし、黄金の輝きは消えるどころか、より一層勇者ソードから迸っているような気もする。


ただ、あまりにも道化だ。


「ううん、終わってるの」


不思議ちゃんがワンダーワールドを振り下ろすと、剣先が消えた。代わりに剣先は、勇者ソードの心臓を貫いていた。


「さっきの攻撃で、終わっていたの」


転移札を、体内に埋め込まれていた。最早その時点で、勇者ソードに勝ち目はなかったのだ。


……今度こそ終わった。


不思議ちゃんはそう思い、立ち去ることなく勇者ソードに近づく。心臓が使えなくなった今でも生きている……やはり驚異的だ。


何より、死人の目をしていない。


「……どうして貴方はそこまで」


気になった。答えを求めたわけではないが、勇者ソードは律儀だった。


「【勇者】」


勇者ソードから黄金の輝きは消え、ぼやけた白い光に包まれる。


「そう身構えなくてもいい。僕の負けだ。ただ、死ぬのが遅くなっただけさ」

「教えてくれるの?」

「なんでここまでするかって? そんなの、こうする以外に僕は、何も出来ないからさ。出来ることをやったと言えば聞こえはいいけど、出来ないことは出来ないから。

……でも、そうだね。守りたいものがあったからかな」


白い光は、徐々に弱まる。切れかけの豆電球のように。


「どうして、こうなっちゃったかなぁ……優しい世界って、確かにこの世界は優しくないのかもしれないけど、でも! 優しくない世界でもないはずだろ……」


光が消えていくのに対し、勇者ソードから流れ出る血がより鮮明なものになってくる。


「あぁそうだ。僕は所詮、こんな覚悟だったから君に負けたんだね……そうだよ。僕も聞いていいかな。

君はどうして戦うんだい?」


◇◇◇◇◇王人


おやおや、なんか光の柱が出来たと思ったら、部屋にポッカリ穴が開いているではありませんか。この部屋を貫く威力って、何だよそれは。


「うぉ、お、俺たち生きてるっ!」

「まだ胸に水が届いてきたくらいじゃないか。そう慌てるなよな。みっともない」

「うるせ! お前には常人の精神が分からねえんだ。これ、ヤバイ。恐怖だわ。水って恐怖だわ。副会長、俺は空飛ぶ羽よりえら呼吸を推薦します」


何を言ってるんだか。空を飛ぶというこそ、人として生まれた者の等しい夢だろうに。


「なんにせよ助かったな。ちょっと穴は狭いが、ここから脱出しよう」

「賛成!」


でも不思議だ。一体何をすればこの部屋を……いや、上を見ると太陽が見える。俺の無極閃を使ってもこの威力は出ないだろう。


《今の光は……古代魔法ですね》

(古代魔法? 古代魔法ってあれか。俺には魔力も才能も足りず。詠唱こそ異世界知識さんが知っているけど使うことはできないっていう、あれか)

《王人は古代魔法どころか、生活魔法で手一杯ではありませんか。でもまあ、その古代魔法です。もちろん術者は、不思議ちゃんですね》


……不思議ちゃんか。やっぱり凄いな。何考えるのか分からないけど、それでも知っている。

狩人殿と微妙な距離での付き合い。ラピスと一緒に魔法の訓練。苦手なグリンピースは皿の端に避けたり、逆に好きなチーズはこっそり転移を使って我が物にしたり。


あいつは世界最強らしいけど、そんなの関係ない。今では大事な、信頼できる仲間だ。


◇◇◇◇◇


「君はどうして戦うんだい?」

「私は……私はよく、分からない。でも欲しいんだと思う。命を犠牲に出来る仲間とか、信頼できる友達とかーー」

「……」

「ーー守りたいものが、自分にあると思っていたいんだと思う」

「そっ……か、君も大変なんだ」


勇者ソードから白い光が完全に消えた。


「グフッ!!」

「痛いよ。喋らないほうがいい」

「ゔんっ……でも、最後にお願いをっ……法王様は、殺さないで。この先にいる。

あの人は今、少しおかしいんだ。本当はとっても優しい方なんだ。だから、だからお願いします……!!」


最後の方は声がかすれ、何を言っているのかも分からない状態だった。


ーー不思議ちゃんはしゃがみ、勇者ソードの手を取る。血にまみれた右手と左手を胸の上で組ませた。


「分かった。もう……お休みなさい」

「っ…ぁ…がとう」


最後に不思議ちゃんは、勇者ソードの目を閉じらせ、この先ーー法王がいるであろう場所に目をやる。ワンダーワールドも異空間へ戻した。


ーーむかし、こんな事を思った事がある。まるで自分は決められた役を演じているだけだと。世界最強という体に、無理矢理入ってしまったみたいだと。


そう思ってしまえば、自分ではなく他人の事を考えた。自分を慕ってくれる弟。自由に育ててくれた親。


……全て、作り物ではないか?


その時に存在理由を失った不思議ちゃんは、例え作り物でも美しい“景色”をただ眺めていた。そこへ訪れた異質ーー異世界人、特に犬 王人と出会うまでは。


恐らくあの日の人間が王人でなくとも、例えば他の誰かであったとして、不思議ちゃんはその人間についていっただろう。檻から解き放ってくれる人間は誰でも良かったのだ。


「でも、今は違う」


ダンジョンで過ごした日々は忘れられない。家族どころか世界まで失った不思議ちゃんに、あそこはもう唯一の帰るべき場所となったのだ。


「私がーー守る!」

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