負ける気がしねー
なんか見にくい気がするな。
すいません。
◆前書き◆
◇◇◇◇◇王人
俺たちがショックを受けている間、ゾディアックは待ってくれなかった。ここぞとばかりに昔テレビで見た事のありそうな飛行物体が虫のように湧き出てくる。
俺は一歩遅れてしまったが、気を取り直してカオスドラゴンに乗ったままゾディアックへ向かう。
『ピピッ、敵発見、敵はっけーー』
何かの素材でできたそれらが、炎の波に包まれた。残ったのはドロドロに溶けたゴミでしかなかった。
「オオト殿、右は私が!」
「分かった。なら左はーー」
そこでは飛行物体が一箇所に寄せ集められて、そのまま押し潰されるようスクラップへ成り果てた。
「ふっ、ワタシの出番デス」
エンドール。パンツだとかの発言で残念だと思っていたが、やはりできる。
しかし何と言っても……
ブツブツと呪文を呟き、手を両手に突き出した不思議ちゃんの目が、かっと開いた。
「[死音]」
魔法陣が一直線に前方へ現れ、そのあたり一帯が全て闇に染まる。ちょっと強そうな飛行物体も、頑丈そうだったのも、カッコよかったのも、目の前の暗闇が飲み込んでしまった。
しばらくして闇が消えたそこでは、全ての飛行物体が地に堕ちゆく。魔法に疎い俺にはどういう原理か分からないが、何百何千という敵が、音もなく殺られた。
「……敵、まだいないね」
頼もしい発言だ。俺は改めて不思議ちゃんの強さを身に染みながら、そのお陰で難なくゾディアックに着いた。
他には誰もいない、か。恐らく既に中へ入った状態なのだろう。
しかし改めて思う。この要塞デカすぎだろ。いやな、城くらいの大きさなら全然たいした事ないが、これは例えるならヒマラヤ山脈。そう、エベレストではなくヒマラヤ山脈。
あくまでもイメージで、流石にそこまで大きくはないが、この中を全て探索しようものなら1日では足りない。俺たちはリスク覚悟で分かれて行動をする事にした。こちらは1人1人が最高戦力なので、4人ともバラバラ……
〜〜〜〜〜
ーーなんてカッコつけて別行動の説明をしたが、ゾディアックに着いて壁から床から機関銃よろしくレーザービームよろしく、四方八方からの攻撃を受けて慌てて中に入ったせいで、強制的に他の3人と分かれてしまったのだ。とっさに指示を出したものの、だからむしろ、別行動というのは後付けに近い。
「さて……気を抜いちゃいられないな」
異世界知識さんの力が上手く働いてないので、正確な情報を知る事ができないのは確認済みだ。
……ここは一体何の部屋だろう。
だだっ広い。ただそれだけだ。こうして中にいるだけで外よりも安全なのだが……中にいるだけで外よりも安全、という事実が気に食わない。どうして中に先ほどの銃器が一つも見当たらないのか……
これからの事を考えるとそう使役魔物も無駄にはできないし……いや、あるじゃないか。言っちゃ悪いが今までほとんど活躍の場を与えられなかった魔物。数だけ多くて持て余していた奴ら。
ウルフ100体に、一応サイレントバード20体を召喚して、散開させる。ウルフには基本偵察と探索。サイレンバードには追加で、味方側のサポートに着くよう命令した。サポートというより唯の連絡係。
《王人、恐らく2メートル先の床が罠です。念のために遠回りをしましょう》
安全には安全を重ねる。いい事だ。
部屋の中央を避けて、次の部屋へ向かう。基本は上の階を目指す事にして、階段を見つけようと……そう思い歩いていたのだが、後ろからウィーーンと駆動音がした。
振り返るとそこは、 異世界知識さんが避けろといった場所。
《すいません王人。罠というより、敵の移動手段だったようです》
その通りだった。中央の床が抜けて、戻ってきたと思ったらオマケとして怪物がついてきやがった。
……怪物?
よーく見ると、顔は人間。
大きさがマンモスくらいありそうな怪物の中身は、人間。
『ワレ、聖者1人のジェミニ・ポルックス。ポルックス。ポルックス……てき、タオス』
ギガガガガギゴとぎこちない身体の動きをしながら、そいつは意外にも素早い動きで迫ってきた。
様子見をしようと避けたのが間違いだったのだろう。敵の気持ち悪く長い触手が、空中の俺を捕まえようと伸びてきた。よくもまあそんな誰の得でもない行動を……
触手は斬ったが、その時飛び散った酸性の体液が服を焦がす。
それに、敵の触手は再生していた。
『コロ、ス。殺す』
我武者羅に迫り来る敵の姿は、とても気持ちの悪いものだった。そもそもとして見た目がニャルラトホテプみたいなのだ。
「どこが聖者なんだよ」
俺の独り言を自称聖者は無視して、敵が触手を振りまいてくる。
《分かりました。あれは確かに元聖者です。賢者の心臓を動力に浮いていたのをゾディアックとするなら、これは聖者の心臓……命を犠牲に動く化け物。
敵もまた、趣味の悪いものを作ってくれたものです》
全くだ。しかし異世界知識さんよ、命を犠牲にするだけでなく、理性までも失ってはいまいか?
《自身に湧き上がる強大な力に、多少のタガが外れるという個人差はあるようです》
強大な力。
別にそれを否定しようとは思わない。確かにあの見た目はモチベーションを下げてくるものだし、スピードも素早い。パワーもある。触手という数の攻撃も厄介だ。
ーーしかし、圧倒的ではないから。
知恵のない人間など、そう恐れるものでもない。俺は敵の攻撃を避けながら、地面を斬る。即席の落とし穴ができたので、突進を利用して落とそうと結構。
思惑通りに敵は突進……をして、穴の手間でギリギリ止まる。それは予想していたので、落ち着いて後ろから衝撃を与えた。敵は今度こそ穴の中に落ちていく。
触手が何本か伸びてきたが、潰すように叩き斬って本体と一緒に落とす。
「悪いな、今急いでるんだ」
戦わずに済むのならそれでいい。命をエネルギーとしているのなら尚更、逃げた方の勝ちだ。
穴を除くと、高い所の届かない子供のように、化け物は足掻いてた。無駄に大きな部屋のせいで、ここまで届いていない。
俺は急いで次の部屋へ向かう。
すると、穴の方から声が聞こえてきた。
『ぅあぁい! ゴゴ、ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい兄さん。兄さん、ゴメン。ゴメンゴメンーー』
……ずっと吠えてろ。
〜〜〜〜〜
あれからひたすら中央に向かって進んでいき、無駄に柱のある部屋。
ーーカツン
確かに足音がした。
俺は近くの柱に身を隠す。
「……」
気のせいか? いや、そんなはずはない。誰かいる。この部屋に俺以外の誰かが、確実に。
ゆっくりと慎重に柱から顔を出す。刀を構えて、警戒してーーだけど相手も同じ事をしていたのだろう。柱から顔を出して、俺と目があった。
「……はぁ、なんだ忍か」
「なんだとは何だよ。そこはほら、生きててよかったー、とか喜ぼうぜ?」
敵ではなく、仲間だった。
それからすぐに移動を再開する。俺は別行動を取ろうと言ったのだが、忍が「俺はサポート役だからな」と言い張り、ついてきてしまった。
高校では忍の方が身体能力は上だったのかもしれないが、今の俺の方が飛び抜けているのでもどかしい。
「重力魔法で何とかならないのか?」
「ふっ、ふっーー難しいんだよあれ。真上か頑張って真横しか無理。ふう、それより王人ふうっ……そっちこそ空飛ぶ魔物かなんか出して乗せてくれよ」
「残念、みんな体力温存中だ」
「くっそーー!!」
気分は自転車で部員共にエールを送るコーチの気分。
「……なあ忍、泥沼を最小限に張って、ローラースケートみたいに進めば少しは楽なんじゃないのか?」
「ふぅ、ふうっ……おお」
すると忍は足元に泥を作り出し、上から下からプレスで板を作り出す。何こいつ、前より全断然上手く沼を操ってやがる。
あとは最初の方で床を蹴り、泥沼で摩擦を減らしながら移動をした。慣れたら重力を前に押し出し、自動で進むマッドカーの出来上がり。
便利なので俺も乗せてもらった。気分は丸太で移動をするピーチホワイトホワイト。
ーー忍の移動が意外にも面白く、俺もフェニックスのブースターなんか付けてアレンジした結果、とても順調に進み……ゾディアックの中央らしき場所に着いた。
螺旋状の階段があり、中央はポッカリと……覗いて見れば地上まで。足を踏み外せばもれなく紐なしバンジージャンプ。
なるほど、ゾディアックの中央は穴が空いていたのか。上を見ると、目眩がしそうな最上階までの距離。
《見えますか王人。あそこ、たくさんのコードがぶら下がっているのが。あそこに賢者の心臓があった……のです。恐らく》
ああ、あの爆弾はここから落とされたのか。そう思うととても憎たらしい場所に思えてきた。
早く元凶を消しに行こうと、俺は階段を登る。空を飛ぶのもいいが、先程も忍に言った通り、魔物の体力温存プラス、やはり万全体制だと自分の足を使うのが一番だ。
ーーおや、俺が必死に階段を上っているというのに、忍はすうっーと空中に浮いている。螺旋階段の俺について来ようとしているので、真上、真横、真上、真横のカクカク移動は見ていて滑稽だが、本当に忍はスキルの扱いが上手くなったな。
「……ん? あのぶらーんってぶら下がってるのって何だろな」
「あそこにこの移動要塞の動力源があったらしい。つまり、さっきの爆弾だな」
「あれか……」
その時の光景を思い出しているのか、忍の表情が暗くなる。
「なあ王人、やっぱりさ、敵にも色んな事情があるんだな」
「どうした急に」
「いやさ……言ってたんだよ、後戻りはできないって。そりゃそうだよな。
俺だって今はこうしてこっち側についてるけどよ、たとえ向こう側にいたと想像しても、違和感が感じないんだよ。
……どっちが正しいんだろうな?」
敵を受け入れて優しい世界に行くか、この滅んだ世界に留まるか。
もしも俺にラピス達がいなければ、進んで前者を取ったのかもしれない。いや、そうしていた。逆に言えば今は絶対にそうならない。
「俺の意見なんてあてにならないぞ」
「んー、ま……分かってた」
そして忍は、1人で納得する。
「俺はこの世界に守りたいもんがあるんだ。他の世界に行ってまで見捨ててなんかいられねえし、今は何も考えずに敵をぶっ飛ばす。これでいく!」
……忍は大丈夫そうだ。守りたいものが何なのかは知らないが、その目は絶対の意思が芽生えている、ぎろり (ロリ)と燃 (萌)えている。
ーー階段はひたすら続き、やっと終わりまで来たのだが……うーむ、螺旋階段は最上階まで続いていたわけではなかった。異世界知識さんに聞いたところ、まだ半分行くか行かないかの所らしい。
「どうやって上に行けばいいんだ?」
「階段が何処かにあるんだろう。ま、最終手段としてはぶち抜いて行くか」
そもそも、最上階に敵がいるとは限らないのだし。敵が空気を読んでくれるのならありがたい。
「んじゃま、行こうぜ」
忍が先に、俺も続いて階段の終わりにある、何の変哲もない部屋に入る。
体が全部入ったくらいだろうか、後ろでガッシャーンと音がした。
「……え」
後ろを見ると、綺麗な壁が出来ていた。綺麗なのはいいが君、入り口閉じてるからどいてほしい。
そしてまた、ガッシャーン。
今度はもう一つの出入り口も壁が現れ封鎖されてしまう。
「仕方ないか」
予定を早めて、ぶち抜いて行くことにした。だが俺の刀は傷をつけるだけに終わり、何とも微妙な空気が流れてしまう。
硬い。この部屋硬すぎる。
これは敵さんの罠らしいようで、チョロチョロと雨漏りのように天井から水が流れてきた。もちろん密閉空間のこの中では、水の逃げ場などどこにもない。
「なあ王人」
「なんだ」
「俺のスキルにさぁ、泥沼があるじゃん。あれを壁に使うと、泥沼に出来るじゃん。そしたらその中を進んで行けば隣の部屋に行けるって訳なんだけどよ……だからさあ王人ーープライド捨てね?」
「うぅむ……」
全身ドッロドロになれと?
「いや分かるよお前の気持ちも。例えば授業中に腹の音が鳴るのを切腹する覚悟で許せないとか、人前でこけたりするのだって考えたくもないって事くらい、今まで付き合い長いんだから分かってるんだよ。
でもよぉ……今日だけは、な?」
「……スライムで身をコーティングしてから進むしかないのか」
「おおそうだ、それでいこう!」
泥の中を進むというそれ自体に嫌悪感があるものの、確かに今は我慢して突き進む時だ。俺は魔物使役のスキルを使う事にした。
「スライム 召喚……ん? スライム召喚、召喚、おーいスライム。どうしたラピスラ反抗期かこのやろう?」
おかしいな。魔法陣が出てこないぞ。
《うっ、どうやらここは、スキル禁じの部屋のようです。ランダムで一つ以上、スキルが使えません》
な、そんなのありかよ。フィギュア作成スキル、伊達にスキルポイントが2も必要だった訳じゃないみたいだな。
「待てよ、なら忍もか?」
事情を話して確かめると、重力魔法しか使えないみたいだった。俺は魔物使役と隠密が使えない。
既に靴の中が水で満たされてきた。この感覚、気持ち悪い。
……これは先のゴーレム戦で使った、無限閃……あ、いや無極閃だったかな。それを使う羽目になるのかもしれない。って違う。だからそれ今は使えないじゃん。
「なあ王人、これって案外ヤバいのか?」
「手がないわけじゃないが、出来る限りそれは使いたくない。まずは何処かに、文字通りの突破口がないか探してみよう。
忘れているかもしれないが、これはフィギアだ。人の手によって作られたものなら、一つくらいミスがあるかもしれない」
「ああそうだな。何か手があるらしくて安心したし、何処でも探してやるよ」
◇◇◇◇◇不思議ちゃん
王人達と別れた後、不思議ちゃんはマイペースにゾディアック内を探索していた。
日頃では中々披露できない魔法を壁にぶつけたり、床にぶつけたり、ストレス発散にもなりそうな破壊活動を続けながら、悠々自適に歩いていく。
少し飽きたら、札をばら撒き、転移しながらの探索。
そして目に付いたのが、この扉。他よりも重々しい扉を、不思議ちゃんは開けて中に入る。部屋は何処も無駄に広いが、ここは明らかに意味があっての空間。
中央には案山子や、端に武器が置いてあり、ここはまるで……
「ーー闘技場」
隣から声が聞こえてくる。横を見るとそこには、白銀の鎧を着た男が、剣を肩に担いでいた。
男は中央に向かう。そして、何を考えたのか、素振りを始めた。
ブオンブオンと、空気の音がここまで聞こえてくる。なんとも力強い素振りだ。
「僕はいつも、こうして毎日剣を振る。それが当たり前で、自然な事だ。
子供の頃……それこそ物も言わぬ歳から、僕はそうしていたらしい」
男は最後に大きく振り、剣を下ろして、しっかり不思議ちゃんと向き合う。
「僕の名前はソード。周りからは、勇者なんて呼ばれている。よければ君の名前を教えてくれるかい」
「不思議ちゃん」
「え?」
「あ、間違えた。えっと……」
考えた。しばらく考えた。
考えなければ浮かんでこないほど、自分の名前は薄く、王人からあまりにも自然に呼ばれてきた名前の方が当たり前になっていた。
「多分、トゥルトゥル・ワンダー」
浮かんでなかった。
「えっと……間違ってたらごめんねトゥルトゥル。多分君の名前は、トゥルキスだと思うんだけどどうかな?」
「むー……それは違うと思う」
「ち、違うんだ?」
「……自信なくなってきたよ」
「ああごめん。なんかもうごめん!」
勇者はその生まれからして、対人スキルを身につけたことがない。今まで女性と話した回数など、片手で足りる。
「でもトゥルトゥル。僕の知ってるワンダーっていうのは、転移魔法の使い手なんだ。君は多分それを使えるだろう?
ワンダー家はそう多くないし、だったら確かに君は、トゥルキス・ワンダーだと思う」
「……不思議ちゃんでいいんじゃないの?」
「そうだね! もうそれでいいや! うん、君は確かに不思議ちゃんだよ。びっくりするくらいしっくりきたよ!」
戦う前から息を荒げる勇者ソード。流石世界最強、不思議ちゃんだった。
「ふぅー……そもそも、君が不思議ちゃんだろうと誰であろうと、ここへ来た以上、僕は君を倒さなくちゃならない。
見ただろ、地上を。あのどうしようもない世界を。元に戻すためにも、僕たちは後戻りなんて出来ないんだ」
「それでいいの?」
「いいわけないよ。こんな、ここまでするなんて……昔の法王様なら絶対にお許しになどならなかった。最近の法王様は絶対におかしい。あの方は間違ってる。そしてそれを止めきれなかった僕もーー正しくなんかない。今だってきっと、間違った事をやろうとしていると思う」
「……それでも戦うんだ」
「僕は元から、それくらいしか能のない男だしね。君の強さは聞いているけど、僕も負けられない。
君達を倒して、優しい世界で今度こそ僕は、剣を握らない生活を送るんだ!」
中央で剣を構える勇者ソードは、丁寧に待ってくれるらしい。
不思議ちゃんは目の前の男の覚悟を受け止め、初めて全力を出す事にする。
図書委員長が不思議ちゃんの見た目に萌え、ノリと勢いで作り上げた10本と1本から成り立つ剣、これを総じて「ディスティニープリンセス」と呼ぶ。
不思議ちゃんは「ワンダーワールド」という、星が煌めく様の輝きを放つ剣を握り、その他の10本を浮かせ背中に構える。
ーーまるで剣の羽。
彼女の目つきが、いつになく鋭い物へと変わった。
「貴方の覚悟、見せてみて」
「望むところだ!」
◆後書き◆
不思議ちゃんの剣は、キングダムハーツを思い浮かべて下さい。つまり鍵の剣です。最後の方に出てくる見た目がなんかすっごい剣です




