覚醒 もとい ただのリターン
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「擬似大剣 エピソード」
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人は死ぬ直前に走馬灯を見るらしいが、なるほど俺も見ていた。
過去を。
俺の場合、頭に剣が刺さっているのだから、死ぬ直前というより死んだ直後の事かもしれないが、どちらにせよ思い出していた。
ーー贔屓目を抜きにして完璧だった母親。物心がついた時に分かったのは、代わりに父親がとんでもなく普通だった事。
どうしてあの父親が母とくっついたかは知らないが、あの人は普通に劣等感を抱えていた。母を普通に愛して、普通に嫉妬して、どうしようか考えたのは息子をーーつまり俺を母と同じく完璧にしようという計画。自分では無理だった事を、自分が生み出した息子に託したのだ。
そうすれば救われるとでも思ったのかもしれない。いやー……俺からすればくそみたいに面倒な話だよ。
あの人は俺を赤ん坊の頃から、赤ん坊として接せずに、1人の人間として扱った。1番古い記憶は、まだ俺が立つ事もままならない歳に、法律を教えてくれた事。
ただ、歳をとってから更に難しい事を教えてくれた。
命とは。
罪とは。
公平に。
正しく。
……お陰で、この世に正しいも間違いもないのだと、俺の倫理観が出来た。殺人者が等しく悪ではないように、被害者が当然善人ではないように。
なるべく事柄を客観的に見る事を求められ、合理的思考が優先された。
人間が完璧になれる事も、近づく事も出気ないのがあの人の持論だったから、ならば人間じゃなければいいと、俺は機械のように育った。でも燈華は……俺の妹は普通に育てられた。普通に愛され、普通の娘のようにあの人は育てあげた。
ただ、それを羨ましいという思いも、その時には消えていて。
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ああそうそう、初めて出来た友達は小野木 虎狐という、とても狡い男だった。いやー、あいつの人間性を抜きにした本能的に小賢しいところは、とても俺的に好感度が高く、向こうも俺といる事に利点を見つけ、友達になった。
……虎狐。虎の威を借る狐とはよく言ったものだ。あいつは俺という虎を盾に、他にも様々な威を借りて、可愛らしい狐を演じている。
一寸の虫にも五分の魂という考え。高い女子力。保護欲を掻き立てられる容姿。ちょっとした仕草。
『ボクの……その、ダンジョン? ってどこになるのか今分からないんですか? 出来れば王人の場所も知りたいんですけど』
異世界に飛ばされる時、ココはそう言ったが、それは俺の側にいた方が安全だという保守的な考え。そういうところが気に入ってしまう。
……ただ、ココが黒いという訳でもない。あいつはあいつで全てが本心だし、無意識で狡い事をしているにすぎない。ココ自身もそれに気づいており、周りから可愛いとか、優しいとか言われる度に、それは違うと心の中で否定した。
だから俺はある日、ココに言ってあげた。お前狡いなと。友達になりたいと。
初めて自分を分かってくれた俺を、ココは快く受け入れてくれた。無意識には、俺を取り入れたといったところだが……そういうところも、またポイントが高い。
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異世界で初めての仲間、狩人殿。堅苦しいかと思えば、中々に可愛らしく、面白い人間だった。
ラピスとも仲良くしてくれて……そう、ラピスも、暴力女も、不思議ちゃんも、ダンジョンでは欠かせない人間で。
同じく堅苦しいと思っていた霰も、この異世界に来たおかげで親しくなって。妹とも同じく親しくなって。
いつの間にか、自分にも普通な心みたいなのが生まれたみたいで、とても心地よく、誇らしく……合理的より情を見出した俺はーー結局、死んでしまった。
ーーああ、死んだ。
弱くなったから。
そうだ、俺は何をしていた? これ以上甘くなって、一体何が出来る? 当たり前のようにできた事が出来なくなって、それになんの価値があったというのだ。
……無駄だった。
もう、いいや。
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「ーー先輩! 王人先輩!」
「……うるさい、霰」
「っ……先輩!」
霰の涙のせいで、俺の顔がビショビショだ。どうやらこの感触、膝枕をされているらしい。まあ、脳天を突き刺されたんだから、それほど心配するのも無理はない。
俺は立ち上がり、周りを見渡す。もう右腕は治っていた。
みんなに事情を聞くと、さっきの(俺たちが気がつかなかったくらいだから、多分俺と同じ隠密系のスキルを持っていた)敵は我を忘れた数名が反射的に殺してしまったらしい。それもチリ一つ残さずに。
結果、あの温かい感覚が流れたのは会長だったらしく、それはつまり止めを刺したのは会長で、スキルを手に入れたはず。
「でも、何で死ななかったんだ?」
「俺も同じこと思ってた」
健太と小宮 緋子が疑問に思うのも分かる。俺も死んだと思っていた。でもあれはスキルで、脳一つ傷はない事を異世界知識さんが教えてくれた。
「さっきのは擬似大剣 エピソードというスキルで、この剣によって傷をつけた者に、その者の記憶を見せてくれるんだ」
「ほぉ!」
嫌な予感がした。
案の定、会長はさっきの敵が出していたのと同じ、仄かに発光している剣を取り出すと、迷う事なく自分に突き立てた。
……しかし、俺のように気絶はしない。その事で会長は、何かに気づいたみたいだ。
「このスキル、いつどのように記憶を見せれるかも指定出来るらしい。面白いな。過去の自分に今の記憶を見せる事も可能みたいだぞ」
それはまた、パラドックスがはしゃぎだしそうなスキルだな。
因みにただ学生を殺しただけでは、スキルを使えない。奪っていたとしても、何のスキルまでかは分からない。
試行錯誤の結果、感覚でスキルを使えるようになるか、さっき俺が説明したみたいに、自覚する事で初めて会長は擬似大剣 エピソードを操る事ができた。
「でも、何で王人が? ってかあいつ、一体誰だったんだ?」
「ま、そんな事はどうでもいだろ」
ーー今回の闘いで、月姫は俺たちに疑心暗鬼を埋め込んだ。それは奴の思惑通りだったのかもしれないが、今回ばかりはこちらのメリットの方が大きかった。
「確か先輩方は、同盟を組んでましたよね。俺もそれに入らせてもらってよろしいでしょうか? つまり、あの空飛ぶ要塞を叩きのめす作戦に加担するという事ですが」
もちろん、断るはずもない。ハク君がいればこの闘い、最早こちらの敗北の可能性などゼロにも近い。
……ま、問題はその後、なんだがな。
ハク君と行動を共にしていた2人だが、ルナールという女性はそのまま白王 帝 & 小宮 緋子ペアと一緒に。問題は暴力女だが、今度こそ俺についてきそうになっている。
浄化の炎、異世界知識さんによれば、霰の氷すら溶かすその力は是非とも欲しい。もちろん自分の素性を明かしても大丈夫だという確信があったから、俺は自分のダンジョンに連れていこうとして……霰から反対意見が出てしまった。
世界会議によって公になってしまった、俺のダンジョン事情(もとい女関係)を会長から聞いてしまった霰は、釈然としない思いを抱えているのだ。その辺はゾディアック戦が終わってからだと無理に納得させ、今日はお開き。
さて、ダンジョンの主だという事に、暴力女は戸惑ったものの、やはりそれほど問題はなかった。狩人殿とライバル意識があるのか、いがみ合っていたのは側から見て面白かったし、最後はラピスが仲裁に入り、2人ともひとまず矛を収めた。
ーー午後6時。風呂に入って、ずっと疑問に思っていた事を聞いた。
「なあ異世界知識さん、あの攻撃、わざと俺に知らせなかっただろう。いや、そもそもわざと俺に当てるよう指示をしていたな」
《……すいません》
「ふっ……別に、謝罪を強要してなどいないさ。ただ、どうしてそんな事をしたのか、それが気になってだけだ」
もしかしたら教えてくれないかもと思ったが、少し黙り込んだ後、しっかり異世界知識さんは話してくれる。
《王人に、死んでほしくないのです。
空中移動要塞ゾディアック。この闘いは様々なスキルの衝突があります。私と同格のスキルレベル10のぶつかり合いに、私は確実な情報を得られません。何が起こるのか、はっきりとは分からないのです》
「ふーん」
俺は擬似大剣 エピソードによって見せつけられた過去を思い浮かべる。
「甘ちゃんだった俺は嫌だったか」
《違います! 私はそんなーー》
「ああ、いいって別に。どんな思惑であれど……興味ない。むしろ感謝してるさ。ありがとう。俺を戻してくれて」
《……王人。そんな、そんな事を言わないでくださいよ》
おかしな人間、いやスキルだな。お前が実行したのだろうに。そして俺は、そんなお前を心の底から誇りとしているのに。
ーーポチャンと、久しぶりに水面が揺れた。波紋の出どころは、やはり美人さんだった。今日は初心に戻って裸体姿か。ま、いいんじゃないのかな。
「また心が分からなくなったの?」
違うな。分かっていて、別にどうでもいいんだ。生きる事に必要がないのなら、例えそれがどれほど大事でも、切り捨てなければいけないんだ。
美人さん。
お前なら分かるだろ?
「……分かんないよ」
おや、美人さんはどうも、いつもの元気がない。弱々しく、孤独な雰囲気。
「でも美人さん、これから戦争が始まる。これはお前の望み通りだろ?」
「……ねえ王人君、やっぱり闘わずに済むなら、それが一番なんだよ。
この戦いでいっぱい人が死んじゃう。今でも遅くないから。止めにしない? 守りに徹してダンジョンにいれば、少なくともみんな死なないんだよ?」
いやいや、馬鹿を言うな美人さん。まるで俺が馬鹿みたいに馬鹿を言うなよ呆れるぜ。
元々そういうつもりだったんだろ?
おい、どうなんだよ。
まさか。まさかお前ーー
「後悔しているのか?」
美人さんはなにも言わなかった。が、それが返事みたいなもので。
「ふざけるな。今更何を怖気づいてるんだ。異世界に呼んだのも、力を与えたのも、全部お前がやったんだろ」
「でも……それは、私も辛かったって。寂しかったって。ねえ、分かってよ王人君。私の気持ち、分かるでしょ?」
いや全然。
まるで被害者面をして、あたかも自分は悪くないと逃げだす人間を、俺は知らない。そんな奴の気持ちなんか、知りたくもない。
「私が悪いのは分かってる。でも……1人くらい、君くらい私を可愛がっても、なんて望むくらい良いでしょ? 少しくらい良い気持ちになりたいって、そう思うのは悪い事かな 」
さあな。
「決戦は来週だ。無駄な犠牲を払わずともよいように、こちらの戦力は世界会議プラス白王 帝。空へ向かうための力がない奴は、ココの道具を借りて。集まる場所はゾディアック真下の予測地点である白王 帝のダンジョン近く」
ま、ハク君のダンジョンは既に詩地 七実によって占領されているから、正確には七美のダンジョンだが。
あそこはマップの中央である事もあり、みんなが集まるにはうってつけ。七美が全員とフレンドになる事を否定したので、俺たちはわざわざ自分の足で行かなければならないが。
「これは決定事項だ」
美人さんは何かを言いたげだったが、止めた。だから俺はそろそろ上がろうと後ろを向きーーやめたと思った美人さんの言葉が、後ろから聞こえる。
「死なないで」
◇◇◇◇◇
「ねえリーダー、鹿児ちゃん死んじゃいましたよ。可哀想とは思わないんっすかーこの薄情者ー」
「ううん、可哀想だとは、もちろん思ってるよ。でも死ぬって分かってたから、少なくとも心構えは大丈夫だったかな」
詩地 七美はそう言った。
鹿児という女を、首輪で言う事を聞かせた自分の仲間を、犬 王人にけしかけて。
「あーあ、鹿児ちゃん可愛かったのになぁ。本当に必要だったんすかー?」
「必要だったんだよ。分からないかな君に? 会議の時に気づいたんだけど、どうも彼は弱くなり過ぎていた。あのままでは確実と言っていいほどに、今回の戦争では死んでいたよ。
でも、それじゃあ困るんだ。彼が要だから。死んでしまってはあの要塞に勝てない。だから戻した。昔の彼に」
皆が予想するより遥かに、空中移動要塞ゾディアックの戦力は強いと、そう確信しているから。
どこかぶっ壊れて。一周回り頼もしい生徒会副会長の力が必要だった。
「でも、君の心配する通り、彼に強くなり過ぎてもらっても困るんだよね。誰もが予想しているように、多分あの要塞には勝てる。うん、確実にね。
でも問題は、その後なんだから」
七実は可笑しそうに笑った。
一体、誰が一番先に裏切るのだろうかと、そう思って。思い直して、現在進行で私が裏切ってるじゃないかと気づいた。……月姫とチャットをやりとりしながら。
妹を呼ぶ。
魔力支配というスキルを持ち、魔力でやりとりをされたチャットすら支配する事のできる彼女を。
「分かってるよね六華? 来週、貴女はもう一人の魔力支配スキル持ちのところに行きーー始末するのよ? ほら、私のチャットを探知しようとしてきた子よ。もちろん逆探知はしてたんでしょ?」
「……分かった」
「そう、やっぱり貴女は偉い子ね」
「うん、私……偉い子」
最愛の妹を撫でながら、彼女はため息をつく。平和のためのバランス取りも大変だと、自分の苦労を嘆きながら。




