王人、死す!?
◇◇◇◇◇
ゴーレムの上を歩いて、しばらく前に進んでいると、地面が揺れてきた。さっきよりも低い地鳴りは、ひときわ大きなゴーレムが地上に出た証だった。
それはもう、本当に大きい。戦隊物に登場出来るほど大きい。いや、というか実際に中に人が入ってるぞ。コクピットかなんだか知らないが、ご丁寧に頭のその部分だけガラスと同じくらい向こうが見える。人が、見える。
「足を狙え!」
会長の指示により、各々が動き出す。しかし敵も近づけてはくれない。腕をこちらに向けると、まるで銃のように弾を発射した。あの連射力はガトリングだ。弾は……ミスリル。
ーー忍が最初に近づき、泥沼を奴の足元に作り出した。そのまま沈み込むゴーレムかと思いきや、空を飛んだ。あの巨体だからジャンプみたいなものだが。
次に霰が、ゴーレムの着地点に氷を作り、まんまとゴーレムは滑る。今度は自身を支えきれずに、そのまま後方へぶっこけた。
最後に健太が止めだと言わんばかりに、コクピットのすぐ下の部分を雷を纏った剣で破壊しようと……
「ぐへっ!?」
ーーかなりのスピードでこちらにやってきた何者かに、健太は蹴り飛ばされた。可哀想に健太、そのまま地面とキス。
「誰だ!!」
反射的に忍が叫ぶ。だが俺は、そいつが誰れだか知っていた。
……奇抜な格好をしているのだから、忘れようがない。左腕だけの鎧に、右足だけの鎧。そして何より目を引くのは、左側の顔と髪を隠すようにしてつけたカッチョいい(俺の感想です)仮面。今回は青色らしい。
そいつーー白王 帝は、庇うように小宮の前に立ち、高らかに宣言した。
「双方、武器をおろしてくれ!」
ピクリと動いたゴーレムの腕が、ハク君の声を聞いてすっと下がる。俺たちも戦わずに済むのならそれでいいと、一応臨戦態勢を解除した。
ハク君がホッと息をつき、ゴーレムのコクピットが開いて中から人が出てくる。あれが小宮 緋子。
「おい今までどこいたんだよハク! 俺これでもすっげぇ怖かったんだからな!」
「……」
「お、おいハクーー」
目の前で、小宮 緋子がハク君に取り押さえられた。ハク君の鎧が黒に変わり、左腕の部分が鋭い刃物に変わると、小宮 緋子の首に突きつける。
「お、おぉ……ハ……ク?」
「答えろ。お前が初めて俺の家に来た時、出迎えた人間は誰だ」
「えっと……初めて家に来た時!? ちょっと待ってちょっと待って……確か、お前の妹だろ? 妃ちゃんだろ? そんで、そんで……プリン! プリン食べてた!」
「……そうか」
ハクはそう言って、小宮 緋子に武器を振り下ろす。しかしそれは、小宮 緋子の真横を通過しただけだった。
「一応、お前は偽物じゃないみたいだな。と、ひとまず思うしかない」
「ど、どういう事だよハク? 俺が偽物な訳ないだろ。だって、お前がそう言ったじゃねえか」
小宮 緋子は混乱している。俺たちも、いや俺は何となく分かってきたが、やはり混乱している。
「俺は偽物じゃないって、お前が言ったんだろハク? そんで……そうだ! 生徒会倒さなくていいのかよ? 」
「なんだそれは」
「だって! お前の指示通り動いたのに! なんか俺、間違ってたか?」
「……その俺こそ偽物だと、何故疑わなかったんだ」
「えっ……ぁ、でも、偽物じゃないって言ったんじゃん」
「偽物が自分を偽物だと言うはずがないだろ。お前、一体どうした?」
小宮 緋子の焦点は定まらず、俺とハク君を交互に見ていた。どうしていいのか分からずに、でも自分が間違った事をしていたと気づき。
「だってよぉ、だってよ! お前最近ずっと連絡よこしてくれなかったじゃんか! なんの返事もしてくれなかったじゃんか!
もしかして、何かあったんじゃないかって……ずっと心配してたんだからな……」
「それはっ……悪い」
「別に、俺が……そうだ。俺が馬鹿だったんどな。お前がーーいやお前じゃなかったけど急に会いに来て、すっかり調子に乗ってた。まんまと騙されちまってた」
小宮 緋子は素直に俺たちへ謝りに来た。ハク君も原因の一端は俺にあると、一緒に謝った。俺たちもこれは全面的に月姫の仕業だと確信したので、どうこう言うつもりはない。偽物ハク君はとうに姿をくらまし、今回はあいつに嵌められだけだ。
……そうそう、俺がゴーレム軍隊全滅させちゃったからな。ま、あれはただの量産型で、実はまだスペシャルが用意されてるとの事だが。
「でもよハク、何で分かったんだ? 俺が生徒会の皆さんと戦うって」
「馬鹿。お前が俺にチャットしてきたんだろ。それで何かおかしいと思って、急いで来たってわけだ」
「ふーん……じゃあ俺、本当に馬鹿だったんだな。もっとどうにしてれば、こんな事にはならなかったかもしれないのに。
でもよ、まさかハクが偽物だなんて……」
急に、小宮 緋子の言葉が詰まる。
「どうした?」
「いや……でも……そんな」
「だからなんだ」
「……お前は、偽物じゃねえよな?」
「安心しろ。俺は違う」
「でもそれ、偽物も言ってたぜ?」
それを言ってはお終いだ。
でも……確かに。
この白王 帝は、いや小宮 緋子もそうだが、本当に本物なのか? それだけじゃない。忍も健太も、会長も霰も、本当に偽物じゃないとどうやって断言出来よう?
ーーそうだ。あの世界会議だって、あいつら本当に全員が本物だったという確証はあったか? マーガレット姫が一番怪しい。風紀委員が彼女の安全を見張っているとはいえ、1番守りに関して薄いのがあそこではないか。三星の戦乙女だって、つきっきりで彼女の側に居られるはずがないのだから。
……ああ、疑いだしたら止まらない。疑惑の心を持った鬼が、どこの闇にも潜んでる。
ーー空気が張り詰めた一方で、逆にそれを崩す2人の人間がやって来た。
遠くからこちらを向かってくる、1人は知らないが、まさかもう1人は……
「そうだ王人先輩。俺はあの2人と行動を共にしているのですが、その内の1人は知っているのではないですか?」
「ああ、その……ああ」
何も言えない。まさかこんな所で再会するとは思わなかった。
初対面で俺を魔物だと勘違いをし、ちょっと冗談を言えば鵜呑みにしてしまった女性。真っ赤なローブで全身を包んだ、彼女の名前はフォークス。
またの名を、暴力女。
「オオト殿〜!」
遠くながらも聞こえてくる暴力女の声。あいつは誰だと、生徒会の皆様からきつい視線を頂いております。
《感動の再会ですよオオト。こちらも会いたかったと言わんばかりに、前に歩みでましょう》
もう、何でもいいや。
俺は言われた通りに前に出る。
《もっともっと前です》
ああそうですかと、結局は10歩くらい前に出て、俺は暴力女を待った。隣の奴は知らないが、暴力女はこちらに手を振ってくる。
俺も手を振り返したその時、後ろから強い風が吹いた。そしてそれは、暴力女の所まで到達し……フワッと、暴力女のフードがめくれる。手を振っていた彼女に、それを止めるには遅かった。
ーーやはり、狐耳。
ピョコンと生えた狐耳。
狐耳。狐耳。
恥じらいと一緒に、狐耳。
「王人!!」
まさかこんな所でお目にかかると思わなかった俺はーーほんの少しだけ油断していたのかもしれない。
会長の声で初めて、上から空気をきる音がした。慌てて上を向くと、誰かが俺めがけて剣をつきたてようとしていた。
……人は驚きを目の前にして、体が硬直するらしい。まあ俺にそんな事はなく、刀を取り出して敵の攻撃を防ごうとした。
しかし当たらない。
あっ。
ーー刀は折れていた。
そうだった。遅れながら気づき、柄の部分で防ごうととしたが……深手を負っていた腕は言うことを聞かずに、もう敵の攻撃は目の前にまで迫っていた。
……そこで俺は気づく。
ああなんだ、俺もちゃんと驚いていた。緊張して自分の身体状況すら見失っていた。まるでみんなと同じように。まるで、普通みたいに。
昔なら考えられない。少なくとも異世界に来たばかりの頃なら、俺は難なく防げたはずのこの攻撃。
一体いつから俺はこんなになっていた? 一体いつから弱くなっていた?
ーー後悔。
甘えていた。多分、間違っていた。こんなんじゃ霰に、見限られてしまう。
……でも。もう遅い。霰に失望されようがされまいが、俺の頭に、敵の巨大な剣が突き刺さっていた。貫通していた。
俺は、暗闇に包み込まれた。




