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不思議ちゃんと、不思議のダンジョン 前編

◇◇◇◇◇


無限迷宮。


この先は、混じり合った時の空間。入れば2度と、同じ時間には戻ってこれない初見殺しの迷宮。


されど最奥に眠る秘宝あり。たった一つの真実は、必ず前に進むドアがある事。その他の3つは、全て偽物。


四宝の一つ、禁忌の人形。


「……禁忌の人形、かぁ」


思い当たるのは、禁じられた魔法、ホムンクルス。不思議ちゃんの知る限り、他に該当するものはない。


「そっか、聞いてみればいいんだ」


◇◇◇◇◇


……で、不思議ちゃんに聞かれたわけだが……え、つまりどういう事?


「何々、まずーーお散歩してた?」

「正解」


いきなりのジェスチャー。

次は、頭の上で、両手をピロリパロピラ。


「自分はアホですーーじゃなくて馬鹿ですーーじゃなくて感じ取った、か?」

「……正解」


次は、頭を下に向ける。


「自分がアホですいませんーーじゃなくて馬鹿ですいませんーーじゃなくて、感じ取ったのは下から、というわけだな?」

「…………正解」


次は、胸の前で、手のひらをこちらに向けながら横に振る。


「うーん……自分は胸が小さっ」


スパンっと、俺の横髪が数本消え去った。


「……てのは冗談で、余りにも強大な力で、自分マジびっくり、だな」

「概ねあたり」


要するにこうだ。綺麗な景色を目指して度々お外へ外出をしていた不思議ちゃんだが、俺のダンジョンの比較的近くの場所に、下から強大な力を感じ取る。よくよく見れば隠れた入り口があり、そこには不思議な警告文が書かれていた……とな。


四宝、か。聞いた事もない。無限迷宮ってのも、響きが怖い。てか初見殺しって、これもしかして……


ーーと、言うわけで、これを書いたであろう人間? に聞いてみる事にした。


「それで、私なの」


ポチャンとーーもちろんここは風呂場。目の前にいるのは久々の美人さん。風呂場だというのに裸でも水着でも湯浴み姿でもなく、何故かジャージというクソッタレだ。なんでいきなり防御力高くなってんだよ。高校生の夢を崩すなよ。


「いやー、ほら、私もだんだんと貞操観念とか、羞恥心とかが目覚めてきたんだよ。君たちと接してね」

「……変わったんだな、お前」

「いやそんな死んだ目をしないで。そもそも私の裸姿を拝めるほうがおかしいことに気づくべきだよ」

「別に、いいんじゃないのかジャージ。ああとても似合ってるよ」


せめて前開けよ


ととっ、つい本音が。


……まあ、もちろん冗談だけど。


「それで、無限迷宮の事を聞きたいんだね? 君のスキルで聞けばいいじゃない」

「分かってて言ってても一応言ってやるが、ブロックされたんだよお前にな」

「あれ、そうだっけ」


このおとぼけ神め。


もちろん異世界知識さんに聞いたさ。


《び力な援助も出来ずにすみません。じゃ魔が入りました。んー、誰からとは言えませんが。さい近お会いしてない方です。ん……まあ、邪魔を出来るのは同じスキルレベル10か、それ以上の力を持つ誰かしかいないんですけどね》


邪魔! ジャージが邪魔! ……コホンッ、じゃなくて、こいつから邪魔されたんだ。


「まあ、その通りだよ。もちろん私と君の仲だし、あれを見つけて直接聞いてきたからには教えるけどーーよく警告文を読めたね? あれ、ちょっとやそっとじゃ解析できない激ムズの暗号で、だからこそ初見殺しだったんだけど」

「ん?」

「え? ……ああ、解いたのはあの子だったんだ。なら納得。王人君に同じ事なんて出来るはずないもんね」


悔しいが、確かに俺は暗号解読のスキルなんて持ち合わせてはいない。換字暗号だっけ? あれすらもよく分からない。地道な作業なら、結構得意なんだが……


「やっぱ不思議ちゃん凄いな」

「一応、この世界に元からいた中では1番強いしね。よくも仲間にしたもんだよ。

ーーさて、とりあえずは本題に入ろうか。まずこの世界は私が創った。ここはいいね? 原住民ではクリア出来ない未開の地に囲まれ存在する4つの国……その各国に一つずつある秘宝、つまりは四宝。 ちょっとしたお茶目さ。

シント法国の秘宝は、既に学生から使われてあるんだよね。君も情報としては聞いた事あるよ」

「……いや?」

「察しが悪いなぁ。シント法国と言えば、空中移動要塞ゾディアックだろ。あれはフィギア作成スキルで作ったものだけど、それだけじゃ圧倒的に、あの大きさを動かす動力源が足りなさ過ぎる。キャパシティーオーバーとでもいうのかな。

でも、運が良かったよ。あそこの秘宝はどんなエネルギーにもなる永久機関、〈賢者の心臓(いし)〉だからね」

「うーん、こっちの秘宝を手に入れる為には初見殺しの迷宮に入らないといけないのに、向こうはもう一つを手に入れたのか。ズルイな」

「いやいや、賢者の心臓はシント法国が厳重に管理してたんだよ。難易度で言えば無限迷宮と変わらないくらい手に入れるのは難しいんだ。だからこそ、彼女らは運が良かったのさ」


運。そればっかりはどうしようもないな。偶々月姫はシント法国に介入するスキルを持ち、偶々手に入れた秘宝が都合良かっただけ。


それでも理不尽に思わずにはいられない。この湯に映った月のように、俺なら掴めたはずだ。シント法国なんて軽く侵入できたはず。俺がこんな所ではなく、もっと別のダンジョンだったらーーなんて、やっぱりどうしようもない。たらればなんて、最も無意味な思想だ。


例えば、それこそ湯に映る月のように、肝心な所で俺は掴み損ねるのかもしれない。朧げに揺らめく水面は、確かな形を保ってはいないのだから。


「ーー禁忌の人形だったか。それは賢者の心臓と同じ位の価値はあるんだろうな?」

「どうだろうね。人によって価値観なんてまちまちだし、私からすれば賢者の心臓の方が遥かに有効価値のあるものだよ。

でも、禁忌人形だって、秘宝の一つさ。この世界の魔法ホムンクルスとは違って半永久的に活動出来るし、それなりに強いし、何より……可愛くて従順。絶対にね」

「お、おぉ」


可愛くて、従順。この2つの組み合わせの何とイヤらしき事か。特に従順というのがいい。凄くいい。


「でもどうなんだろうな。それってつまり、サポートキャラと一緒じゃないか」

「ふふっ、いやいや全然違う。だってサポートキャラは裏切るよ」

「ああん?」

「あっ、その、ラピスちゃんがとかじゃなくて、サポートキャラはもう一種の種族みたいなもんだから。下手に扱うと、寝首を刈られるってわけ。

……今もきっと、サポートキャラに愛想尽かれて、サポートされなくなってるダンジョンの主が存在するさ」

「ふーん」


なんだ、俺には関係のない事だ。まるっきり無縁の内容だ。


「要は、禁忌の人形っていうのは絶対に信用できる仲間って事か。だがどこら辺が禁忌なんだ? 全く、大袈裟なネーミングじゃないか」

「……若気の至り」

「え?」

「ううん、何でもない。禁忌ってのはつまりタブー。この世界では生命を作り出すホムンクルスという魔法は禁じられていてね。それに因んだってワケ。

名前なんて、他になんと呼んでもいいさ。オートマタ。リカチャン。私はこう呼んでいるけどね」


エンドール。


終わりの人形。



「どうせ、無限迷宮に行くんでしょ? 気をつけてね王人君。あそこに入ると2度と、この世界には戻ってこられないかもよ?」


最後に呟きと波紋を残して、シャボン玉のようにパチンと消えた美人さん。


エンドール。


その言葉は、俺の耳に嫌という程まとわりつきーーしかし言わせて欲しい、これだけは。


「いや、行かないけど?」


◇◇◇◇◇


「えっ……」


俺が無限迷宮に行かないという意思を見せて、不思議ちゃんは初めて見せるようなか弱い顔をした。ベッドの上で、フワッフワの羊みたいなパジャマ服を着た不思議ちゃんは確かに可愛いが……でもよ、誰が行くか? そんな物騒な所。禁忌だがキンキンだか知らないが、危険な目にはあいたくない。


「ほらほら、ラピスがウトウトしているんだ。お前も良い夢見な。

俺の優先順位はこう。お腹減ったラピス。遊んで欲しそうなラピス。眠りかけのラピス。分かったらおやすみ不思議ちゃん」

「……おとーさん」

「止めろバカ。お前がやると寒気する。実は結構な歳なんだろ? 俺の予想では若く見えても実際はさんじゅーー」


軽く殺気を向けられた。

普段は飄々としているくせに、歳と胸はNGらしい不思議ちゃん。


「歳はあれだな、12くらいだろ。それよりも行かないと言ったら行かないんだ。あの美人さんが2度と帰ってこられないとか脅すんだぞ?」

「私がいるもん」

「だーかーらぁ! そういう問題じゃないんだよ! 俺はーー」


若干の苛立ちと共に吐き出された言葉は、しかし途中で遮られる。


ぐいいっと、胸ぐらをつかまれたのだ。


……狩人殿に。


「オオト、ラピスはもう寝ました」

「は、はい」

「少しは、黙りましょう」

「す、すいませんでした」

「……分かったのならいいです。貴方も寝不足は体に悪いですし、早く寝ましょう。お休みなさい」

「おや……すみなさい」


……狩人殿に怒られた。しかもいつもの謎の丁寧語を使わずに……あれ、涙出てくるよこれ。顔も近くて二重の意味でドキドキしたし、色んな意味で正直辛い。


パクパク(お 前 の せ い だ!)

パクパク(行こう! 行こう! 行かないとこの星を爆発させる)

パクパク(お前そんな事も出来るのか!? (※出来ません)くぅ……分かった! 分かったから ……ラピスはお留守番。狩人殿も付き添いでお留守番。まだ未知の迷宮(ダンジョン)なんだ。危険だと思ったら、すぐに引き返すからな(※フラグです))


不思議ちゃんとイルカ並みのエコーロケーションを体験した後、明日の予定について考える。不思議ちゃんは自分のベッドに戻った。


ーーあれだけ美人さんが警告をしてくれたんだ。多分、一筋縄ではいかない。不思議ちゃんという頼もしい仲間がいなければ、絶対に無視していた存在だ。


……何事も無ければいいんだが。


なんて、そんなのは腐ったリンゴよりも頼りのない願いだ。


◇◇◇◇◇


次の日、ラピスと狩人殿は、文句一つ言わずにお留守番を引き受けた。


「行ってらっしゃい、オトーさん。これ、お守り。オカーさんと作ったお守り」

「ん、これは」


木で作られた矢に、オトーさんむてき。と小さく彫られている。荒削りな部分は見当たるが、それはしょうがないだろう。今日出かけると言ったのだから、むしろこんな物を作ってくれて感謝しかない。


「オトーさんなら、だいじょぶ」

「ありがとなラピス、狩人殿も。出来る限りすぐに帰ってくるから」

「いってらっしゃい」

「行ってらっしゃいです……あ、オオト」


もう背中を見せようとしていた時、狩人殿に止められる。振り向くと彼女はーー何故だろう。とても、弱く見えた。触ると折れてしまいそうな、そんな弱さ。


「どうしたんだ?」

「あ、その……あれ、なんでですかね。思わず引き止めてしまいましたですよ……えっと、だから……本当に大丈夫、なんですよね? もしも危なくなった時はーーいえ、そうでなくともすぐに帰ってきていいんですよ?

ほら、私いまココさんにプリンの作り方を教えてもらっているんです。帰ったら美味しいプリンがある予定ですよ……王人は何て言ってくれるんですかね。気になるです。早く感想も聞きたいですし、そうそう、明日は多分ケーキだって」

「セルサス!」

「は、はいです!」

「……行ってくる」


俺は狩人殿の言葉を止めていた。多分、気づいたんじゃないかな。狩人殿が本能的に、俺たちの行く場所の危険性を感じた事に。

そして、これってかなりの死亡フラグじゃね? と俺自身が気づいた。


もしかして狩人殿が俺を呼び止めた理由だって、一瞬おれの背中に死んだ母と父が見えたとか、そんな怖い理由だったらどうしよう。


……これ以上考えるのはマズイと、俺は逃げるように不思議ちゃんの所へ近づいた。転移の合図として、手を握られる。


最後に狩人殿の言葉が聞こえた。


「……行ってらっしゃい」


〜〜〜〜〜


「ここが……」


無限迷宮。

入り口は地下へつながる階段だった。不気味に響く断続的な足音が終わり、少しだけ広くなった空間に出る。あかりは蝋燭2本。壁にはヒビもあり、コケが生えている。こういう雰囲気作りも美人さんがやってるんだなぁと思うと、不思議と怖くない。


お化けなんてなーいさ。


「へえ、最初はやっぱりこの黒い穴なのか」その上の壁に、例の警告文らしき暗号がある。俺には読めん。「じゃあやっぱり、ここはダンジョンって考えてもいいんだな。でもなんだっけ、混じり合った時の空間だったかな。まずはその謎解きを解いてから……」

「よし、行こう」

「うん待って」

「それは命令か!」

「もう命令でいいよ」

「……ボルシチ」

「いつかの夜食は忘れろ!」


くそっ、こいつ今日に限って暴走気味だ。テンション上がってんのか?


「あのな不思議ちゃん。これは命に関わる大事な事なんだ。分かるか? せっかく警告文を読めたんだ。有効活用しようぜ」

「そろそろ行く?」

「え、俺の話聞いてた?」

「もちろん。だから大丈夫。謎は解けた。後はこの先、進むだけ」


ああ、なんだ謎は解けてたのか。なら安心だ。やっぱり不思議ちゃんはすごいなぁ。


「よし、それじゃあ入るぞ。1、2の3で行くからな。

ーー1、2の……」

「……」

「……あ、3」


何か言うと思ったのに、実際は大人しくしていたこの気まずさ。ごめんよ不思議ちゃん疑って。


グダグダになりつつ、いざ無限迷宮の中に入る。そこで見た驚きの光景とはーー……んんぅ、ううん……微妙。廃墟みたいな所だ。四つの柱に支えられ、向こうには四つの扉がある。全体的に灰色で、思っていたのと違う。

例えるなら、使われなくなった体育館。広さもそのくらいだ。


「……帰ろっか」


そう言ったのは、俺ではなくて不思議ちゃんだった。こいつさっきまで妙にノリノリだったのに、今となっては塩かけられたナメクジみたいに脱力している。


「おいおいどうしたんだよ。禁忌の人形を手に入れるんだろ?」

「そんなの興味ない」

「おい」


……って、そうか。不思議ちゃんの興味あるものって、そもそも綺麗な景色だった。それを踏まえて考えると、確かに目の前の光景は、不思議ちゃんの望む真逆のものだ。


せめて洞窟っぽいのなら良かったものの、変に人工臭さがある。自然がひとっつも感じ取れ無い空間だ。


「別に俺は、帰ってもいいんだが?」

「……行く」

もはや意地だな。「オーケー。それじゃあとりあえず、進む以外に道はなし。まずは1番左の扉からな」

「らじゃー」


と、不思議ちゃんはそう言いながら、下の床を魔法で傷をつける。猫の引っかき傷みたいだ。むしゃくしゃしたのかな?


俺たちは危険がないことを確認して、四つの扉の目の前に来てから、1番左端のドアノブを握る。こういうのは一気に開くか、そーっと開くか……焦れったいのは嫌いだし、一気に開いた。


「……おいおい」


扉を開けると、真っ黒な壁……いやこれは、ダンジョン特有の入り口に他ならない独特の空間。


「どうする不思議ちゃん?」

「行こ」

「それしかないよなぁ」


でも不安だ。やっぱり、今すぐにでも引き返したほうがいいんじゃないのか……俺の頭に弱音が走り、左手が温もりに包まれる。気づけば不思議ちゃんに、手を握られていた。


「行こ?」

「……おう」


不安? そんなもの最初から無かった。俺は自信満々に扉をくぐり抜けーー脱力。


「おいおい、マジかよ」


目の前に広がる光景は、廃墟みたいな所だ。四つの柱に支えられ、向こうには四つの扉がある。全体的に灰色で、思っていたのと違う。例えるなら、使われなくなった体育館。広さもそのくらい……とまあ、こんな所。


後ろを振り返ると、ダンジョン特有の入り口でえる黒い闇が、立ち塞がるようにあった。


「これってまさか、振り出しに戻るとかいう、すごろくでは理不尽なほどショックにくるあれか?」


不思議ちゃんは俺の独り言を無視して、無言で下の床を指差した。そこにはまるで、猫の引っかいたような傷跡が。


……どうやらここのダンジョン、ちょっとやそっとじゃ終わりそうにないらしい。

◆後書き◆


嘘予告

次回、「王人、廃人になる!?」


延々と続く終わりのない無限の迷宮に囚われた王人、果たして彼の運命とは!!

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