ココ ピンチ
◇◇◇◇◇
王人は、ボクの親友。今まで友達はいたけど、王人みたいな人は……うん、もちろんいなかった。いても怖いけど。
『お前、ズルい奴だな』
あの時の事はよく覚えてる。
……王人だけが僕を知ってる。分かってくれる。あんな親友は他にいない。絶対。
だからボクは、王人だけには何かをしたいと思う。役に立ちたい。王人だけには迷惑をかけたくない。
「ーーおーい、おーい小野木ちゃん。生きてるか? 死ぬなら死ぬって先に言っといてくれ。心臓に悪い」
「あ、起きてる起きてる。うん、大丈夫……っというか、『今から死ぬ』って言っても心臓に悪いと思うんだけど?」
「それもそうだな」
「……あ、もしかして忍くんは、普段二人っきりにならないボクの事を気にかけて、冗談を言ってくれたんだね?」
「あー、うん……そうかもしれないけど……小野木ちゃんって意外と天然なんだな」
「んー?」
そうそう、今はダンジョンの外に出て色々な材料を探す途中。もう日課となりつつある10時から12時までの行動。やっぱり、ダンジョンからとれる物は限界があるから。
「ところで、忍くんは何か外に用があるの?」
「えっ……ああ、ちょっとな。最近生活に余裕が出来て来たし、 ロリランドの迷える住人達の為にな、つまり……そういう事だ」
「へー、そうなんだ」
よく分からないけど、多分良いことをしているんだろう。忍くんはとっても優しいからーー時々怖い時もあるけど、ボクは見たことがある。
迷子になった小学生の子(10歳)の親を探してあげたり、知らない娘こ(11歳)にお菓子をあげたり、泣いてる子(9歳)を慰めたり……
とにかく、優しいんだ。
「あ、街が見えてきたね。ボクはこの辺りで探し物があるんだけど……忍くんは?」
「ちょっと待ってくれーー(脳内ロリセンサー起動中)1、いや3人いるな。よし、俺はあの街に用がある。ここでお別れだ。
魔物もいるし、気をつけろよ」
「うん!」
忍くんは、まよえるじゅうにん? の為に、街へ向かい、ボクはもうちょっとだけ森に入る。忍くんの言った通り、確かに魔物は出るけど、用心しておけば問題ない。
飛んで逃げるんだ!
……護身用に自分で作った武器も持っているけど、そんな、誰かに使いたくはない。痛いのは誰だって嫌だろうし……
「あっ、毒キノコ発見!」
ボクは特別キノコに詳しいわけではないけど、誰だって傘に大きく「毒」と書いてあればわかる。実際にこれとアレとソレを使って、毒ガスパニッシャーを作り出した。王人が役に立ったって言ってくれたし、丁度いい。
「んー……これは何だろう?」
よく分からない真四角の植物。念の為に素手では触らずに遠くから採取し、アイテムポーチに入れる。ダンジョンに戻ったらキングジュニアと一緒に解析しよう。
空きは……あと3個。
まだまだいける。
「これは、カッコいいね!」
ツンツンした木を発見。枝を一本採取。この木の名前は〈反抗木〉としよう。
ーー今日は順調だ。
反抗木なんて二つの意味でどうすればいいのか見当もつかないけど、役に立たない物はない。いろいろ研究して、新しい使い道を見つけるのはとても面白いから。
思わずお気に入りの歌を口ずさむ。
「き〜み〜がぁーあ、よー……ん?」
ガサゴソガサゴソ音を立てて、修道服のような格好をした人が現れる。
それも1人じゃない。
2人、3人ーー5人、6人ーー10人以上はいる。こんな格好をした人は知っている。シント法国の〈教会〉に属する者。王人にはこういう人間に近づくなって言われた事がある。
と、噂をすればか、王人からコールされた。あまり聞かれたくないので、こちらからはチャットで返答をする。
『ーーおい、聞こえるかココ! ダンジョンにいるならすぐに俺の所に来い! もしも外にいるのなら、全力でダンジョンまで戻れ!』
いつになく王人の焦った声と内容のお陰で、なんとなく分かった。多分目の前にいる人たちは、ボクの敵なんだと。
《ごめんなさい王人》
『っ……早く逃げろ!』
地球にいていっちばん叶えたかった事。第3位がお菓子の家を1日だけ満喫したい事。第2位はトマト風呂に入りたい事。そして第1位が空を飛ぶ事。この異世界で、第1位はすぐに叶った。
スキルで空を飛ぶ。背中には鋭い翼が生えて、一瞬のうちに舞い上がる。さっきまでボクがいた場所は、燃え上がったりバチバチ鳴ったり、危ない所だった。
ボクは王人の言う通り急いで戻ろうとして……忍くんの事が気にかかった。もしかしたらあの人たちはボクだけではなく、忍くんも狙ってるんじゃないかって、迷ってしまった。
敵はボクの油断を見逃してはくれず、幾つもの何かが飛んでくる。
「うっ!」
翼は撃ち抜かれ、腕に擦り、足も同じく。こうなっては翼も時間が経たないと元通りにはならない。仕方なく地上まで滑空する。
この翼は意外と防御力も高いのに……さっきの何かはただの攻撃じゃない事が分かった。
『おい、大丈夫なのか!!』
王人の声が、心苦しい。今ボクは確かに迷惑をかけている。全力で逃げることも出来ずに、木に寄りかかる。
……さっきの人たちが近づいてきた。それと、その中で一番偉そうにしてる男ーー腰まである長い金髪が特徴の人間が、手を鉄砲の形にして構えていた。唯一修道服を改造したようにしているから、リーダーっぽく見える。
「いいスキルだなそれ。俺にくれよ」
っ……この人は、同じ学生なんだ。でもチャラチャラした修道服の着こなし方といい、(学校では金髪なんて1人もいなかった)髪といい、多分これはーー異世界デビュー!
「おいてめえら、あとは俺に任せて帰ってろ。こいつは俺が始末しとく」
「ですが……」
「いいからさっさと行け! さっき法王様から連絡が来たが、以前からご計画なされたアレを実行するらしい。早く行かねえと取り残されっぞ」
「……分かりました」
何を言っているのかさっぱりだったけど、10人もいた教会の人間は1人になった。ただ、こちらが不利という事実は何も変わってはいないんだけど……
だって多分、ボクの翼を撃ち抜いたのは彼だ。ピストルの形をした手から、本当に銃の弾が出るんだと思う。その証拠に彼は、ずっと指先をこちらに向けている。
『ーーまだなのか!』
耳元に聞こえる王人の声が、やけに遠くだと感じた。遺言なんて決めてないや。死にたくなんかないや。
「右足、左足、右手左手、それとも胃に一発ドカンといくか?
てめえは知らねえようだから教えてやる。胃にな、銃を撃つだろ。そしたらすぐには死なねえんだよこれが。
人間ってのは思ったより渋といからな、助かりはしねえでも死ぬまでがまどろっこしくてしょうがねえ。
そうそうさっきの話に戻るが、胃に穴が空いたわけだから、胃液が漏れるんだよ。ポトポトって体内にな。これがまた痛えんだ。撃たれてるから痛えのは当たり前だが……まあ20分くらいの苦痛だろうよ。我慢しろ」
「……痛いのは、イヤかな」
かすっただけで燃えるように痛いのに、そんなこと……想像しただけで怖い。足が震えそうになる。
『大丈夫なのか、おい!!』
大丈夫。とチャットしそうになって、止めた。最後くらいいいかなって。互いに話すだけで、まるで隣にいるみたいに……死ぬのは嫌だけど、1人はもっと嫌だから。
「……大丈夫。ボクは大丈夫だよ王人」
『馬鹿。お前に聞いてるんじゃないぞ、この嘘つきめ!』
……あっれえ?
『お前はどうせ、心配かけたくないとか偉そうなことを思ってるんだろ。そんな奴に安否を確認するなんて、最初から無意味な期待してない。
ーーで、大丈夫なのかってさっきから聞いてるんだよ。返事しろ忍!』
忍くん?
「ーーへいへい」
木の陰から出てきたその人は、確かにさっき別れたばっかの忍くんだった。
「人使いが荒いぜ。我らの副会長はよ」
「どうして……」
「おいおい、まだ街にすら着いてなかったのに、ドンパチなればそりゃあ気になる。それに副会長からコールがきたしな」
「……まよえるじゅうにんは?」
「んっ……今日は我慢してもらうしかないな。んで、そいつが俺たちの敵か。なんだか偉そうな雰囲気を醸し出してるな……王人よりも」
相手は、忍くんが来て怯むどころか嬉しそうにしていた。一石二鳥みたいな……向こうからすれば、獲物が一匹増えたとでも思っているかもしれない。
「こりゃあいい。2人もか。今日は運がいいぜ……なあそこのお前」忍くんを指差して。「1度でいいからスキル使ってくれよ。どうやら殺して奪っても、なんのスキルを奪ったかまでは分からなくて意味ねえらしいんだよな……ほら、だから早く、どうぞ?」
「……バーカ。もう見せてるよ」
「ああん? ……っ」
敵の足元は、泥沼へと変化していた。彼はもう嵌っていたのだ。もがけばもがくほど破滅へと導く底なしの絶望に。
「小野木ちゃんは早く逃げろ」
「忍くんはどうするの?」
「俺はこいつを足止めしておく。なーに遠慮するな。小野木ちゃんが死んだら誰かさんに俺が殺されるかもしれねえんだ。足止めくらいやってやるさ。
何なら、倒してしまっても構わないだろ?」
「し、忍くん……あのね、それは」
「いいから行け。後から追いつく」
「……うん」
忍くんはボクに心配をかけまいと、立派な背中で別れを告げる。とっても心配だったけど、ここで忍くんの気持ちを無駄にするような事はしたくなかった。
翼はまだ使えないけど、頑張ってダンジョンまでたどり着く。
「くそっーー待ちやがれ!」
バンっと後ろから音がした。でも、ボクは振り返らない。
「お前の敵は俺だよ」
忍くんを、信じてるから。




