狂人の信用と信頼 後編
◇◇◇◇◇
羽蘇 月姫こと私は、正直に言ってこの異世界がそんなに好きではない。そりゃあ法皇様みたいに可愛い……というか可愛い子が多くてとても目の保養にはなるけど!
……そうじゃなくて、ここは日本と違い、あまりにも不便で厳しかったから。日々の生活に充実していた私は、とてもじゃないが帰りたかった。
でも、それが出来ないなら、この世界で頑張らなきゃいけないと思ったから、ダンジョンから出てすぐに奴隷になりそうになっても、身分証がなくて捕まりそうになっても、騙されそうになっても、裏切られそうになっても、頑張らなきゃいけないって……本当の意味での友達が出来そうにないスキルを使ってでも、頑張らなきゃいけないって、時には誰かを殺してでも頑張らなきゃいけないって……
ああ、やっぱりこんな異世界好きじゃない。もっとこう、穢れのない、清純で、正しくて、20歳以下の人間はコウノトリ説を信じてるとかそんな世界が良い。
『モッチモッチのロン! ダンジョンマスターになると、私が何でも1つだけ、願い事を叶えてあげるよ』
なんだ、そうなんだ。
だったら私が作ってあげよう。簡単な話だ。この世界を創り変えれば良い。安全で安心な、みんなが笑顔になれる世界を。
その為には他のみんなを殺さなきゃならないけど、私の友達だった子はもう死んでいるし、未練はない。後悔もない。安心してみんな、例えみんなが死んでも、私が生き返らせてあげる。穢れをなくした純真な心を持たせて。
ーー頑張らなくちゃ。
計画の初めとして、まず仲間を作り、それから効率の良い案を使って、その案では殺せないと確信している生徒会から……
(ほら、大丈夫)
私のスキルは【交渉】と【信頼】。信頼では一度に使える対象数こそ少ないもの、100パーセント私の事を信用させる事ができる。
……地球では嘘なんかついてなくても疑われたり、本当の事を言っても信用してくれない非道い人たちがいるんだもの。こんなスキル、最初から持ってたらなぁ……みんなの汚い疑心暗鬼を見ずに済んだのに。そうだ、そんな事もないように私はみんなを殺さなくちゃ。
ーーふふっ、あの生徒会長も私の事を信用している。色々とおかしいと言われている副会長も、どうやら気づいているようだけど無駄なの。今、あなた達の中で一番信用たりうる人間は羽蘇 月姫。
あなた達は敵を殺せるかもしれないけど、仲間は殺せないでしょ?
戦いってそんなもの。一番有効的なのは外からではなく内側。
かーんたん。
これで生徒会はもう終わーー
◇◇◇◇◇
「じゃあ月姫、これをつけてくれ」
私の【信頼】は操るものではないから、仲間の行動を強制的に変える事はできない。流れに身をまかせるまま、生徒会長のダンジョンに来て、安心する笑みを浮かべた副会長の手のひらには……隷属の首輪があった。
「……私が?」
「そう、お前が」
「……どうしても?」
「どうしても」
「……me?」
「you!」
おかしい。こんな、スキルはちゃんと……きいている。だったらどうして。
生徒会長も書記も霰ちゃんも、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる。
「あの、副会長。どうして月姫ちゃんに?」
そうだそうだ、言ってやれ霰ちゃん! とっても可愛い霰ちゃん!
「なんなら私がつけてもいいですけど?」
いやなんで。
「いやなんで。そんな事をしても意味がないだろう? お前はもともと、俺の言う事には絶対服従じゃないのか?」
なにそれ。
「それは、そうかもしれませんが……」
そうなんだ!?
「では何故、月姫ちゃんに? 失礼ですが言わせてもらいます。その行為は疑っていると言っているも同然。月姫ちゃんが可哀想です!」
「止めるのか?」
「いえいえ、まさか」
ええーー!?
「と、止めないの霰ちゃん!? これ、私にとってかなりのピンチだよ! 危ない趣味の餌食になるかもしれない!」
「副会長はそんな事しませんよ。もー変な事言いますね月姫ちゃん。ぶっ殺しますよ?」
やだこの子こわい。
……こ、これはつまり、霰ちゃんは私の事を100パーセント信用しているけど、常時副会長を100パーセント信用しているから、天秤では僅かながら好感度の含む副会長の方へ傾く、と。
ーー予想だにもしなかった。そんな、自分以外の存在を完全に信用出来る人間がいるなんて。聖人だ、聖人だよ霰ちゃん。
敵ながらあっぱれ!
「じゃ、じゃあ生徒会長さんは! 生徒会長さんはこんな野蛮な事、止めさせますよね?」
「……ふーむ」
いやそこ考えるところじゃない。
「まずは副会長、どうしてそれを月姫につけるのか。それを聞きたいな」
「そ、そうです! 私もそれが聞きたかったんですよ!」
やはり生徒会長、こんな時にも冷静な思考! 可愛いというより美しいの部類で私の守備範囲ではないのだけれど、惚れてしまいそうです。
「いや……な。別に理由があるわけじゃないさ。ただ違和感があってな。こう、俺が月姫を信用しているのに違和感がな」
「何を言っている。月姫は完全に信用できるぞ? よくあるCMの99.9パーセントではなく、100パーセントだ」
「いやー、うん、そこは俺も分かってますよ。だけど俺からいわせてもらえば、100パーセント信用出来るそれ自体が信用できないというか、テストで赤点だった子が90点台をたたきだして自分自身がその結果を疑うというか」
……こ、これはつまり、100パーセント信用出来るからこそ、100パーセントは信用できないという矛盾?
私のスキルを全否定しているその思考。流石色々と言われているだけはある副会長。
「まあ俺もそんな事はあんまり気にしてませんよ。月姫は信用出来る、この事に変わりはないですから。
でも一応、首輪をつけてもらって、それから命令するんです。〈スキルを止めろ〉ってね。さっきから不安になるような事を言っているけど、何も心配する事はない。
だってーー信用しているからなぁ。俺は月姫の事を信用している。別にこんな事をしても大丈夫だって、信用している。
そうだろ、月姫?」
「……は、はい」
ダメだこの人、狂ってる。
信用しているのに首輪をつける? 意味がわからない。
この人はダメだ。おかしい。もっとまともな人と話さなければ。
「生徒会長さん!」
「……ふむ、諦めろ月姫」
「どうして!?」
「いい出したら最後、こいつは止まらん」
いやいや、そんな〈まーたいつもの始まったよ、やれやれしょうがない子だこいつは〉みたいな顔をするのではなくて!
「霰ちゃんは!」
「別にそれくらいいと思いますよ。 つけられてもつけられなくても、本質は変わらないんですから。安心して月姫ちゃん、私は信用しています」
「うん、嬉しい!!」
でも、それは分かったから、助けて!
「しょ、書記さんは!」
「うーん、俺には副会長を止める事は出来ん。なぜなら、首輪をつけられた月姫ちゃんを見たいから!」
こ、こいつぅ〜、信頼より欲望をとった! この外道! 変態!
「さあ月姫、少しだけチクっとするかもしれないが諦めろ。俺も今、ダンジョンで男3人を首輪つけて育てているが、むしろ首輪をつけられている事に生き甲斐を感じるかもと言っていた奴がいる」
「私はそんな変態ではないです! 絶対に、首輪なんかつけまけん!」
「なら殺すぞ?」
「えっ」
副会長は冗談ではなく刀を手に出して、私の首元につける。少しでも動けば死にそうな……あ、ちょっと血が出たかも。いや、汗かも。
「わ、私の事を100パーセント信用しているのにですか?」
「ああ信用している。お前は俺の知っている中で最も信用できる人間だ。
……しかし、これをしないのなら話は別だ。信用しているがーー殺すのも止むを得ずってな。簡単だろ?」
……それはつまり、あの子が大好きだけど、他の子と付き合ってるから殺そうみたいな。恋人が自分の選んだ服を着てくれないから首を絞めるみたいな。
そんな狂った考え?
それを平然と目の前の男はやってのける。生徒会、私の想像を超えていた。
ここで首輪をつけられたら、スキルを解かれて殺される。首輪をつけなくても殺される。
「八方塞り!!」
「どうかしたか?」
「い、いえなんでも。だけど、殺すのはやり過ぎなんじゃ」
「おれとお前の仲じゃないか? といっても一時間程度の付き合いだが……ははっ、まさか断らないだろ?
俺としてもお前を殺すのは嫌なんだ。な、分かってくれ 」
「ムリムリムリ、貴方ちょっと気持ち悪い。助けてみんな!」
いやいや、だからそんな〈副会長は困った奴だなぁ〉とかの表情じゃなくて!
「れ、隷属の首輪は絶対服従。もしも私が副会長にえっちを要求されたら、どう責任を取ってくれるんですか」
「安心しろ。その時はこの私が、責任をもって副会長を殺す」
もうやだこの子達!
……失敗だ。
もう、【信頼】は使えない。
ーー解除。
◇◇◇◇◇
っ……スキルが解かれたのか、みんなが一斉に月姫に向かって警戒態勢をとる。そんな中であいつは、一言。
「話し合いをしましょう」
すると、無理やり【交渉】の場に引き下ろされたような、少なくとも俺がこいつを今すぐに殺そうという気持ちはなくなった。
個人的な意見としては、俺の心にやすやすと入るその無礼。手元にある首輪で頭をかち割りたい。
「ふぅー……まさか、【信頼】を使っても意味をなさないとは。正直、驚いています」
「俺が、たとえ親友でも、事と次第によっては躊躇いなく殺せると知らなかったのが、お前の敗因だな。【信頼】は、対象の本質までは変えられない。
それで、次はなんだ。【強制会ぎ……】いや、【交渉】か。便利なスキルだ」
「交渉……ええ、その通りです。今から交渉をしましょう。
もしも貴方に提示できる材料が無ければ私は多分、その首輪をつけられるか殺されるかで敗け。逆に材料さえあれば、ここから逃げ延びる事が出来ましょう」
なるほど、さてさてどんな材料か。今の話で全てを理解した生徒会長と霰。健太はまだ分かってない様子。
「で、俺たちのほしい情報があるのか?」
「ーー単刀直入に言って、貴方はきっと何かを知るスキルを持っているから理解できると思いますが、私がシント法国を支配していると言っても過言ではありません」
「じゃあ、お前が聖女を使って国と国を争わせようと?」
「ん? いえ、私もあのお偉いさんたちとは深く関わってないので、それは知りませんけど。私は確かにダンジョンマスターを目指しています。既にシント法国はダンジョンの主を見極める道具を作っていますし、このまま殲滅をしようと計画していましたが……しょうがないですね。私はシント法国の地に足を踏み入れないと誓いましょう」
足を踏み入れない、か。
確かにそれは好条件かもしれないが、足を踏み入れないというのは……
「あっ、そうそう、ダンジョンの主を見極める道具を作ったと言いましたが、どうやらまた、お偉いさん達は手の早い事で、既に1人目標をつけていますよ。
そのお方は不思議な道具を使って人々に幸せを与えていたらしく、こんな事ができるのはダンジョンの主に違いないと確信したんですね」
嫌な予感がした。
「そのお方はご自身の事をこう名乗っておりました。ーーココ、と」
交渉成立。
この情報はその価値があると、勝手に俺の頭が判断したらしく、向こうのスキルによって交渉はなされた。
「ココっ!」




