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異世界ダンジョンウォーズ  作者: watausagi
早くココに会いたい
4/85

初めての下手なダンジョン作り

◇◇◇◇◇


朝起きてチャットを確認すると、赤色に変わったダンジョンの事がもう気づかれて随分話題になっていた。

だが、それは同郷のものが殺したわけではないと、誰もが口に出さず遠回りな表現をする。階段からこけたとか。外に出て魔物に襲われたとか。


そうでもなければ、やってられないから。みんな信じたくないのだろう。態々スキルが欲しい為に、人を殺す人間が同じ学校にいたなんて。……まあ、事実はちょっとばかし違うんだが。


死んだのは誰なのかとも話題になっていた。しかし、それはみんな知らない。312人も暗記している人間はいなかったから。……そう、異世界に来た人間を表示する欄から、武蔵は消えていたんだ。


知っているのは俺だけ。


——音蔵 武蔵(むさし)



武蔵が持っていたスキルは2つ。


【魔物召喚】

【魔物使役】


そのどちらもレベル10。


まずは順に異世界知識さんから教えられた知識を話そう。


——魔物召喚はレベル1につき魔物1体。だから今の俺は、魔物を10体召喚出来る。……と、普通はそうなのだが違う。


レベル9とレベル10は隔絶している。


その通りだった。魔物召喚レベル9が召喚出来る数は9体——しかし、魔物召喚レベル10が召喚出来る数はその何倍も膨れ上がる。計算が面倒くさいから言わないが、スライムだけなら200体。もう、数の暴力だ。


——いっぽう魔物使役、これは説明されたが能力がレベル10になった途端多すぎる。後で説明する事になるがまあ、屈服させた魔物を使役出来るという点だけ分かっていればいいだろう。


召喚した魔物で魔物を屈服させて、使役する。そして使役した魔物を使ってまた屈服させて……どんどん戦力が増えていくなこれは。


武蔵はどうやら、本当に全てを魔物に任せるつもりだったらしい。


……と、俺はめぼしい朝食を口にしながら、考えていた。


本日の朝ごはんはこれ。食パン一切れにりんご二分の一カット。

もはや料理するという選択肢がない。食パンに至ってはバターが無い! 俺はタップリとバターをかけてその上からタップリと砂糖をまぶす、すっごく健康に悪そうな食べ方が大好きなのに!!

リンゴは皮ごといける派だから、水でささっと洗うだけでよし。


……はぁ、昼食が思いやられる。異世界はどこまでも俺に厳しいらしい。


〜〜〜〜〜


「なーんて思ってた時期が俺にもありましたぁ〜」


玉座に座り、思わず高笑いをしてしまいそうになる。ラピスが俺のテンションについていけないのか、若干距離を感じる。


だが、この状況を喜ばずにはいられない。そうだ何で高笑いしないんだ。我慢なんていらない、俺はダンジョンの主じゃないか!


「いやぁ………愉快愉快」


ディスプレイに浮かんだその一点を、俺は見つめた。

それは単なる数字。しかし、その数字は昨日のそれとは桁が違う。文字通り、桁が。

桁が違うのだよ桁がぁ!


『1,802,200』


180万2200。百八十万二千二百。ひゃくはちじゅうまん、にせんにひゃく。


——何度でも言おう。


ヒャクハチジュウマン、ニセンニヒャク。


「とりあえず食堂をどうにかしないとなぁ」


……ここらへんで、ネタバレをしよう。何故いきなりダンジョン保有魔力が増えたかというと、ダンジョンの住人が増えたからだ。


誰かって?


それはもちろん、魔物召喚の皆さんでございますとも。別に召喚した状態でなくとも、住人という事になるらしい。

こういうのを何ていうんだっけ、キタコレだったけ、違うか?


……まあいい、今は180万2200を口の中で噛みしめよう。

ちょっと数字の多さが気になったので、タッチすると詳細が確認できた。


—————

スライム200体

『200ポイント』


ウルフ100対

『100ポイント』


スライムマジック50対

『500ポイント』


サイレントバード20対

『400ポイント』


フィッシュサンダー10体

『1000ポイント』


デュラハン5体

『10万ポイント』


ドッペルゲンガー

『0ポイント』


成長の種 2体

『0ポイント』


フェニックス

『50万ポイント』


カオスドラゴン

『120万ポイント』

—————


上から順に、魔物召喚レベル1〜10となっている。

さて——施設を強化しないと。


——食堂は最大レベルまで上げたい。そしたら勝手に調理もしてくれるし、上等な物に——が、それでいいのか? 本当にそんな無駄遣いをして、いいのか?


苦渋の末、俺は調理されない食堂のレベルを最大にした。調理されるとされないとじゃ全然変わってくるのだ。幾ら俺でも、最高級の食材やら香辛料やらを使えば、多少美味しくはなるだろうと甘い望みの上で決めた。



——ダンジョンも大きくしたいなぁ。ポイントを多量に使えば、ダンジョンの周りも手を加えることが出来る……さあ、どうしよう?


よし、それにしよう。ダンジョンの周り半径1キロメートルを自らの敷地に。ボタン1つで簡単地面から出し入れの出来る要塞と、至る所にトラップを設置。

ダンジョン自体は、今までアパートみたいな大きさだったが、マンション並みに。目立つのは避けて、ギリギリ限度の上半分は隠蔽で隠してあるから見た目は変わらないままか……


ダンジョンの中も全てトラップにしたいが、落とし穴のトラップはどれだけ頑張っても部屋半分までしか占領出来ないという設定。すっからかんだった部屋には通路を作り、出入り口と真ん中に落とし穴を設置。落とし穴は高めのを選び、蓋のある仕様と水を出せるという鬼畜。


……1階を作るだけでこんなに面倒なのか。うん、他はとりあえずお手軽セットを選ぼう。

2階は草原エリア

3階はせせらぎエリア

4階は水水エリア

5階はあっちちエリア

6階は冷え冷えエリア

7階は天空エリア

8階は洞窟エリア

9階は館エリア

10階は憩いの場

11階はアスレチック広場

12階は食堂

13階は自室(最大まで強化)

14階は玉座さん(見た目重視)


本来「〜〜エリア」というのは、ダンジョンで統一されているはずだ。

しかしここは、1階ごとにごちゃ混ぜ。魔物が存在しないという変わったダンジョン。

そもそも、エリア類は、俺が使役した魔物を普段のびのびさせたい場所だからオーケー。(思い浮かべるはポケ⚫︎ンダンジョン。あれ結構やってたんだよなぁ……)


ダンジョンのポイントからは魔物を出さない。いざとなったら魔物召喚から出した魔物を使えばいいのでポイントの無駄だし、カオスドラゴンよりも強いのとなると圧倒的にポイントが足りないから。


それに、困るのだ。


ここが他のダンジョンと同じに見られるのは、不都合。魔物が見つかったらダメなんだ。勝手に再リポップするダンジョン魔物なんてクソ食らえ。


このダンジョンは安全、その認識をしてもらえると嬉しい。だから目に見えないトラップを選んだし、いつもは隠蔽で隠す、トラップを使うのは、最終手段。平和主義だから使わないでいられることを祈ろう。

本当ならダンジョン全体を隠せればいいんだけどな……ちょっと大きすぎる。




———さて、終わった。




残り50000ポイント。残ったからには調理もしてくれる食堂を……いや、もしもの為に残しておこう。


何はともあれ、これで終了。


正直ダンジョンなんて初めて作ったからよく分からないが……本職の方からしたら腹がよじれるほど笑われるレベルだというのは自覚している。

だって初めてなんだ。これくらい許してほしい。それに、こんなポイント使ったくらいのダンジョンが、(かなめ)になるとは思えない。自分の隠蔽レベル10がとっても安心で安全。

あっ、もちろん異世界知識さんもですよ? 拗ねないでくださいね。


「ふぅー……」


目がしょぼしょぼしてる。ずっとディスプレイ見てたからかな、ちょっと休憩しよう。


……おっ、気づかなかったが玉座さんの装飾が派手になっている。周りも、無駄にレッドカーペットに似た物があるから魔王のいる部屋って感じだ。揺らめく蝋燭なんか雰囲気出てて怖い。


これは後で食堂にいってありがたさも実感したいな。1日3食なんて制限はない。


俺は自由だ!!


自室もスイートルーム顔負けレベルだし、昨日とは違いゆっくり眠れるだろう。説明では露天風呂もあるとの事。ラピスもきっと喜んでくれるはずだ。


……そうそう、ラピスは今スライムと遊んでいる。何が楽しいのか、トコトコ走って思いっきりスライムにダーイブ!


あれ、死んじゃうんじゃない? スライム紙装甲だよ?

心なしか、スライムの助けてアピールが聞こえてくる。


「こっち来なさいラピス」

「っ……!」


全く、今から怒られるとも知らずに、嬉しそうな顔でこっち来やがって。

……来やがって! こんちくしょう! 嬉しそうな顔すんじゃねえよ、怒れねえよ!


「あ、あのなラピス、スライムと遊ぶのは」

「ん、楽しい」

「あ、うん、でもな……スライムが」

「オトーさん、する?」

「いやそれは」



「……しよ?」



「するっ……!」


スライムが——もしも顔があれば目が見開いているだろう——こっちを見て、「ちょっおまっ、信じられねー!」みたいな……すまんスライム。

せめてもの情けだ。魔物使役の機能を使ってやろう。俺は命の危険から震えてるスライムに近づき、今にもダイブしようとしたラピスを後ろから捕まえた。


「?」

「スライム弱いから、強くする」

「つよく?」

「ああ、そしたらスライムといっぱい遊べるぞ」

「なるー」


成る程と言いたいのか? ラピスはひとまず、スライムダイブを止めてくれた。

まあいい、お望みにこたえよう。


——魔物使役。能力その1、自らの仲間の魔物を強くするぞ。さあ、スライム……改造の始まりだ。


〜〜〜〜〜


魔物召喚で召喚した魔物は、1度死ぬと24時間は何も出来ない。

スライムの特性は吸収。

スライムは200体までが限度。


——これら3つをふまえて、異世界知識さんに教えてもらおう、スライムの強化。


《まずは、そこにいるスライムの他に、もう1体スライムを召喚します》

「あいあいさー」

《それでは召喚したばっかりのスライムを、最初のスライムにぶち込みます》


??


「それ、もう一体のスライム吸収されて死なないです?」

《安心してください。彼は……彼は死にません。ラピス専用スライムの中で、未来永劫生き残り続けるのです。私たちが忘れない限り、胸に潜む心の中に……

彼も早く吸収されるのが本望かと》


「あいあいさー!」



『ラピス専用スライムの中で生き残るのか、心の中でなのかハッキリしろ』

とか言わない。

ノリが大事だ。異世界知識さんに従おう。

どこか逃げようとしたスライムを掴み、ダイブされるラピス専用スライムへとぶち込む——もとい、吸収させる。


「教えてください異世界知識さん、これは一体なんの為に?」

《スライムとスライムがかけ合わさったことにより、ラピス専用スライムは最強スライムへの道を歩み出しました。

……実はこれ、吸収じゃないんです。魔物使役レベル10には、同じ魔物を配合させることが出来ます。今回は貴方がイメージしやすいよう、あえてこの方法をとったまでです》


ああ、今の俺じゃスライム以外に配合は無理ってことか。イメージが出来ない。スキルがあっても、何だか他人のって気がしてしっくりこないんだよなぁ。


今回はそう、裏技みたいな方法を異世界知識さんが教えてくれたのだ。スライムが故の方法を。

練習あるのみ、だな。



「なるほど……それで、配合させると?」

《もちろん、強くなります。分かりやすく覚醒、といえばよろしいでしょうか。

スライムがいくら配合されたところでスライムですが、今そこのスライムは数で1と表現されています。

分かりますか? 残りスライムは198、全て覚醒しましょう》


ここでようやく、異世界知識さんの悪魔じみた発想(知識)から導き出される発言を、俺は理解しだした。


「そして明日には、199体……だと?」

《ええ、いくらスライムといえども、この方法を続けていけば……覚醒という異常な異能をバカみたいにすれば、それこそ本当に最強へとなれる……かもですよ。

魔物召喚と魔物使役。この2つの組み合わせはかなり優秀です》

「最強のスライム——なんていい響きだ!」

《極一点に何かを絞れば、カオスドラゴンに勝つことは無理としてどこか凌ぐ部分も出てくる……かもですよ。

さあ王人さん、他のスライムの方々を召喚し……やっておしまいなさい》

「あいあいさー!」


こうして今日から、ラピス専用スライム、略してラピスラの成り上がり物語は始まったのだ。


——仲間の死を糧に、ラピスラは強くなる! 後ろを振り返る事はできない。何故ならその資格は、同類を吸収した彼にはもうないのだから……

負けるなラピスラ!

頑張れラピスラ!

修羅の道を突き進め!


◇◇◇◇◇


『兄、お腹すいた』


昼頃、松茸や山菜類を使った炊き込みご飯を作ってみたが……やはり美味しくない。今度は本格的に出汁から作ろうと思っていると、妹から唐突にコールされた。

唐突といっても、ちゃんと了承したが。


『こっち来て何も食べてない』

「ぶふっ!?」


思わず食べたものを吐き出しそうになりまたよ、ええ。ダンジョンで食堂出さなかったのかよおい。普通衣食住を優先だろ。

丸一日何も食べないって、結構きついはず。特に妹は見た目より全然食べるからな……食べても食べても太らないっていう体質なんだ。


『助けて、兄』


昔とは違い、俺がどうしてもお兄ちゃん呼ばわりは止めろと言った結果、兄となった。随分マシな気がするが、それでも寒気がするのはどうしてだろう……


(あられ)がいるだろ?」

『……流石に、今は兄しか信用できない。親友といっても、100パーなんてないから。

——それと、霰も昨日から何も食べていない。私と同じ状況だから、助けて』


……そっか、プレゼント機能で食べ物をもらったとしても、毒が入ってたら毒死、十分殺した事に入る。つまりスキルは手に入る訳だ。

これはプレゼント機能も気安く受け取れないな。


いやぁそれにしても、まさか妹からこんなに信用されていたとは、案外俺は兄らしくしてたのかもしれない。


そんな気軽に考えていて、次の妹のセリフにはビックリした。


『ダンジョンの赤。

あそこで死んだ人、兄が殺したんでしょ?』

「ぶふっ!?」


また、口に含んだ物を吐き出しそうになった。一応言っておくが、不味いからではない。美味しくもないし、不味くもないんだから。


「どうして分かった?」

『あえて言うなら勘。私のスキル、直感』

「便利なスキルもあったもんだなぁ……なるほど、スキルの力か」

『……ちょっと違う』

「ん?」


直感で分かったんじゃないのか?

——おっタケノコ発見。好物なんだよこれ。


『スキルがなくても、兄は兄。兄のする事くらい、妹にはお見通し。

初めての同郷殺しをやってのけるほどぶっ飛んでいるのは兄くらいだし、その殺しも理由があると私はみた』

「……参ったな」



そういやそうだった。妹に隠し事なんて、出来た試しがない。

それは昔からで、今も変わらない。



『だれにも言ってないから安心して。きっとみんなには理解されないから。

……話が逸れた。

兄はもう、簡単に言って他の人の2倍力がある。ここで私を殺すデメリットを超えるメリットがない。だから、信頼できる』


信頼の意味が違うような……まあいい、可愛い(?)可愛い(?)妹が助けを呼んでいる。ならここは兄として、カッコいいところを見せねばなるまい。


「“安心”をしろ妹。何故ならこの世界には、俺がいる」

『……ん、お腹減った』

「分かった分かった、今すぐ俺の作ったご飯プレゼントしてやっからよ。霰にも渡しといてやりな」

『えっ』


おい待て、何でそこで嫌な声を出す。いや分かるけどね理由。味のないガムを食べてもつまらない、俺ってそのレベルだから。

本当……あの会長に出来るのになんで俺が……あ、会長忘れてた。もうちょい後でもいいよな。


「食べられるだけありがたいと思え」

『分かってる……分かってる……』

「はぁ……明日明後日くらいにゃ、ココの料理を届けてやるからよ」

『大好き』


現金なやつだ。

あ、いやココの料理がという意味かな。全く、俺はあんなにも優秀な先生が側にいるというのに……泣きたい。


「よしよし」


ラピスから頭を撫でられる。色々な意味で頑張ろうと思った、今日この頃です。


◇◇◇◇◇


俺はダンジョンを相当強化した訳だが、俺だけかというとそうでもない気がする。

例えばチャットであった【魔力倍増】

このレベル1は、魔力が2倍になるのだ。つまり俺だと20。これだとショボイが、レベル2はさらに2倍の40。


レベル9までいくと、5,120。さらにレベル10は一気に二乗、26,2144,00。2621万4400……笑えない。

だから魔力倍増レベル10を取得しているやつは、もれなくダンジョン+魔力チートだった訳だが……実際にそんなやつがいるかどうかは分からない。


またまた妨害されてしまったからだ。


1人1人名前を言って確かめる事ならできるらしいが……面倒くさいからやらない。もしかしたらこの思考を読んだ上でのそれなら、流石美人さんといったところか。

本当、性格が悪い。


——今俺は生活魔法を異世界知識さんに教えてもらっている。やっと火を手元から出せるようにはなったんだが、なんていうかね……火力を大きくさせるコツが分からない。だからこそどうでもいい事を思い出してた訳だが……


《喝ッッ!》

(……声だけで雰囲気取らなくても)

《またまた喝ッッ!

心が乱れています王人。魔法とは心の有り様。水面に映る自分自身をみるのです》


なんて言ってもねぇ……心の有り様、か。

ちょっとやってみる。

今度は真面目に——


『あーあ、魔法が使えたらなぁ』

『……どうしたココ、額に傷のある男に影響されたか?

それとも例のあの人か? 緑のエフェクト撒き散らしたいのか?』

『色々だよ、ぜーんぶ。魔法っていいよね。かっこいいし綺麗だし。同じくらい空を飛ぶっていうのもいいよ。ほら、空って気持ち良さそうだし。

……でも、絶対に使えないってわかってるからこそ、こんなに憧れ焦がれるんだよ』

『——分かった』

『ん?』

『お前の願い、俺が聞いた。任せておけココ。俺は魔法を習得して、お前に教えてやる。空の飛び方を学んで、お前に教えてやる。

いずれは許されてない感じの呪文も! 上空なんちゃらフィートをなんとかマッハで飛んでる!』

『……アハハッ、ありがとう王人。気持ちだけ受け取っておくよ』


……そう、それで結局俺は魔法も、空を飛ぶこともできなかった。

何で今までこんな事忘れてたかって、思い出したくなかったからだ。ココを裏切った醜い自分を、否定して……


《あの……王人? ここって笑うところだと私は思ったんですけど……何だかシリアスになってますよ?》


でも、今は違う。

異世界知識さんという、頼りになる先生がいるじゃないか。

ここでやらなきゃいつやる?

逃げるな王人。自分の手元を見つめろ。この火は最初の一歩だ。自分自身を見つめ直した、新しい心。


見ててくれ、俺は魔法を使うぞ ココォォ!


「はぁぁっああ!」

《っ……す、凄いです。さっきよりは全然マシになってますよ。

ロウソクじゃありません。ガスバーナーです》

「はぁ……はぁ……やったぜ、ココ」

《あっ、魔力切れ》


何だか意識が朦朧としてきた。

でも変だな。妙に気持ちはさっぱりとしている。心の有り様……なるほどな。

ココ、ありがとう。今度は絶対、空も飛んでやる。


——ああ、何となく分かったぜ。お前のスキルはそういうものだって。だったらいつか、空は……一緒に……


次に目が覚めて、気付くと時間は夕方の6時だった。11階のアスレチック広場で遊んでいたラピスと合流して、少し遊んでから夕飯の準備に取り掛かったのだった。


◇◇◇◇◇


私はスライムなのです。最近自我の出てきたちょびっと強いスライムなのです。


……実は、最近とういうより、さっきなのです。何だかどんどん体の中に入れられて、気づいたらこうなってたんです。


そんな私ですが、ラピスラという名でして、どうもくすぐったい。名前というのは良いもんですね。私もいつか、目の前のこの少女、ラピスと名を呼んでみたいものです。

……それと、ダイブするのは止めていただきたいとも、言いたいです。


私弱いですから、死んじゃいます。


さっきよりは全然マシですが、本能といいますか……怖いのですよ。でも、避けたらラピスが床にべチャッ。スライムみたいになるのです。


そしたらきっと泣くですよ。

そしたらきっと、私あの怖いお兄さんに殺されちゃいますよ。

死ぬのは嫌です。

だから、避けません。でも避けないと死んでしまいそうで……ダメですね。今の私じゃ、これが限界です。1+1は解けても、ふぇるまーのさいしゅうていりはよく分かんないんです。


——おや、ラピスがダイブを止めました。でも、ホッとしたのも束の間、何と別の階に行こうとしてるのです。


慌てて怖いお兄さんの方を向きますが、何だか寝ているですよ。妙に満ち足りた表情をして、あれは起こせる空気じゃありません。


……仕方ない。


行きます、私が行きますとも。ラピスラは頑張ります。

何があろうと、お守りいたしますよ。


——ラピスは11階、何だかゴチャゴチャ面白そうな建物がいっぱいある部屋です。使い方も側にあって、すぐに楽しめます。


心配する必要なんて無かったですね。ラピス、とっても楽しそうです。


……とっても楽しそう?


ええ、その筈です。ブランコというブラブラにぶら下がり、すべり台を滑って砂場で遊び、ジャングルジムは危なかっしいですが、いざとなったら私が下にいますから。何としてでもお守りいたしますよ。


……とっても楽しそう?


……本当に、そうなのでしょうか。ブランコというブラブラに、ブラ〜とブラ〜とぶら下がり、すべり台をシューーー……砂場でポンポン穴を掘り、お山も作りました。


……何故でしょう。私にはラピスが、楽しそうに見えません。最初こそ喜んでおりましたから、きっと何かがある筈です。だったら私が見つけてやりましょう。


ラピスはまたブランコに行きました。またすべり台に行きました。砂場に行きました。でもやっぱり、楽しそうに見えないんです。


……どうしましょう、分かりません。スライムの私には、難しいことなのかもしれないです。


——結局ラピスは、最後にブランコに乗りました。背中が寂しいです。


私はそっと手を伸ばして……いえ、私に伸ばす手はありませんでした。体を伸ばそうとしても、無理な動きをしようとしたそれは地べたへと落ちてしまいます。


私は、慰めることすら出来ないダメなスライムなのです。


『ダイブ、しないんですか?』

『しても、いいですよ?』


……私は、喋ることすら出来ないダメなスライムなのです。


——どれくらい時間が経ったのでしょう。私の視界に、怖いお兄さんがいました。ラピスはまだ気づいておりません。


怖いお兄さんもそれが分かったのか、そーっと近づいて、ブランコに乗ったラピスの肩を、ポンと叩きました。


——ああ、そういう事ですか。私はやっと分かりました。怖いお兄さんを見るラピスの顔は、とても楽しそうでしたから。何で今まで寂しくしてたのか、ようやく分かりました。


怖いお兄さんが優しいお兄さんに見えます。優しいお兄さんは、ラピスと一緒にブランコに乗って、すべり台を滑って、砂場でお山を作って——そのどれもが、ラピスの笑顔でたくさんです。


とっても楽しそう。


今度は心の底から、そう言えます。


……私は2人へと手を伸ばしました。けど、それは地べたへと落ちてゆきます。


楽しそうな2人の輪。


『いつか私も、そこに入れますか?』


……やっぱり私は、喋る事すら出来ないダメなスライムなのです。


◇◇◇◇◇夜にて


結構ポイントお高めだった露天風呂。もう忘れたが、確か1万以上は使った筈。だが、高かっただけの事はある。


こいつぁいい。凄くいい。


少し足を踏み入れた時点で、それは分かっていた。もう雰囲気が違う。ここだけ他とは切り離された異世界みたいな……まあ、この世界は既に俺たちにとって異世界な訳なんですが。


「あぁぁー……」


湯に浸かると、全身の筋肉が弛緩して、思わずため息が出る。半分はわざと出しているというのもある。

まず形から入らないとな。


「あー……」


俺を真似して、ラピスもため息をつく。

……何だろね、この犯罪臭漂うシチュは。ただラピスは全身が裸だという訳じゃなく、タオルの服を着た……湯浴み姿? そんな感じ。

だからと言ってこっちが何も感じないって事もないので、理性は全力で働いていらっしゃる。


——どういう訳か、空には月があった。


もしかしたらこの世界にも月に似た何かがあるかもしれないし、はたまたこれは露天風呂の誇る性能だけのもので、ダンジョンを出ると月なんて影も形もない、って可能性もある。


何で可能性の話かというと、俺が「プログラム起動」といった時点で、1階の部屋には外をつなぐ扉が出来てしまっていた訳だが、俺はまだ1度も外へ出ていないのだ。


面倒だし、何の利点もない。

他にやる事あるし、外なんて構ってられるか。


「あぁー……露天風呂ときたらやっぱり酒だよなぁ」

「?」


酒なんて飲んだ事ないけど。

だって俺現役高校生だったし、もちろんタバコも吸った事ない。

……酒は飲みたいがタバコは嫌かな。ビールよりワインを飲んでみたいかな。そうだ、露天風呂といえば酒よりもコーヒー牛乳という手が。俺天才か。


って、気を抜けばラピスが近づこうとしてくる。こいつは俺の理性が今にも吹っ飛びそうな事を知らないのか?


「あまり近づくなよ」

「なぬー?」

「ダメなもんはダメだ。諦めろ」

「……せちがらい」


おい、どこで知ったそんな言葉。

娘の成長に驚きを禁じ得ない。


「さて、そろそろ上がるか。あんましずっといても逆上せやがる」

「おー」


既に夕飯も食べ終えた。後はぐっすり寝るだけ……おっと、忘れるところだった生徒会長。

これは小言を覚悟しないと、というか本当に泣いてないだろうか?

一応確認したが、まだスレは入ってないみたいだし。案外入らなくてもいいと思って——これはないな。だってあの人、仲間はずれとかされたら半泣きする人だし。


——これから露天風呂は日課にしようと決意して、俺は風呂から上がった。魚の三枚下ろしは得意じゃないが、不得意でもないが、今度刺身にしてここで食べたいところだ。


……すっかりタオルも完備されていて、昨日の自分を嘲笑いながら余裕しゃくしゃくに体を拭いた後、キングサイズのベッドへ寝転ぶ。自室の凄いところは、ボタン一つでまだ後何個かのベッドを呼び出せるんだよな。


ラピスはフカフカのベッドが気に入ったらしい。お行儀悪くお隣で飛び跳ねしている。そんな事したらホコリが舞いそうなもんだが、まあいいか。掃除だって自動だし。


さて、コールコール。


長いな


『……何だ副会長』

「あれあれー? どうしたんですか会長、涙声ですよ?」

『なっ……』


嘘だ。

全くの嘘。会長は隠すのが上手いからな。ただ、アドリブにはとことん弱い。

何故ばれたし、なんて小声で聞こえた。


『……何の用だ副会長』

「いえ、何で泣いてたのか知りたいだけですけど」

『そこぶり返してはダメだろ! せっかく流れたと思ったのにっ……

——コホンッ、何の用だ副会長。私はこれで忙しい身なんだが』

「だから何故泣いてたのか」

『君も大概しつこいな!?』


日頃のお返しだ。


「……まあ、本当はあれですよ、生徒会執行部スレに会長がこないものだから、霰——生徒会のみんなが寂しいらしくて」

『なあ、まさか霰だけなのか?』

「いえ、生徒会のみんなですけど」

『……お前は寂しいと思ったか?』

「全ぜ……ん、寂しいと思ってたです」

『……もういい』


あ、拗ねた。これは完全に拗ねた。ちょっと遊び過ぎただろうか?

反省も後悔もしてないけどな!


「冗談抜きにして、早く来てくださいね。みんな待ってますから」

『……だって、パスワードが分からな……いや——副会長、私ってそんなに怖いか?』

「怒ったらの話ですよ。普段の会長はとても優しくて聡明な方です」

『バカにされてる気がする……』


何でだよ。俺これで好感度上がると思ったのに。


「パスワードは、健太が面白半分でやっているだけですし。生徒会だけの秘密の暗号といったら、これくらいしか無かったんですよ」

『……うむ』


何とか納得してくれそうだ。これで会長もすぐにスレへ来るだろうと思い——それは突然届いた。

携帯型ディスプレイに、【お知らせ】が。


「なんか来ましたね会長」

『副会長のところもか……まずは中身を確認してみよう』


それもそうか。


—————

みんなも気づいている通り、赤く変化した……つまりダンジョンの主が殺されてしまった!

主のいなくなったダンジョンの玉座へ行き、プログラム起動と唱えよう。新しく君がダンジョンの主となれるぞ。拠点が増えるな!


元からのダンジョンとは別に、魔力を使っていないまっさらな状態で新しいダンジョンは強化できる。


さあ、誰よりも先にたどり着くのだ!

目指せ、ダンジョンマスター!


※占領したダンジョンは、紫で表示される。

※3日間主のいないダンジョンも、このルールに適応される。

—————


……何だこれ。

一見そのまんまだが、とんでもない事が書かれているぞ。いや本当に全く捻りも何もないが、これは危険。


『——副会長、緊急会議だ』


聞き慣れた凛々しい声が、聞くだけで安心しそうな美声が耳元でした。会長も気づいたらしい。


——ふぅー……どうやら、やっと生徒会のチャットにご登場みたいだな。


「了解です」

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