閑話 ロ、ロ、ロリランド!
◇◇◇◇◇
もうすぐ死ぬ。
そう、誰に言われるでもなく感じた。なんとなく分かるのだ。自分の意識が朦朧として、全てのことに興味を見出せなくなる。
ひどく憂鬱と言うわけではないし、とても楽しいはずもない。
ただ、無気力。今もそう。どこを歩いているのかすら分からない。本当に歩けているのか確認するのも、また億劫で。
「しっしっ! ったく、ガキはこれだから嫌いなんだ——ほら行けって! 邪魔だ邪魔だ。アタシの商売の邪魔だけはただじゃおかないよ!」
耳に飛び込んでくる言葉。
私に言ってるのかな。なら、ごめんなさいして、早くどこか行かなきゃ、迷惑をかけてるみたい。
それは、嫌かも……
ーーいつからこうだった?
最初からだ。最初から私は、こうだった。親もいない。赤ん坊の頃に捨てられたらしい。私の面倒を見たのは、今はもう名前すら忘れてしまったあの人。そもそも名前を教えてもらっていない。あの人は適当に私の世話をしてくれて、適当に最低限の生活は保証してくれて、そして……いつの間にかいなくなった。
私は、1人になった。
元々1人だったのかもしれない。あの人もただ、気まぐれといった感じだった。だから私は、最初から。最初から私は1人だったんだ。
そう思っても、流せる涙を私は持ち合わせていない。水も、3日前の雨が最後だったかも。食べ物なんて盗むしかまともな量は食べれないし、私はそれが出来ない。怖いから。盗みなんて出来ない。
だから私は、さっきも言った通り、こうしたどこかを歩いているのだ。
もうすぐ死ぬ。
ドチャリーー
ついに、歩くことすら許してくれないらしい。私は、硬い地面の上に這い蹲る。起き上がる力は残っていなかった。
「——おうおう、こんなところでなーにしてんだお嬢ちゃん?」
……
「ほらほら、1人でいると危ねえぜ? 怖〜いおじちゃんがいるかもしれねえんだぞ。俺みてえにな。
ギャハハハハッ!」
ふと、奴隷商人という言葉が浮かんだ。孤児狩りといって、私みたいな孤児を法や良心を無視して捕まえて、強制的に奴隷にする人間。
動かないと思っていた体が、私の心に合わせるよう、小さく小刻みに震えた。
「それにしてもベッピンだぜギャハハハ! よーしよし、俺が可愛がってやんから、なぁ? 安心して今は眠ってろよぉ。後でたーんとフカフカベッドに世話になるだろうからよ! 」
嫌……奴隷だけは、嫌。この人がそうでなくても、奴隷と同じ生活をさせるのなら同じ事だ。
私はせめて、人間として死にたい。
「ぃ……ゃぁ」
「おうおう、そんなに嬉しいのか良かった良かった。ギャハハハ! 色々と食べさせてやんぜ。美味しいもんをよぉ。
ギャハハハ、よーしよし、俺はついてるなぁ。今日もまた1人見つけられるとは、旦那も喜ぶに違いねぇ」
「……ゃぁ」
私の声は、届かないらしかった。
「おい旦那! 旦那!! 忍の旦那! ペッピンさんなお嬢ちゃんがいるぜ!」
しの……ぶ。もしかして私は、その人の奴隷になるのだろうか。
私はそれ以上意識を保てず、目の前が真っ暗になる。
このまま死んだほうが楽なのかもしれないと、そう思った。
「——馬鹿健太!名前で呼ぶなって言ったろ。このタコ! 何のための旦那呼びだ! それにそのキャラ、何がしたいか分からんが、お前明らかに間違っているぞ」
「えぇ? いやー、態度でけえ方が普通安心すんだろ?」
「意味分からん……まあいい。確かにこいつは可愛いなぁ。髪と服も綺麗にしたら見違えるに違いない。
そら、もう行くぞ。安静にして連れてこいよ。これで貸借りなしにしてやる」
「アイアイサー!」
〜〜〜〜〜
……んぅ。
何だろう……フワフワして……それで、それでやっぱりフカフカかな。頭の中で思い描いていたお空の上みたいに。
……死んじゃったのかな。
「——あれ?」
違う。多分、違う。
体を起こして、そう思う。体はポカポカしているし、これが死ぬって事とは到底思えない。
私はきっと、ベッドの上にいた。フカフカベッド。貴族が持っていそうな……それよりすごい、王様が持っていそうなベッドに。
「——お目覚めのようですね」
「っ……だ、だれ?」
「だれ、とはまた随分なご挨拶。まずは礼儀から教える必要がありそうですね」
「あぅ……その」気を悪くさせてしまったみたいだ。「ごめんなさい」ふんわりとベッドで不安定に揺れながら、頭を下げた。「本当に、ごめんなさい」
「……頭をお上げくださいませ。むしろ、上出来ですよ。いきなり殴りかかる阿呆もいるのですから、まだ貴女はその中でもマシ、という事でしょう」
よく分からないけど、恐る恐る顔を上げる。まだ幼い、もしかしたら私より小さいかもしれないツンととがった目が特徴の可愛い女の子が、私に向かって何かの実を差し出してきた。
「まずは、これをお食べ下さい。貴女は万全の体調とは言い難い。
これはイアンの実。体力を回復してくれます。少しの病気程度も治ります。味は酸味が強いですが、美味しいですよ」
「……えっと、私に? そんな、いいの? 高そうなもの。私、何も持ってないよ」
「いいのです。貴女からの見返りなど期待していませんから。
それともなんです。食べ方を知らないなどとは言いませんよね」
「そ、それくらいは出来ます」
ムッとしながら、一口で食べる。女の子の言う通り、とても美味しかった。私にはもったいない美味しさ。食べてて申し訳なくなる。こんな物を、食べれるなんて……
体の内側から元気が出た、と思う。
——ああ、死なない。
何だか不思議な事が起きている気がするけど、それくらいは分かった。
「どうです、まだ体の方に異常はありますか?」
「ううん、もう、大丈夫……だと思います。えっと、名前は……」
「ロザリーとお呼びください。お気軽にロザリー様、でも結構です」
「うんと……ありがとうございます、ロザリーちゃん」
「ロザリー、ちゃん……!」
ロザリーちゃんはショックを受けたみたいに顔を強張らせ、コホンと咳払いすると、また何事もなかったかのように鋭い雰囲気に戻る。
私はこの雰囲気を、何度か知っていた。貴族様だ。もっと言えば、貴族様の剣士とか、こんな感じだった気がする。
「ロザリーちゃん、聞いてもいいですか、この……だからその、私は何を?」
「何やら混乱しているようで、順を追って説明致しましょう。
まず、貴女は息も絶え絶えのところを、我がマスターに救われました。おっと、感謝せずともよろしいですよ。むしろ恩を感じるのはやめて下さい。私が恥ずかしいです」
ロザリーちゃんの言う事はよく分からない。でも、救われたという一言が、私の頭で繰り返される。
「私、救われたの?」
「まあ、結果的にそうなったという事です。この建物の中にさえいれば、衣食住は十分保証されます。それを分かってさえいれば面倒も起こさないと、私は確信していますよ……あー……」
「メリーって呼ばれてました」
「メリーさんですね、良い名かどうかは知りませんが、私は好きですよ短くて言い易い」
……褒められたのかな?
「ありがとう、ございます?」
「礼には及びません。
……さて、何か質問はありますか? 私はどうも理解力に乏しい相手の世話には慣れなくて、もちろん貴女がそうである事も知っていますよ、ええ。ですので、嫌々ながら教えてあげますから、何でもお聞きください」
「……私は、何をすればいいの?」
エッチな事はどうしても嫌だった。ムチで叩かれるというのも、嫌だった。その2つは、誰かから聞いた事がある。全部を詳しく教えてくれたわけじゃないけど、少なくともハッピーじゃない事は、理解した。
嫌々ばっかで私は悪い子だけど、本当に、嫌なんだ。
ロザリーはそんな私の心配を、鼻で笑う。
「貴女に一体、何が出来るというのです」
「えっ……」何もない事に気付いた。ロザリーに見つめられて、恥ずかしかった。「何にも、ない」
「そうでしょうとも。最初からそんな事は分かっていましたよ。
貴女は精々、黙って保護されておけばいいのです。ちゃんとベッドの上で寝て、1日3食を召し上がり、お湯の出るシャワーを浴びていればいいのです。
……ここでは勉強を教える事になっていますから、時期が来て、出て行きたいと思えば出ていけばいいのですよ」
……もうひとつ分かった。ロザリーちゃんの言葉はしんらつだけど、優しさがある。私の事を心配してくれていた。
こんなに小さいのに、私より全然偉い。
「……って、あれ? 私、毎日ご飯を食べれるの?」
「貴女、私の話の何を聞いていたのですか」
しょうがない。だってこんな、幸せな日なんて珍しいから。まるで夢みたいに。
「いたっ」ほっぺたをつねってみたけど、これは夢じゃない。正真正銘、本当の出来事だった。
「まったく……大丈夫そうですね。もしも貴女が望むのならば、この建物のご説明をしたいのですが。
つい来てくれますか?」
「あ、はい」
「いいでしょう」
ベッドから、おりる。もう1度あのフカフカベッドで眠れたらどれだけ良いだろうか。そんな事を思いながら、ロザリーちゃんについていった。
とっても凄そうなお家。
ロザリーちゃんのますたーは、きっと凄い貴族さんなんだ。
「まず、ご忠告をしときましょう」
「な、なんです?」
「無闇矢鱈と下の階に行ってはならないという事です。命が惜しければ、ここより下の階に行く事はおすすめできません」
「分かり、ました」
「……ではまず、アスレチック広場に行きましょう。マスターもそこらで発情ゴホンッ……皆様と戯れになっているでしょうから」
「皆様?」
それではまるで、私以外にもたくさんいるみたいな言い方。
「貴女以外にも、保護されているお方は……そうですね、約10人はいます」
「10人!?」
な、なんでそんな事をするんだろう。ご飯もくれて、ロザリーちゃんのマスターは一体何がしたいんだろう。目的は何?
「10人……」
少し怖くなった。
「何を考えているのか分かりませんが、心配ご無用とだけ言っておきましょう。
さ、つきました。マスターもいますよ」
ドアはなかった。不思議な部屋。だけどとても広くて、とても家の中とは思えない開放感がある。
子供達がたくさんいた。何かの塊で滑ったり、よじ登ったりして遊んでいる。どの子も笑顔をが溢れて、楽しそうだ。
……けれど、1番楽しそうなのは、あの男の人。誰よりも嬉しそうにしているあの人がきっと——
「あれこそが、このロリランド所有者にして、見境なしの変態ロリマスターでございます」
「ろ、ロリマスター……」
不思議とカッコイイ響きが……全然しなかった。でも、ロリランド。聞いた事はないけど、ここはそういう場所らしい。
「あ、お礼、しないと」
「よしなさい。変態に構う必要などありません。自分の身をもっと大事に」
「……ロザリーちゃん、あの人のことそんなに悪く言って、嫌いなんですか?」
「誰があんなイエスタッチの人間を好きになりますか」
「は、はぁ……?」
よく分からない。よく分からない。分からない分からない。
……でも、楽しそうだな。
ロリランド。そしてロリマスターの為に、私は出来ることをしたい。そう思った。
—完—
「そういえばマスターがクッキーを持ってきましたね」
「クッキーって、あのクッキー!?」
「そのクッキーより、恐らく上等でしょう。丁度いい。貴女の歓迎会という事で、みんなで食べましょうか」
——数分後。
ロリランドに、あちらこちらから悲鳴が響き渡ったとな。




