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異世界ダンジョンウォーズ  作者: watausagi
心の要は瓦解する
37/85

事実無根のホモ疑惑。

◇◇◇◇◇


ドッジボール大会が終わった後、次の日。俺たちはその時のチームのメンバーで、会長のダンジョンの私室に集まっていた。牢獄という階があり、そこには血塗れビッチもいるらしいが、会いたくない……というか会ったら殺意がわくかもしれないので意識しないでおこう。


◇◇◇◇◇



「……つまり、こう言いたいのか?」否定してほしいのか、ゆっくりと健太が言った。「願いを叶えたいが為に、生徒を皆殺しにするって、そう言いたいのか?」


健太は生徒会執行部の中で、1番まともだ。そして1番高校生らしい。だからというわけではないが、少々後先みずの行動をしたり、生徒会執行部の中で、1番思慮が浅いともいえる。


短所ではない。時と場合にもよるが、健太は生徒会執行部に必要だろう。


「そうじゃない。まあ、1人くらいはいるかもしれんな。健太の言う通り願い事を叶えたいが為に、生徒を皆殺しにしようとする人間は」

「んなっ……んなの、何かイヤだぜ」

「でもな、覚悟はしておいた方がいい。

今まで味方と思っていた奴も、その心の内にはどうしても叶えたい願いを持っていたかもしれないからな」

「……みんなは、大丈夫だよな?」



健太の疑い——ではなく、不安の視線を投げかけられ、みんなはそれを安心させるように、笑みを浮かべる。



「叶えたい願いなど、自分の力で叶えてこそだ」と会長。


「私の願いは、半分叶っているようなものですし」と霰。


「俺は、たとえそんな願いがあったとして、お前らに勝てるとは思わない」と忍。


「全国のトマト料理をたくさん……ん、何でもない何でもない」とココ。


「……」と妹。


最後は俺。「願いを叶える為に全員殺すなんて、おっかなくて考えられないさ」


——みんなから睨まれた。


ちょっと待って。


「お前らなんだその反応は。明らかに俺の前に言った2人くらいが怪しかっただろ」

「いや……なぁ」しどろもどろの忍が、苦笑いを浮かべなから。「例えば王人よ、地球にいた頃、100人を殺せば1億円手に入るとして、お前どうする?」


1億円。その単語は小学生的で面白いが、何だか失礼な事を言われている気がする。

そんなの


…………

………

……


100000000>100


単純明快じゃ〜ないか。


「俺が殺すと思ってんのか?」

「だから……よぉ」しどろもどろの忍が、苦笑いを浮かべながら。「殺すだろ?」

「オーケー、お前らの俺の認識を正す必要がどうもありそうだ。

妹よ、頼む」

「イエッサー」


俺の事を家族事情も含めてよく分かっているのは、妹だ。

それは、どうやら俺を好いている——うんにゃ、慕っている霰も例外ではないし、親友のココとて変わらない。


「まず、結論。兄はきっと……殺す」

「殺してんじゃねえか!?」


おいおい、だから健太は思慮が浅いんだ。人の話は最後まで聞け。


「殺すといってもそれは多分、大多数の者によって排除されろと思われている人間だけが対象。

例えば死刑囚だったり、指名手配犯だったり、ゴキブリ愛護団体とかだったり」

「……んぅ? いや、まあでも、それなら……って、やっぱダメだろ」

「おいおい、1億円だぞ?

たった100人、自分の中の罪悪感に蓋をして、頭に植えつけられた常識を一時的にでも引っこ抜きさえすれば、それだけで1億円が手に入るんだ。安いもんだろ」

「確かに1億円は凄いけどよぉ。美味い棒たこ焼き味が1000万本買えそうだけどよぉ。それでもやっぱり、殺すってのは無理だぜ」

「勘違いするなよ。その100人が、同じ学校の生徒だった場合は俺もしない。

結論、俺も殺せない、って訳だ。少なくとも、このメンバーだけは信じれるだろうから、安心しな」

「……だよな!」


ふぅー、やっぱり信頼って大事だよね。俺たちが疑心暗鬼になってもしょうがない。


ひと段落ついたところで、会長が話の本題へ戻す。つまり、これからどうするか、だ。


「もしも殺しを始める人間がいるとして、きっとそいつは強者だ。十中八九、自身の力に自信を持っている人間だ。

厄介極まりない。止めるにしても、始まってからは遅すぎるのだ」

「な、なんでだよ。そいつがいなくなりさえすればいい話……じゃないんだな。よし、会長説明頼む」

「ダンジョンの主を殺せば、そいつ自身が20ポイントの範囲内で手に入れたスキルを自分のものにできる事は知っているな?

つまり、殺しが始まっている時点で、そいつは単純に普通の2倍強い事になる。それだけで止める事は難しい。

既に死んでいる者はいるが……例えば、そいつを殺した学生がいるとするならば、用心しなければな」


死んでいる者、2人いるがその2人を殺した人間は、俺だ。だから用心というその事に関しては安心出来る。しかしココと妹以外のメンバーは、その事を知らない。ココすら俺が殺したのは1人だと思っているはず。


のだが……


「ん、どうした副会長。何か、言いたい事でもあるのか?」

「いえ? 特には」

「ふむ……まあ、ほどほどにな」


バレテーラ。少なくとも、会長には。

おかしいなぁ。俺は表情を顔に出さないよう出来る。ばれない嘘をつくなど簡単だ。


一体どうやって……


その答えは、すぐに分かった。会長がココの方をちらっと見る。


……そうか。俺からではなく、ココの反応で分かったんだな。俺が最低1人は殺していると。


「どうかしたんすか会長? 」

「……なんでもない。さて、これで殺した人間を止めるのは難しいと分かったな? これは先手の方が遥かに有利なのだ。

更に、例えばそいつを止めたとしよう。果たして殺さずに止める事は出来るのか?

難しいだろうな。全力でやらねば、こちらがやられる。必然的に止めるとすればそれは殺す事。しかし次に、そいつを止めた人間……言い換えれば、そいつを殺した人間が、今度は危なくなる」

「止めたのに? 俺なら良くやったって宴会でもするぜ。殺したってのがショックだろうしなぁ」

「ああ、みんながみんな、お前のように素直にそいつを労われるのならいいが、そうもいかない。

止めるのに殺したという事は、今度はそいつが普通よりも2倍強くなってしまったという事。しょうがなかったとはいえ、そうなってしまえば……

——いいか健太。暴力的な解決は、自分以外の生徒を全員殺す事なのだ」

「なっ……」


説明な面倒くさくなったのか、一気に結論を喋った会長。


その通りだ。殺されないためには、殺せばいい。俺だって出来るものなら、全員に隷属の首輪をつけるね。


「全員殺すって、そりゃないだろ!」

「それが事実なのだ。全く、面倒な制約を設けたものだよあの美人は。殺せば殺すほど、自分が殺される確率は減るのだからな。願いが叶う、などという奴の言葉は、最後のダメ押しだ。

……負の連鎖。これは、その類。もしかしたらもう、既に始まっているのかもしれん」


おや、今日は雨だったらしい。会長の部屋に作られた窓の外が水滴にまみれ、光に遅れ巨大な音がした。

……雷も鳴っているのか。

不吉だなぁ。雨に雷なんて、くそったれに最高のシチュエーションだぜ。


ーーパンッ


音が鳴った。もちろん、雷ではない。ココが両手を合わせた音だった。


「そういえばボク、今日はクッキーを作ってきたよ」

「う、うおー! さっすが小野木ちゃんだぜ! うん、俺の嫁になってほしい!」

「褒め言葉じゃないからね、それ」


健太をジト目で見ながら、ココは手乗りサイズの円形な物体を取り出すと、カチッという音と共にそれは大きな皿に変わった。ココのスキルで創ったのだろう。


その皿の上に、クッキーをばら撒く。色とりどりで、どれも美味しそう。


真っ先にいただきますと言い、クッキーへ手をつけたのは健太だった。真四角のそれを、一口で食べる。


「——っ、うんみゃぁぁ! 」


みんなもそれぞれ、クッキーを食べる。俺はもちろん、チョコ味を選んだ。


「あむっ——うん、やっぱ美味いな」

「そ、そうかな……ちょっと作りすぎちゃって、お代わりもまだまだあるよ」


その言葉に1番喜んだのは忍と健太。健太はパッパパッパ口へ放り込む。


「そりゃあいい! 俺はまだまだいけるぜ! 因みに、どれくらいあるんだ? こんなにうめえなら、全部食べてもいいんだけどよぉー!」

「1トンかな」

「なーんだ1トンかよ。あはははは! あはは! あは……は、は。

………いっとん?」

「うん、1トン」

「……な、なーんだ」


1トンか。ココは今回もやらかしたらしい。あいつ、地球にいた時も作りすぎる事なんてしょっちゅうだったからな。



「どうした健太、大人しくなったな。全部食べるんだろう?」

「……1トンね。1トン」

「ああっ、間違えちゃった。1トンもないよ。ごめん健太君」

「だ、だよな! 1トンな訳ないよな!」

「うん、あっても100キロくらい」

「……な、なーんだ」


100キロか。まあ、材料が無制限だから、作りすぎるなんて事も頻繁に起こるさ。


「どうした健太、まだ大人しいぞ。全部食べるんだろう。100キロ? おい100キロ。なんとか言えよ100キロ」

「……」

「そうだなぁ、100キロといえば少なく見積もっても、この皿の上が100個以上あるな」

「……」


健太はクッキーを1個1個、ゆっくりと食べる事にだけ専念しだした。

沈黙を破ったのは、忍。なんと、余ったクッキーを全部欲しいとの事。


「いいの忍君?」

「ああ、是非欲しい」

「あっ、なるほど……そゆ事」


健太が妙に納得したのが気になるが、まあいい。それよりも気になったのは、会長がだんまりしている事。

どうしたのか会長を見ると、頭を抑えていた。隣では霰が笑いを堪えている。


「どうしたんですか会長」

「こちらを見るな」

「……頭がどうかしたんですか?」

「こちらを見るな」


これは、いよいよおかしい。会長の顔はほんのりと赤い。

何かこうなる事が起きるとすれば原因は……クッキーだな。


「なあココ。このクッキー、何か仕掛けてあるのか?」

「よく分かったね王人。うん、その通り。この中には、幾つかスキルを応用したのも入ってあるよ。

例えば、口から火を吹いたりとか、食べようとしても食べれないのがあったりとか、でも安心して。時間が経てば全部元どおりにならから。

そうそう、獣耳が頭に生えるクッキーもあるよ」

「ほぉ!」


会長がビクリと反応した。霰が更に笑いを堪えようとしていた。

決まりだな。


「会長」

「っ……な、なんだね」

「なんだねって、緊張しすぎですよ。俺は世間話でもしようかと。例えば会長には、兎耳でも似合いそうかなぁなんて」

「馬鹿を言うな」

「ああ、狐耳もいいかも」

「っ……ば、馬鹿を言うな!」


分かりやすっ。会長は身振り手振りで俺に反論する。つまり、頭から手を離してしまった。


会長の頭についていたのは、まごう事なき狐耳だった。


「くふっ」


霰の堪えも、限界がくる。健太達もようやく異常に気づき、狐耳の生えた会長を見て興奮した。

会長はカアっと顔を赤くしてココを指差す。


「なんて物を作るんだ君は! 食べ物で遊ぶな。このっ、馬鹿者ー!」

「ご、ごめんなさい!」

「大丈夫ですよ会長。あ、安心してください。じゅ、十分似合ってますから」


霰はそんな事を言いながら、無謀にもクッキーを食べる。

2人目の被害者が出た。


「え、何ですか何ですか」霰の背がどんどんと小さくなる。ついに、ラピスと似たような背になった。「何ですかこれ!」


ブカブカになった服を、守るように体へ巻きつける霰。今度は会長が笑いを堪える番になった。


「ご、ごめんね霰ちゃん! 実は、僕も効果の分からないクッキー作っちゃったりしてるんだ。でもまさか、背が縮むなんて。

安心して。1時間だから!」

「背がちっちゃくなるなんて、私はどこのアリスですか!」


心なしか高くなった声を張り上げる霰は、狐耳の生えた会長によって膝の上へ乗せされた。


「まあまあ、良いではないか。可愛らしいぞ霰……プッ」

「うっ……か、会長もその耳、とってもお似合いですよ。食べちゃいたいくらい」

「なん……だと?」


最後、鼻血を出しながら呟いたのは健太である。そんな中、混沌になりつつあるクッキー騒動をおさめたのは、妹。


「……クッキーが妙に尖っているのが、いわくつき」

「ほ、ほんとう?」

「うん、多分絶対」


妹は星型のクッキーをパクリと食べる……何も起こらない。次に、星型から妙に角の生えたクッキーを取ると、カーブを描きながらそれは健太の口へ投げ込まれた。


「んぐっ!?」


ゴクリ。音を鳴らし、3人目の被害者が出る。健太は口から火を吹き出した。


「……ね?」


もがく健太を見て、みんなは反射的に、口を押さえたのだった。


——妙に尖ったクッキーも含めて、忍はクッキーを全て本当に持ち帰るらしい。


みんなの空気が和んで、また本題へ戻る。


「私たち生徒会執行部は、じゃないな。えーなんだったか……そう、生徒会連盟のする事は——」

「平和1番、だよな!」

「——ああ。その通りだ。

小野木 虎狐と副会長の妹はその限りではない。やはり、自分の命は大切にしないとな。殺しを止めるとなれば危険は必ずでる。最悪命を落とすかもしれん。

それに、確か小野木の場合、物を作るスキルだったか? ならば、そちらの方面を頑張ればいい。協力といっても適材適所だ。

……さて、何か疑問はあるか?

——ないな。ならば今日はもう解散。みんな、くれぐれも気をつけてくれ。何かあったら、すぐに連絡をするんだぞ」


こうして、オフ会……じゃなかった。第1回生徒会連盟会議は終了した。みんながみんな、その胸にそれぞれの想いを強めて……


——風紀会長としゃかりきボーイが襲われたと聞いたのは、次の日の事。


この時すでに、ヒビが入っていたのだ。確実に、音をたてて、いずれはどこもかしこも……崩れ落ちる。


◇◇◇◇◇


私の部下、柊 誠は優秀そのものだ。言われた事を何でもこなす、私が最も信頼している人間。

偶にやり過ぎる事もあるが、そんなところも可愛らしい。そう思える。


何故かあの犬 王人と仲がいい気がする……なぜだろう、本人に聞くと首を捻じ切る勢いで否定していた。照れ隠し?


……そんな副風紀委員である誠は、昨日もまたやり過ぎた。だから私は今、誠のダンジョンに来ている。


「委員長、それは俺がっ……」

「ほらほら、動かないの。誠、あんた昨日のドッジボール大会でスキルを使いすぎたのよ。分かるでしょ?」

「ですがっ……!」


痛みで顔をしかめる誠。こんなに表情へ出すという事は、それほどという痛みなのだ。普段はそれすらも隠して無理をするのだから。


……ほっとけない弟。部下というよりも、そちらの方がしっくりくる。


「ちゃんとベッドで横になってなさい。ほら、これは命令よ」

「……」

「そんな顔をしてもダメ。貴方のスキル、確か【フィジカルブレイク】だったかしら?

ようやく意味が分かったわ。そのスキル、リスクがあったのね。ちゃんと全部言いなさい。ほら、これも命令」

「……委員長の言う通りです。自分のスピードとパワーを5倍に出来る代わりに、昨日のように使いすぎるとっ……今日、みたいに、全身が痛みで動けなくなります」


なるほど。つまり、それを分かった上で昨日の誠は、あんなにスキルを使った……全く、【身体を壊す】なんて、こんなにピッタシのスキルはないわね。本人そのものだわ。


本当に……ほっとけない。


「今度から無理しちゃダメよ。分かってるの誠? 結局は今日、こうしてみんなに迷惑をかけているんだから。

はっきり言って、軽く失望したわ」

「……やはり委員長は、優しいです」

「な、なんでそうなるのよ。馬鹿を言う暇があったら早く体を治す事ね!」

「……はっ」


誠は体を横にした。これで私も、少し安心できるようになった。

……私も誠も喋らないので、この私室には誠と私しかいない静かな空間になる。学校の風紀室ではこうなる事が多かった……私の1番、落ち着く時間だ。あとは紙を走るペンと、時計の針の一定した音があれば最高なのに。あいにくと紙に書き連ねる言葉はないし、時計もここにはない。


——しばらくして、この私室に、私と誠以外の人間が入ってきた。


月島 杏。誠と同じ2年生だ。


「はいはーい、おかゆ出来上がりましたよ委員長〜」

「ありがとう杏」

「いえいえ、私これでも、おかゆはお婆ちゃんからお墨付きをもらってますから。

で、誠は……起きてるみたいね。ほら、おかゆ作ってきてあげたわよ」


杏と誠は幼馴染。幼馴染と聞けば十中八九恋愛関係で何かあると私は思っていたのに、この2人にはそれが全くない。

杏は杏で普通に恋多き女性だし、誠は誠で恋愛どころかそっち方面の話は一切耳に入らない。もしや、と思っている。もしやあの犬 王人と……つまり、誠は同性に興味があるのかと……人の趣味を否定するつもりはないけど、もしもそうなら犬 王人だけはやめてほしい。けれどその気持ちが本気なら、陰ながら応援。そう私は誓っている。



「杏、もう少し声量を抑えてくれると嬉しい。お前の声は、耳に響く。

というか何故おかゆなのだ。俺は別に体調が悪いわけじゃないのだぞ。

まあ、迷惑をかけてしまってすまないと思っている。おかゆも礼を言おう」

「あーストップストップ。今の内容、半分くらいしか理解できなかった。

いつもの事だけど、あんたはもうちょっとゆっくり喋った方がいいわよ」

「むっ、すまん」


……例え恋仲でなくとも、2人の関係は友達以上だ。見ていて微笑ましい。私の幼馴染なんて……あんな、あんなお馬鹿なんだもの。


拳銃を手にした強盗に嬉々として立ち向かいそうなくらいお馬鹿。やると決めたら、何があっても止まらないくらいお馬鹿。


思い出すとため息が出てきたわ。


「杏はいいわね、誠みたいな幼馴染がいて。羨ましいわ」

「あれ、そんな事言っちゃいます?

良かったわね誠」

「なっ!? お、俺は別に…………そのおかゆ! くれるならさっさと渡してくれ! 確かに腹が減っていっ……つ」

「ん〜? 話をそらしちゃって。しかもその体、1人で食べるのは無理そうね。

そうだ委員長、こいつに食べさせてやってくれます?」

「それもそうね」


腕すらろくに動かせないんだったら、ご飯ひとつ食べるのもそりゃあ無理な話だわ。


「な、委員長が!?」

「嫌だったかしら?」

「い、いえ! 嫌ではないです! 嫌なはず、ないで……す」

「なら問題ないわね。杏、それを貸してくれる——ありがと。

ほら誠、口を開けなさい」

「……不甲斐ない」


おかゆを一口、木製のスプーンですくって、熱すぎないよう息を吹いて冷ます。

誠はぎこちなくそれを食べると、おかゆはまだ熱かったのか、顔を赤らめた。そして、目を見開く。


「っ……これ、美味い。本当にお前が作ったのか杏?」

「だから言ったでしょ〜。私は、おかゆだけお墨付きをもらってるって」

「そう、だったな……それにしても美味い。俺が食べた中で1番の美味さだ」


……こんなに誠が褒めるなんて、よっぽどの美味しさって事みたいね。

誠には悪いけど、私も一口おかゆを食べてみた。


「なぁっ!?」

「本当! 美味しいわ杏」

「……あ、あはは」

「どうかしたの杏?」

「いえー、その、なんと言いますか、我が幼馴染もこと恋愛に関しては厳しそうだなあと思いまして」


なるほど、杏も同じ意見らしい。男と男というのは、常識的に受け入れがたいものね。


「かん、かんせっ、かんせつぅ……き、きき、きす」

「どうしたの誠? ……ああ、ごめんなさい。手を止めてたわね。ほら、そんなに急かさなくてもあげるから」

「同じっ……すすすぷーん……不肖誠、いただきます!」


おかしいわね……今度は熱くないよう念入りに冷ましたはずなのに、さっきよりも誠は顔を赤くした。


——しばらく、おかゆの中身がもう少しで無くなるというところで、誠は何かを聞きたげに私を見つめてくる。


「どうしたの誠?」

「……手慣れてると思いまして」

「手慣れてるって、この事?」

「……はい。もしやとは思いますが、まさかあの犬 王人にもこのような事をしたのではないかと思いまして」


……ああ、そういう事。これはいよいよ、誠の趣味に確信したわ。

犬 王人を私に取られたくないという嫉妬をしてるわけね。


「安心してちょうだい誠。もちろんこんな事、あいつとはしてないから」

「そうですか……っ!」


体の痛みではない。もっと別の何かで、急に誠が驚愕した。どこか虚空……違う。あれは、ディスプレイを見ている。


「どうしたの?」

「……侵入者です。しかも手練れ。どんどん罠を無効化してきます」


ディスプレイを可視化して、誠は私と杏に見せてきた。

画面内では真っ黒の服を身に纏い、顔すら見せない人間? が、確かに全ての罠を、不思議な黒い靄で無効化していった。


「どうする誠?」

「ちょっと待ってください。このまま行けばこいつ、張り紙を見ます」

「張り紙、ですって?」


ディスプレイをよーく見てみる。侵入者は行き止まり。その壁には、いわれてみれば白い四角の物がある。


「なんて書いてあるの?」

「顔を見せろ。さすれば道は開かれん、と。もちろんただの壁ですがね。

ここでこいつが——」


侵入者は、何もせずに来た道を引き返していった。


「——顔を見せなかった! ビンゴ。

こいつが俺たち同じ生徒である可能性が増えたという事です。普通、顔を見せるくらいどうって事ないですからね」

「こいつが行き止まりだと知ってたら?」

「だから、あくまでも可能性です。ですが俺たちはこいつを、どちらにせよ警戒しなければなりません。

学生であろうとなかろうと、こうしてトラップをことごとく無効化する能力。なんとかしなければ……つぅ」


起き上がろうとした誠は、それすらも出来ずに横たわる。


「くそっ」

「……誠、あとどれくらいでそいつはここまでくる?」

「希望的観測だと、5分です」

「分かったわ。私のダンジョンへ一旦逃げましょう。杏、行くわよ。手を貸してちょうだい」

「了解です!」


いざ行こうとしたその時、止めたのは誠自身だった。私の手を掴み、離さない。


「いけません、委員長。ワープゲートでは、ダンジョンの居場所を言わなければならない。もしも敵に知られてしまったら!」

「なら、早く行かないとね」


有無を言わさず連れて行く。手を掴むのに精一杯の誠を連れて行くくらい、何て事はなかった。


ドアを開けて、ほんの1階だけ上に行く。そう、たったそれだけ。


しかし敵は、私たちが想像していたよりも手強かった。


「——い、委員長! 誠! 大変です後ろ!」

「嘘っ、早い!」


影ではない。真っ黒の靄が、階段の下から迫ってきた。同時に侵入者も現れる。


「急ぐわよ杏!」

「はい!」


といっても人を運ぶというのは思いの外難しくて、一歩一歩がもどかしい。


けど、何もしていなかったわけじゃない。侵入者は私室のドアの前。さっきまで私達がいたそこまで来る。


スキル【魔糸】


さながら網のように張ってもらわせた。これで少しは時間稼ぎを……と、やはり侵入者は手強かった。黒い靄が糸を飲み込んだかと思うと、そこには何もなかったかのように侵入者は余裕綽々と私たちのところへ向かってくる。


「だったら私の!」


触った部分の摩擦を減らすスキルを、杏は階段に使っていた。侵入者は足を滑らせ壁に手をつく。


「どんなもんよ! ……って、また〜!?」


黒い靄が次は階段を覆い出す。そして、やはり何事もなかったかのように、侵入者は足を滑らすこともなく階段を登ってきた。


「……俺を、俺をおいてください委員長。ここは俺がっ」

「馬鹿言わないでって言ってるでしょ! こういう時にそういうのは、迷惑なの!

喋る暇があったら足を動かすのよ!」


……でも、確かにこのままでは追いつかれてしまう。だったら私が足止めを。


だけど、その必要はなくなった。侵入者を見下ろすと、急にバランスを崩して前のめりになる。

私も杏も誠も、見た。侵入者の足から飛び出す白い虫を。


「——下が騒がしいから来てみれば、何ですかこれは?

まあ一言いわせてもらえば、そう簡単に壁に手をつけちゃダメでしょってことだよそこの君。蟲がいるかもしれないだろ?」

「……」


侵入者は何も言わず、じっと立ち止まる。そして——


◇◇◇◇◇


「帰っていった?」

『ええそうよ。足も片方は使えず、まともな相手が3人。多分敵も、数の不利を分かったんじゃないかしら』


そりゃあ……ねえ。どうやら敵にはスキルを無効化する力を持っているらしいが、俺だって3人も同時に戦えと言われれば一目散に逃げる。


「……って、どうして俺にそれを? 貴方の嫌う犬 王人である、この俺に?」

『べ、 別に嫌ってなんかいないわよ!

それと、貴方に言ったのは、貴方のお友達である小野木君に関係があるの。

誠がね、見たっていうのよ。小野木君をダンジョンの外で。つまり近くのダンジョンにいるかもしれないってことよね。もしそうだとしたら、誠のダンジョンが襲われた以上、そっちも襲われる危険性があるということよ』

「それは……確かに。ご忠告ありがとうごさまいます」


何やってるんだよココ。迂闊に外へ出るなと言わなかったか……


『それじゃあ私はやる事があるからこれで——と、そうだ。ねえ、貴方って同性に興味はあるかしら?』

「……はあ?」

『ほら、小野木君と親しげでしょ?』


だからって、俺が? つまり性的な目で同性を見ていると?


「正直理解不能の質問です。ちょっと同性と親しげだからってそんな事思うのは、腐った女子の考え方ですよ。

もしかして親友いないんですか?」

『ううん、そういう事じゃなくて、ただ……私の弟の恋路は、いろいろと大変そうだと思っただけよ。

変な質問してごめんなさい。じゃあ、精々大人しくしててよね』


最後にそう言って、コールは切れた。


「なんだったんだ一体?」


しかし……黒い靄か。まずココ、それと会長に報告だな。


——あれ、風紀委員長に弟なんていたっけ?

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