ドッジボールとは、凶器である。みんな殺る気はいいですか?
◇◇◇◇◇
《はいはーい、ドッジボール大会はトーナメント戦。今回は思ったよりも入場チームが少なかったかなー? でもまあ、丁度8チームが参加。AパートからHパートに分かれて対戦。
まずはAパート! 最初のチームはこちら……》
◇◇◇◇◇
俺たち生徒会執行部のチームはEパート。ひとまずは様子見ってところだな。だがしかし、そういうのは面倒くさい。戦力分析なんかは会長や霰に任せるとして、俺と同様そういうのに慣れない忍と一緒に、VRDG内を探索していた。
ここは広くて、まだまだ制覇しきれていない。半分もいってれば上々ってところだ。
「おっ、面白いもんがあるぞ王人。射撃か……どうだ、やるか?」
「そうだな、やるだけやってみるか」
VRDGには、救済処置としてタダで出来るゲームがある。儲けは少ない代わりに、タダで出来るのだ。
もしもこの仮想空間をエンジョイしたければ、まずはこういうゲームから始めるしかない。そんなのまどろっこしいとか言う奴は、ダンジョンポイントをバーチャルポイントに換算してから元手を増やし、一発逆転を狙えばいい。破産しても自己責任だがな。
今、忍がやろうとしているのは、射撃。ガンシューティング。下級、中級、上級の3つがあり、そのどれもが時間内に標的を打ち込む仕様になっている。
「上級者はこちら、エス、アンドダブリュー…… M500……? 知ってるか王人?」
「いや知らない。というか、異世界特有の銃かもしれないだろ。地球にあるとして、全く同じとも言い切れない」
「それもそうだな。んじゃ、一番下の初級者のこれやるか」
忍が手にしたのは33口径の拳銃。トカなんちゃらとか呼ばれている。正直拳銃よりもレールガンやファンネル的なものが好みな俺としては、興味が湧かない。
撃つ時の構え方は、ご丁寧に映像として流れている。どうやら忍は、「アイソセレススタンス」というのをするらしい。
まずは肩幅程度に足を開き、膝を少しだけ折り曲げて上半身を前方に寄せ、前傾姿勢を取る。
直立のままでは、反動でバランスを崩してしまったり手首に余計な負担をかけてしまうので、下半身も上手く使う。
次は、その状態から両手を突き出すようにまっすぐ伸ばし、銃を構えた。銃は顔の正面にくるように心がける。
「ふぅー……」
忍もまさか地球で実弾を撃った時の経験があるはずもなく、目に見えて緊張している。しかしまあ、忍は肝の据わった奴だ。……元ヤンだしな。
——忍はボタンを押した。始まりだ。
バンーーッ!!
徒競走でよく聞いていたピストルの音より幾らか重く大きな音がした。
しかし、標的は外れたらしい。もしも当たっていればエフェクトを撒き散らしながら散る筈だから。
「うっ……」
「大丈夫か?」
「……ああ、思ってたよりも反動はなかったな。これなら次はいける」
1度やって覚えた忍は、慣れた動きでアイソセレススタンスを再現。今度は鷹のような目つきで標的を狙いい……バンーーッ!! 1回目とは違って体を後ろに引くこともなく、次の標的に……バンーーッ!!
なんと、2回連続で標的を破壊。標的の大きさは人間の頭程度、距離は20メートルも離れているから、初心者にしてこれは上出来だろう。飲み込みが早い。
「これ、面白いぞ。王人もやってみろよ」
「んー、自身ないな」
とは言っても、1回くらいやりたい。バーチャルポイントが20増えた忍を見て、俺も同じくらいはと頑張ってみる。
《王人の身体能力なら、変に構えなくても良いですよ。自分の撃ちたいように撃てばそれがベストです》
(へぇ、まあやってみるか)
足を肩幅に開く。ただ、標的を俺の右側に来るよう、体を90度左に。標的から見た俺は、右半分しか見えないという事だ。
これが正しいのかは分からない。ただ、異世界知識さんが大丈夫と言ったのだ。変に逆立ちなどしない限り問題はないと信じたい。
——近くにあるボタンを押してすぐに、近くの標的を狙う。
バンーーッ!! ……外したが、確かにいける。撃った直後の軽い反動を抵抗せずに受け流せば、なるほど……次こそは。
バンーーッ!!
バンーーッ!!
残り時間は5秒。俺の壊した標的は2個。最後の距離30メートルの標的を見る。
「……死ね」
あれを、敵だと認識した。例えば人質を取られて、1発で脳天に撃ち込まなければいけないと仮定した。
……外せるわけがない。
殺さなきゃ、後悔する……!
バンーーッ!!
『テッテレ〜、3人やっつけたぞ、やったね。これで君もヒーローだ』
俺が手にしたバーチャルポイントは40。ま、こんなとこだろう。むしろ褒められても良いくらいだ。
最高記録には10体と表示されている。どこにでも、何かしら出来る人間というのはいるらしいな。
「王人は3体か。悔しいな」
「運が良かったんだよ」
本当にそうだ。さっきの記録をもう1度出せと言われても、2個止まりかもしれない。
だが、こういう謙遜とも取れる言葉を肯定されるのはムカつく。それが第三者からの言葉なら、尚更。
「——その通りだ」
聞いた事のある声がした。俺が学校で嫌いなのはうるさいだけの教師。それとうるさいだけの男と女。それと、こいつ……副風紀委員長。
俺と忍は顔をしかめながら、声のする方を向いた。
「久し振りだな犬 王人。そんな下手くそな撃ち方を見せないでもらいたい。俺の腕前まで落ちたらどうする?」
「……なんだよ。嫌味を言いに来ただけか? ご苦労なこった」
「ふんっ、偶々見つけただけだ。何やら巨大なゴミがある、とな」
これだ。こいつは俺を嫌っている、もっと言えば憎んでいる。
それ自体を俺は気にしない。好かれるような性格はしてないと思っているし、憎まれるような事もしてきた……かもしれない。だがこいつの場合、話が違ってくる。
風紀委員長が何かと俺に構うせいで、副であるこいつはそれが気にくわないらしく、何かと突っかかってくるのだ。突っかかってくるのだ。そう、突っかかってくるのだ。
行動に移すなよ馬鹿、と。嫌いなら構うなよ、と。俺の声を聞いただけでレモンを丸かじりしたような顔をするなら、なるべく近づかないよう努力しろ……と、だから副風紀委員長は嫌いだ。
「はぁ……面倒くさい事になったぜ。
えーと副風紀委員長さん? 俺と王人はこの通り暇で暇で仕方なくゲームして遊んでんだ。暇で暇だからあんたと喋る時間も惜しい。暇で暇だからどっか行ってくれると助かるんだよ」
「ちっ、野蛮人めがずに乗るなよ」
「えぇー……」
副風紀委員長は、俺だけではなく生徒会執行部も嫌ってある。俺ほどではないにせよ、愛しの風紀委員長に苦労をかけてる生徒会執行部は滅すべき敵、ってわけだ。
実際に、客観的に見て正しいのは副風紀委員長だろう。普段のこいつは礼儀正しく常識もあるまともな人間だし、俺たちと接するときだけ口も悪くなるわ攻撃的になるわだけど、さっきの忍にしても明らかに挑発してたし、そうだな……犬猿の仲、ってところか。
「あっ、こんな所にいたわね誠!」
どうやら、余計ややこしい事になったらしい。風紀委員長のご対面だ。
まあ風紀委員長は、俺たちを見る目がやんちゃな弟を咎める姉って雰囲気だからまだいいが。
「もう探したわよ。急にいなくなるんだから……って、犬 王人! それに大島 忍! 2人揃って何を企んでるの!!」
「企んでねーよ!? なんで俺と王人がいつも何か企んでるみたいに言うんだっ……い、言うんですか風紀委員長。せめて俺は巻き込まれてる側でしょう」
「なに逃げようとしてんだよ。それこそ俺は平和主義だろうが」
おい、変な目で見るな。変な事は言ってないだろう。
「俺たちはただ、楽しんでただけです。とりあえず邪魔しないでくれると助かります」
忍の言葉に、風紀委員長が顔をしかめる。副風紀委員長は顔を歪める。お前なに風紀委員長に気安く口聞いてんだ、ってところだろう。
「……分かったわ」風紀委員長は全然わかってない表情をしながら。「今日は引きましょう。ほら、行くわよ誠」
「はっ!」
風紀委員長といる時だけで、尻尾を振る犬みたいになる副風紀委員長は、にこやかな顔をして立ち去る——直前、再度俺たちの方に向き直る。
そして、銃を取る。ボタンを押してバーーッーーッン。
休みなしの早撃ちだった為、1つの大きな音に聞こえた。最終的に記録は8体。ポイントが100以上増えたはずだ。
俺たち2人分のそれよりも大きく上回る結果に、副風紀委員長は余裕な表情でこちらを見た。
「俺たちはGパートだ。お前らは確かEパートだったな?
たった1回だ。たった1回勝つだけでいい。それくらいお前達でも出来るだろう。
いいな? 勝てよ。そうすれば次の戦い、俺たちが完膚なきまでに叩きのめしてやる。
……手加減はしないからな」
今度こそ副風紀委員長は振り返らなかった。風紀委員長の一歩後ろを進む。
俺と忍は、気怠げな表情をしていたと思う。何でってそりゃあ、面倒くさい。
「なあ王人……あれってよ、向こうが大概別のチームに負けるパターンだよな」
「なるほど、今のはフラグだったのか」
「……負けてくんねぇかな」
「無理だろうな」
なんだかんだ言って、向こうは優秀だし。
なんか熱血ものになってきたと思っていたら、会長からコールされた。そろそろ出番との事。
……全てを投げ出して、ダンジョン戻ってラピスといたいよ。
◇◇◇◇◇
ダンジョンWの3にて
「もしもしそこのお方」
「む、私ですか? 確かあなたは不思議さん。何か用でも?」
「私はちょっと考えた。この子——」「むうっ、ラピス」「——ラピスとオオトは、ちょっと危ないんじゃないかと。それはもう、イロイロと危ないんじゃないかと。私は期待、ゴボンッ……警戒している」
「あ、危ない……やはり不思議さんもそう思うですか。
メイド服好きかと思ってたのですが、オオトは私に1度も手を出さない……メイド服ではなかったのですよ。オオトは、正真正銘ラピスの事を見ているのです。
私も最近、このままでは超えてはならない線を越えるのではないかと危惧してるです」
「ふっふっふ、オトーさん、ラピスの事愛してるから、当然」
「やはりですか……むう、私は口を挟む立場にはいないと分かってるですが、それでも娘と父の禁断の関係というのは、どうかと思うです。
メイドと王子なら全然良いですけど。
父と娘はダメです。
メイドと王子ならそれはもう推奨するくらい全然良いですけど。
父と娘はダメです。ダメったらダメです」
語るに落ちてるとはこの事か。
「……私は?」
「ふ、不思議さんもですか!? だ、ダメですよダメ。全然ダメです」
「どうして。私は王人、好きだよ?」
もちろん、冗談だ。
からかっているにすぎない。
「す、好きっ」
「うん、とっても。だからいいよね。私はオオトの娘ではないから、ラブラブオッケー。キスも深いのオッケー。あんな事もこんな事も、オッケー?」
「だ、ダメに決まってるですよ!」
狩人殿と不思議ちゃんが上の方で恋の論争を繰り広げる。
ラピスは1人、余裕に微笑んだ。
これが、正妻の在り方である。
◇◇◇◇◇
《続いては! 7人で構成された奇人変人の集う生徒会執行部チームだよ!》
失礼な紹介文を浴びながら、俺たちはコートに入る。周りにはギャラリーがたくさん。手を滑らせて当ててしまおうかと思ったが、そこは異世界、不可視のバリアがあるらしい。便利なこった。
《そしてFパートの1年5組チーム! みんな仲良しさんだねー。相手が相手だから、応援してるよ!》
美人さんは明らかに贔屓しながら、いつもより陽気な声を出している。つまり演技……女って怖いな。ギャラリーには俺たちの応援というより、半分は美人さん目当てだ。
……向こうのコートからやってきた女7人と男1人という驚異のハーレム率。なんの集まりって、チーム通り1年5組なんだろう。
本当のハーレムはAパートのサッカー部主将が率いる集団だ。数だけでいうなら、異世界で今のところ1番戦力が集っているのそのチーム。全ての女性がサッカー部主将に恋しているという気持ち悪い話。ここにハク君を投入したらどれだけ面白い事か、サッカー部主将の寝取られ祭りだぜ。
——コホンッ、見た感じ向こうのチームに凄そうな人間がいない。いかにも学生って感じだ。俺らみたいな方が異端といえばそれまでだが、これはもしかしたら1回戦勝てるかもしれないと、外野に出ながらそう思った。
《先攻はじゃかじゃかじゃかじゃか〜……じゃじゃん! 生徒会執行部チーム!》
何処からともなくボールが現れる。我先にと健太が奪うようにしてそれを掴んだ。
ボールが出た瞬間もう始まりだ。少しだけ空気が変わる。
「ヒャッヒャッヒャ! ほーれほーれ、誰から外野送りにしてやろうかのぉ?
まずは……お前か!」
「イヤッ」
「なら、お前か!」
「うぅ……」
「と見せかけてお前かぁあ!」
「こ、怖いよぉ」
「ヒャッヒャー! そうだ怯えろ怯えろ。
ハーレムだとかふざけやがって。滅茶苦茶にしてやらグフッッ!?」
健太は隣にいる忍から腹を殴られた。もしや生徒会執行部の印象が悪いのって、健太のせいじゃないんだろうか?
「さっさとやれ」
「わ、わーったよ。さてと、それじゃあ……正真正銘の一球。
健太選手——投げたぁぁあ!!」
中々に素早いボールは、一直線に相手チームの唯一の男性である人間へと襲いかかる。
まあハーレムの恨み的な感じで分かってたよ。というより健太が女にボールを当てられるか分からない。
……男は運動神経もそこまで良いようには見えないし、これは早速外野送りか……と、ここで思わぬ事態が起きた。
男の隣いた女が、男を突き飛ばす。当然ボールは男ではなく、その女の右肩に直撃した。
「くっ……」
「なっ、お前なんで」
男も女の行動に驚いているのか、信じられないと首を横に振っている。
そんな男を見て女は、苦笑しながら言った。
「私たちは、仲間だろ?」
「っ……」
「悪いな。体が勝手に動いてしまったんだ。許してくれ」
恥ずかしげもなく言い切ると、女は外野に向かう。男は俯いていた顔をやがて上げ、女を止めた。
「待てよ」
女は1度止まる。
俺はてっきりお礼でもいうかと思ったが、男の口から出た言葉はどちらかといえば真逆のものだった。
「助けなんていらないんだよ。今度から余計な真似するな」
「そうか、悪いな」
男の不躾な言葉に気にしたようでもなく、女は笑みを浮かべて外野に再び向かった。男はそれが気にくわないのか、下唇を噛む。と、ここで足元にさっきのボールがある事に気付いた。
男はゆっくりとそれを拾い、片手で力一杯握りしめた。
「おおっ、何してんだ早く来いよ!」
健太がさっきからイチャイチャを見せられて不満が溜まり、あからさまに挑発する。男は不気味な笑みを浮かべて、ボールを構えた。
——何か使うな。
スキルだ。スキルを使う。
「健太……先輩だっけか。俺は1年で貴方は2年、ですよね。いやぁ少しくらいハンデがほしい。
例えばそう、このボールを避けないと。俺が貴方の胸めがけて投げる代わりに、そう誓ってくれませんか?」
「あん? 避けるだって……んな事しねえよ。いいぜ1年坊主。絶対に受け止めてやる」
健太はほいほい誘いに乗り、男がボールを投げる。健太ほどもないスピードのそれは、なんの驚異でもない。そう思った健太が鼻で笑ってそれを掴もうとし……ギュンッとその手を避けて、ボールは健太にぶつかった。
隣の忍も動けず、ボールは床に着いた。
「な、なな、なななにぃぃ!? ボールが、ボールが急に軌道を変えたぞ!!」
やはり、スキルを使った。
「ほら、何してるんですか健太先輩。外野行かないと、ねぇ?」
「いやっ……おか、おかしいだろ!? 曲がったぞ今! グインと!」
「スキルを使わせてもらいましたが、何か?」
「何か? じゃねえって! 胸だろ!? 曲がったんだぞ!? 足に当たったじゃん! 」
「はぁ……? あのー美人さん、でしたっけ。胸以外に当ててはいけないなんてルールはありましたか?」
ルールが適当だから、こういった事はリアルタイムで美人さんに聞ける。もっとも、今回ばかりは聞かなくても分かるけどな。
《もちろん、ないよ?》
美人さんの言葉に、男は笑う。さっきと同じ、三日月の形をした笑みだ。
「ほら、ないみたいですよ?」
「ち……ちげえよ! そういった事言ってんじゃねえ。お前、俺の胸めがけて投げるって、そう言っただろ!」
「俺そんな事言いましたか? すいません、じゃあ言い間違えました。本当は胸を借りると言いたかったんですよ。
というか、例えそうでなくとも、あんな口約束破っても咎められませんよ。現に俺の言葉を信じたのは健太先輩、貴方1人だけですし。隣の人なんて、健太先輩に呆れて動く事を忘れてましたから」
健太は隣の人、忍を見る。
「……マジ?」
「ったく、馬鹿正直に受けるなんて思いもしなかったわ。あれだけ自信満々だったから、てっきり策があると思ったんだよ」
「……すんまそん」
ここで、全面的に健太は負けを認める。さっきまでの威勢はどこへいったのか、トボトボと俺のところへ来た。
「なにやってんだバカ」
「面目無いぜ……しっかし、引っかかる」
「何がだ?」
「……いや、きっと気のせいだろ」
煮え切らない態度の健太はひとまず置いておく。さっきの言い合いでゴチャゴチャになったが、健太がヘマしたせいでまた男にボールがわたっていた。
厄介だな。どんなスキルが分からないまま奴のボールをくらうのは悪手。避けるにしても、そう簡単にはいかないだろう。
——ここでまた、男はある作戦を思いついたようだ。
「葵、いまだ!」
男がボールを投げる。急な声で、慌てて忍が後ろを振り向き……そこには、外野で葵と呼ばれた女性がキョトンとしていた。
まだ、ボールはこない。
「まさかっ……」忍が声をあげた。
そのまさか。ボールは男が投げた後、ひとりでに元の場所に戻ってきた。後ろを見ていた忍は気付くのに遅れて、分かった時にはもうボールがほとんど目の前に迫っている。
「くそっ!」
忍が手を伸ばす。使おうとしているスキルは、スキル半減。何かしらのスキルがボールに加えられているのなら、と考えたのだろう。
それは正しくない。今回のボールにスキルはかけられていなかったのだ。
……元凶は消えていない。
忍はそのままボール止めようとして、何かに気づく。ギュルギュルとボールの回転が止まらないのだ。これは、スキルでもなんでもない。
「う、うぉぉっ!?」
バチン、と忍は弾かれた。今度もまたボールは転がり、相手チームの男の方に戻る。
……忍、アウト。
「なっ!? ま、まさかあいつは……」
急に、隣の健太が騒ぎ出す。口ぶりからして、男の正体が分かったらしい。
「知ってるのか健太?」
「……ああ、思い出したぜ。中学の時のクラスマッチのドッジボール、1年でとんでもねえ卑怯な奴がいたと聞いた。俺も実際に戦ったよ。するとどうだ、あの手この手でこちらを欺き、本人自身もドッジボールの達人だときたもんだ。
見たかよあのボールの動き! あれを達人と呼ばずしてなんという。あまりの回転に皮膚をえぐった事のあると噂だ。
そしてあの態度! 助けてくれた女に対しての扱い。俺に平気で嘘をつく豪胆さ。
性格同様、投げるボールも捻くれたあいつはこう呼ばれていた。“ひねくれボーイ”ってな!」
「ひねくれボーイ……」
ババーン!
「おや、誰か今、俺の名を呼んだか? 昔の名だが……あんまし好きじゃないんだ」
ひねくれボーイは関節部分をカクカクに構えた不思議なポーズを取っている。思わずゴコゴゴゴゴという効果音が聞こえてきそうだ。
「やべえぞ王人。さっきの忍への攻撃は確かにスキルを使わないあいつ自身の力。だけど最初の俺の攻撃は確かにスキルを使ったはずだ。急に目の前で軌道が変わるなんて普通じゃねえ。
スキルも何もわからない状態、圧倒的に不利だぞ」
「ああ、分かってる」
地球にいた頃なら、もしかするとあいつは無双だったかもしれない。守りはともかく攻めならば、真正面から直線的にくるボールより断然恐ろしいのだから。
……しかし
「スキルを分からないってのは、向こうも同じなんだよ」
視線の先では、ひねくれボーイがボールを投げているところだった。手首を最大限まで捻り、腕を巧みに使いこなし、ギュルンと回転するボールは、例えるならバターな人が投げるアンパンの頭!
そんなボールは今、ある人物へ襲いかかろうとしていた。
——霰だ。
「凍りなさい」
突然氷の柱が形成される。それはボールを呑み込み、閉じ込めた。
……ま、氷魔法にしか見えないからセーフとしよう。いや、やっぱりアウトだな。後でお仕置きだ。
俺もスキルを使った霰にはボールを当てられる気がしない。あんな力に、どう対抗すればいいのやら。
「さて、どうしてくれましょうかこのボールは……会長?」
「貸りるぞこれ」
攻めは会長らしい。氷の柱の根元を蹴りへし折り、パシッと掴む。一々様になっているのがムカつくな。
ボールが氷に包まれたまま、会長はそれを空中に放り投げて、自分は一回転したかと思うと綺麗に蹴りを入れる。
【豪脚】に【剛爪】の不可視な攻撃を身に纏わせた合成技。スキルで作ったスパイク。他にも敵チームを【威圧】させながらの凶悪な攻撃。
氷を相手チームに撒き散らせながら、ボールは1人の無防備な女に当たり、その肩を吹っ飛ばした。文字通り、肩が吹き飛んだのだ。
再起不能と判断されたのか、美人さんによって強制的に退場。痛みは少ないがそれでも無いわけじゃない。少なくともさっきの彼女は、これから一時、恐怖とショックで会長を直視できないだろう。
「えげつねえな」
「威圧をかけられてスキルを上手く使えなかったせいで、モロに食らったんだ」
会長、当然ながらあの時よりスキルレベルは軒並みに上がっている。
会長の天衣無縫はスキルとスキルを使った時の相手の戦闘経験を見るだけで取得できるが、そのスキルレベルまでは取れない。
まあ、戦闘経験を取得してる時点でスキルレベルは軽く6以上はあるんだろうから、何の気休めにもならないが。
……っていうか、みんなスキル使いすぎだ! 試合前のあれは何だったんだと言いたい。
——女を貫通して飛んできたボールが後ろの壁バリアに激突。威力を殺されて俺の方にコロコロと転がってきたので、片手でそれを掴む。
相手チームは、ひねくれボーイ以外は氷の欠片が体に突き刺さり、怪我をしていた。
「どうしようか忍?」
「やっちまえ」
「ふむ、気乗りはしないが……」しょうがないよな。「まったく、当てやすそうな的だ」
これならスキルを使わずとも。
と、1番近くにいた女、足を負傷したそいつめがけて……
「やめろ!」
ひねくれボーイが、俺を止めた。
『やめろ』、か。なんて俺は応えるべきだろうな……
「ヤダね、止めない」
「くっ……そんな奴に当てても面白くないだろう。貴方が腰抜けなら別だが……おっと、犬、なんて呼ばれるくらいだから、根っからの負け犬根性なんですかね」
「け、圭ちゃん、私達は大丈夫だからっ」
「お前は黙ってろ! くそっ、これだからお前たちとは出たくなかったんだ。
足手まとい! お前らみたいな弱虫は、ずっとダンジョンに引きこもってればいいのに! 」
「おいてめえ! そんな言い方ねえだろ!」
ああ、うるさい。健太が一々ひねくれボーイの言葉につっかかる。お前そんなハーレム男は嫌いだったのか。
よく見て、よく聞けば、ひねくれボーイがただ周りの女を守ろうとしている事に気づける。よく感じれば、ひねくれボーイのスキルも分かるというのに。
「圭ちゃん……」
「口を閉じていろ。お前たちには飽き飽きした。あとは、俺がやる。
さあ先輩、悪いな。待たせてしまって」
「まあ、待ったといえば待ったな。だが気にするな。俺も考えがまとまったよ」
「考え……?」
「ああ、やっぱり俺は、お前以外を狙う」挑発するようにボールを指の上で回しながら。「合理的だろ?」
「なっ……!」
「おい睨むなよひねくれボーイ。俺たちも、負けるのはよ……」
そう言って周りを見渡すと、ひねくれボーイのチームからは信じられないといった目で見られ、仲間のはずのチームからは空気読めよという目で見られ——あっれぇ?
いや、お前らスキルばりばり使って勝ちにいってたよな? なに、これ、俺が悪いの?
……俺は悪くない!
「——降参だ!」
え?
「いや、あの」
「圭ちゃん!」
「勘違いするな。別に、お前らの事なんてどうでもいいが、このまま戦ったところで勝ち目はないと判断しただけだ。そこの先輩はどうやら、俺のスキルも粗方分かってるだろうだしな、メリットがない。
ほら行くぞ。傷は、ここから出ればすぐに消える。俺としては、今回の戒めとして一生残ってもいいんだが。それに、美奈子が痛みで涙目になっている無様な姿もはやく目にしたいしな……って、何をニヤニヤしてる! はやく、行くぞ!」
1年5組チームは、どうやら正真正銘のハーレムチームだったと、今気づいた。
俺はボールを所在無くそこら辺に放り投げる。ギャラリーからのヒソヒソ声が辛い。
俺を慰めにでもきたのか、健太が近寄ってきた。
「まーた生徒会の印象を悪くさせちまったな、王人。ドンマイ」
生徒会執行部の印象が悪いのは、どうやら俺のせいらしい。
中途半端に試合が終わったせいで、仲間からの視線も冷たい気がする。
「お、王人、流石に今のは……」
「兄、さいてー」「全くの同感だ副会長の妹よ」
「……ちっ」「え、舌打ち?」
「副会長、その冷静な判断力、人情を無視した外道の行い。勝つべきためなら恨みさえ買う精神。流石です!」
唯一1人だけ、霰だけは俺の味方だった。……あれ、おかしいな、霰ってこんなに可愛かったっけ?
どうしよう、契りを結ぶなら霰だって気がしてきた。
◇◇◇◇◇
ダンジョンWの3にて
「おやラピス、ナイフなんて手で弄んでどうする気です?」「む、火の魔力が漏れてるよ。熱い熱い。ここは夏かなラピスガール?」
「……何でもない」
こ、これが、正妻の在り方である。
◆嘘かもしれない次回予告◆
「王人ーー!!」
チームの声が、した。悲鳴と怒声、どっちつかずのそれを耳にしながら、俺はそれを気にする暇もない。
手は使えない。そして、目の前にはボールが迫ってきている。更に俺は、空中でバランスを崩した状態。
ボール越しに副風紀委員長が見えた。奴の口元がニヤリと歪むのが見えた。




