VRDG、実施
◇◇◇◇◇
《ようこそ、バーチャル リアリティー ダンジョン ゲーム、略してVRDGへ。私は案内人のBG3といいます。気軽にBG SUMMERなどとお呼び下さい。ご主人様の仮想空間をより良い生活にするサポートをします。
では早速、待機場所……ホーム内での設定を行います。服を選んでください。お手元のタッチパネルから数種類、これは、後々VRDG内で獲得したバーチャルポイントから増やすことが出来ます。貴方だけの個性ある姿を期待しております。
バーチャルポイントの増やし方は、後々各自設置されているゲームにおいての説明をしっかりと聞きましょう。
……選び終わりましたか? 次に、髪と目の色はどうしましょう。目の場合色を変えるとなると、俗に言うオッドアイなどは出来ませんのでご了承ください。
……とてもお似合いですよ。
先ほども説明した通り、これはホーム内の設定。各自のゲーム設定はその場で行ってください。因みに、バーチャルポイントはダンジョンポイントにも換算できます
——でさ改めまして、ようこそ、ダンジョンナンバー⚫︎⚫︎、⚫︎⚫︎様。多少、体に違和感を持たれるかと思いますが、すぐに慣れるでしょう。
VRDGの中には、たくさんの遊びがあります。サッカー、野球、バトルロイヤル。その他様々なものが、既存のルールに加え異世界らしさも多く捉えたハイブリッドです。
貴方の勝利を確信しています。
——おっと、この自他共に誇るウッカリさんことBG3が言い忘れておりました。今回は新機能実装キャンペーンとして、〈ハチャメチャ☆☆ドッジボール大会♡〉を開催しております。2日後までに、出場する方はチーム登録を済ませてください。
その名の通りドッジボールですが、顔にわざとぶつけて「セーフ! セーフ!」……などとは認められませんので、気をつけてください。基本ボールそのものに干渉しなければ、何でもありです。
その1、自陣から出てはいけない。
その2、ボールをぶつけられたら外野、これはそのままですが、復帰が無理ならばご退場願います。
その3、チームは10人まで。スキルによって増えるのならば、それ以上になる事も構いません。
その4、時間制限20分。最後に内野へ残っていた数の多いチームが勝利となります。
トーナメント方式で、1位のチームには1人につきダンジョンポイントが5万加算されます。2位は3万、3位は1万。4位から6位までが1000となっています。この私、BG3もバーチャルポイントでグレードアップいたします。
……期待してますね、ご主人様。
っ……な、なんて冗談です。これっぽっちも期待していませんので、別に、私の事などお気になさらず。所詮人工プログラム、越えられぬ壁でございます。
——気を取り直して、先ほどの賞金ならぬ賞ポイントには、チームだけでなく個人にも与えられる予定です。
MVP賞、最優秀の活躍をこなしたものにだけ与えられる称号。これは5万ポイント。ねちっこ賞、最優先に外野の復帰を促し成功した選手の称号。これは1万ポイント。嫌われ賞、最も敵の顔にボールをぶつけた称号。これも1万ポイント。ナルがクルガな賞、最も華麗にボールを避けた者に与えられる称号。これはポイント6万です。難易度が高めですが、ご主人様なら出来ると信じております。
他にも試合に応じて、特別な賞をもらえる事があります。何か珍しい事をしたり、特別なことをやってのける者だけに与えられる称号てす。是非、何事にもチャレンジしてみましょう。
最後に——えっと……コホンッ……が、頑張ってみれば、いいんじゃないでしょうか?》
◇◇◇◇◇
——へぇー、結構人が多いんだな。
久しぶりに思い出す学校内のアリみたいに群がる学生達。
今日は遂にVRDGが実装された日。こんな胡散臭いものに初っ端から来るやつがいるのかと思っていたが……そんな事全然なかったらしい。
男も女も、現実では色々な理由があって会えない分、仮想空間内では繋がりを大事に出来る。ああやって気軽に再会を喜べるのは、死なないここだからこそ……ああ、なんて素直な奴らだ。清々しくてかっこいい。
「おーい、王人〜!」
「ん……ココか」
名前を呼ばれてきてみると、ココだけではない。既に幾つか知った顔がある。同じ生徒会仲間の健太と忍だ。
すると、その2人が俺の側まで寄ってきた。
「小野木ちゃんの護衛、完了いたしましたぜ兄貴」
「我らにかかれば朝飯前だな」
まーた馬鹿な事を言っている上から順に健太と忍。まあ護衛をしていたその事に関しては賞賛だ。悪い虫がつくのは耐えられないからな。
「あの、健太君。ちゃんは止めててって前にも言わなかったかな……?」
「おいおい、なーに言ってるんだ小野木ちゃん。小野木ちゃんは小野木ちゃんだ。それ以上でもそれ以下でもない、俺らの小野木ちゃんだ。
……まあさ、ほら、小野木ちゃんって女顔だろ? だからちゃんをつけると、ものっそ女みたいになるだろ? そんな奴と一緒にいる俺、まるでリア充だろ?
夢、見させてくれや」
なんかかっこいい事言ったみたいになったけと、全然かっこ良くない。ココもなんとも言えない表情をしている。
忍はどうなんだろう? 向こうは俺の視線から何が言いたいのかわかったらしく、フッと鼻で笑った。
「小野木はもう高校生じゃないか」
もう、ってなんだ「もう」って? お前の守備範囲は中学生までか。それ以下なのか。
恐ろしい奴め。ロリコンと健太から呼ばれるだけの事はある。理由に男じゃないかと言われないのがココらしいといえばココらしい。
「いんやーそれにしても大賑わいだこと。さっきなんて女子共が涙見せ合って抱き合ってたかんなぁ……」
「ああ、いかにも女って感じだった。クラスにいる女って感じだったぜ。キャーキャー意味なく騒いで、やっぱダメだな高校生にもなると」
高校生にもなると、の部分はあれとして、俺も忍に同意見だ。クラスにいた女など、大半は朝っぱらからキャーキャー言ってる。女子なりのコミュニケーションの取り方なんだろうが、いかせん頭に響いてくるから口にドライアイス突っ込んでやろう、とか思ってた。
「キャーキャー叫ぶ女は嫌だけどよ、その点を考慮すれば俺が生徒会入ってるのって案外勝ち組だよな!
忍と王人という、修学旅行でヤンキーな奴らに絡まれてもどうにかなりそうな信頼できる仲間がいるし、会長と霰ちゃんという、とっても美女がいるし!」
「でも高校生なんだよなぁ……それに会長はどう考えたって恋愛対象的にはならなさそうだし、霰ちゃんは……あれだし」
「でも風紀委員はなぁ、風紀委員長がちょっとツンツンしてて俺のタイプじゃねーし、図書委員は趣味あわなさそうだし、やっぱ生徒会入ってよかったわ」
「お前はいいよな。俺と王人はほとんど強制的だったから」
「忍ちゃん? お前はまた別口だろ」
「そうだけどよ……」
俺たちは、というか主に健太と忍が雑談を交わしていると、噂をすれば何とやら……会長と霰、それにひなたと妹もオマケでやってきた。
「聞こえてたぞ健太、特に忍。私が恋愛対象にならないとはどういう事だ」
「うおっ……いや、えっと、あれですよあれ。会長はキリスト教でいうイエス、仏教でいう仏さんなんですって」
すごい例えだ。それは確かに気軽にナンパでもしようものなら信徒から袋叩きにあってしまう。会長も喜んでいいのやら悪いのやら、微妙な表情を浮かべていた。
「兄、兄」
「どうした?」
「今度海行こう海。みんなで、海水浴」
唐突すぎて、一瞬何のことだか分からなかった。一瞬すぎて、俺は何かを忘れていた。大事な何かを。
その違和感に俺は気づくことなく、海という単語に気をとられる。
「海……お前のダンジョンの場所そのものがそうだったよな? 」
「そう。だから海。水着もダンジョンから出して、みんなでこの夏を乗り切ろう! と私は考える」
「乗り切ろうって、そんな過酷な環境でもないが……いいんじゃないか? やりたければやればいい。俺は遠慮しとく」
「なぜ!?」
なぜって、そんなに海が好きってわけでもない。何が好きじゃないってあの露出が好きになれない。肌をあんなに見るのは嫌いだ。何かこう、生物って感じがひしひしと伝わってきて憂鬱になる。お前のその肌の下は血管がドクドクと血を巡らせてんだぞと。内臓がバクバク動いてんだぞ、と。海は健康的だから尚更そう思える。風呂は不思議と大丈夫だがな……川も虫がいそうで行きたくない。
「海っ、海行こう!」
「だから行かないって、なんでそんな必死なんだよ」
「……コレクション」
「コレクション?」
「何でもない。それより、本当に行かないの? 本当の本当に?」
しつこいな。妹はこんなに物分かりの悪い奴だっただろうか。
今度ははっきりと、意思を込めて断ろうとした……のだが、妹の口から思いがけない言葉が出る。
「ラピスちゃん、楽しむと思ったのに」
……ラピス? ラピス、ラピスラズリ……ラピス……ラピス! そ、そうだ! ラピスはまだ1度も海を体験した事がない!
いいのか? それは果たしていいのか。このまま一生、海というものに娘を経験させないでそれは正しい事なのか!?
——水と戯れるラピス。
「是非行かせてもらう」
「分かった。日時は後で知らせる。兄はお昼ご飯と、それにカメラも用意してくれるととても、とてもとても助かる」
「カメラ? それくらいなら大丈夫だが。なんだ、みんなの水着姿でも収めようってか」
「うん。水着姿を……」
あれ、妹の笑みがどこか黒く歪んでる風に見えたのは気のせいか?
それに何故かひなたから睨まれる。警戒しているみたいだ。俺はおまえに何もしてないだろうに。
「ふ、副会長!」
今度は霰か。
霰は首輪事件以来、大人しくなったと思う。焼きそばパン買ってこいと言っても買ってくるくらい。
これは、本来なら考えられない。いつもの霰は冷静沈着、馬鹿な男を氷のような目で睨みつけるどちらかといえば女王様キャラ。
それが今は召使いキャラとは、墜ちたものだ。奴隷にまで堕としてやろうかと悪い心がそそのかしてくる。
俺は基本良い子ちゃんだからしないけど。
「どうした?」
「今、海と聞こえましたよ」
「ああ、今度みんなで海に行こうと話してたところだ。妹のフレンドしか来れないから、他言無用で頼むぞ」
「はい。それはもちろんそうなのですが……えっと、副会長はくるのですか?」
当たり前じゃないか! 俺が行かないとでも思ったかのか? ラピスがいるのに? 霰はもっと思慮深い発言をするかと思ってたぞ。
……さっきの自分は棚にあげる。
「もちろん行く」
「そっ……そう、ですか。ふーん……ところで、カメラとか持ってたりしますか?」
「ココが作ってくれたからな、カメラはいいが、妹ならまだしもお前まで。そんなにカメラブームなのか今は?」
「い、いえ何でもないですよ。ええ、ブームでもありませんとも」
乾いた笑いをしながら霰はブツブツと「妹? まさか、燈華も」とか言ってる。
一体全体なんのことか、誰か俺に説明してほしいものだ。
——その後俺たちは自然と、ドッジボールの話に変わっていく。ひなたはそこらで、別のチームに入る事となっているので別行動。
残ったのは生徒会メンバー5人に加えて妹とココ、計7人になった。
「え、じゃあ俺たち出ないんですか?」と、健太が思わずといった表情で会長に問い詰めている。
「そうではない。ただ、私は慎重にいったほうがいいと思っているのだ。
考えてもみろ。ルールなんでもありという事は、絶対にスキルを使うだろ。だったら使わなくてはどのゲームも勝てない。必然的に使わざるを得ない。
その場合はここにいる全員へ自分のスキルをバラしているという事だ。周りがどうであれ、我々はスキルを使わない方向でいくべきだと思う。もしも使うのなら、その能力を完全に悟らせぬよう……な」
「じゃあ……」忍がウズウズとしている健太を見ながら言った。「じゃあ健太はいいんじゃないんですか? 元々一回でも見られたら誰にでも分かるスキルだし、隠すって言ってもなぁ……ただ剣と魔法っすよ」
「ふむ……」
会長が考え込む。この先に何が起こるのかを想定しているのだろう。何通りもの予想、時に全くの見当違いな妄想もしながら、その最善策を見つけ出す。
大概、ごり押しだけどな。
「いいだろう。健太の場合は隠すも何もないが、他のみんなはバレなければ、いい。
ちなみに異論がなければこのチームで一応ドッチボール大会とやらに出ようと思ってる。MVPはとれずとも、何か賞を取ればバーチャルポイント、つまりダンジョンポイントも増やせるという事だろう?
ありすぎて困るものでもない。本気は出さすども全力で勝ちに行くぞ」
「よっしゃそうこなくっちゃな! 生徒会の恐ろしさってやつを、 異世界でも見せてやる! 目指すは1位! 例え誰が敵だろうと手加減なしだぜ!」
「なあ、お前私の話きいてた?」
げっ、俺もドッジボール大会に出るのかよ。しょうがない、外野だ外野。1つのボールから必死になって逃げ回るのも癪だし、健太が頑張ってくれるだろうと思う。会長の意見には賛成だから、隅でひっそりとする事を決意する。
「とりあえず、チーム登録を済ませた後は暇だな……何かするか?
先ほどチラッと見てみたが、それはもう多種多様という言葉が相応しかったぞ。バーチャルポイントをコインに変えて遊ぶゲームセンターらしき所もある。「俺そこっ、そこ行きたい!」
……適当に巡ってみるか」
俺たちは7人でチーム登録を済ませた。チーム名は生徒会執行部。ココと妹は違うんだが……いいだろう。
◇◇◇◇◇
「おい見ろよ王人! 俺様の運が巡って来やがったぜ!」
健太がはしゃいでる。画面に現れた〔×100〕という数字に興奮している。
馬鹿なのかアホなのか、どっちもだろう。健太はコインゲーム……ダンジョンポイントをコインに換算して遊んでいるのだ。
ちょっとくらいいいだろうという心理が働いたらしい。ダンジョンポイント2000を使ってコインを100枚取り出した。バーチャルポイントなら1000で事足りるんだが、俺たちはまだそれを持ってないからな。
まあ、みんな健太からコインを5枚もらったし、俺も含めて文句は言えない。
「……さっきのレートで我慢してれば良かったのに」
「何不吉な事言ってんだ! くるんだ、くるんだよ俺は!」
画面ではひっきりなしに三頭身の天使と悪魔の姿をしたキャラクターが、画面を覗く者……つまり今回は健太をおちょくっている。
やがて天使が悪魔に雷を落とし、健太が喜びの叫びを上げようとしたその時、悪魔が何かよく分からんが覚醒して、天使を場外に吹き飛ばすと×100という文字をバラバラにした。
健太は顎をぱっくりと、例えるなら雷の効かなかったゴムの人間を目の前にした時みたいにアホの表情を浮かべる。
俺は軽く肩を叩いてやった。
「引き際が肝心なんだよ」
「で……でも、28枚も使ったのに」
「お前残りは……2枚か。まあ頑張れ。5枚のコイン分相当は応援している」
確かに、たったの28枚でさっきのが当たっていれば2800枚。これは大きい。もうこんな事滅多にないだろう。
しかし、だ。しかし結局は0。さっきの前の×10というのには運良く成功してたんだから、そこで止めていれば280枚だったのに。
……これに関しては運だからなんとも言えない。さて、それじゃあ俺も貴重な5枚を有効活用しようかな。
(……んで、どこが当たる?)
《——ダメです。このエリア、スキルがうまく働かないようされています》
ちっ……まあいい。それじゃあ純粋に楽しもう。どうせ俺に損はないんだからな!
——しばらく移動して妹がいた。スロットをしている。俺これ嫌いなんだよなぁ……明らかに機械が止めてるように思えるし。
……目の前で1回1コインのスロットを、妹がどんどん回す。1枚、1枚、また1枚。またまた1枚。
「おいおい、もう残り1枚じゃないか」
「ん、兄……大丈夫、次」
何が大丈夫なんだよと思っていたら、最後の1枚、本当に絵柄を揃えた。1番価値の大きい〔ダンジョンの塔〕が3つ並んだ。
ま、まあでも、どうせ10枚か。次はもうないだろうと……そうはいかない。妹が次の1枚で、〔BG3〕を3つ揃えてボーナスチャンスとなる。
——計80枚。まあ、1回1コインのスロットでこれは十分な成績だろう。
「なあ妹よ、どうして当たると分かった?」
「なんとなく」
なんとなく? うわーお、とっても為になるアドバイスだー。
(なあ異世界知識さん、本当にスキルは使えないんだよな?)
《……妹さんのリアルラック。生まれながらの直感ですね》
すげー。妹すげー。
そんな凄い妹は、スロットから出てきたコイン80枚を空中に浮かせる。これは仕様だ。ある程度なら自由に動かせるし、ホログラムみたいなもので他人が触ろうとしても触れられない。渡したい時は渡せるから本当に便利だ。
「はい、兄にあげる」
「はあ? いやいいって。年下の、ましてや女からコインを巻き上げる趣味はない」
「っ……」
ましてや、他人に不吉な噂を作らせる趣味もな。「兄は、私を思って……」
俺の周りには生徒が幾つかいる。その内はきっと俺を知っているであろう生徒。「兄、私が間違ってた」
ただし変な噂を聞かされているのか、俺の事を訝しげに、そして妹に対して同情の視線。兄妹と知らなければ俺が無理矢理コインを〜、という状況なのだ。つまり、ここで妹からコインは貰わない。貰ってはならない。「自分を大事にする」
それに健太ならいいが、妹に借りを作るのは控えたい。どんな要求されるかわかったんもんじゃないし。
「兄は兄で頑張って。私も応援してる!」
「え? あ、ああ、サンキュー?」
妙に嬉しそうな妹の顔を不思議に思いながら、俺はまた、めぼしいゲームを探す。
——次に見つけたのは霰だった。見た目がキッズ用、タイミング良くボタンを押す事でコインが手に入るゲーム。1枚なら最高5枚。2枚なら10枚。3枚なら20枚。
画面では、二頭身のBG3 (何これ可愛い)が釣りをやっている。釣れた魚で取れるコインが決まるというわけだ。
……しかし
「うぬぬ〜……」
霰は唸るだけで、ゲームに手をつけようとはしない。
「先ほどの確率からして次に2枚を入れると——いやいや、情報が足りなすぎます。5枚でこれをしようとは迂闊だったのかも。ここは安全に1枚を使いましょうか。例えハズレても残り1枚はありますし……いえしかし当たった場合は2枚を入れていた方が……いっそ別のゲーム」
「よう霰」
「ひゃい!? ……って、副会長ですか。驚かせないでください」
悪い悪い、とは言わない。
ならなんて言おうか?
「良いではないかー、良いではないかー」
「……どうしたんですか?」
うーん、ちょっと違ったか。
「迷ってるみたいだな」
「ええ、まあ。そもそも5枚でコインを増やそうなどと、それこそ運が必要です。副会長はどうでしたか?」
「今は何をやろうか迷ってるところだ」
「そうですか……」
と、ここでまた霰が何かを考え出す。あんまり長くなるなら何処かに行こうか思っていると、バッとを顔を上げてジーっと俺を見つめる。
「な、なんだ?」
「……副会長がやってみませんか? 私の2枚を。この釣りのゲームで」
えぇ嫌だ。他人のコインを使って、勝っても負けても嬉しくない。その2枚をくれるというのなら考えてもいいが……
「この2枚、副会長に託します」
「……やっぱり嫌だな」
「ど、どうして」
「それは霰のだろう。最近どうもお前俺に近づき過ぎている。さては異世界に来て吹っ切れたな。
悪い悪いとは言わないが、見習うべきはもっとマシな人間を探せ」
「うぅ……良いではないかー。良いではないかー」
「あのなぁ」
もっとはっきり言ってやろうとしたのだが、霰は俺の方に寄せていたコインを自分で握り直した。
そして、ゆっくりと投入口にそれを入れる……2枚とも。
「私は、私の価値観は副会長にも分かりません。見習うべき人間はマシな人間ではないといけない、なんて理屈もありません。
……ですが、確かに浮かれていました。副会長は私にとって頼るべき人間ではなく、もっと上の存在でしたね。
だからこの2枚は、私自身の手で——」
画面ではBG3が釣りを始めた。私気にしてませんよという表情を出しながらも、チラチラと海を気にしている。
……もっと下の方の画面では、ひっきりなしにデカイ魚や小さい魚が餌に食いついて、その度に霰の手が震える。
《少しでもズレると、確率は5分の1になります。大幅にズレると確率は10分の1。ピッタシなら確実ですが……そのピッタシの間というのは1000分の1秒——0.001秒という時間です》
なんて無茶苦茶な。スキルを使っても出来るかどうか。
……俺はここでもう1度画面を見直す。時間も無制限ではない。早く取らなければ、タイムオーバーとなってしまう。
と、下の方に視線を移すそこで、ある違和感に気づいた。
餌に食いついてる魚に、小さいのがいない。全て大きい魚、というより1番大きな魚意外は動いてすらいないのだ。
「どういう事だ……っ」
よーく見てみるんだ。もっと、よーく。
霰は何をしている?
画面に手を伸ばしている。
魚は何をしている?
何もしていない。あえて言うなら動いていない……違う。動いていないんじゃない。動けないんだ! 海という青い色で気付きにくいが、魚は微かに水色の何かに囚われている。まるであれは——氷!
「私が狙うべきは1匹。それ以外のお魚には、少しの間だけ止まってもらいます」
「どうやって……」
「——水があるなら私の独壇場。やりやすいんですよね気持ち的にも。ですから、凍らさせてもらいました」
だからどうやって。
(スキルは意味をなさないんじゃなかったのか!?)
《うまく働かないよう、と言いました。出来ないとは言ってません。
ですが……出来るとも言えません。実際にこんな事が出来る人間なんて、ごく僅かでしょう》
(……言いたい事はわかった。霰はそのごく僅か、だという事だな。
でもよ、魚を凍らせるたってあれは画面の中の話だぞ? 虫眼鏡でも使って見てみたら色や光の粒なんかが見えるあれだぞ?
どうやって凍らすんだ)
《そもそもが間違っています。霰さんの使ってるスキルは氷魔法じゃないんですよ王人。
凍らせるという概念です。前にも1度、心という不確かな物を凍らた事があるでしょう》
確かに、あれはゾッとした。本気で……とまではいかないなが、霰が俺を殺そうとしたのは確かなんだ。ゲーム内とはいえ、普通どういう理由であろうと慕っている先輩を殺そうなんて普通じゃない。ゲームだからと言ってしまえばそれまでだが、例えゲームでなくとも霰は同じ事ができるだろう。
「くぅ……」
残り5秒。赤い文字が上の画面に浮き上がる。大きな魚は自分意外に動こうとしない魚に戸惑いながらも、たった1匹で勇敢にも餌に食いつく。霰も、遂にボタンへ手を伸ばす。
残り3秒。BG3が隠しきれない緊張でオロオロしだす。
残り1秒。霰の目が、キラリと光った。
《っ……成功です! 信じられません。000.1秒を狙えました》
俺は異世界知識さんの言葉を聞きながら、BG3が必死に釣り上げようとするその姿を、祈る目つきで見つめる霰を見る。
こいつ、やっぱり凄い。他とは違う凄みがある。1年生で白王 帝に並ぶアブノーマルの1人だよ。
『とっ、とりゃー』
二頭身だからかいつもより甲高い声を発しながら、BG3が魚を引き上げた。
「や、やった——」
釣り上げられた魚は空へと舞い上がり……パクリーーと、1匹の鳥へ咥えられる。
『わ、私のお刺身〜!!』
「わ、私のお魚が〜!?」
鳥は魚を咥えて、飄々と空を飛んでいく。これはきっと、釣り上げたその時に一定確率で発生するお邪魔キャラみたいなものなんだろう。
というかBG3、食おうとしていたんだな。
《……500分の1。500回やって1回の確率で発生するボーナスチャンスがあります》
(なに? じゃあこれはまさか……)
《鳥が運んでくれます。エデンへと》
見れば魚を咥えている鳥、その下を見ると、まだ必死で竿を掴んだままのBG3がいた。
『焼きとりっ!』
なんと、食事のメニューが増えたみたいだ。不覚にも俺が微笑んでしまう食いしん坊キャラのBG3。
俺は落ち込んでいる霰に声をかけた。
「安心をしろ霰。お前はまだ、終わっていない」
「えっ……あ!」
巣に着き、初めてBG3の存在に気づいた鳥は、怯えた。BG3は、よだれを垂らしていたのだ。餓狼の如き凄まじい眼光で睨まれれば、そりゃあ怯える。
『おや、赤ん坊もいましたか……じゅるり』
「ピっヨォォー!?」
ここからはコメディみたいにポカポカと煙が舞い上がり、煙が晴れると親も含めて計鳥4匹が地べたへと這いつくばっていた。
『お魚ももっと欲しいですね』
するとBG3、魔法を海に放つ。雷だ。もちろんプカーと魚が浮いてきた。最初からそれをやれと言いたい。
おっと、ここでボーナスタイム。コインを入れればいいらしい。
「あ、あぅ」
……そういえば、さっきのコイン2枚が最後の一手だったな。魚を取った時の分はノーカウントなのか10枚は出てこないし、こういう時、俺はなにを言おう?
——全く、やれやれだぜ。
「ほら霰、5枚はあるぞ」
「副会長っ、で……でも」
「遠慮するな。近づき過ぎとは言ったがな、離れ過ぎるのもそれはそれで実は寂しいんだ。
先輩くらい頼れよ」
「……はい!」
コインを1枚入れると3枚出てくる。BG3が手慣れた手つきで水面に浮かぶ魚を地上に釣り上げていくのだ。
1回で2枚の儲けだが、入れただけで増えるのは何だかとってもお得な気がする。時間にして約2分くらいだったが、それでコインは計60枚になった。
「あの、副会長……コインは本当に5枚でいいんですか? 」
「いいんだよ。それは確かにお前の分だ。
俺はもう行くから、今度はあまりスキルは使うなよ。どこで誰が見てるか分かったもんじゃない」
「……はい」
何か言いたそうにした霰だが、なにを言っても無駄だと分かったらしく、口から出た言葉は不思議なものだった。
「いずれ私は、頼られる存在になりたいとも思っています。
これから頑張りますから、見ててください副会長。私、もう誰にも負けません。自分にも、絶対」
「そうか、頑張れよ」
俺は霰の言った意味を、多分半分も理解できていないかもしれない。けれど本気だと言うことは分かった。
自分に負けないなんて、とても難しい事だと思うが、こいつなら出来ると……そう思った。
……最後に振り返って見ると、BG3の近くにはたくさんの魚と、4つの鳥の丸焼きがあった。
それにしても2頭身BG3可愛いな。後でぬいぐるみ取ろうっと。
〜〜〜〜〜
結局俺がなんのゲームをしたか、他の奴らは何をやっていたか、それはまたいつかの機会でいいだろう。
あの日は何のトラブルもなく、その次の日もトラブルはなく、3日後——ドッジボール大会が始まった。
『重大発表をその日するよ』
昨日の夜露天風呂で、今度は学校の制服を着たまま入ってきた美人さんはそう言った。お湯で透けた服がとても色っぽかった。
服って思ったよりも肌にひっつくんだなと、冷静に判断。
『今度も何かあるのかよ』
『何かない日なんて、つまらないだけさ』
ゆらりとスカートがお湯に揺れた。
……縞パンだ。青と白の。ブラは……つけていない。肌色が透けて見えていたから。
『個人的に、裸よりはいいんだよなぁ』
『ん? 何か言った?』
『いやなんでも』
美人さんのお色気シリーズを記憶から一時的に消す。そして現実の今日へ戻った。
——チーム生徒会執行部が呼ばれた。
《続いては! 7人で構成された奇人変人の集う生徒会執行部だよ!》
いつもより明るい美人さんの声が、幕越しに聞こえてくる。
……さて、力を制限した状態の奇人変人は、果たしてどこまでいけるかな?
◆嘘かもしれない次回予告◆
「なっ!? ま、まさかあいつは……」
「知ってるのか健太?」
「……ああ、忘れもしねえさ。中学の時のクラスマッチのドッチボール!あのボールの動き! あの顔!
性格同様捻くれたあいつはこう呼ばれている。“ひねくれボーイ”!」
「ひねくれボーイ……だと」
ババーン!
「おや、誰か今、俺の名を呼んだか?」




