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異世界ダンジョンウォーズ  作者: watausagi
どうしようもなくエンペラー
32/85

一方その頃ブラックガール達は

◇◇◇◇◇


犬 王人の血の繋がった真の妹、犬 燈華。義妹とかそういうオチもなく、本当に兄妹。

ただ、兄が兄だから、妹もまた普通とはほんの少しかけ離れている。


そんな燈華の朝は早……くもない。


普通にどこでもあるような白いベッドの上で寝返りをした燈華。


今の時間帯は6時。王人達が現地ダンジョンを制覇した時間帯だ。


それから進む事4時間。午前10時。ここでようやく燈華の眠りが浅くなってくる。


「むにゅ」


うつ伏せになり、変な声を出した燈華は、ムクッとそのまま体を起こした。まるで腕立て伏せのような格好になったものの、自身の体重を支えきれずに崩れ落ちる。


それから進む事1時間。午前11時。ここでようやく燈華は起きた。


「……お腹減った」


そんな理由で。


だらしない格好……白のワイシャツに純白パンツで体操座りをしながら、まずはボーっとした頭が目覚めるのを待つ。


1度欠伸をして、それが合図のように、近くに掛けてあった薄いローブを羽織りながら椅子に座る。


携帯型ディスプレイを出すと、プレゼントが1つだけ届いていた。


——王人から


中身は毎日届いているので分かってある。ココの作った昼ごはんだ。


「わぁ、流石ココさん。私の量を分かってくれてる……ん?」


コーンスープにクロワッサン。ドレッシングが程よくかかったトマトサラダ。それと一杯のオレンジジュース。


最後にいつもとは違う、1枚の紙。開いてみると、下の方には「王人より」。


多少ドキドキしながら内容を見る。


—————


どうせお前の事だから、下着姿で寝てるんだろう。暑いからって、風邪をひかないよう気をつけるんだぞ。


……コーンスープ、温まるからな。


王人より


—————


「……愛されてるなぁ」


ちょっと過大に捉えてしまった妹の燈華だが、まあ間違ってはいない。王人にとって燈華は、それなりに大事な存在なのだろう。少なくともスキルが欲しいために殺しはしないほど。


紙を大事そうにポケットをしまった後、燈華はまずコーンスープへ手をつけた。


スプーンに掬った一口分を、2回ほど息をそっと吹き付け、音を立てずパクリ。


「あ、あったかいぃ」


さっきの手紙と合わさって、心も体もあったかくなった

食事はしっかりと噛んで、ゆっくり食べ終わる。食器類は洗って後で返すのだ。


「ごちそうさまでした」


と、しばらく何もせずにぐったり。今日は何をするか、落ち着いて考える。限りなくこのダンジョンは襲われないだろうと、燈華は楽観視していた。


——Zの1


それが燈華のいるダンジョンなんだが、ここ……海の上なのだ。


「また、釣りをしようかな」


やる事といったら、必然とそれに限ってくる。なけなしのダンジョンポイントで手に入れた釣り道具セット。ゲームでよくあるあるの、〈普通の餌〉なら無限個。


1階まで燈華は降りて、ダンジョンから出る。申し訳程度の桟橋があるだけで、後は一面に広がる海が視界を埋め尽くした。。


少し憂鬱になりながら、【直感】で釣れやすそうな場所に餌のついた針を投げ込む。釣れた。


「……」


今度は直感で、せめて入れ食いにならない場所を探し、そこへ腰を下ろす。まだ大丈夫だと判断したので、竿を固定して一息。


麦わら帽子を被って、右手にはうちわ。パタパタそよ風を送りながら、左手でチャット——いつもの日課を行う。


……無い

……見つからない

……あった。



◇◇◇◇◇


【スキルで工夫しようスレ 5】2016/06/11(土)21:55:06


〜〜〜〜〜

632 名前 俺YOEE


副会長は消えてもいいだろ


〜〜〜〜〜

685 名前 俺格好いい


>>632

むしろその方がよかったぞ、と


◇◇◇◇◇


【効率の良い罠でコロコロ】2016/06/12(日)03:15:26


〜〜〜〜〜

65 名前 スライム落とし穴


これで、副会……ゴホンッ、奴に勝つる


66 名前 ゴキブリエリア


おお同士よ! 我も協力しようではないか!


◇◇◇◇◇


時に冗談抜きの副会長ディスりを、冷めた目で見る燈華。条件反射でうちわを動かしていた手を止めて、ある人物へコールしていた。


急なコールだったのに対し、それはすぐに承認される。


『はいはーい情報屋名無しの権兵衛、なんちって。早速用件を聞こう。今日は何のご用かな?』

「いつものよろしく。

【スキルで工夫しようスレ 5】の632番と685番。あとは【効率の良い罠でコロコロ】65番と66番」

『……あのですね』


いつもチャットで名無しと言われる相手が、呆れたような声を出した。


『いつものって人物特定ですよね? いや出来ますよ。出来ますけど、1人特定するのに大きな労力と時間を使っちゃうんです。そこら辺は理解してますか? 毎回言ってますけど、わかってます?』


労力と時間をかけるだけで人物を特定出来るのは、とても凄いことだと思う。


「でも、許せない」

『感情論を聞いてる訳じゃないんですよ?』


燈華は、自分の兄が少し普通とは違うと理解している。よほど同じくらい可笑しな人間でなければ、兄を受け入れてくれる者は少ないと知っている。


しかし、許容できるかまでは別問題だ。兄の悪口を書いてる者を、見過ごすのは嫌だった。



「安心して、タダじゃない!」

『分かってるじゃないですか……って、なんか興奮してません?』


最後の声はほとんど聞かずに、燈華はポケットから秘蔵コレクションを取り出した。見える訳がないのに、見せびらかすように。


生徒手帳に入れてたものだから、これだけは地球から持ってこれた。他にも数種類あるこれは……


「兄の寝間着姿 生写真」

『っ……い、いえ、別に私はそういうのではないんで。貴方達みたいに先輩を盲目的に好き、とかではないんですよ』

「貴方達?」

『おっと、今のは聞かなかったことに。

さあどうします? 実際問題それでは交渉材料になりえません。もっとないのですか?』

「兄の水着姿 生写真?」

『そういう問題でもないのです!』

「兄のはだ」『それ以上は聞きませんよ』


むう、と拗ねる燈華は、まさか本当に交渉が成立すると思っていたのだろうか?

綺麗に写真を仕舞うと、海のさざ波を聞きながら、少し考える。


「わたしに恩を売れる?」

『……少し安すぎますね』

「分かった。ココさんの料理1日分。それと、チャットの方は推測がつく。直感だけど、4人とも左上」

『なるほど、わたしの労力と時間を削りに来ましたか。

いいですよ。それで成立です。

……けど、何で特定するんですか?』

「いずれ、お仕置き……じゃなくてお話」

『……私は私の為に、聞かなかったことにしますよ。それじゃあ燈華ちゃん、精々生き残ってくださいよね』


最後は微妙に失礼な事を言いながら、コールは終わった。

良い方な人間だとは思うが、燈華自身名無しの事はよく知らない。印象はあやふやな感じ、か。


「……どうでもいいね」


正しい情報をくれるのなら文句はない。燈華はまた、釣りへ戻る。

もうすぐ釣れそうだと思い竿を引き上げると、最後にぐいっと引かれたがそれまでで、それなりの大きさの魚が釣れた。

見た目は普通に美味しそう。塩焼きでも刺身でも楽しみだ。


毒があるか心配だが……


そんなのも杞憂に変わる。


兄からコールがきたのだ。内容はたった少し、『魚に毒はないぞ』。そう言うとすぐに向こうから終わってしまった。


「……愛されてるなぁ」


何で分かったのかはどうでもいい。教えてくれた事に、意味があるのだ。


——ある日、異世界に来た。それも強制的に。兄の王人がいなければ、自棄になっていたかもしれない。もう母親に会えないと思うと涙が出てくるが、それだけで済むのはやはり王人がいるからなのだ。


家族とは、心強い。


『“安心”をしろ妹。何故ならこの世界には、俺がいる』


こんな事を言われては、安心をするしかないではないか。


例え世界中の誰もが王人の敵になったとしても、自分だけは味方であろうと、そう決意している。味方であり続けると、確信している。


……兄は確かに人を簡単に殺せるけど、理由なくしては殺さない。保身やら打算やら、何かしら必要だからそうしてるだけ。


そう思うとどうしても兄を嫌いにはなれない。むしろ、その生き方にカッコいいとすら思ってしまう。あれだけ自分に正直だと、そう思うのも無理はないのかもしれない。


——あの女


霧氷 霰 という冷たい人間もそういう正直な王人を好き……というか盲信的になったんじゃないかと、燈華は思っている。


「……どうでもいいね」


◇◇◇◇◇


犬 王人と生徒会仲間だった霧氷 霰。実は血が繋がってるとかそういうオチはなく、ただ生徒会で一緒だっただけ。

ただ彼女の変わっているところは、((はた)から見れば)王人を好きになっている、という点において他ならない。

王人に関してだけを言えば、地球でも人殺しをやってのけたのではないかと思う。異世界に来て1番活き活きしだしたのは、案外この女なのかも……何しろ、異世界に王人が来るという情報を美人さんに聞いただけで、条件反射に異世界へ行くといったくらいなのだから。


「と、こんなところですかねー」


そう言って彼女……名無しは、自分の〈人間観察〉に付け加えた。

自分の成果を見る為に、パラパラとそれらをめくる。


……犬 王人と最近交流があったらしい白王 帝。その人気は高校に収まらず、世界中でも知られている程。個人的に言わせてもらえば完璧すぎて気持ち悪い。

全国模試ではケアレスミスもなく満点。ちょっとよく分かんない。

体力測定も世界で1番……これは流石に嘘だと、思えないのがこの人間。

性格は少し淡白。しかし家族思い。

唯一の短所は、自ら進んでトラブルに足を突っ込む事だろうか。色んなところで王人先輩とは真逆の人だ。

異世界において要注意人物の1人。




「偏見は多少ありますが、まあいいでしょう。元より自分だけの物です」



最後に開いたのは、王人のページ。ここだけ赤く縁取られている。


好きだから、なんていう理由ではもちろんない。最後の方に書かれている、異世界において最要注意人物が原因だ。


「こう見ると意外に王人先輩もスペックは高いんですよねー……精神面こそ色んな意味で飛び抜けてますが」


1ページでは収まりきれず、3ページとんで約5ページものスペースを埋め尽くしている。それだけ濃い人なのだ。


「何でこんな人が友人関係にもそれ以外の関係にも恵まれてるって、やっぱ周りも程度の差はあれどおかしいからでしょうね」


そんな自分だって、王人を嫌いにはなれないあたり、おかしい部類に入るかもしれない。

そんな自分観察もやっていたところで、後ろから声がした。


「お邪魔しま〜す」


ここは研究室。研究室とは名ばかりに、今のところ薄暗く不気味な部屋だが、さっきまでは確かに自分1人だったはず。

それと、声がしたはずなのに今も魔力結界に感知出来ない。

何より知った声……正体はすぐに分かった。


「また来たんですか美人さん」

「また来ちゃった」


えへへ、と幼い口調ながらも可憐な魅力を振りまく美人さん。今日は何故かジャージ姿。美人にはどんな服でさえ似合うのかもしれない。


因みに王人の人間観察には、パジャマ姿が良いと書いてある。


「ねーねー名無しちゃん、私考えちゃったというかピンときちゃった。

美人さんって、苗字に直したら媚神さん。どうどう、意味は媚びる神……あれ、ダメだねこれ」

「自分で結論付けちゃうんですね。まあ、媚びる神に媚神はダメです。イメージ悪いです。というか、神が入っているのはなんとなくチャチな感じがします。美は美しいのそのままで、神を刃にしたらどうでしょう。

ただ美しいだけじゃなく、鋭さといった面まで持ち合わせている。

でも美刃では、どちらにせよおかしな苗字ですけど」

「だね、でも気に入った。ヘンテコリンだけど採用だよそれ。

美刃さん、いつか使うかも」


適当な事を言う美人さんに、名無しは苦笑する。苗字を使う機会など、想像も出来なかった。

もしも転入生ならば、それだけで自己紹介のネタに出来たりするかもしれないが。


「で、今日も暇つぶしですか」

「今日も暇つぶしです」


朗らかに言われれば、来るなとも言えない。来るなとも思ってないからいいのだが……その理由さえ未だはっきりと分かってない。自分の事なのに。

目の前の存在は、例えどれだけ美しかろうと、自分勝手な理由で人間100人以上を攫ったのだ。その事実は変わらない。


「王人君の所もいいんだけどさぁ、あそこだけにいるのも不平等でしょ? 私そういうの嫌いなの。

っていう理由はでっち上げ。本当はさ……あのダンジョンにずっと居たら王人君に嫌われそうな気がして。ほら、しつこい女っていかにも嫌いそうなタイプじゃない?」

「それはまあ、確かに」

「でしょー? だから、向こうは時々でいいの。時々扇情的なポーズ見せて狼狽えてくれれば、それだけで満足」

「なら、こっちはずっとでいいんですか?」

「ダメ?」


ダメじゃないけど。

釈然としないこの気持ち。名無しはとりあえず人間観察を仕舞おうとして——ひったくられた。


「うんうん、私こういうの歪んでるみたいで好きだなー。仲間になった時の利点と欠点まで書いちゃって、凄く丁寧で読みやすいよ」

「褒めても何も出ませんよ」

「本音だって……へー、白王 帝の分も書いてあるんだ。

私この子嫌いだなあ」

「それはまた、どうして?」

「だってあの子、いかにも地球人の、それも日本人って気がするもん」


いかにも、に白王 帝のような超人が含まれているのなら、一般とはなんなのか。


「なんて言うのかなあ、口にするのは難しいけど、生理的に受け付けない感じ?

思わずダンジョンのパンフレットも直接会わずにポイって置いちゃったし、応援してないなんて言っちゃった」


ただの嫌がらせだ。


「私ってば一応、すごい存在でしょ? だからかな、白王 帝は好きじゃない。例えばこの話を白王 帝が聞いたとしても、ふーん興味ないな、くらいしか感想を持たないと想像するともっと嫌いになるね」


それは理不尽。


「その点、王人君は私と同じように似通った思考だし、好きだよ。あの子は人間になるべきじゃなかったと思うな。

ああ、名無しちゃんもね、また違う理由だけど好きだよ」

「はぁ……ありがとうございます?」

「どういたしまして、だね」


好きと言われて、嫌とは思っていない名無し。こんな会話も美人さんの暇つぶしになるのなら、それもいいかと思った。

特に示し合わせたわけではないのだが、昨日もこうして喋りあった。相手がどんな存在であろうと関係なく、今の名無しにとって美人さんは気軽に喋りあえる友達みたいなものなのだ。


「——ん? コールされました」


さっき王人の妹である燈華からかかってきたので、何かその事かなと見てみるが……名前は霧氷 霰。


「すいません美人さん、少しだけ……

——はいはーい情報屋名無しです。今日は何のご用かな霰ちゃん?」

「いつもすいません。

【スキルで工夫しようスレ 5】の632番と685番。あとは【効率の良い罠でコロコロ】65番と66番でお願いです」

「……それは」


ついさっき聞いた言葉だ。予想はついていたが、よくもまあ2人はそこまでやる。


「人物特定ですか」

『話が早くて助かります』

「……念のため聞いておきますけど、知ってどうするんですか?」

『いずれ、凍らせます』


こちらはかなり攻撃的だ。嘘とは思えないところが、また恐ろしい。


「今のは聞かなかった事にしておきましょう〜。えーと、それじゃあ対価となるものは持ち合わせていますか?

流石に私も、タダじゃ無理かなーと。言うほど人間を特定するのは簡単ではなく、結構きついんですからね」

『分かっています。

氷なんてどうです。今は暑いですよ?』


向こうはタダで用意出来るものを提示してくるあたり、抜け目がない。



『ダメですか? ならば、これは勿体無いですけど、予備もある事ですし……王人先輩の寝間着姿 生写真で手を打ちましょう』


お前も持っていたのか、と。人間観察に加える事項が増えていく。


「そ、それもちょっと、無理ですねぇ」

『では、魔物のサンプルを渡しましょうか? 丁度新鮮なものをお渡しできますよ』

「魔物のサンプル……ドラゴンとまではいかなくても、ドラゴン系のを用意できますかー?」

『分かりました。2体分あるので、好きに使ってください。

今後とも頼りにしています』

「あはは〜……はぁ」


コールが切れて、思わず脱力する。ドラゴン2体分なんて、一体どうすればそうなるのか。名無しが書き記した要注意人物には、霧氷 霰も当然含まれている。


「ドラゴンなんて何に使うの?」

「ほら、私って戦闘力少なめじゃないですか。第何段階とか変身出来るわけでもありませし、どこぞの主人公みたいに覚醒とかもなさそうなんで、色々と研究はしときたいのですよ。我が身が大事なのです」

「ふーん。それにしても名無しちゃんったら、二股なんだ」


人聞きの悪い事を言うが、意味は分かる。まあ現実問題、チャットの人間を特定するのは自分のスペック的にキツイので、嘘はそんなについていない。

ただ、利用できるものはしておかないと。そう思っている。


「それじゃあ私は早速取り掛かるんで、美人さんはどうします?」

「ここでジッと見てるよ。いい?」

「……分かりました」


断っても無駄だと、分かったのだ。

多少、気は散るがしょうがない。いなくなるよりは、そちらの方がいいと思えた。



〜〜〜〜〜


「ふー、終わりました」


特定は思ってたより簡単だった。なにせ4人のはずが、いざ特定すると3人。何のためにそこまで副会長を貶したいのかは知らないが、65番と66番は同一人物だったのだ。


「自演、ってやつなんですかね。まあ副会長自身もしてましたか」


やけに副会長を褒める、というか有り得ない書き込みを見つけたので、いざ特定すればご本人。あれには名無しも、思わず吹いてしまった。


「王人君は、敵が多いんだね」

「その代わり、先輩の味方はみんな恐ろしい方ばかりですよ」

「それもそっか」


現に今さっき2人も、副会長を悪く言っただけで何か手を打とうとしているのだから。


……清楚でしっかりした霧氷 霰。クールで少し天然の犬 燈華。それが2人の一般的な評価なのに、人間内側はなかなか分からないものであると、名無しはしみじみ思う。


「あ、そうだ名無しちゃん、もうすぐVRDGが実装されるよ。

楽しみだねー、ねー?」

「……まったく、何を企んですか」

「別になーんにも」

「止めてくださいよね。ドロドロとした黒いの、嫌いですよ私」


けれど美人さんは微笑むだけで、何も言わない。名無しはせめて、自分に被害がこないようにと祈るのであった。


そんな保身的な自分こそ、ドロドロとした黒い心を持つ人間なのかなと、そう卑下しながら……


◇◇◇◇◇


ふー、今日は疲れた。朝っぱらから健太にダンジョンを連れて行かれ、自分でもわかるほど機嫌が悪かったと思う。カルシウム不足だったかな。カッカするのは良くない良くない、笑顔で行こう。


……そうそう、久しぶりに昼寝というものをした。昼寝なんて保育園以来だったなぁ。


「オトーさん」


今は夜食を終え、ココか自分のダンジョンに戻った時、ラピスがニコニコしながら俺の名を呼ぶ。


「見てて、見てて」


微笑ましい。こういう小さな子がこんな事を言う時は、大抵何か新しい事を覚えた時だろう。

成功したら褒めてやろうと思っていると、ラピスは手をグーパーグーパー。


次の瞬間ナイフが握られていた。


「……」

「凄い? ラピス凄い?」


俺が見てないとでも勘違いしたのか、ラピスはもう1度、今度は手をパンと叩く。

黒々しいハサミが握られていた。


「……スゴイゾ」

「え、えへへ……ほんと?」

「アア、トッテモ」


俺のかたことに満足したらしいラピスは、どんどん身体中から殺傷性のある武器を取り出していく。


どうやら娘は、変な方向へ成長してしまったらしい。


「だ、誰からそんな事を……」

「オカーさんに教えてもらったよ?」


何やってるんだ狩人殿。

本人を見ると、自分も出来るぞとあちこちから暗器を取り出した。その顔は何かに期待しているようにも思える。

いや、お前は褒めないよ?


「ラピス、えらい?」

「ふっ……そうだな偉い偉い」


役に立つかどうかはともかく、努力をしたのだろう。そこは褒めるべきだ。俺はラピスの髪に手を(うず)めて、頭を撫でる。

しばらく気持ちよさそうにしていたラピスは、目を開けると俺の顔を……俺の顔の横あたりを見つめる。


「……ムシ」

「なにっ」


ああ、確かに小蝿がいるな。それは分かっている。蚊やゴキブリはともかく小蝿程度なら別に気にしないが、見ていて気持ちのいいものでもない。どう対処しようか考えていると——ハエが火に包まれて燃え尽きた。


不思議ちゃん、ではない。火が飛んできたのは……ラピスからだ。


「ラ、ラピス?」

「がいちゅうくっじょ。ラピス、偉い?」

「偉いが、さっきのは……」

「オネーさんに教えてもらった」


オネーさんとは、不思議ちゃんか。

いや、魔法に関しては元々そういうつもりだったんだけど……え? ラピスもう使えるの魔法? 俺も出来ないのに?


「筋がいいよ。私の一番弟子」


不思議ちゃんの評価に、ラピスが照れる。もう魔法の腕を越えられてしまったことはショツクだが、ここは素直に娘の成長を褒めよう。


……何処からともなく武器を取り出す娘。小蝿を笑顔で塵にする娘。


この娘は一体、どこまで育つのだろうか。


いずれ敵に対して、「害虫くっじょ」とか言いながら殲滅してくれそう。

◆後書き◆

小話みたいなのが続いていますが、VRDGが実装されるまでです。

本編はもうしばらくお待ちください。

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