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異世界ダンジョンウォーズ  作者: watausagi
どうしようもなくエンペラー
29/85

白王 帝は仮面につき


感想でありましたように、否定的な意見が多いと思われますので、ハクのお話は一旦終了とさせていただきます。


◆前書き◆

◇◇◇◇◇


「うーん、ここは……」


後ろで気絶していたソイチッチがやっと意識を取り戻した。その間俺はポーチに魔石をしまって、勝手に動けるはずもなく、ただボーッとするだけ。

因みに、まだローブの女性は眠っている。


「気がついたか」

「あ、ハク兄さん……私は何を?」

「さあな。いきなり気を失ったから何事かと思ったぞ。見た感じ大丈夫そうだし……まあ念のためだ。しばらく安静にしていろ」

「……なにやら心配させてしまったようでごめんなさいです」


気絶した理由は分かってる。俺のせいっちゃ俺のせいだからな……謝られても困るんだ。


「うーん、でもー」

「どうした?」

「いえ……何か大事な事を忘れてしまったような。それこそ世界規模の物を」


世界規模は言い過ぎだろ。

恐らくだが、俺の目を見て魔人だとソイチッチは気づき、驚きのあまり意識を失った。

魔人という種族は、もしかしたら珍しいのかもしれない。珍しさで言うなら、クラスに1人はいるハーフみたいなものかな。


「うーん、うーん……赤目?」

「ああ、魔人の事か。いいよな魔人」

「そうですよね! 魔人、凄いですね!」


チョロい。この子が少しエッチで少しアホでよかった。


「ハク兄さんは、魔人のどんな所が好きですか!?」


それはお前、自己アピールをしろと? こいつなんて酷な。


「やっぱりあれだな、強いよな」

「ですよねー! 他者とは格別した力! 魔力! そして強靭な心!

何度世界を救った事か!

虚偽の混じった本は幾つもありますが、それでも確実な情報として、優に3度は魔人がいないと国が滅んでましたよ」

「そ、そうだな」

「いやーハク兄さんが肯定派で私も嬉しいです。中には魔人に恨みさえ持っている人もいますからね……悪いとは言えないけど、悲しいです」


これはいい情報だ。助かったぞソイチッチ。2度と人前では仮面を外さないでおこう。

そうだ、俺は火傷をしている設定だ。


「あー会いたいです魔人に。世に1人もいないって、悲しいですよね」

「……は?」

「だから、もういないって悲しいですよね。もっと昔に生まれて来たかったです」

「……いない?」

「ああ、もしかしてハク兄さんは生存説派ですね。私もそうであったらいいと思います。

魔人は寿命も凄いらしいですから、きっと今は誰もいない森の中とかで、ひっそりと暮らしているんです。そうであってほしいと願って、何が悪いんですか」


……これもいい情報をありがとうソイチッチ。確かに世界規模の問題だ。世に魔人という種族は俺だけしかいない……色々困った事ができたな。

いよいよ仮面は絶対に外せないし、例えばの話、種族を残したいと思った時に俺はどうすればいいのか。

後で緋子に聞いてみよう。


「会いたいです。会いたいですー!」

「いないなら会えないだろ。ほら、道案内よろしく頼む」

「……はい」


もう会ってるんだぞ。

そんな一言でさえ言えないもどかしさ。いや、言っていいかもしれない。ソイチッチだけになら、構わないだろう。


……結局俺は、言わなかった。


口に出す事で、俺は世界で唯一……たった1人の種と認める事が嫌だった。そんなちっぽけな理由なのかもしれない。


——そうこうしている間に町へ着いた。シュンとしていたソイチッチも、興奮し出す。


俺が町に入れるかどうか、例えば身分証などの問題で不安だったが……このフォーボーダーとかいう町、門番に滞在期間と名前を書くだけでいい。


それでいいのかと、俺はつい余計な事を聞いてしまった。


『もしも俺が、他国の間者などだったらどうする?』


すると、もう白髪のおじいちゃんと言える老兵は、ガハハと笑って言った。


『構わん。もしも本当にそうだと分かった時には、問答無用で即戦争だ』


これはこれは、何と勇ましい血の気盛んな老兵のこと。

ソイチッチにそれとなく聞いたが、どうもこの国、バトルジャンキーの集まりらしい。


例えば、武器の作り方などの情報が他国に渡ったとしよう。するとこちらの国は、『いいハンデだ血湧き肉躍る!』


と、この国が滅んでない事に少し驚いた。


「早く、早く行きましょうハク兄さん!」

「落ち着け」


背負子は既に普通の鎧の形に戻しており、ローブの女性は俺が背中に負ぶっている。胸の感触が伝わるが、それは一応ここまで連れてきたお礼として勝手に受け取っておこう。


「ここが、私の家です! ちょっと待っててくださいね」


ソイチッチはまず、薬を作るためのお金を家から持ってくることに。

ドタバタと家に入ると、すぐに戻ってきた。大銀貨、という貨幣が3枚。既に幾らかかるかは調べていたらしい。花を持ってこない場合は、その何倍もするとの事。


「行きましょう行きましょう!」

「だから落ち着けって」


終始嬉しそうなソイチッチ。お金を持った手をブンブンと振っているものだから、何人かの人間が狙おうとしていた。

地球ではこんな経験無かったから、少し面白い。行動に移そうとした人間には威圧して、事なきを収める。魔人だからなのか、何人か気絶した者がいる。力加減の練習には丁度良かった。


「着きました!」


そう言った瞬間、走って建物の中に入ろうとしたので、首根っこを掴んで一緒に入る。

……全体的に真っ白な建物だ。ここは日本で言うところの病院。清楚なイメージは、やはり白なのか。


俺の格好を見て少し眉をひそめた受付は、すぐに営業スマイルに戻り要件を聞いてきた。俺は花を8本取り出し、後はソイチッチに任せる。


「これは……少々お待ちください」


受付が奥に引っ込み、代わりに白衣を纏った髭ボーボーのおっさんがやってくる。清楚なイメージはどことやら。


「お嬢ちゃん、薬作ってほしいんだって? お金はちゃんと……持ってきてるか。

ん? 6本でいいんだが、2本余分だな……どうだ、この2本をくれるなら、すぐに薬を用意出来るが」

「あ、えっと」

「お願いする」

「了解。

何だあんた、嬢ちゃんの兄ちゃんか」

「そんなところだ」


実際、ハク兄さんだしな。

おっさんは花を8本全て持っていくと、奥へ引っ込んでいき、すぐに小瓶を入った薬を持ってきた。濁った緑色で、良薬口に苦しを体現したような薬だ。


「落とさねえよう気をつけな」


最後にそう言われて、建物から出る。

するとどうした事やら、ずっとフィーバーだったのに、ソイチッチが大人しくなった。


「ハク兄さん……あの2本、売ったらお金はいったんですよ。あの薬草は見つけるのが難しいんで、こうきゅう? が足りないって」

「そうか、どうでもいい」

「えー……」


正直、お金を使う状況がなぁ、まだ思い浮かばん。食も道具を使ったほうが断然いいに決まっている。住もテント内の方が日本人としてあっていそうだ。


「お前が気にする必要はない。どうせこのあと、たんまり怒られだろうからな」

「お、怒られる?」

「ああ、それはもう、たんまりと」


顔をさっと青くさせるソイチッチ。少し脅しすぎただろうか?

いや、怒られるべきだ。少なくともこいつの母親が、危険な森に入るなんて事を望んでいたとは思えない。


「も、もしかして、お父さんにエッチな事をされちゃうんですかね」


その時は流石に、何とかしよう。


〜〜〜〜〜


「俺はどうする?」

「是非お母さんに会って下さい。お礼したいですし、背中の方も部屋を貸しますよ」


そうだ、そういえばまだ、ローブの女性は意識を取り戻さない。

ゆっくりと休ませた方がいいと思い、俺はお言葉に甘える事にした。


——中に入る。靴を脱ぐ文化はない……少なくともこの町には無いみたいで、俺としては変な感じがした。歩くたびに迷惑をかけているような気がする。


慣れようとは思わない。


愛国心など欠片しか無いが、それでも住みやすかったと思う。他国など数えるほどしか行ってないものの、やはり1番住みやすいと、色眼鏡無しで思えた。


異世界という文化に染まりたくない。そんな気持ちはあるのだ。


「——お母さん!」


ある部屋で、勢いよく扉を横に開けたソイチッチは、飛び込むように中に入る。薬は大丈夫か。


俺は中に入るのも変なので、廊下に待機していた。


「……あら、ソーちゃん、何かいい事でもあったの——コホッ」

「ああもう、ダメだよお母さん起き上がらないで。ほら、薬買ってきたから、全部飲んでね」

「薬? ソーちゃん貴女……」


ソイチッチの母親が、ソイチッチをジーっと見据えて、言った。


「私はお薬が苦手だって知ってるでしょ」


子供か!

いや、俺も粉薬は苦手でもっぱら錠剤派だが、それでもソイチッチがそこまでして薬を取ったという事は、命の危険がある病気なんじゃないのか?


「良い子だから、お母さんをいじめないで」

「ダメだよ。薬だよ? ちゃんと飲んでよ」

「でもねぇ……そうだ、口移しなら私頑張れちゃうかも」


親って何なんだろう。

異世界怖いと、初めて思った。


「く、口移しー!? で、でもでも……ううん、お母さんが飲んでくれるなら、私頑張れるかも! 口移しなんて初めてだけど、優しくしてね!」

「待ってソーちゃん。冗談だから。本当、止めてね。最近あなた、少しお父さんに似てきてなーい? 」

「あ、ダメだお母さん! 私もお薬苦手だから口に入れれない!」

「聞いてるー?」


親が親なら、子も子だな。まあ仲が良さそうでなによりだ。

……と、ここで母親が俺に気づいた。じっと見つめてくるが、そこに警戒心の色はなく、俺も堂々とする。


「……私、息子はいたかしら?」

「違うよお母さん。何で自分の家庭事情に不安になってるの。

——この人はハク兄さん。私を助けてくれたの」

「あら、やっぱり私の息子なのね」

「だから違……ん? ハク兄さん、ハク兄さん、兄さん、私の兄さん……そんな、まさか私にお兄ちゃんがいたなんて!?」


こいつら大丈夫か。

本気で心配になってきたので、冷めた目をして母親を睨み、次にソイチッチにアイコンタクトを取った。


早く薬、と。


「っ……そうだお母さん、病気を治さないとだよ。早くこれを飲んで!」

「んー色々と聞きたい事があるのだけれど、しょうがないわね。お母さん頑張っちゃう……——わぁ苦そう。早速決意が揺らいできたわ。どうしようかしら」

「もーう、えいっ!」


ソイチッチが強引に、母親の口へ混濁とした緑の液体が詰まった小瓶を突っ込む。母親は目を見開いたものの、喉をゴクリと鳴らして確実に飲み込む。


しばらくしてソイチッチが、すぅーっと唾液の糸を引く小瓶を口から出す。最後にまた、母親の喉がゴクリと鳴った。


「うぅ、やっぱり苦いわぁ」

「良かったお母さん。でも、もう大丈夫だよ。もう、治るよ……お母さん、お母さん!」

「っ……あらあら」


さっきまでのギャグは無かった事にするくらい、涙をこぼしながら母親に抱きつくソイチッチという絵面は、感動のシーン以外の何物でもなかった。

母親も、ソイチッチを優しく微笑みながら抱き返す。


「お母さん! お母さん!」

「……ソーちゃん」


ソイチッチは体にうずめていた顔を上げて、母親と向き合う。

そして母親は言った。


「どさくさに胸を触らないでくれるかしら? 正直、鬱陶しいわ」

「え、えへへ〜。だってフニフニしてる」

「失礼ね。もっと弾力のある擬音語のはずよ。プニプニの間違いでしょ」


ん? 今気づいたが、ソーちゃんとは違って母親の方、普通に胸あるな。フニフニかプニプニかは知らないが。

って、人の親の胸を見るなんて、俺はいつからそんなクズに……


『——ソイチッチ!』


……玄関から男の声がした。声からして分かるのは、その人間が焦っている事。男だという事。十中八九父親だろうと推測。

ソイチッチも声が聞こえたのか、母親から離れて俺を通り過ぎ玄関に向かう……その半ばで、声の主と対面した。


「ソイチッチ!」

「お父さん!」

「ソイチッチ、ああ良かったソイチッチ! 無事たったんだな」

「無事? それよりお父さん、お仕事は?」

「仕事なんてやってられるか。森に入るお前を見たと聞いたんだから。

いやー、でも本当に良かった。どうやらあいつの見間違いだったようだな」

「……」


なんとも言えない表情を浮かべるソイチッチ。父親は不思議そうにソイチッチを見るが、それよりももっと不思議な存在、俺に気がついた。


「あんた誰だ? 変な格好して背中に背負った姉ちゃんも何者(なにもん)だ?」

「何者と言われても、そうですね……敢えて言うなら、森で熊さんに襲われていた1人の少女の面倒を見ていた者、ですね」

「森で……1人の少女」


ソイチッチが俺を見て、裏切られたという表情をした。

ここまでの情報が揃って気づかない父親でもなく、怖そうな目つきをした後、ソイチッチを睨んだ。


「ソイチッチ、お前まさか」

「……ごめんなさい」

「っ……本当に」


一歩前に出る父親にビクリと反応するソイチッチ。確かに、今の父親は怖い表情だ。何でそんな表情をしてるかなんて、誰が見ても分かるものだが。

父親が手を動かすのを見たソイチッチ。叩かれるとでも思ったのか身を縮こませ——小さくなった体を、父親が抱きしめた。


「馬鹿やろうっ! お前、自分が何したか分かってるのか!? あそこはっ、危険だって言ってたはずだろ!」

「で、でも」

「でも、もだってもない! 馬鹿やろうだ! お前は全く、大馬鹿やろうだ!!」


大のおとなが泣きながら、娘を抱きしめる。娘も時間差で泣き始める。

完全に引くタイミングが分からなくなった俺は、母親と目があう。ニッコリと微笑まれ、こちらは苦笑するしかなかった。


………………

…………

……


1つの空き部屋に布団を敷いてもらい、ローブの女性を寝かせた。

壁紙もないシンプルな部屋、周りに所々荷物が置いてあり、真ん中に1人の女性という不思議な空間の中、俺はさっきの事を思い出す。


一通り事情を説明した俺は、母親と父親から感謝された。


『お礼はやっぱり……身体か』


急に父親からそんな事を言われて、俺は何も言えなくなり、それをどんな返事と取ったのか、父親は悟った目つきでソイチッチを見た。


『貧相な体で、どこまでいけるのかね……いやイけるのかねぇ』


直後何故かフライパンを手にした母親から後頭部を殴り飛ばされて、父親は一時退場。


『あら、少し眠たくなってきちゃった』


薬かただの眠気か、本当に眠たそうにしていた母親は、ソイチッチに俺たちを任せた。

そして俺はソイチッチにこの部屋へ連れてこられた、という訳だ。因みにソイチッチは、大きなたんこぶ作った父親を対処するらしい。だから今は、ローブの女性の2人っきり。


何となく、そろそろ起きるだろうと思った。目で観て、目の前の魔力の動きが活発になりだしたから。


「ん、うぅ……」


よし、これも新たな発見。目が赤色になったのは面倒だが、役に立つ。魔力の動きを見るというのは、ロックなマンでいうところの電波な空間に近く、不思議な感じだ。慣れればそこまで不快じゃなく、むしろ楽しいと思える。


——俺はポーチから食べ放題verレンジでチンを取り出し、栄養たっぷりの食べやすい雑炊、と言う。するとチンっと音がして、取り出すと優しい匂いのする雑炊が。

思わず俺が食べそうになる魔力を放出しているが、そこは我慢して、早々にレンジでチンをポーチに直した。


「ぅ……っ!!」


切り替えが早い。

しかめっ面で、勢いよく起きた女性は、気怠げに辺りを見渡す。途中俺にも気づいたが、息を大きく吐き出すだけ。

きっとあれだ、リアクションをとるのもダルいらしいな。


「ほら、これを食べろ」

「っ……」


普通、警戒でもしそうだが、うんともすんとも言わずに女性はハフハフと雑炊を食べ出す。猫舌の俺として、少し羨ましい。


「あまりがっつくなよ。吐くぞ」

「……」


食事を邪魔された腹ペコの女性は、俺の言う事に一理あると思ったのか、それからゆっくり食べる。ゆっくりと言っても、一人前が2分もかからず食べ終えたがな。


ふぅーと満足そうにした女性に、ドリンクバーver水筒で天然水を出し、渡す。


これも素直に飲み干した女性は、ポツリと呟いた。


「これ、おいしい……」


雑炊ではなく、天然水に反応したのは個人的に凄いと思った。


……しばらく無言の状態が続き、自分がまだ手に水筒を持っていると気づいた女性が、俺にそれを返しながら言った。


「……とっても美味しかった」

「タダだから気にするな。

それより、状況説明。急に倒れたアンタを運んだ。ここは、アンタが助けた少女の家だ。

……意外と説明早く終わったな。何か他に聞きたい事は?」

「……迷惑かけたみたい」

「だから気にするな。お前が俺に頼んだなら別だが、今回は俺が勝手にした事だ。

ここで俺がもしも傲慢に望むとすれば、謝罪より感謝がいい」

「……ありがとう」


ここでまた、沈黙となった。そしてタイミング良く登場するソイチッチ。


「あっ、気がついたのですね!

良かった。心配したんです。私を助けたせいで貴女が倒れてしまったみたいで、ごめんなさい」

「……私が勝手にした事だからいい。それと、受け取って嬉しいのは、謝罪より感謝の言葉」

「はい、ありがとうございます!

——聞きましたかハク兄さん? このお姉さん、とっても優しいです!」


それじゃあまるで、俺が優しくないみたいだ。そいつのセリフは、何だか聞き覚えがあるんだがなぁ、それもついさっき。

別に構わないが、何だか釈然としなかった。


〜〜〜〜〜


「うう、もうお別れですかハク兄さん?」

「悪いな。俺はやりたい事があるんだ。それはこの町にいては、到底叶えられない」

「……分かりました。私もこれ以上ハク兄さんに迷惑をかける事は出来ないですし、今日から良い子になる為、言うことは聞くです」

「へぇ、偉いじゃないか」


今回の出来事を、次に活かせるのは賢いことだ。反省だけなら猿でも出来ると、高校の体育教師が言っていた。いやコーチだっけ。


「お姉さんもありがとうございます! 私、お姉さんのように強く優しくなります!」

「頑張って。私は全然、強くも優しくもないけど、貴女なら出来そうだから」


すっかりピンピンしたローブの女性は、同じタイミングで俺とソイチッチの家を出ることになった。

母親は寝ており、父親は気絶。今俺たちに別れを言えるのは、ソイチッチだけ。視界から消えるその時まで、ソイチッチは俺たちに手を振り続けていた。



「……で、お前は一体、いつまでついてくるんだ?」

「忘れられない味。不覚ながら、胃袋を掴まれてしまった。

お金は払う。美味しい料理欲しい」


食欲に貪欲だったローブの女性。

しかしお金を払う、か。別に払わなくてもタダだから全然良いのだが、対価を払うというその考えは今の俺にとって合理的。


「望みを一つだけ叶えてくれるならいいぞ。場合によっては、毎日提供してもいい」

「っ……何!」

「刺激的な1日が欲しい。何もしない人生なんて、虚しすぎる」


前進か後退か、きっちりしろ。止まるのだけは嫌だ。

そんな気持ちが、スキルに繋がっているのかもしれない。


「何か非日常は……そんな俺にピッタシな場所、あるいは目標を教えてほしい。

毎日提供出来るかもしれないという意味が分かったか?」

「つまり、私がこれからどうするか、で決まるという事」


その通り。もしもローブの女性が訳ありなら、そのままついていくのもいい。

しばらく答えを待った。

返ってきた言葉は、俺の望むものだった。ローブの女性は、初めて俺に頭を見せる。だからそれは、ずっと身につけていたローブを外したという事。

狐色の目に、狐色の髪。そして1番目についたのは、狐耳。


「——私の名前はルナール。種族は、狐人族。火を操る事の得意な種族。その中でも特に特別な私の姉さん、浄化の炎を修得した姉さんを探す旅をしている。

これからの予定は、渓谷の異界地を目指す事。そこを繋ぐ魔導列車が通る駅がある街、ここから1番近いロードまで行く……どう?」


……人間じゃない、初めて見る種族。そして浄化の炎とかいうよく分からない力を入れ。渓谷の異界地という、聞くだけでワクワクする言葉。魔導列車という、未知の乗り物。


答えは決まった。


「俺はお前についていこう」

「や、やった!」


雰囲気と違って可愛い反応をした女性、ルナール。これからしばらく俺が旅する事となる、初めての仲間だった。


「ところでお前、魔人は好きか?」

「魔人? ……私は否定派、というより嫌いだけど、それがどうかしたの」

「……いや、何でもない」


◇◇◇◇◇


今日は色々な事があったなぁ。

狼さんに食べらそうになって、お姉さんに助けてもらう。熊さんに食べられそうになって、またまたお姉さんに助けてもらう。その後はハク兄さんに食べちゃうぞと言われた。


……あれ、何だか私、食べられまくりだよ。しかも全部物理的に。全然ロマンチックでも何でもないよ。


——まあいっか。


今日は久しぶりに、お母さんと一緒に寝ている。久しぶりの温もりに包まれて、とても嬉しいです。

お父さんは1人で眠ってもらいます。エッチな事をいって、寝かせてくれないからです。


「……あらあら、困ったわね。お母さん眠れない」


お子ちゃまだ。


「あんなに寝てたからだよ」

「その代わり、すっかり良くなったからいいでしょう?」

「うん!」


これはいい雰囲気!

お母さんのプニプニおっぱいに顔を埋めようとしたけど、おでこにデコピンされた。

きっと、シャイなんだ。


「……それにしても、不思議な格好だったわね。私の息子」

「あれ、その設定まだ続けるの?」

「ハクっていう子」

「不思議な格好……きっと、全然不思議じゃないよ。

話は変わるけどね、お母さんは魔人にあった事ある?」


答えは分かっていた。だって魔人は、世界に1人もいない。


……いない、はずだったから。


「私は会った事ないわ。ソーちゃんは?」

「えへへ、私はあるかもしれない」

「……そう。だったら私もあるかもしれないわね。参考にどんなだった?」

「優しかったよ。ちょっとだけ冷たい言葉してるけどね、その代わりもっともっと優しかった。それに強かったよ、とっても。いるだけで頼りになるの。隣にいると安心できたよ。全然怖くないの。

魔人って、もっと雲の上の人、なんて思ってたけど違った。私たちと同じで、落ち込んだり拗ねたり、可愛かった。

もちろん格好よかったし、ああいうのがきっと、女の敵ってやつだよ。

——でも、でもね……」

「なーに?」

「……笑わないの」


たったの1度も。

心の底から、笑わなかった魔人。楽しくないから、じゃないと思う。それとは違う、深い場所で何かがあって、魔人は笑わない。

もしかして笑えないのかな。だったら、寂しい。悲しすぎる。


「まるで、死んでるようだった」

「それはまた、結構な言い草ね」

「うん、言い過ぎた。まるで生きてないみたいだったの。

命っていうのが、見えにくい。感じにくいの。魔人は命なんてどうでもいいって思ってるのかも。いつ死んでもいいっていう気持ちが見えた」

「何ででしょうね」

「分かんない。でもあれじゃあ魔人、ずっと1人ボッチだよ。

私は近づこうとしたけど、魔人が許してくれなかった。近づけなかった。どこにもね、入り口がないと入れないでしょ? 私はただ、辺りをうろちょろする事くらいしか出来なかった」

「……入り口はあっても、扉が閉まってるだけだったりして」


そうなのかな。

ううん、お母さんがそう言うなら、そうなんだろう。


「じゃあ私、どうしたらいいのかな?」

「うーん、貴女が私の娘だから言うけど、何も出来る事なんてないわ。そう簡単に心の中っていうのは、気軽に入れるものじゃないんだから」

「私、何も出来ないのか」

「そうね……コンコンって、外からノックするくらいかしら。どちらにせよ貴女1人じゃ、気づいてくれないかもしれないけど」


辛口ですお母さん。私はカレー甘口が好きだって言ってあるのに。すぱいしーの効いた言葉だよまったく。


「ん? という事は、1人だけじゃないならいいのかな?」

「……さあ分からないわ。でも今度からは、私も手伝おうかしら」

「今度ってあるのかな?」

「それも、さあ分からないわ。また会えるといいわね、魔人に」


私は頷いた。

今度こそいい雰囲気だと思ったのに、ギュッと抱きしめられて身動き一つ取れなくなる。


「ありがとうソーちゃん、お休み」


なんのお礼を言ったのか。お母さんはそのまま寝てしまう。……今日は太ももだけで我慢しようかな。


——また会えますよね、ハク兄さん?

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