白王 帝の自由旅
◇◇◇◇◇
これは、空椎高校の学生が一斉に転移された時の、白王 帝の話である。
◇◇◇◇◇
異世界ねぇ……異世界……異世界か……異世界なんてクソッタレだ。
みたいな事を言ったはずだが、謎の女は聞く耳持たず。「そんな君だからこそ面白い」とかほざいて、俺は今、スキルというものを取ろうとしている。
こうなっては仕方がない。聞けば魔物とかいう地球とはだいぶ違った生態が築かれているらしいじゃないか。ひ弱な日本人が勝てるはずもないし、生きる為に全力になろう。
……それにしても分厚い。辞書よりも分厚い本だ。中身を見てみるが、既に全部を見るのは諦めている。こういう時は勘だ。直感を信じればいい。
——真ん中、いや少し右側を一気に開く。そして視界に飛び込んできたあるスキル。
【道を切り開く手】
何故だかよく分からないが、本能がこれを取れと言う。つまりは、さっき俺が信じるといった直感。取らない道理が無かった。
次にもう一度、適当な場所を開くと、またもや視界に飛び込んできたスキルがある。
【地を踏みつける脚】
さっきと同様、詳細までは分からないが、推測は可能。どちらもレベル10をとり、俺は20ポイント全てを使い切った。
すると、さっきの女の声が聞こえる。
「——決まったみたいだね。君の所属エリアは決めたよ。スキルも選んだみたいだし、頑張って。応援はしてないけど」
ああそうかい。
一生こいつとは関わらないと決意しながら俺は、この空間に来た時と同じような感覚に身を任せた。
その時一瞬、家族の姿が頭をよぎり……俺は、心の中で謝った。
〜〜〜〜〜
意識が再び覚醒する。周りを見渡すが何もない所だ。湿っぽいし、薄暗い。恐らくここはダンジョンなのだろうが、とりあえず上に行く。
……4階には部屋があった。そこは無視して5階までいき、ついにそれらしき場所に着く。あれは玉座だな。立派だ。少なくとも学校にある校長先生の椅子よりは。
多少警戒しながら玉座に近づくと、パンフレットのような物が無造作に置いてあった。拾い上げて見てみる。中には、このダンジョンの説明書が書いてある。
5分くらいで全て読み終えた。
とりあえずダンジョンポイントを確認すると、720ポイント。少ないのか多いのか分からない。
——ここで俺は、自分のスキルを確かめる事にした。使い方は何故か頭に入ってある。
簡単に説明すると、手は倍加、もしくは進化としても使える。脚は半減、もしくは退化としても使える。
例えばここに1円玉があるだろう。それを俺が手で触ると、倍の重さの2gに出来る。もしくは存在の格を上げるとでも言おうか、5円玉に変えられる。水鉄砲があれば威力を2倍するか、もしくは格を上げて鉄砲にするか。応用はいくらでもありそうだ。
制限は元の2段階まで。
俺は倍を2回、頑張っても4倍までしか出来ない。格を上げるのも2段階までなので、1円玉を10円玉にしか出来ない。例外はもちろんあるのだが……これはまたいつの日か説明しよう。
それよりもまず、この能力を使うにあたって俺は、鎧を召喚する事ができた。これもスキルだと思う。なんの防御手段ももたなかった俺に、これは嬉しい誤算。
しかし変わった鎧だ。シンプルでいかにもな初期装備。茶色で……左腕だけの鎧に、右足だけの鎧。
見た目も安っぽい。
「……次は」
実験開始。
俺は自分を自分で触ると、スキル【道を切り開く手】を発動。格を上げて進化する。成功するかどうかは分からなかったが、こんな事も出来ないようでは生き残れない。
  
「っ……」
現に身体中が熱を発する。まるで脳が沸騰しているような、全身が作り変えられる感覚。呼吸がおぼつかなくなってきた頃、それはようやく収まってきた。
《ハイ・ヒューマンに進化しました》
「くぅ……はぁ!」
思ったよりも辛かった。
今頃気づいたが、鎧が変わっている。茶色だったのが水で薄めたように色を変えて、形も厳つくなった気がする。
……さて、まだ後一回残ってるぞ俺。根性を見せろよな。
さっきでアレだったのだから、次はもっと酷いだろうと予想し、【道を切り開く手】を使った。
「っ……ぐぅぁぁあっ!!?」
熱い。熱い熱い熱い熱い。 さっきのがマシに思える痛さと熱。激痛が身体中を巡り、今度は身体中がミキサーにかけられている感覚。
これは、これは……
——ああ、死ぬかも。
ふと、そう思った。なんの冗談でも比喩でもなく、今にも四肢がバラバラになりそうだったら誰だって同じ事を思うだろう。
だが、死んでもいいかもと思った。むしろこの可能性を考慮してでの行動。俺は自分の命を、過去と未来で天秤にかけた。
家族と離れて、もう会う事のできない今、死んでも構わない……と。でも生きてもいたい……と。
運に任せる。
だったら最後に、コール機能を思い出して、数少ない友である小宮 緋子に遺言でも残そうかと思い、ディスプレイにある小宮の欄を……っ!!
ここで、更なる痛みが暴れまわった。気が狂いそうになる。精神が壊れそうだ。
急な変化に手が勝手に動き、小宮 緋子の名前ではなく、別のところへ押してしまった事に、俺は気づかないでいた。
◇◇◇◇◇
ど、どうしよう……僕はなんでこんな所にいるんだよぉ。帰ったらエリたんの人形を抱きしめて、適当に掲示板を覗いて、カスミたんの抱き枕を抱きしめながら明日を迎えるはずだったのに……どうして。
怖い。
怖いよぉ。
怖すぎる。
スキル? いや、それも怖くて使えない。それに使えないかもしれない。だって、どうせ僕なんだし……もしもスキルを使えなかったりしたら、それこそ絶望的だ。
ああ、一体どれだけ時間が経ったのかな。もう何時間も経ったのかなぁ。
と、その時だった。僕の目の前にパソコンの画面のような物が現れる。
「ぶひゃあっ!?」
ちょっとだけ変な声を出してしまった。でもこれは、一体何なんだろう……とりあえず【承認】を押した。だって、【拒否】を押したら怒られそうだったから。
でもこの後僕は、承認を押してしまったことを後悔する。
『ぐぅうっ!! ガガァァぁああ!!?』
「ひぃぃいっ!?」
何これ。ホラー? ホラーなの!?
化け物だ。化け物の声が聞こえる。何だよこれ、何なんだよこれは!!
消えろ!
消えろ消えろ消えろよ!
『ヴゥアァァ……!!』
もう嫌だ!
耳を塞いで待つ。
終わるのを待つ。
でも、化け物の声は収まるどころか酷くなり、何時間も経ってようやく声が聞こえなくなった。同時に、プツンーーっと。最後に残ったのは、目の前に残った画面。
「い、一体何なんだよぉ〜!!」
さっきの声と、誰もいないという現実が僕を襲い……そして運良く見つけた。画面の中に、犬 王人という名前を。僕の恩人を。
これは神の導きなのかもしれない。
あれは忘れもしない。低脳な1年生に僕が襲われていた時、颯爽と助けてくれたヒーロー。まるで漫画の主人公みたいな、僕もああなりたいと思った。
……そうだ、これしかない。王人君ならきっと僕を救ってくれる。また、この前みたいに。これからもずっと、助けてくれるはず。美味しい物を沢山くれるはず。
僕はさっきの声で、これが電話みたいな物だと予想している。うん、冴えてるね僕。
だから絶対に繋がるんだ。
僕はそう思い込みながら、犬 王人という名前を押した。
——この後、デップリと太ったこの人間こと、音蔵 武蔵は犬 王人という心優しい少年に助けられる事となるのだが……それはまた別のお話。
◇◇◇◇◇
俺の中で何かが、目覚めた。
《魔人に進化しました》
「はぁ……はぁ」
……な、何だ、結局俺は、死ななかったらしい。しぶといもんだと我ながら呆れる。さっきまで辛かったはずなのに、今では逆に永い眠りから覚めたようにすっきりしてる。体がやけに軽い。身体能力が、もう普通じゃなくなっている。
知らない奴にコールしていたのは驚いた。結局名前を見てないから、誰にコールしたかまでは分からない。
……最後まで緋子に遺言を伝えられなかったな。まあ、これで良かったと思う。そんな事をしても、あいつに迷惑をかけるだけだし。
「ん……またか」
見ると鎧が、今度は大きく変形した。色は白と黒が混じった感じとなり、手で触って確認するが、左腕の鎧は肩までのぼり、俺の左上半身と顔の左半分を隠してある。ほんの少し頭も覆ってるな。半端な仮面ライ⚫︎ーってところだ。
さっきは全体的に厳つい鎧だったのが、今度はスマートになった。けれど頑丈さは明らかにこっちの方が上だと、その手に疎い俺でも分かる。
というか、さっきから聞こえる謎の声は何なんだろう。推測は出来るがな。つまり、これも能力の一端なんだ。何に進化したかを教えてくれる。
確か……魔人だっけ。俺は人間をやめたって事か。面白い。
空気中に、さっきまで見えなかった光の粒子みたいなのが見える。これも推測だが、魔力か? ディスプレイも魔力だなこれは。チャットとかいうやつも、この魔力を電波みたいに飛ばしていると推測する。
「おっ、ダンジョンポイントが増えてる……520万3000か。まあ多いのかな」
という事はオレの最大魔力が増えたという事だ。純粋に嬉しい。
ダンジョンポイント使って便利道具を取り出せるようだし、これは後で選定しよう。ダンジョンなんて早々に去りたい。
縛られるのは嫌いだ。ジッとしているなんしょうに合わない。
「……ん? 」
ここで、俺は顔の仮面を外す。取り外し可能だった。
しかし大事のはそれからで、画面に映る俺の目が……赤色だった。最初に言っておくが、俺は根っからの日本人だ。黒髪黒目、のはずだった。
「俺はいつからオッドアイに……」
まあ魔人が関係しているのだろう。顔まで伸びた鎧は、これを隠す為でもあるのか。ならばと顔の鎧を再び付け直した。
しかしこの目だな、光の粒子がハッキリと見えるのは。見ると鎧も光の線がある。特に左の鎧の手の爪部分にそれは顕著だ。
まるで……
——俺は鎧を纏った左手の爪を、まずは腹部を両断する光にこすり合わせる。スキャンみたいだな。
変化はあった。鎧の色が紅蓮に変わり、顔の部分も変形する。
なら肩から下に流れるこの線はとこすり合わせるが、これまた変形、真っ黒に変わる。
左胸にこすり合わせると白色に。
右足にこすり合わせると青色に。
左喉元にこすり合わせるとエメラルド色。これは鎧全てが俺の体を覆う、つまり至って普通な鎧へと変化した。
顔にこすり合わせると、顔の鎧が一番変形して、遂に顔全体を覆うようになった。色は紫と黒。
各自変形すると、各々の能力が頭に浮かんできた。状況に応じて使い分けろと……なるほど便利だ。
自分の変化に感動していると、コールされた。小宮 緋子だ。
もちろん【承認】する。
『——うおっ、やっと繋がった! おい大丈夫かよハク!?』
「大丈夫だ。何をそんなに慌ててる」
『お前そりゃ、丸々6時間以上もコールに出なきゃ心配するわ!』
……6時間?
これは流石に驚きを禁じ得ない。自分でも気づかないくらい、俺は魔人になる為に死の淵を彷徨っていたらしい。
そういえば喉が渇いた。
「こっちは大丈夫だ。すまん、心配をかけたらしいな」
『いやいいけどよ、お前が死ぬなんてこれっぽっちも思えねえし。
……なあ、それよりどんなスキル取ったんだ?』
「その質問、俺以外にするなよ」
殺した者のスキルを奪えると、確か最後の最後に書いてあったからな。
まるであの女、俺たち同士が戦うのを推奨しているようだ。嫌な奴だ全く。
『わーってるって、俺だってお前以外には聞けねえよ。
で、何のスキル?
聞いて驚けよ。俺はクリエイトゴーレムちゅう、すんげー便利そうなスキルなんだぜ。地球じゃお前に何一つ勝てなかったが、異世界で俺は成り上がるのだ!』
「……そっか、異世界だったなここは。お前そういう小説読んでたっけ」
『おうよ!その俺様からの親切なアドバイスだ。ほれ、お兄さんに教えてみんさい』
「……秘密だ」
『ここに来てそれはないだろ!?』
確かに、こいつの言い損だな。嘘をついてるかもしれんが、いや声からして嘘はついてなかったし、やっぱりこいつだけ損だ。
罪悪感は無い。
「俺がこういう人間だって事は、お前も重々知ってるだろ」
『ん……まあよ。俺も本当に聞けるとは思ってなかったわ』
「なら何で自分のスキルを言った?」
『それはやっぱり……あれ、なんて言うか、親友からの信頼だと受け取ってくれ。
お前の事だ。どうせこの異世界を自由気ままに探検しようなんて思ってるんだろ?
プレゼント機能だってあるし、何か必要な物があれば送るぜ。近況もチャットの掲示板みたいなのを確認して状況は報告してやる。
だから死ぬんじゃねえぞ。絶対に。もしも死んだら死んでも許さねえからな 』
……遺言なんて言わなくて良かった。一発ぶん殴られる……それだけじゃ済まなかったかもしれない。
「ありがとう。俺の行動が読まれているようで癪だが、その心遣い感謝する」
『かてえ! お前かてえよその態度! 友達なんだから当たり前だろ。
ほれ、じゃあいくぞアドバイスその1。冒険者ギルドへ行け。力をつけてるなら、たとえ素行の悪い奴に絡まれても堂々とやり返せばいい。ギルドマスターって奴もいるかもしれん。大概並大抵じゃねえ実力者だったりする。あるいは合法ロリかな。
アドバイスその2。奴隷は便利だぞ。お前あだ名皇帝だから、絶対遵守の力でも持ってたら意味ねえけどな。他者を強くするスキルでも持ってたら、自分好みに育てるのもいい。
アドバイスその3。森に入ったら襲われている人間がいるだろうから、助けてやれ。目指せハーレムだ。貴族だったらコネも作れる。
アドバイスその4。まずは……』
「ストップ。じゃあな健闘を祈る」
『ちょっ、おま』
……ふう、静かになった。正直話の5割は聞き流してしまったが、まあいいだろう。
さーて、生活必需品を探そうか。
〜〜〜〜〜
〈ドリンクバーver.水筒〉
・ポイント20万。
レストランではお馴染みのアレが、水筒になって登場! さあ、ボタンを押してみよう。あったかココアからヒンヤリコーラまで、すべての飲料という飲料を兼ね備えている!
え?俺はもちろん、朝の贅沢なひと時を、ブラックコーヒーだぜぇ。
〈テント〉
・ポイント50万
某ゲーム、最後のファンタジーでも出てくるテント。あれよりも性能は格段に上だ! 何と大きさはカプセル並。衝撃を与える事によって、大きさ4メートル四方のテントが展開。中はもっと広く、キッチンからトイレまでついてる旅のお供にこれは必須!
もちろん、1日寝ると体力も魔力も回復してるぞ。
〈食べ放題ver.レンジでチン〉
・ポイント40万
目の前で食べ物の名を唱えてごらん。するとあら不思議、チンっと音が鳴ったら開けてみよう。貴方望む全てがそこにある……
ただし、飲料関係は無理だぞ。
〈収納袋ver.ポーチ〉
・ポイント200万
大きさは腰にぶら下げるくらいなのに、中身はなんと無限大。出し入れは簡単。青いロボットを思い出そう。
おっと、スペアは無いぜ?
〈クッション・高性能〉
・ポイント4万
〈抱き枕・神性能〉
・ポイント50万
〈ワイヤー射出機〉
・ポイント10万
御誂え向きに誰もいねですぜ兄貴。ヒッヒッヒ……
〈盗聴器・高性能〉
・ポイント10万
お主も悪よのう。ヒッヒッヒ……
〈発信機・高性能〉
・ポイント10万
ヒッヒッヒ……
〈魔石セット〉×10
・ポイント10万×10
〈オリハルコン製の短剣〉
・ポイント2万
〈オリハルコン製の長剣〉×2
・ポイント2万×2
〜〜〜〜〜
こんな物でいいかな。少なくとも衣食住には困らない。衣が若干心許ないが、そうだ買えばいいじゃないかってね。金がない? そうだ売ればいいじゃないかってね。
抱き枕はいるよな。ああ、いる。クッションもいる。無駄遣いでは決してない。
そして俺はこれらの全てを、2段階格上げする事に。っと、思ったのだが……
《ダンジョン、または、それに通じる物、は、干渉、無理です》
無機質な声が聞こえる。聞き取りづらいが言いたい事は分かった。世の中そう上手くはいかないなと反省。
今日はもう遅い。4階の部屋で休もう。明日の朝には、出発だ。
サポートキャラだっけ。それはもういい。作るなんて不気味だし、あの女の言う事を聞くみたいで嫌だった。




