我等、平和を望みし者
◇◇◇◇◇
まだ、魔導列車は進まない。不思議ちゃんは窓の外を見ている。俺は適当に仮眠でも取ろうかと思っていたが……
「はいこれ」
アイベルフォンから、ピンク色の棒のような物を渡された。甘い香りが微かにする。
「……なんだ一体?」
「私が作ったの。
美味しい! とまでは自信が持てないけど、それなりに一所懸命頑張ったつもりよ。
ほら、目的地まで長い時間がかかるでしょ? 魔導列車に甘い物はお決まりよね」
「そうじゃない。一体何を企んでるって聞いてるんだ」
「非道い言い草ね!?」
だって、俺は碌に魔力制御も出来てない人間だし? アイベルフォン様から施しを受けるなんてそんなそんな……
「私なりのお詫びのつもりよ。さっきはちょっとカッとなって、気を悪くさせちゃったから」
「……ふーん」
まあ、反省しているなら構わない。邪険に扱うつもりもない。
俺はアイベルフォンが作ったと言ったお菓子を口にする。
ポキっといい音がした。
チョコみたいな甘味に、イチゴみたいな酸味が上手い具合に合っている。
「美味しいな」
「あっ……そ、そう?」
「ああ、意外だ」
「一言多いのよ!?」
アイベルフォンはそう言うものの、美味しいと言われた事が嬉しいのか、それからもちょくちょく俺にお菓子をくれた。すべて自作らしいが、美味しい。
……意外だ。
もっとこう、ウザったいキャラだと思っていたのに、調子狂うな。
俺の中でお菓子くれる人間は等しく善人だ。最後の一つをくれる人こそ、真の善人だとも思っている。
「はい、今度はクッキー」
「……」
「な、何よ?」
「……何を企んでる……いやよそう。学園生活の事を、少し教えてくれないか?」
「学園? 別にいいけど」
それから、学園の話を聞く。ただ、学園というより不思議ちゃんの割合が半分以上占めていたが。
ある所に、それはそれは見目麗しい女性、不思議ちゃんがいました。それだけならば学園の中で珍しくもないのでしたが、本当に異常だったのは魔法の腕前。本人は幼少期から図書館で自主的に勉強をしており、お前何で学園来たんだよと教師陣からは思われるほどの力。
平民の癖に生意気だと思っていたお坊ちゃまお嬢ちゃんも、不思議ちゃんの魔法を身近で見ては、考えを改めます。
不思議ちゃんスゲェー! と。
いつしか不思議ちゃんに敵はいなくなり、本人の性格が災いしてか、不思議ちゃんを心底祀る団体も多くあった。要は過激派ファンクラブだ。
しかし!
ただ1人、不思議ちゃんに無謀にも負けじと張り合う人間がいた。
「それがお前か」
「だって、悔しいじゃない。負けたままなんて。みんな言うのよ。教師も、あいつだからしょうがないって。私そういうの嫌なの。
だから毎日頑張ったんだけど、結局は次席止まり。あーあ……卒業したくなかったなぁ」
「ふーん、で……本当はこいつと友達になりたかったのか?」
「そうそう、でも私は素直じゃないから突っかかるような態度をとっ……て! 何言わせるのよ変態!」
変態だと……!?
紳士に向かってなんて言い草だ。
「だからさっきも、こいつにギャーギャーうるさく話しかけていたのか」
「ギャーギャーって……でもまあ、そうね。
私は久しぶりに実家へ戻ろうとしていたの。そしたら何と、崖の番人とまで言われた人間がいるものだからビックリしちゃった。
貴方は知らないんでしょうけど、そいつはさ、興味が無いものは覚えないの。先生の名前だって、きっと1人も覚えてないんでしょうね」
アイベルフォンは投げやりに、顔をしかめてそう言った。
確か……
—————
『知り合い?』
『さあ?』
えっ……
赤い髪のツインテールの女も、えっ……となる。次に体を震わせ、目尻に涙が浮かんでいるのは気のせいか。
『私よ私! アイベルフォン・リリティアラートよ! 次席だったでしょ!』
『……ああ』
『ふんっ、やっと思い出したのね』
『確か同じクラスにいた。名前は……ごめんなさい。思い出せない』
『今言ったでしょ!』
—————
確か……覚えられていなかったな。
「分かったでしょ? 所詮私は、そいつにとってその程度だったの。
そしたらなんかさ、訳わかんなくなっちゃった。今まで私がやってきた事は何だったのって。全部意味の無い事だったのかって。
名前だって言ったのに、そいつはさ、直後に思い出せないって言った。もっと言えば覚えられないのかも。私が……私だから」
「……」
「でも、貴方は違うみたいね。ヤブカラスティックだったかしら? そいつにちゃんと覚えられていたからさ、つい八つ当たりみたいな事しちゃった。
本当にごめんなさい」
こちらこそすいません! ヤブカラスティック違うんです! ほんの出来心だったんです! まさか、まさか名前にそんな関係があったなんて知らなかったんです!
「どうしたの?」
「いや、もっと学園生活知りたいなーなんて……は、ははは」
「そう? まあいいけど」
現代において、1人では無理だと思われていた転移魔法をやってのける天才、不思議ちゃん。
アイベルフォンは火の使い手だが、オールグラウンドな不思議ちゃんの火に勝てない、それほどまでに異常な不思議ちゃん。
余りにも綺麗で繊細な魔法を使う不思議ちゃんは、皇帝直々に城へ招待された事があると噂。既にゼルガンムンド皇帝の息子と婚約しているという噂。
……最後のなんだ許せん。
『おらおら、出発するぞ〜。座っておけよ馬鹿野郎。怪我は自己責任だかんな』
ここで、おっさんの声が聞こえてきた。どうやら、やっとらしい。
「出発するみたいね」
「ああ、ありがとうアイベルフォン。色々と知りたい事が知れた」
「まだまだ話し足りないくらいよ」
「それはまた今度の機会にでもお願いする」
そんな機会が来るかどうか……
2度と会わなくなるかもしれないアイベルフォンを最後に見て、俺はおっさんの所へ向かう。不思議ちゃんはワクワクしながら、窓を見ていた。
——おっちゃんは鼻歌をしていた。肩を叩くと、驚かれた。俺は気にすることなく、定位置である景色のよく見える窓に向かう。窓というよりは、なんと説明したらいいか……ベランダみたいなのものである。
とても狭く、景色を見るために作られたものとしか思えない。
「坊主は図々しい奴だ」
後ろからおっちゃんの声がした。図々しい? 自覚している。
……髪が風にたなびく。もしかして俺は今、格好だけでいうと少しイケメンじゃなかろうか。
「何だ、ゼルガノドをもうたつのか」
「目的は果たせたしな。もう用はない。後はあの景色を見るだけだ」
「ちげえねぇ」
おお同志よ。
我が心の友おっさんは、これからも健やかに運び手を続けられる事を祈る。
「——もうすぐだ」
おっさんは縦に流れる棒をガチャリと動かし、気づけば魔導列車も列車らしきスピードを出していた。
もうすぐ、とは俺が見たいと思っていた景色の事だろう。楽しみだ。実に楽しみだ。
見てるとこう……落ち着くんだよな。平和の象徴って言うんですか? 平和主義者にとっては心の癒しそのものだ。
——……俺はこの時、多分間違えた。
平和、平和言ってたせいか、いつの間にか フラグなるものを建ててしまったらしい。そんな、刺激的な毎日を望んではいないというのに、世界は俺に優しくない。
バンッ——と扉が開かれる。
俺とおっさんが振り返ると、迷彩柄の服を身に纏い、シルクハットの黒帽子というチンプンカンプンな格好をした男が現れた。手には大きな機関銃に似た物を大事そうに抱えている。
「我ら、平和を望みし者なり! 大人しく、手出しさえしなければ貴殿らの安全は保障しよう!!」
面倒な者が現れた、と確信。隠密を早々に使えばよかった 、と反省。
今やっても向こうを混乱させるだけ。まだ意図がハッキリしない今、言う通りに大人しく傍観していよう。
「なんだおめぇ?」
「我ら、平和を望みし者なり!」
「……安全を保障とか、物騒な事を言われたんだが?」
「変な真似をすれば、それも叶わぬという事! 大人しくする事を、我々は願う!
運び手は運転を続けてくれ! そちらの貴殿は何故ここにいるか分からないが、ジッとしてさえいればすぐに終わる!」
……我々、ねぇ。もしかしたらこの列車、既に占領されているのかもしれない。
不思議ちゃんと、それにアイベルフォンは大丈夫か……大丈夫だなきっと。
ジッとしてさえいればすぐに終わるらしいし、従っておこう。
「……何が望みだてめえら」
「愚問! 我ら、平和を望みし者なり!」
「ダメだ話が通じやしねぇ」
平和を望むなんて笑える。武器を手しにしている時点でテロみたいだ。いや、トレインジャックか? それは困るぞ。
まあいい。そんな事より、もうすぐあの景色だ。ワクワク、ワクワク……
——煙。
息を呑む絶景に、そんな無粋な物があった。自然の芸術を穢すそれは、至る所に。
建物からも煙、煙、煙。城の周りを煙、煙、煙。しかも、赤や青など色のついた煙までもあるサービスときたもんだ。手の込んでやがるぜ。
ここで俺は、傍観を止めてしまう。
おっさんが俺の顔を見て、真っ青になった気がした。
「なあお前、あれってお前らの仕業か?」
「愚問! 我ら平和への道の為、ある程度の犠牲はつきもの! 向こうは向こうの対応に追われ、こちらの異常に気づくのが遅れるはず!
つまりは、陽動作戦である!」
「ほう……賢いじゃないか」
「平和の為、努力は惜しまないのである!」
「いやぁ素晴らしい。努力って大事だと思うよ。それが報われるかどうかはともかく」
「何を……っ!!」
奴の武器を、まずは刀術スキルでバラバラに。異世界知識さんから正しい斬り方を教えてもらったので、爆発したりもしない。
後は自分の右上半身に死の鎧を換装。奴の頭を掴み、フルスイング。
「もっと賢ければ良かったのになぁ!!」
そうすれば景色を穢すなんて馬鹿なこと、しなかっただろうに。
「ぬぉぉおっ!?」
自然を穢す冒涜。死に値する。
そこの何とも形容しがたいベランダのような場所から、平和を望みし愚か者は落ちていった。助かる可能性は、ゼロ。
「坊主……おめえ容赦ねえのな」
「プッツンきたんだ」
予定変更。傍観しようと思っていたが、気が変わった。
殲滅だ!
「聞こえるか不思議ちゃん」
周りには誰もいない。もちろん視界内に不思議ちゃんはいないが、それなのに耳元で声が囁かれた。
『聞こえてるよ』
「いや何で聞こえてるんだよ」
自分から言って何だが……
『風をちょいちょいって。貴方の声も、耳の側で聞こえる。こしょばいね。背筋がゾワリとするよ』
「ああ、うん……状況説明」
『全員気絶。2名捕縛。雁字搦めの弱者につき、さあ、罰は何を与えようかな?』
優秀だ。それと、俺と考える事が似ている。これは今後も期待できそうだ。
「俺も今からそっちへ行く。罰はそうだな……いや、これ以上やると逆に目をつけられるか。仕方ない。兵に突き出そう」
『……ちぃ』
「舌打ちしない」
さーてと、でも、五体満足じゃなくても別にいいよな?
◇◇◇◇◇
「我ら、平和を望みし者!」
急に、変な格好をした人物がそんな事を言った。私は、最後のクッキーをヤブカラスティックの為に残しておくかどうか迷っている途中で、どうしようかと思っていた。
……横を見ると、あいつは窓の外をジッと笑顔で。
どうやら今回は、傍観する事に決めたらしい。興味のない事に一切関わらないというところは、あいつの短所だと思う。
「大人しくしてさえいれば、危害を加えない事を約束しよう!」
この車両には2人。武器は魔石を利用した魔導武器。引き金を引くだけで、人なんて簡単に死ぬ。あれの利点は、使い手を選ばないという事だろう。使いこなせるかどうかはともかく、使う事なら誰でもできる。
……どうにかしたいけど、まだ相手の目的が分からない。平和を望むのなら、何でこんな事をするのか。
「貴方達の望みは何?」
分からないのなら、聞けばいい。
「愚問。平和なり」
「今この状況は平和なの?」
「平和への道。犠牲は少なからず出る」
話が通じそうにない。これは向こうの言う通り、しばらく大人しくしていようと思っていたら……横から怒気を感じた。体の底から冷えてくる、灼熱の怒気。
ビックリしてあいつを見ると、窓を見て無表情になっていた。何故か。
「あ、アンタ一体……」
「聞きたい」
遮られた。というより、こちらに気づいていない。あいつの視界に今、私は入っていない。
平和何ちゃらとか言う人間も、これがただならぬ事だと分かってしまったらしい。1人があいつに武器を構え、1人が額から汗を流して勇敢にも声を発する。
……無謀にも。
「こ、答えられる範囲で答えよう!」
「犠牲、というのは……あれも?」
あいつは窓を指指した。ここからじゃ見えないが、何かがあるのだろう。
平和何ちゃらも、高らかに宣言する。
「然り! 平和の為、心は痛むが犠牲となって……」
バチーーッと音がして、それから平和何ちゃらは倒れる。武器を構えていた人間も、ビクビクと身体を震わせながら倒れる。
——雷魔法。
何でそこまで制御して使えるのか……やっぱり、おかしい。
乗客は急の事で戸惑っているらしく、動かない。無論私も、動かない。というか怖くて動けない。
「聞こえてるよ」
すると、あいつは身体をピクリと震わせながら喋り出した。
一瞬私にかと思ったが、これは魔法の行使、遠くの音を聞いたり逆に伝えたりする風の魔法。同じく繊細すぎる制御で、誰と話しているか私にも声は聞こえてこない。
予想はできる。
きっと、ヤブカラスティックなのだろう。
「……ちぃ」
あいつは口を尖らせて、冗談のように不満そうな顔をした。
……こんな表情が出来るなんて、私は知らなかった。いつも何を考えているか分からずに、不思議を体現したような存在で、あいつの事を本当は何にも知らないんだと、理解させられる。
ヤブカラスティックは言っていた。学園の事を知りたいと……私も知りたい。こいつの事を、もっともっと、教えて欲しい。私はこいつを、何も知らない。
——それからしばらくして来たのは、数名の平和何ちゃらと同じ格好をした人間を引きずって来た、ヤブカラスティックだった。
「貴方、やっぱり強いのね」
「アイベルフォンそれは違う。俺はただの魔物使い。
こいつらはみんな最初から気絶していた。不思議ちゃんがやったんだろう」
……不思議ちゃん?
私があいつを見ると、欠伸をしていた。まさか私にも気付かせずに、もう他の車両の平和何ちゃらを無力化していた。
それもそうか。むしろ、その考えに至らなかった私が愚か。
「お届け者」
あいつは気だるげにそう言うと、バンとひとりでに扉が開き、ヤブカラスティックが来た別方向から気絶した平和何ちゃらが運び込まれる。だからどうして、そんなに器用に魔法が使えるのか。
目の前には、気絶した平和何ちゃらの山が出来た。
「……で、結局何だったのかしらこいつらは。平和とか言って、物騒な物持ち歩いているし」
「物騒な物……うん、確かにそうだ。ここで人質を取られるような面倒くさいパターンは嫌いだ。武器は消しておくか」
何か変な事を呟きながら、ヤブカラスティックは私にしたように何処からともなく刀を取り出し、目にも見えぬスピードで魔導武器をバラバラにした。
何だ、やっぱり強いじゃない。
私が見た中で一番の腕前。それと、魔導武器は対処を間違えると爆発したりすると聞いた事がある。魔力を広げていたからこそ感じ取れた、視覚では捉えきれない圧倒的速さで、正確無比に武器を解体。
強さと言っても色々あると思っているけど、総合的に恐ろしいわね。これで魔物使いって、嘘を言ってないと思えるからさらに。
「さてと、あとは尋問タイム」
ヤブカラスティックは山の中から、1人を選別。他の人間よりも多少服装が立派に見える。……変な格好に変わりはないけど。
「不思議ちゃん、こいつに水かけてくれ」
「肺に直接でもいいよ?」
「いや、顔にな?」
「……ちぃ」
あんな冗談も言えるなんて(冗談よね?)。やっぱり私は、あいつを何も知らなかった。
ヤブカラスティックの言う通りに、不思議ちゃ……じゃなくてあいつは、平和何ちゃらに水をかける。最初は顔をしかめていたそいつも、段々と意識をはっきりとさせてきた。
「ぐぅっ……ここは」
「おっと余計な事は喋るなよ」
ヤブカラスティックは刀を首元につきつける。あれって結構怖いんだよね。私もさっき、冷や汗を流した。
「こ、これは……そういう事か。私は、失敗したのだな」
「頭の回転が速いようで何より。
では聞くぞ。何でここを襲った?」
「それは違う! 襲ってなどいない。我々は は平和を望みし者。平和を愛し、平和を」
「ストップ。もういい質問を変える。お前らここで何をしようとした?」
「……隠す必要もないな。我々は、最後尾の貨物車両を狙っていた」
「貨物車両?」
貨物車両……なるほど、こいつらのやりたい事が、少し分かったかもしれない。納得できるかどうかは別として。
「貴方達、魔石を狙ったのね」
「知ってるのか?」
「むしろ、何で貴方は知らないのよ。これは常識よ?」
「い、いやそれは……なぁ?」
ヤブカラスティックは、あいつを見た。
「……私も知らない」
こ、こいつらは……
一般常識よ?
「いい? この魔導列車は人を運ぶだけじゃない。最後尾から後ろ2つの車両は、魔石だけをたんまりと運ぶ特別車両。
きっとこいつらは、それを狙っていたんだと思うわ」
「さよう。我らは止めたかった。
お前達も知っているであろう。ゼルガンムンド皇帝は、戦争を望んでいる。この列車から運び込まれる魔石は、他の町などに武器を作るために運ばれているのだ。
そんな、そんな馬鹿なことがあってよかろうか? 戦争など、何も生まれはしないというのに」
「……貴方達の言い分も分かるけど、でもね、魔導列車から運ばれる魔石は、みんなの生活に必要でもあるのよ。武器だけじゃない。
それをどうにかしようとしていたなんて、はっきり言って傲慢だわ」
「……」
平和何ちゃらは黙りこくった。きっともう、何を喋っても無駄なんじゃないか。
しかし沈黙は、ヤブカラスティックが破る。
「アイベルフォンの言う通りだな。お前ら、何で壊さなかった?」
「……どういう事だ」
「貨物車両だけでも壊せばよかった。手っ取り早くな。それをしなかったという事は、魔石を残しておきたいという事。
これは予測だが、ここら辺はまだ橋みたいな所だし……もう少し先の森にでも進めば、お前らの仲間がいるんじゃないのか?」
「っ!」
「そこで魔石を回収。他の乗客は無視。まあ、仮にも平和とかのたまっているんだから当然だよな。
でもよ、それは唯の強盗と一緒じゃないか。金を払わずに魔石を手に入れられる。お前ら皇帝に刃向かう平和派にとって、いい手段だったという訳だ」
「ぐうっ……」
平和何ちゃらは俯いた。私からすれば、武器を手にしてる時点で平和も何もあったもんじゃないかと思うけど。
「……ふっ……ふふふ」
すると、俯いたままで平和何ちゃらが笑い出した。気でも狂ったかと思うが、次にこちらを睨みつけてくるその顔は、しっかりと理性が見えた。
ただしそれは、真っ赤に燃えている。
「魔石回収、確かに我々も良い気分ではなかった。そしてこれも良い気分ではないが致し方ない。平和に犠牲はつきものなのだ!
お望み通り壊してやる!平和っ……万歳!」
「お前……っ!?」
平和何ちゃらが、噛みしめる。奥歯……それがスイッチにでもなっていたのか。
——爆発音が轟いた。
列車が大きく揺れる。乗客の悲鳴がこだました。平和もとうとう可笑しい。
ここは橋。落ちれば真っ逆さま。恐怖で体が固まってくるが、それじゃあ何も変わらない。もうダメかと思ったが、揺れただけでそれ以上魔導列車に異常はなかった。
「くっ……遅かったか! まあいい。次で最後だ!」
平和何ちゃらが、また噛みしめる。今度は小さな揺れだったが、それは決して安全ではなく、むしろ絶対に来るピンチがひしひしと伝わってきた。
「ど、どうするの?」
「とりあえず……ぶん殴っておこう」
ヤブカラスティックはそう言うと、平和何ちゃらの顔を粉砕し、痛みで呻き声を出しているその体の……お、男の人の……大事? なところを踏みつける。
プチュっと音がした。
もういい歳してるであろう平和何ちゃらが、顔を真っ青にしてブクブクと泡を吹く。
……ヤブカラスティック、平和とは真逆の人間ね。
「次に……最初の揺れは運がよかった。少しでも爆発が早ければ直撃だったからな」
「でも、関係ないわよね。どうせこのまま行けば、真っ逆さまじゃないの?」
「……だろうな。俺も橋を復旧させる便利な力は持っていない。逃げるだけなら容易いが、この列車を無くすのは惜しい。
何か案はないか?」
「私もそんな便利な力なんか持ってないわ。でも……」
私もあいつを見た。ヤブカラスティックも私が言わんとしている事は分かったらしい。
「出来るか?」
「……私も惜しい」
「なら……」
「うん、頑張ろうー」
頑張ろうー……だなんて、拍子抜けする言葉。でも不思議と恐怖はない。この時点で私は、既に大丈夫だという確信があった。
◇◇◇◇◇
換装、“不死鳥の翼”
不思議ちゃんに貸し与えると、それは大層喜んでいた。風を利用して飛べるには飛べるらしいが、こっちの方が制御しやすいらしい。
いや飛べるのかよと思った。
アイベルフォンは驚いていたが何も言わず、クッキーをくれた。
口いっぱいに広がる甘味を味わいながら、俺はおっさんの所へ向かう。
《王人、さっきの爆発は魔石を壊す最後の手段であると同時に、作戦失敗を意味します。もう、やつらの仲間は既に逃げていますよ》
(もうどうでもいいよ、そいつらは)
というか、関わりたくない。さっきのゼルガノドを穢していた煙は普通の煙らしく、じきに元へ戻るとの事。この時点で怒りも収まり、冷静になってきた。
平和何ちゃらを無力化したのは不思議ちゃんとアイベルフォン。俺は関係ない。
平和を望む? 俺だってそうだ。巻き込んでくれない限り、好き勝手やってろ。
「おっさん生きてるか?」
扉を開けて中に入ると、案の定おっさんは気絶していた。さっきの爆発で頭を打ったか?
と、落ち着いている暇はない。
「ほら起きろよおっさん」
「ぐっ……うぅ、揺らすな気持ち悪い」
「おや、見た目通りにタフだ」
気絶ではなく、意識が朦朧としていたのかな。おっさんは頭を抑えながら、ゆっくりと立ち上がる。
「イテテ……といけねぇいけねぇ」
おっさんは直ぐに運転を再開した。運び手は伊達じゃない。
……そう、そのまま進めばいい。
向こうはきっと、何とかしてくれるから。多分「えいっ」とか言って終わらせられるんじゃないのかな。
◇◇◇◇◇
びゅーんびゅーん……と、ここだね。
空の旅は面白い。
海の中も楽しいけど。
やっぱり。どちらも同じかな。似ているよ。空も海も。
「どれがいいかなぁ」
チラリ。
列車がスピードを緩める事なく近づいてくる。私を轢き殺そうとでも思っているのかな。そうはさせない。
穴の大きさは小さいね。学校の寮より断然ミニミニ。5メートルって所かな。
良かった良かった。
欠伸でもしようかな。
すぐに終わる。
でも、欠伸は止めにしよう。
すぐに始める。
「えいっ」
魔力にものをいわせれば、強引に魔法の発動スピードを上げる事ができる。
氷かな。氷がいい
キンキンに冷えた線路の出来上がり。少し滑るかもしれないけど、構造は一緒だし、些細なものかな。
応急処置だから別にいいや。
ああ、水が飲みたくなってきた。
「楽しいなぁ〜」
熱くない翼。燃えているのに不思議。
いい事を思いついた。
参考にしよう。
……これからも楽しい事はあるかな。
——楽しみだ。
もうちょっとだけ、空を飛んでいよう。




