間も無く、出発
◇◇◇◇◇
まず、男なら、無防備な女の子を抱っこして宿に連れて行き……その後どうするか?
考えられる予想としては、襲う。性的に。もしくは俺みたいな紳士なら、悶々とした……ゴホンッ、孫を見るような気持ちをしながら朝を迎える。ヘタレではない。何度も言うが紳士だ。
「クゥー……くぅ……」
……皆ゴロゴロし亭にはまだ着かない。正直、胸くらい触ってもいいんじゃないかと思う。いや、もちろんしないが。
それにしてもメルヘンな寝息だ。
「くぅ……クゥー…………クぅちゃん」
人名!?
くっ、誰だクぅちゃん! 不思議ちゃんを寝取りおったな!
(※寝取りでもないし、後々聞いた話だが、弟の事を昔はクぅちゃんと呼んでいたらしい)
——夜道、それも俺と美女。ガラの悪い性欲のケダモノからすれば、俺たちは格好の餌にでも見えたらしい。世紀末ヒャッハーみたいな男が立ちふさがってきた。しかし腹はデップリと飛び出している。
「ようよう、どうした〜? こんな夜中じゃ怖〜い人間が出たりするゾォ?
坊やは早くお家に帰んな」
おや、いい人間?
俺はお言葉に甘えようとするが……
「おっと、坊やだけだ。そこのお嬢ちゃんは置いて行きな」
撤回。
ギルドで良い人間を見たからか勘違いしていた。こういう欲望に忠実な人間が、この世界には多いんだった。
生物的に悪い事ではないと思うが、多くのコミニュケーションをとれる人間としてはマズイ。それを許容できるかまでは別問題だ。
「なぁ、シュレディンガーの猫って知ってるか?」
「ああん? 何だそれ」
「実はな、俺も知らない」
「……」
いや、だって難しすぎた。弟さんの言う通り、天才は考えてる事が違う。
俺の乏しい頭脳じゃ、シュレディンガーの猫は何となくしか分からない。
「ちっ、どうでもいいから女は置いておけよ。死にたくなかったらなぁ」
野郎は舌なめずりをする。
……この場合、俺がこいつを撃退する方法は魔物召喚しかない。
両手は塞がっているし、俺の身体能力はまだ高くない。こいつを蹴り倒すなんて無理な話だ。
なら一層の事、不思議ちゃんを一旦降ろして斬るか。そんな考えが浮かぶ途中、野郎は我慢できなくなったのか不思議ちゃんを触ろうとしてきた。
——すると、俺が動くよりも先に、不思議ちゃんから指向性の持った雷が放出され、野郎に直撃しビリビリと体を震わせる。
魔法耐性はそこまで高くなったらしい。「肉……」と断末魔を漏らしながら、野郎は地べたに這いつくばった。
「……起きてるのか?」
「クゥー……くぅ…………サワーチィ」
サワーチィ!?
と、落ち着け俺。これは寝言、という事はだ。つまり不思議ちゃんは起きていない。すると、さっきの魔法は自動。そんな事も出来るのか魔法とやらは。
《ある程度近づいてきた他者に対して、自動的に魔法が放たられる仕組みになっていますね。なんとも複雑な魔法ですが》
(凄いんだなぁ……って、ちょい待ち。俺は近づいているというより、至近距離なんですがこれは。ゼロ距離ですけど?)
《先ほど、不思議ちゃんが王人に対して、自分の魔力を付与しました。これで他者とは言えませんね》
(そ、それも凄いなぁ。いつやられたかは知らないが、流石不思議ちゃんだ)
《息を吹きかけられた、時ですね。詳しく言えば息ではなく、その時に魔力を王人に対して纏わせていました。
繊細な上に緻密だったので、王人が気づけるはずがありません》
へぇ……あの時なのか。息ではなく、魔力をねぇ……またまたちょい待ち。って事はなんだ不思議ちゃん、俺たちがこうなる事を既に予想していたというのか? あの時から?
……やはり、天才は考えてる事が違う。
俺は改めてそう思いながら、野郎を踏みつけるようにして皆ゴロゴロし亭に向かった。グエッと音がしたので、まだ生きてたらしい。
おやおおや、絶対に死ぬ威力だと思ってたんだがな。この世界のこいつは生きてるのか。
しょうがないと、まずは喉から攻める賢いラピスラに処理させた。
向こうから襲ってきたのが悪いんだ。
俺は悪くない!
◇◇◇◇◇
一方その頃、ダンジョンでは。
「……むぅ、遅い!」
「きっと、ゼルガノドで何か大事な事をなさっているです。
それよりもラピス、見てくださいです。このメイド服フワフワで、こうやって武器を仕込んでも分からないですよ」
「……シコム?」
「はい。私の場合一弓壱式をこうして……と、すぐさま取り出せるように、練習済みでもあります。
ラピスはどうするです? 私と一緒に練習するですか?
自分の身は自分で守る。これが出来るようになれば、きっとオオトが喜ぶ事間違いなしですよ」
「喜ぶ……」
「とっても」
「喜ぶ……頭撫でられる……抱っこ。
抱っこ……寝る……一緒のベッド……つまり、ぎゅー!!
ラピス、やる。ぜんりょくでシコム」
「流石ですラピス。
ではまず、ナイフからいきますですよ。初めは簡単に袖から。次に脹脛。背中も行けるようになるです。
一緒にぎゅーを目指し頑張るのです!」
「おーう!」
……ラピスは改造されていた。
◇◇◇◇◇
「……と」
ふぅー、人を1人運ぶのは、やはりきつい。地球とは明らかに、自分の身体能力はドリアードやスキルによって格段に上がっているはずなのに、それでもキツイ。
まだ、まだまだ頑張らないとな。
「スゥ……スゥ…」
ベッドに不思議ちゃんを置くと、不思議ちゃんは体を曲げて、縮こまるようにしている。今の時期は結構暑くなってきてるからな、俺は厚い毛布と薄い方の毛布が用意されているので、薄い方を不思議ちゃんの上にかける。
厚い方はソファーに敷いて、俺が寝る事にした。
……はぁ……寝心地が悪い。ソファーで寝るなんて初めてだ。
ベッドはまだ、ギリギリ一人分空いている。ギリギリ……だ。少し体を動かすだけで、不思議ちゃんに触れてしまう。
とすると、俺は今の自制心を保てるかどうか? まあ、答えはギリギリ保てるな。
不思議ちゃんは良い人材だ。説得して、俺のダンジョンに住まわせる。迂闊な事をして信用を消したくはない。
隷属の首輪も使いたくない。あれは魔力の操作に長けていれば、レジスト……抵抗する事が出来る。世間では知られていない裏情報だが、異世界知識さんが言うんだから間違いはない。
「スゥ……スゥ…………スゥミャァ」
スゥミャァ!?
と、落ち着け俺。スゥミャァは関係ない。俺はただ、寝る事だけを意識すればいい。
寝る事だけ。
寝る。
寝る。
………………
…………
……
寝れない!!
寝ようと意識すればするほど眠れない! そういえば夕方寝てるんだった。俺は子供か!
何かないか。何か、明日を気持ちよく起きれる方法は……デュラハン先輩に首を絞めてもらう。却下。スライムに溺れる。却下。痛いと苦しいは嫌いだ。
……ふふ、困った時の異世界知識さん。
(どうやって眠る?)
《何もしなくて大丈夫です》
(……何もしてなくて大丈夫じゃないから、今聞いてるんだけど)
《そういう意味でありません。
不思議ちゃんは魔力を纏わせると同時に、王人の周りへ眠り粉も一緒に飛ばしています》
(……つまり?)
《今現在、纏ってあった魔力が散ると同時に、眠り粉も解かれます》
すると、何だか急に眠気がきた。眠り粉は偉大だな。
——天才は考えてる事が違う。
俺は最後に、またそう思った。
「スゥ……スゥ…………オヤスゥミャァ」
◇◇◇◇◇
一方その頃、ダンジョンでは。
「ムムム……」
「今日は帰ってこないかもしれません。本人もその可能性があると言ってましたし。
明日元気にお帰りが言えられるよう、私達は早く寝るです。
今日は、私がぎゅーをするですよ」
「むぅ……うん。オカーさんも、いい匂い。フワフワでポカポカするから、好き」
「嬉しいですよ。
……オオトもいい匂いなのですか?」
「気になる?」
「えっと……」
「オカーさん気になる?オトーさんの匂い、知りたい?」
「え、うぅ……知りたいですね」
「秘密」
「……」
……ラピスに弄ばれていた。
◇◇◇◇◇
夢を見ていた。昔の夢を……普通すぎる父と、完璧な母。普通すぎるが故に決意した、父の唯一普通ではない思いと行動。
面白くないから、別にいいや。夢だからもううろ覚えだし。
「ふゎぁ〜あ……んぅ、起きてるか不思議ちゃん?」
妙に固まった自分の体を伸ばし、ベッドを見る。不思議ちゃんは起きていた。ベッドの上に座り、天井を見上げている。
なんだろう、宇宙人と交信しているのかな。
「精霊が騒がしい……だよ」
俺の考えを見透かしたように、不思議ちゃんは天井を見上げたまま言った。
——精霊。
ここは異世界なので、あり得ないとは否定できない。
「何で騒がしいんだ?」
「教えてくれない。教えれないって、言ってる。ううん、教えたくないって思ってるかも。
どっちなんだろうね」
「……どっちなんだろうな」
俺の応えに、向こうはうんうんと頷き、初めてこちらを向いた。
「貴方がいるからかも」
「……」
「どうかな?」
「……どうなんだろうな」
楽しい。不思議ちゃんと話すのは、よく分からないがワクワクする。
——さて、今日のスケジュール。始発の魔導列車は諦めて、昼前のに乗る。それまで図書館に行く。これで決まりだ。
「図書館に行くの?」
俺が不思議ちゃんにも伝えると、そう聞かれた。既に顔も洗っており、身だしなみも整えている。
「ああ、それがどうかしたか?」
「図書館なら行った事がある。どうする? ひとっ飛び?」
「転移魔法の事か? なるほど、行ったことのある場所は飛べるのか……
俺も出来るのならひとっ飛びがいいな」
「うん、了解」
そして、不思議ちゃんは手を差し伸べてきた。これはつまり、握手。触れていなければ飛べないということなのだろう。
俺は細く白い手を、壊さないよう優しく握る。意外と温かかった。
「これでいいか?」
「うん、大丈夫。我慢してね」
何を、と聞く前に、自分が転移されるのがわかる。しかしそれは、ダンジョンにあるワープゲートのようなのとは違い、振り回されているような感覚。ブランコに乗りすぎて酔ったような感覚。
最後には乱暴で激しい揺れが、脳を揺さぶった。三半規管が壊れたんじゃないかと、そう思える気持ちの悪さ。
足が地面に着いたと同時に、俺は思わず蹲ってしまった。
吐き気は、なんとか抑える。
「ぐぅっ……っはぁ!」
「我慢、できたね。初めてでそんなに耐えた人は貴方くらい。
みんな、オボロオボロしちゃうから」
そりゃあっ、オボロオボロはしないよう頑張ったからな。人前で吐いたりするような無様な醜態は見せたくない。俺は、そういうのが大っ嫌いだ。
別に他人がやるのはいいんだけどな。その時は良い人ぶるため看病する。
「うっ……はぁ。何とかならないのかこれは? 相当キツイ」
「何とか出来るよ。今度からそうするね」
何とか出来るのかよ!
恨めしそうに不思議ちゃんを見つめると、ゴメンねと言われた。
怒る気にもなれず、周りを見渡す。
……図書館か。高校にあったのとは大違だな。そこまで広くはないが、縦が凄い。館というより塔。5階くらいはあると思う。
丁度いい暗さだ。窓から差し込む陽の光が、いい雰囲気出してある。本が痛まないのかと思ったが、きっと大丈夫なのだろう。
「何をするの?」
「とりあえず、上に行こう」
俺が先頭を歩く。
一歩一歩階段をあがるごとに、胸が高鳴る。ハク君も来たこの場所。見た景色。俺も早く見たかった。
……2階につくと、広い場所に出る。広いといっても、教室未満。家のリビング程度だったが、そこにはここで働く人間らしき人がいた。机の上に様々な書類を広げ、可愛らしく何かの果物が入った皿もある。
「あら……」
向こうはこちら、というより不思議ちゃんに気づき、手を振ってくる。そして何も言わずに、また書類に向き直った。
次は、3階だ。
「知り合いなのか?」
「ここに来た事があると言った。それは、1度じゃない。
顔、向こうには覚えられてたみたい」
「ふーん」
3階につくと、これまたおかしなのがいた。ブランコのような物があり、空中に掛けられている。そして、そこに座って本を読む人間がいるのだ。落ちたら1階へノンストップ。
勇気があるなぁ。
「あら……」
すると向こうはこちら、というより不思議ちゃんに気づき、手を振ってきた。またかよと思いながら不思議ちゃんを見ると、不思議ちゃんも笑顔で手を振っている。
次は、4階だ。
「知り合いなのか?」
「ここに……以下同文」
「ふーん」
以下同文って。
俺は苦笑しながら、4階につく。2階や3階と違っておかしなものはなく、安心した。ここは完全に本ばっかり。観葉植物も置いてあり、目にも優しい。
そしてなんと、ここには大きな窓があった。外を見渡せる大きさの窓が。
小走りでそこへ近づく。不思議ちゃんも早く見たいのか、俺の横についてきた。そういえば、不思議ちゃんはこういうのが見たくて働いてないんだったけ。
——窓から見る外の景色、魔導列車から見たそれとは劣るものの、俺が探してた中で1番心を揺さぶられた。少し外に行けば、ここは崖なので真っ逆さまに落ちてしまう事だろう。
ここの土地高そうだと思いながら、もっと見たいという気持ちが出てくるが……何分窓なので限界がある。
いっそ壊そうかと野蛮な気持ちが湧き出てきて……実際に行動へ移す前に、不思議ちゃんから手を握られた。
また転移かと身構えるが、違うらしい。俺はただ引っ張られるだけで、不思議ちゃんについていく。
「どこに行くんだ?」
不思議ちゃんは俺の疑問に、指を上に向けるだけで、俺の方を向こうとはしなかった。
上……まだ上があるのか。
でも階段はない。どういう事だと思っていると、ついに行き止まりまで来た。本に囲まれた隅の方。ここに光はなく、ただ暗かった。
不思議ちゃんはここで俺の手を離すと、次に床を触る。
すると、床が光った。板目に沿うよう細く光り、それは壁へと伝わって、天井まで届く。
魔力なのかと思ったが、今はそんな事どうでもよかった。
光り終えた時に、音もなく壁が動き出して、形を階段に変える。軽い足取りで不思議ちゃんがのぼりだすものだから、俺も不安なく更に上の階へ行く。
——顔を出した瞬間、風を感じた。ここは5階ではなく、言葉にするなら屋上。俺は図書館から出て外に来たのだ。
……俺が完全にのぼりきると、階段は姿を変えて元の形に。最初からそうであったように、俺の目の前は床があるだけだった。
「ここは…….」
不思議ちゃんはクルリとその場でまわり、「私のお気に入り」と言う。「お気に入り?」と俺が聞き返すと、「とっても」と笑った。
確かに、「とっても」だろう。さっきまで何で建物の中にいたんだと、俺は自分の愚かさにため息をつく。
こうして風を感じて外の空気と触れるからこそ、自然の景色は感じられる。
水の流れる勢いが分かる。雲の動きが分かる。風が、緑を揺らしているのが分かる。
「いい場所だな」
「うん、もっと良い所……行く?」
「へぇ、まだ良い所があるのか。ああ、是非行きたいな」
この時の俺は、何も考えずにそう言った。この時の言葉を後悔はしてないが、反省している。
——不思議ちゃんは、なんと俺を押したのである。トンッと、「押すなよ! 絶対に押すなよ!」も言ってないのに、押した。
ここは屋上。そして押された先は、崖。真っ逆さまに落ちようとしていた。
しかしそれは、不思議ちゃんも一緒。不思議ちゃんは俺を押したと同時に抱きつき、紐なしバンジージャンプをしてしまったのである。
……ああ、確かに景色は良いなぁ! うん。もっとゆっくりと見れたらいいのに、迫り来る地面が怖くて怖くて!
ここで俺は、また転移される。さっきの暴力的なまでの転移とは違い、どちらかというと今度はダンジョンのワープゲートに似ている。
先に言えよと思ったが、俺は不思議ちゃんを責められない。色々と理由はあるのかもしれないが、こいつを怒れない。そういうキャラなのだ。
地面に足が着く。俺は蹲ることなく、ゆっくりと不思議ちゃんから離れた。
「……まさか、『何とか出来る』ってこの事なのか? 抱きつく事が条件?」
「うん、身体接触が大きければ大きいほど、私と貴方の軸が固定される。
抱きつくのは初めてだった。これが、恥ずかしいという事」
軸とはよく分からないが、2つの計算を同時にするより、1つずつやる方が早く終わると解釈。
「初めて?」
「うん、みんな2度目は嫌だって言うから。薄情だよね。
でも貴方は、違った」
いや、強制的だったよな?
不思議ちゃんが嬉しそうな顔をしてたから、口には出さなかった。
「って、ここはどこなんだ?」
「駅だよ。ちょっと早いけど、来ちゃった」
俺たちが転移した場所は駅、に入る前の入り口の隙間の奥。そそくさとそこから出て、俺はちゃんと——もちろん不思議ちゃんの分も——お金を払い、確かにちょっと早いが魔導列車に乗った。
2車両目の右。窓側は不思議ちゃんに譲る。景色を諦めたわけではない。俺にはおっちゃんがいるのだから。
……それにしても、不思議ちゃんの知名度は高い。不思議ちゃんを見るほとんどの人間が、まるで有名人を見たみたいに反応するのだ。
「主席で卒業。そんなに凄いのか?」
「さあ?」
不思議ちゃんに聞いた俺が間違いだった。
そういえば、主席で卒業というより、弟さんは学園創立以来きっての天才と言っていたな。だからみんなに知られているのか。
「学園で何してたんだ?」
「特に……普通?」
不思議ちゃんに聞いた俺が間違いだった。
気になるなぁ学園生活。誰かいないのか不思議ちゃんの同期は。
誰でもいいから出てこい。
「——やっぱりアンタだった!」
急に大きな声がしたので、左耳を抑える。俺と不思議ちゃんは、同時に声のする方を向いた。
赤い髪でツインテールの女が、不思議ちゃんを指差して立っている。
まさか……
「知り合い?」
「さあ?」
えっ……
赤い髪のツインテールの女も、えっ……となる。次に体を震わせ、目尻に涙が浮かんでいるのは気のせいか。
「私よ私! アイベルフォン・リリティアラートよ! 次席だったでしょ!」
「……ああ」
「ふんっ、やっと思い出したのね」
「確か同じクラスにいた。名前は……ごめんなさい。思い出せない」
「今言ったでしょ!」
不思議ちゃんは、本気で言ってるらしかった。どうも俺が思うに、不思議ちゃんは学園に興味がなかったのかな。
というか、側で怒鳴るなよイライラしてくる。うるさい奴は嫌いだ。
「それで、貴方は私に何の用?」
「何の用って! ……何の用って……別に、用はないけど」
「なら何故話しかけてきたの?」
「な、なによっ! 用がないと話しかけちゃいけない決まりでもあるわけ!」
あるのかな? と、不思議ちゃんが俺に聞いてきた。何故俺に話しかける。
ここでアイベルフォンも、俺に気づいた。
「誰よ貴方」
訝しげな視線を向けてくる。
嫌いだなぁ。
もう消えてほしい。
「俺の名前はヤブカラスティック。何故こいつと一緒にいるか聞きたそうだな。
簡単にいえば、雇い主。こいつを俺は雇っただけだ」
「は、はぁ? 雇い主って……何でアンタみたいな人間に雇われなきゃいけないのよ。
嘘ついてるんじゃないでしょうね」
「何で嘘つくんだよ馬鹿。
本当だよ、なあ?」
「うん、ヤブカラスティックの言う通り」
おう、不思議ちゃんは空気読める人間で良かった。
……不思議ちゃんが認めたというのに、アイベルフォンはまだ疑わしそうに俺を見る。
「アンタ、そいつの価値をちゃんと知っているんでしょうね?」
「ああ、主席で卒業。学園創立以来きっての天才だろ?」
「そうよ。そいつはムカつくけど凄い奴なの。それなのに、アンタみたいな奴が何で雇えるのよ。おかしいじゃない」
「何だよみたいな奴って。お前馬鹿なのか。雇えたから雇えたんだよスカポンタン」
「なっ……私にむかって馬鹿と言ったわね! 碌に魔力制御も出来てない人間が!」
なるほど。こいつの言う『みたいな奴』は、魔力すら碌に扱えない人間って事か。どういう原理で分かったのかは知らないが、確かに言い返せない事実だ。
「次席……だったかお前。お前こそ次席みたいな奴に、何でとやかく言われなきゃならないんだ」
「なっ、私は……っ!」
これ以上うるさいのは御免だった。密かに隠密を使って、刀をアイベルフォンの首元にピッタリとつける。
そして隠密をとくと、あら不思議。自分の命が危険だという事にやっと気付く。
「それ以上ゴチャゴチャ言うと、首と体がおさらばするぞ」
「くっ……」
向こうは悔しそうにしている……と思ったら、こちらを睨みつけてきた。
俺の刀、刀身の根元部分がドロドロに溶けて、床にポタポタと落ち出す。
「次席で卒業、舐めんじゃないわよ」
「いや馬鹿だろお前。わざわざ止めてやってたんだぞ? 俺が黙ってればそのまま斬れたのによ。防いだとでも思ってるんならチャンチャラおかしくて笑えるんだが」
「なっ、また馬鹿って言ったわね!」
もうやだこいつ。
俺の態度が悪いのかもしれないが、どうも合わない。
誰でもいいから出てこいとか思った奴は誰だよ。滅茶苦茶面倒くさい。
「どうにかしてくれ」
俺は不思議ちゃんに任せる事に。
不思議ちゃんは「任せて」と言い、アイベルフォンを真っ直ぐ見つめる。
「な、何よ?」
「……私ね」
「……」
「私は貴女の事がね」
「だから何よ!」
「嫌い」
それからアイベルフォンは、しくしくと隣の席で泣き寝入り。隣かよと思ったが、まあ静かにしてくれるならいいだろう。
学園で何があったかは知らないが、どうでもいい。
——もうすぐ、魔導列車が動き出そうとしていた。
不思議ちゃんが窓を開ける。風が流れ込んできた。妙に冷たいと、胸騒ぎがした。




