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青と白のワンピース

◇◇◇◇◇


《ここを真っ直ぐ、50メートル先、右側の紺の屋根をした建物が皆ゴロゴロし亭です……って、私こればっかりですね》

(まあまあ、気にするな)


ナビって今でこそ地球では普通だったが、子供の頃は考えられなかったからなぁ……時々ナビに苛つく母を何度か見た事があるのは、懐かしい記憶だ。


『さっきもここは通ったぞスカポンタン!』ってな。今頃どうしてるのかねぇ。


まあいい。

そんな簡単に眺めのいい場所を探せなかった俺は、大人しく皆殺し亭、じゃなくて皆ゴロゴロし亭に向かっていた。ゴロをひとついれるだけで、こんなにも印象が変わってくるとは脱帽だ。


後は明日の朝、適当にここはドッペルゲンガーに任せて、始発の魔導列車に乗り込む。雰囲気は大事だからな。また、あの景色をあそこから見たい。それから俺はダンジョンへ帰る。うん、完璧だ。


「っと、ここだな……」


当たり前だが、ギルドよりは小さい。至って普通の宿だと思いながら、俺は中に入る。


「お邪魔しまーす」と、やはり小さな声で言いながらドアを開け——





——ナイフが飛んできた。普通の宿という評価は、この時点で撤回する。異世界の宿全てがこんなデフォルトでたまるか。




少しびっくりしたものの、刀術スキルの恩恵……驚異的な動体視力でそれを捉え、人差し指と親指で危なげなく掴む。

危なげなくというのは周りの視点で、俺はポーカーフェースを気取っているにすぎない。本当は全力で逃げてもいいかどうか思案している。


「一体なんの真似だ」


出来る限り威圧を込めて、ナイフを投げてきた方向へ投げ返す。俺みたいな学生が威圧なんかしてもなぁと思いながら。


……ナイフを投げてきた張本人であろう人間は、自然に俺が投げ返したそれを掴む。スキンヘッドのムキムキボディェェな若い男。若いってのは俺個人の感想だから、もしかすると案外年寄りなのかも……って、どうでもいいや。


「ほぅ、中々に根性のある奴がきたな」


そう言うとムキムキボディェェは、厳つい顔をニカっと歪め、真っ白に光る歯を見せびらかした。

そして、右手を天井高くに突き上げる。


「俺の一人勝ちだぁぁ!」


途端、中にいた人間が落ち込んだり、くそーっとか叫んだりして、ムキムキボディェェに銅貨や銀貨を渡していく。


訳の分からないまま立ち尽くしていると、機嫌の良さそうなムキムキボディェェに手招きされた。敵意はなさそうだったので、大人しく近づく。


「いやぁ悪りぃ悪りぃ。ビックリしたか」

「少し、な。一体何だったんだ?」

「賭けだよ賭け。次来る人間がナイフを止めきれるか、否か。この宿の名物だな。

んで、当然俺は止められるに賭けといた。ありがとよ坊主。お陰で儲かったぜ」

「は、はぁ……それはまた、何というか」


危なすぎる賭けだ。俺だったから良かったものの、もしも止めきれない奴がいたら即死じゃねえか。

俺の納得のいかない様子が分かったのか、ムキムキボディェェは扉を指差した。


「ほれ、見てろ。

——俺は止められねえのに賭ける! この金全部だ!」「俺は止められる!」「そうだ、今度も止められるはず! 銅貨5枚だぜ!」「だったらアタイは銀貨2枚!」「オヤジから巻き返せ!」


扉の近くには、すらりと背の細い男が待機している。そういえば、俺が入った時もあそこにいたっけ。


「よく見てみろよ。あいつがあそこにいるって事は、もうすぐ来るってことだ。

……ほーらな」


ガチャ、と扉が開く。入ってきたのはオドオドとした男性だった。

筋肉ムキムキボディェェは1度手元でナイフをくるりと弄び、慣れた手つきで男性に投げる。


……無理だ。ナイフが半ばくらいの時、俺は思った。男性は何の反応もしない。まさか、もう1秒もしないうちに自分の頭へナイフが突き刺さるなんて、思いもしないのだろう。


結局ナイフは動きを止めないまま、男性も何もしないまま、時間だけがスローモーションのように過ぎていき——男性の皮膚にナイフが当たったか当たってないかのギリギリで、背の細い男がそれを掴む。


ああ、つまりあいつは、保険だったという事だろう。それにしても強い。力を使う方向性を間違っている。



「ぇ……っぃえ!?」


ナイフが目の前にある事を、やっと気付いた男性は、恐怖と驚きのあまり尻餅をついた。立ち上がれないところを見ると、腰が抜けたらしい。


「今度も俺の一人勝ちだぁぁ!」


ムキムキボディェェは右手を天井高くに突き上げる。今度もまた、銅貨や銀貨がザックザクだ。


「いやぁ、儲かった儲かった。どうだ坊主。お前もやるか?」

「……遠慮しておこう。それより俺は泊まりに来たんだ。部屋は残っているはずだが……どうだ?」

「おう、部屋は空いてるがもしや……なあ坊主、ギルドで依頼を出さなかったか?」


ん? 何で知ってるんだろう。こいつの名前はホームズか?


「いやーな、実はさっき来たんだよ。ギルドの奴がな。何だかここへ連絡すれば、とか言ってたから……お前の事じゃねえの?」


確かに、連絡先は皆ゴロゴロし亭だったが、まさかこんなに早いとはな。少し遊び過ぎていたのかもしれない。


「ギルドの奴から伝言を預かってるぜ。夜の7時に来てくれって。あ、ちなみにここは、夜の6時から晩飯の支度はしてっからな」


つまり、夜ごはんを食べ終わったら来てくれという事か。中々考えてるな。


「一泊頼む」

「おうよっ! 2回の赤扉が空いてる。ほれ、これが鍵だ。

朝飯を入れて銀貨4枚、いや2枚でいいぜ。半分は俺の奢りだ」


賭けで勝った分だろ。

そんな事は言わずに、俺は銀貨2枚を渡して2階へ行く。途中で背の細い男が扉の前に立っていた。次の賭けが始まるらしい。

俺が部屋に入る頃に、ムキムキボディェェの叫び声が聞こえた。

……ほどほどにと、言っても無駄だったんだろうな。


〜〜〜〜〜


夜の6時過ぎ、思いっきり肩や腕を回しながら、ムキムキボディェェの所へ行く。


「おう坊主、今呼びに行こうとしてたんだよ。晩飯が出来たってな。

ってか、髪ボッサボサだなぁ。寝てたのか? せっかくのイカした面がもったいないぜ」

「思ったよりも初めての旅に体が参ってたらしい。お陰でぐっすり眠れたよ。

……俺、そんな面してるか?」

「ん? まあ、もうちっと俺みたいに漢気があればもっといいんだけどよ。十分女に寄られてきそうな顔だ。自信持て」


ワイルドを望んではないし、ムキムキボディェェにもなりたくないから、それはいい。俺の顔は母さんに似たというか、父が元々、優男な顔をしてるからな。2人の遺伝という事だろう。


「それより腹が減った。ペコペコだ」

「おっとそうだったな。いい肉が手に入ったんだ。カワブタの肉、たんまりご馳走してやるぜ」


楽しみにしている。

俺はそう言うと、空いてる席を探すために周りを見渡した。

見事にマッチョな野郎共が多い。服も随分と開放的だ。これから、こいつらの事は縄文系男子と呼ぼう。俺のネーミングセンスがキラリと光った気がする。


……さて、バカな事を言ってないでどこか……お、あった。


ポツンと、丸テーブルに1人だしか座ってない席があった。ローブを被ってるから顔までは見えない。ただ、マッチョではない事だけは確信したので、反対側の席に座る。


「悪い、ここいいか」

「……お久しぶりですね」


ん?


〜〜〜〜〜


「お久しぶりですね」


向こうは俺の事を知っているらしい。いや、待てよ。この声は確か……


「ハク君か!」

「当たりです。王人先輩も元気そうで」


ローブをハクは脱ぎ、その顔をあらわにする。前と同じく左半分を仮面で隠した……あれ?


「勘違いだったら悪いけど、仮面が変わってないか?」

「ああ、これですか。そうですね。確かに変わってます。

状況によって何種類かに変えれるんですよ。例えば水中用だったり、戦闘用だったり」

「へぇ……」


いいなぁ。俺も欲しい。仮面ってなんだよ。俺の中二な心が刺激されるよ。実際やると恥ずかしそうだが。


「ハク君もここに来てたんだな」

「ええ、まあ。ここは最前線なので。色々と暇じゃないんですから」

「……もしかして、バトルジャンキー? ハク君って戦闘狂?」

「別にそういう訳じゃありません。理由の一つとしては、ここが言葉を失うほどの絶景だとか聞いたから、興味を持ったんです」

「おおっ! で、どうだった? 」

「……俺の知る言語では、とてもじゃないけど言い表せませんね。月並みな言葉になりますが、素晴らしかったです」


分かる。スッゲー分かるその気持ち。人間なんかが考えてきた文字じゃ、あの自然には負ける。ぼろ負けだ。


あの良さをハクも感じていた事に何だか嬉しくなり、そんな気持ちの中ムキムキボディェェが料理を届けにきた。ハク君のと俺、同時に2つ分だ。

香ばし匂いが鼻腔をくすぐる。


「ビーフストロガノフに似てますね」


ハク君の感想……

何それ。

生粋の日本人である俺に分かるよう言ってほしい。因みに俺の感想は、ビーフシチューの真ん中に、チーズかマッシュポテトみたいな何かがドンと置かれている。


「いただきます」

「いただきます……そういえば王人先輩はどうしてここへ?

観光、だけじゃないような気もしますが」

「ああ、まあね。ギルドに依頼を出したくてさ。ここなら良い結果になるんじゃないかと思った訳——あむ」


少なくとも、この前の町じゃ俺の望む人材はいなかっただろう。暴力女は別として。平均的にレベルが低いからな。ゲーム風に言うなら始まりの町だ。

ってか、これ美味いな。この白い奴の酸味が上手い具合に肉のしつこさを消してる。俺はあんまり豚や牛の肉が食べれないんだが、これは……ん? これ何の肉だよ。カワブタって何だ、フグかよ。


「何の依頼を、と聞くのは野暮ですかね」

「別に構やしない。簡単に言うなら、家政婦が欲しいってところだ」

「そうですか……あっ、王人先輩はもう図書館へ行きましたか? もちろんこのゼルガノドのですが」

「図書館?」

「えぇ、ここから少し離れてますが、雰囲気出てましたよ。本はまだ読んでいませんが、窓から見る景色が最高で」


なっ、なに!

そうか、景色を見るには崖に面した窓から、つまり建物の中に入らないと行けなかったのか! くそっ、時間を無駄にしたぜ。


「ありがとうハク君。この恩は一生忘れない。図書館だっけか。是非行かせてもらう」

「は、はぁ……場所を教えましょうか?」

「それは大丈夫」


俺は、異世界ナビゲーターというスキルを持ってるからな。

時々、さっきの道を右折です、なんて非道い事を言ってくる意地悪なナビゲーターだが。


「っと、やばい時間だ。悪いハク君。俺はもう行くな」

「はい、また会いましょう」


綺麗にカワブタの肉は食べ終えた。ハク君はまだ上品に一口一口食べている。一つ一つの動作が洗練されてやがるぜ。


今の時間は6時50分。


さて、冒険者ギルドへ行くとしますか。


………………

…………

……


「おおっ、時間ぴったしニャ」


ギルドに入り、2階へ行こうとするとニャンニャン受付嬢から声をかけられた。

そう、俺に素行の悪い冒険者を押し付けた奴から声をかけられたのだ。


「……」

「あれ、何だか怒ってるニャか?」

「……」

「ご、ごめんニャよ〜。私も好きでやった訳じゃニャいんだ。上からの命令は逆らえないのニャ」


何だよ上からの命令って。完全にお前の独断だろ。 ニャアニャア言っても騙されないからな。


「本当にごめんニャ……」


許さない。絶対に許さない。

が、この構図はマズイ。素行の悪くない冒険者、もっと言えば実力のある冒険者達が俺を睨んでくる。

何俺たちの受付嬢泣かせてんだよと。

訂正したい。こいつはただ鳴いているだけだ。ニャーと鳴いているだけだ。


……ちっ


「オコッテナイヨ」

「本当かニャ! ありがとうニャ〜」

「ウン、ボク、オコッテナイ。

オコッテナイボク、ドコイク?」

「うんうん、2階に言って例の白髪ちゃんに声をかければ連れてってもらえるニャ」


はんっ、これでこいつに用はない。白髪受付嬢に声をかけろだと?

そうさせてもらおう。


「ニャアニャア、君、仲直りの握手……」


するか馬鹿。

最後に思いっきり睨んであげた後、俺は2階へ行く。腹黒猫より、口数の少ないエルフの方が断然良かった。

途中またもや足を引っ掛けてきた間抜けがいたが、王人の顔も2度まで。夜道でサイレントバードに気をつけてろよ。

指か髪か、どちらを失わせよう考えていると、白髪受付嬢のところまで来た。


「今日に依頼を出した者だが」


白髪受付嬢は、パタンと本を閉じる。題名は〈王城のメイド、夢を見る〉。宣伝文句はメイドと王子、禁断のラブストーリー。

ちょっと待て、俺もそれ読みたい。狩人殿が言ってたやつかもしれない。


「こっち、ついてきて……どうしたの?」

「……気にしないでくれ」

「そう」


ここで俺がこれを読みたいと言って、「えー引くわー」みたいな冷たい目で見られるのは俺が耐えられないかもしれない。白髪受付嬢がそんな事を思うはずないと思っているが念の為。

そうだ、図書館へ行こう。

俺は更に決意した。


……白髪受付嬢についていき、1つの部屋につく。後に続いて俺も中に入る。


中には、若い男がいた。若いというより小さいという第一印象。歳と身長は俺より大きいと予想するが……


机を1つ挟んで、俺は男と向き合うように座った。白髪受付嬢は俺の分の飲み物を机に置くと、少し離れて立っている。向こうの飲み物は、既に半分ほど消えていた。


「貴方が依頼主、ですか?」

「そうだな」


向こうは敬語に慣れていない様子。紳士な俺は話が円滑に進むよう、助ける事に。


「いつも通りで構わない。見た所、俺と君はそんなに歳も離れてないだろうし、こちらを貴族だと思っているのなら、それは余計な心配だ」


むしろこっちが敬語を使わなければいけない気はするが、依頼主という事で強気に出る。


「そ、そう……なのか。てっきりあんな依頼報酬だったから」


確かに、大金貨5枚は俺も後悔している。初めてで、結構緊張していたのかもしれない。


「それじゃあ、早速依頼について話そうか。何が聞きたい?」

「あぁ……えっと、まず最初に言わなければならない事があるんすよ。

その、貴方の依頼に沿う人間? は俺じゃなくて、俺の姉ちゃんなんです」

「姉? じゃあ、その姉は今どこに?」

「もうすぐ来るはず……あ、来ます」


すると——今気づいた事だが——その子の隣にある紙が光り、次の瞬間には1人の女の子が現れた。


——転移魔法。


そんな、俺には一生出来るわけがない魔法。というか攻撃魔法すらろくに出来ない俺なんだけど。

転移魔法……転移魔法って……絶対に1人はこんなスキルを取った学生はいる。


……女の子。

俺はそいつに、見覚えがあった。


「確か、崖にいたような」


女の子は、青と白のワンピースを着ていた。魔導列車で最後に見た光景だったから、忘れていない。


「あれ、姉ちゃんの事を知ってるんですか?」

「見ただけだ。魔導列車からな」


女の子は、ポーっと目を開けている。雰囲気が不思議な……不思議ちゃんだ。

俺が好きな性格はツンデレでもおっとりでもない。不思議系だ。


「1200メートル」


不思議ちゃんが何かを喋ってる。ああ、不思議だ。1200メートル? なんの事かな。


「魔導列車から見える私との距離は、1番近くとも1200メートル。

貴方、いい目をしてるのね」

「……」

「へぇ、アンタ、じゃなかった。貴方凄いんですね」


弟さんから純粋な尊敬の目を向けられるが、俺は反応に困っていた。

魔導列車から見た、というのは迂闊な発言だったのかもしれない。


「俺の姉ちゃんは、きっと貴方の探していた人間にぴったしだと思いますよ」

「……その心は?」

「姉ちゃん実は、あのマギアマグス学園を首席で卒業したんですから」


今度は弟さん、不思議ちゃんが誇らしいんだろう。それはそれは褒めてとでも言いたげに自分で胸を張っている。

でもごめんな。

マギアマグス知らない。


「あれ、知らないんですか!? あのマギアマグス学園を!?

歴史ある学園の1つじゃないですか!」

「いや、本当にごめんな。でも首席ってのは分かるぞ。魔法の腕前が1番なんだろ? 歴史ある学園で1番。

確かに貴方のお姉さんは凄いみたいだ」

「当たり前ですよ。姉ちゃんは、学園創立以来きっての天才って呼ばれてたんですから」

「へぇー……じゃあ今は何してるんだ?」

「……」


あれ、弟さんが苦い顔をした。何事かと思い不思議ちゃんを見てもポーっとしている。

向こうは俺の視線に気づきこちらを向くと、フッと息を吹きかけられた。

何だろう、不思議だ。距離が離れているから息1つかからないというのに。

俺はもう1度、弟さんに向き直る。


「今は何をしてるんだ?」

「……働いてません」

「働いてない、か。首席で卒業したなら、城にでも抱えられていそうだがな。

それはまたどうして?」

「えっと、景色を見ていたいと」

「景色……」

「崖にいた事は知ってますよね? 姉ちゃん、あそこにずーっと、一日中いるんですよ。

やっと学園なんて行かなくて済むんだからとか言って、実は母ちゃんも困ってて。

流石に働いってないってのは、何というか、弟して恥ずかしいというか」


もう1度不思議ちゃんを向くと、また息を吹きかけられた。不思議だ。でもそれがいい。アホの子じゃなければいい。

でも、この子はつまり……ニートか。崖を警備しているのか。


「あれ、じゃあ俺の求めてる人材っていうか、根本的に無理なんじゃ?」

「ああっ、そこは安心していいです。何とか説得して、今回は大丈夫です。はい」

「ふむ……」


魔法が使えるってのは、お得だ。それに首席で卒業、なんの因果かは知らないがご都合主義万歳。


「えっと、そうだな。じゃあまず俺の名前はオオト。今回は俺の……むすめぃー……じゃなくて10歳前後の女の子をこんがらがった事情で引き取る事になって、その世話をしてくれる人間を探しに来たという訳だが、そこら辺は大丈夫か?」

「世話……こんなのはどうかな」


すると、不思議ちゃんは手に水を出した。綺麗な球の形をした水を、まるでジャグリングのように空中へ操ったり、炎で魔物の形を作ったり、確かにこれならば大丈夫そうだ。


「問題はないな。

次に、働いてもらう場所はこのゼルガノドではない、地図上では下の方にある。まあ、転移魔法が使えるならこれは関係なさそうだが。

基本は毎日働いてもらう。望むのなら料理は毎日が最高のレベルを提供できる。食べた事のないような物ばかりだと断言しよう。そこらも目じゃない風呂だってあるから過酷ではないと思うし、休みが欲しい日は遠慮なく言ってほしい。例えば崖に行って一日中景色を眺めたい日なんかな。

依頼報酬に書いてあった通り、即金で大金貨5枚。あとは実際に雇う姉の方は1ヶ月毎に、そちらの望む金額を約束しよう。

何か質問は?」

「はい」

「どうぞ」

「美味しい?」

「とっても」

「いい場所?」

「景色か? うん、10通りくらいある」

「任せて。頑張る」


不思議ちゃんがガッツポーズ。


「じゃあ……はい」

「どうぞ」

「貴方はやっぱり貴族、じゃないんですか? 金払いがやけに良いような……ちょっと普通じゃないんですが」

「貴族ではない。

っと、そうだな。そこら辺の事情はそっちにだけ教える事になる。その事については他言無用で頼みたい」

「弟の俺でもですか?」

「……分かった。そこは姉であるそちらに任せよう」

「ありがとうございます。

じゃあ1ヶ月毎? ですけど、姉は大銀貨10枚程度で大丈夫です。というか、大金貨も姉の分なんですけど、実際に大金貨5枚で十分すぎます。

元々働いてる事実が欲しいだけで、内容とかそこまで気にしてませんから」


弟さんも納得。

しかし……気にしてないか。


「何でこの依頼を受けたんだ? 正直、怪しかった気もするが」

「そこはまあ、俺の勘です。というより好奇心ですかね。

それに、もしも貴方が怪しい事を考えてたり、邪な思いを持っていたら、俺は依頼を受けるのをやめていました」

「……俺は、安心出来ると? ちょっと軽率な気もするがな。俺はそこまで安心出来る人間ではないぞ」


人間というより、ダンジョンの主だしな……と口には出さず伝えると、弟さんはニッと人当たりの良い笑顔を浮かべた。


「俺、看破系のスキル持ちですから」


すかさず隠密を使う。もしも能力などを知られていたら、厄介だ。

俺の行動に、弟さんは目を見開いた。いや、結果にか。


「驚きました。俺、これでも自分のスキルに自身は持ってたんですけどね。

何にも見えなくなりましたよ」

「……何を見たんだ」

「俺の場合は感情です。オオトさんからは、悪意が見られませんでした。姉ちゃんに対しても全く邪な感情が無かったし、信じられます。

理由としてはこんなところですかね」


……まあいい。こっちの疑問は消えた。

都合よく首席卒業のエリートちゃんが働く事を決意。都合よく働く内容を弟が決定。都合よく俺が紳士だったお陰で確定。

俺の日頃の行いがいいからだろうと確信。


「姉ちゃんは色々と変かもしれませんが、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」


それからは適当に雑談をした。

弟さんは冒険者をしている事。

姉とは違い魔法の才能は一般的だが、それなりに良い結果を出してるとの事。

母親に良い報告が出来そうだという事。

最後には、不思議ちゃんがどれだけ不思議なのか。弟さん曰く、天才ってのは考える事が違います、とさ。

コップの中身が空になる頃、話もひと段落つき、俺は不思議ちゃんを預かる事に。


「……いやなんで?」

「姉ちゃんを任せます」

「それは分けるけど、今から俺宿に泊まるんだよね」

「貴方ならば大丈夫です。というより、姉ちゃんを襲う人間なんて、返り討ちにあうだけですし」


そりゃそうか。首席で卒業がどのくらい凄いのかは知らないが、実は白髪受付嬢ですら息を呑むのを見てしまった。

多分、地球で言うところのオリンピック金メダルくらいは凄いんじゃなかろうか。


「でもなぁ、何も今日から俺にベッタリじゃなくったって」

「……姉ちゃんが珍しく乗り気なんで、気持ちが変わらないように。

俺の家で眠って、やっぱりこのまま寝続ける、とかじゃ元も子もありませんし」

「う、うーん……それはそうだな」


不思議ちゃんを見ると、小さく欠伸をしていた。靴を脱いでソファーに寝転ぼうとしている。色々と見えちゃいけないところが見えそうだ。


「ちょっと姉ちゃん! くっ……

頼みますオオトさん。姉ちゃんこうなったら床でも寝るんですよ!」

「……お姫様だっこでいいか」

「本当にすいません。でも、やる時はやるんで安心してください。

きっと後悔はしないと思います」


俺は不思議ちゃんを抱きかかえる。何かの花の香りのようなものが、ふわりと漂ってきた。

こんな事いうと変だが、まるで映画やドラマの人間が目の前にいるような気持ちになる。二次元を三次元に呼び出してしまったような、言い知れぬ高揚感に身を包まれる。

きっと、映画のワンシーンみたいだなと、崖で見た時思ったからだ。バックがゼルガノドだから尚更。


後悔?


してないよ。むしろ逆だよ。


得でしかない!


俺は弟さんに大金貨5枚と大銀貨10枚、白髪受付嬢に大金貨1枚と大銀貨2枚を渡して、皆ゴロゴロし亭に戻るのだった。

◆後書き◆

ポイント増えてる……と思ったら、やっぱり日刊ランキング。さっき見たら60くらい。ランキング怖いなぁ……


これから心にグサっとくる感想も増える事を覚悟し、逆に心に温かい感想を図々しく期待し、書き続けたい。

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