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偉大なる息子

◇◇◇◇◇


俺がいる国パワーティス帝国を統べる者……ゼルガンムンド皇帝が偉そうに住んでいる城、ゼルガノド城。

ゼルガノド城があるそこは、パワーティス帝国の首都とでも呼べる場所、ゼルガノド。またの名を、渓谷の異界地と呼ばれていた。


◇◇◇◇◇


いやーね、異界地なんて皮肉な名前だと思ってたよ。俺たちからすればこの世界は「全部異界」だからな。

異世界の異界地。

もう何だかよく分からなかった。

……だけど、百聞は一見に如かずとは言ったものだ。俺は目で見てハッキリと感じた。渓谷の異界地のその所以を。


「何だあんちゃん、おめえここに初めて来たのか?」


隣にいる親方(雰囲気)のおっさんにそう聞かれて、俺は「ああ」と言葉足らずの返事しか出来なかった。

おっさんは俺の返事に怪訝になるどころか、逆に納得のいったとでも言いたげに首を縦に振る。


「そりゃあ初めてはそうだよなぁ。俺だってそうだった、うん」

「……おっさんはここが生まれ故郷じゃないのか?」

「違えよ。まあ、今じゃ第二の故郷みたいなもんではあるがな。

小せえ頃によぉ、俺もここへ憧れててなぁ……ガキの頃だ、計画もろくに立てずに故郷を飛び出た。もちろん金なんて無いからこいつに乗れる訳もねえ。だから運が良かったんだよなぁ、俺は五体満足でこの地へ来れた。んで、今はこうやって魔導列車を動かしてるって訳だ」


魔導列車。

ゼルガノドと他の主要な地を結ぶ、一本限りの列車。魔石を使った、パワーティス帝国ならではの移動手段だな。

俺もこの魔導列車に乗っている。金なんて持ってないから、隠密使ってだけどな。雰囲気でも楽しめればと思ったから。

んで、おっさんとは気が合ってペチャクチャ話しながら、今まさにゼルガノドが視界に飛び込んできたところなのだ。高度が高くこんな場所だから、風が勢いよくぶつかってくる。


「魔導列車、いい乗り物だな」

「おう、今となっちゃあこれが誇りよ。当然働かねえと生きられねえからな、毎日休憩無しで自分を鍛え、5年前くらいにこうして魔導列車の運び手となった。

いやぁ、良いもんだぜ。何度もここの最高の景色を観れるし、お前さんのような顔が愉快でたまらん。

……どうだ、良い場所だろう?」


やはり俺は、「ああ」と小さく返事をする。適当な言葉を口にして、この景色を穢したくなかったから。

そしておっさんもやはり、俺の返事をいたく気に入ったらしい。うんうんと、ヒゲもじゃもじゃの顔をほころばせた。


——ゼルガノド。渓谷の異界地。この景色は確かに、異世界だ。

ダンジョンなんて道端の石ころに思えるほど、素晴らしい。語彙力が俺にないから素晴らしいで終わるが、素晴らしいを数字に例えるなら、何乗してもいいくらい規模が違う。


……まず、渓谷だから当然川が流れて、挟むように崖がある。崖と崖には一本だけ橋が繋がっている。

崖、とは言うが、その斜面はほとんどが何かしらの建物。自然を利用した贅沢な作り。口では伝えられないが、俺が息を呑む光景だ。

そしてそれはずっと続き、川の上流……あれがゼルガノド城なのだろう。他に比べて何より大きい。それに、あんな贅沢な場所に建てられるものなど、城に決まってある。微かに雲がかかり、より幻想的なものへと変わっていた。


「おっと、時間だな。鼻引っ込めろよ。そのイカした面を残念にしたくなきゃな」


ずっと見ていたいという気持ちを置き去りに、魔導列車は止まらない。俺が最後に見たのは、崖の端で立ち竦む、白と青のワンピースを着た女の子。


それから景色は無骨な石か土くれしかなく、いずれトンネルのような物を潜り、俺は興奮が収まってきた。


本当に凄かった。これは後でみんなのチャットに教えてあげよう。ああそうだ、今度スクショ機能でも美人さんに頼もうか。ココにカメラを作ってもらうのもいいな。いつか絶対に知人を連れて来たい。こんないい場所に住んでるっていうのにゼルガンムンド皇帝は戦いを好むのか。馬鹿じゃねえの。一発ぶん殴りに行ってやろう。


……興奮が収まったというのは、嘘だった。


「後どれくらいで着く?」

「もう着いてるようなもんだし、2分くらいだなぁ。

おめえは何でここへ来たんだ? 身なりがいいし、観光でもきたか?」

「まあ、そんな所だ。冒険者ギルドだけが予定のつもりだったんだが、これはもっと他の所も見てみたくなった」

「おうっ、冒険者ギルドかよ……何しに行くか知らねえが、気いつけろよ」

「分かってるって」


あのゼルガノド城の向こうにはシント法国。さっきの景色でいう崖の右側は未開の地。

つまりここは、色々な意味で最前線なのだ。シント法国からは攻め込まれないと思うが、未開の地からは時々厄介極まりない魔物などがくる。当然このゼルガノドには、強者(つわもの)どもが勢揃い。今の俺ならまだしも、異世界に来たばかりじゃ俺より強い奴らがいたり……したのかもしれない。

冒険者ギルドはそんな強者どもがこぞって集う所。野蛮な奴もいるから気をつけようって事だ。


「……っ、そろそろだ」


おっさんは右にある割と大きなレバーを、ゆっくりと下ろしていく。なるほど、そこがブレーキになっているらしい。

左端から2番目のボタンがアクセルみたいなもので、縦に流れるこの棒はクラッチか。自動車でいうならMTだな。

今さっきトンネルに入った時に引っ張った糸っぽいのがライト……で、上の方にくっついたこの円錐型の物体が乗客に何かを伝える時の……って、何でこんな詳しく見てんだよ俺。

何もこれから俺が運転する機会なんぞあるわけない。ないったらない。


——何の問題もないまま魔導列車は止まり、俺はおっさんに別れを告げると、隠密を使って平然と料金を払わず出て行く。

だってお金持ってないんだもん。宝石なんかはダンジョンポイントから出しておいたが、まだ換金していない。


なら第一の目標はそれだ。俺は異世界知識さんを呼び出した。


《次の角を、右折してください。そのまま200メートル先、前方に見えるのが……》


といった感じで目的地に着き、換金はすぐに終わる。結構な額となった。詳しくは1年間遊んで暮らせるほどで、もっと少なめで良かったと反省。


だって、その後命を狙われた。


もう、怖い。

きっと換金した店の刺客だと思い、放置して厄介にならない内に2人組だったそいつらの頚椎をねじきる。細切れにしてスライム達の餌にした。

死んだこいつらも家族がいたりすると悲しくなるが、まあしょうがないよなと割り切る。


俺は悪くない!


——ちょっとした問題を解決した俺は、今日の本命、冒険者ギルドに着いた。

いやぁ立派だわ。少なくともこの前の町にあったギルドとは比べてはならないな。これは中が期待できる。


「お邪魔しまーす」と、癖になっているのか言わずにはいられない。小さな声だったから誰にも聞こえなかったが。


……2階がある。酒がある。


二言で説明すればこんなもの。周りは俺が来てちらっと一目見ると、すぐに興味をなくす。中にはこちらを見たままの奴もいたが、関係ないので無視した。

とりあえず俺は、受付に向かう。丁度暇そうな人間は……女か。まあいい。髪は天然パーマでくるくると、雰囲気は性格も天然っぽいな。


「少しいいか」

「ん、何でもどうぞニャ」


……ニャ?


彼女は握っていたペンを置くと、人当たりの良さそうな顔でこちらと目を合わせる。こうやってジーっと目と目を合わせられる人間は、実はそういない。

恥ずかしくなって目を背けるか、何となく鼻やおでことあった別の場所に視線をやるから。


「おかしいな、獣人の語尾に影響が出るなんて聞いた事ないが」

「あぁ、それはこっちの方が受けがいいからニャ〜。先輩達から真っ先に教えられたのがこれニャんだよ」

「……そうか、サービス精神が豊富なんだな」

「褒め言葉として受け取っとくニャ。それより、用はニャんだニャ?

まさか冒険者にニャりに来たのかニャ〜? ここは競争率激しいニャよぅ」

「いや、冒険者にはなりに来ていない。依頼したい事があってな」


俺の言葉に、何故かニャンニャン受付嬢は首を傾げた。が、すぐに気を取り直すと、上を指差した。


「依頼を出すなら2階ニャ。

お客さんならそうニャね〜、白色の短い髪をした小さい女の子が気が合うかもニャ」

「そんな事まで教えてくれるのか。やっぱりサービス精神が豊富だな」

「ありがとニャ〜。終わったらまた来てくれニャよ」

「分かった」


何でまた来ないといけないのか分からないまま、俺は2階へ行く。途中足を引っ掛けるなんて子供っぽい事をする人間もいたが、事を大きくする必要もないので無難に避ける。

向こうはチッと舌打ち。魔物にでも喰われればいいのにと思った。


……これだけ整えられた階段は、ダンジョンというより学校を思い出す。俺の高校は公立でスリッパみたいな上靴だったから、階段なんかで脱げてしまうんだよ時々。


変なところで地球を思い出しながら、俺は2階へついた。白色の髪だなんてそんなにいないし、ニャンニャン受付嬢が言っていた人物はすぐに見つかる。


今度は耳が尖ってたからエルフらしい。そしてまた女。やっぱし受付は女の方が色々と楽なんだろうな。


「依頼を出したいんだが」

「……分かった」


そう言って彼女は読んでいた本をパタンと閉じ、下の方から取り出した紙を俺に渡す。ついでにペンも。


「終わったら言って」


そしてまた、本を読みだす。

……なるほどこういう人間か。確かに余計なおしゃべりは必要ないし、楽でいい。

正直受付としてここまで無愛想なのもどうかと思うが、健太とかいたら「コレがいいんだよ!」と言うのを想像し、納得。


「分かった」


えーと、なになに……


—————


依頼内容:

依頼報酬:

依頼期限:


連絡先:


—————


依頼内容はもちろんラピスのお世話係。報酬は日本円で約500万程度。期限と連絡先は……っ、そうか、そうだった! 依頼してすぐにそれが受けられるわけじゃないんだ。しかも連絡先! これが意味するところは、俺がこのゼルガノドに滞在しなければないという事!


……いや、いいか。ドッペルゲンガーを適当な宿に泊まらせておけばいい。


(俺が泊まれる宿は?)

《皆ゴロゴロし亭ですかね。ああそれと、依頼を出すと仲介料として、ギルドに依頼報酬の2割を別途支払わなければなりません》


オーケー、それなら……っと。

こんなもんか。


—————


依頼内容: 子供の面倒を見れる人間を雇いたい。条件は出来るだけ優秀な事。魔法を教える事の出来る人間なら更に良し。詳しい内容は会ってから。


依頼報酬: 即金で大金貨5枚。条件次第では、更に上乗せ。


依頼期限: 無期限。


連絡先: 皆ゴロゴロし亭


—————


俺は2回見直して問題がない事を確認し、白髪受付嬢に渡す。

すると向こうは、依頼報酬のところでピクリと反応した……が、何も言わない。

余計な事を言わないのは助かる。俺の中で白髪受付嬢の好感度がアップしていった。


白髪受付嬢は「目立つところに置いておく」とだけ言うと、席を立ち受付から出ると、紙がたくさん貼り付けられた壁に行った。


ギルドにとっても2割という仲介料を受け取れるらしいし、利益があるからだろうな。俺は一応「ありがとう」とだけ言って、1階へ降りる。


……ニャンニャン受付嬢はペン回しをしていた。それも結構上手い。少なくとも俺なんかよりは。


「……ゴホンッ」

「っ……とと、何だ君だったのかニャ〜。もう終わったのかニャ?」

「ああ、確かに俺にぴったりな受付嬢だったよ。それで、俺に何の用があるんだ?」

「おおう、忘れてたニャ」


おいおい、と思っていたら、ニャンニャン受付嬢はカウンターから手を伸ばしてきた。これはどう見ても握手。よく分からないが断る理由もないので、俺はニャンニャン受付嬢に手を握ろうと……


《待ってください》


ピタリ、途中で止まる。ニャンニャン受付嬢はニヤニヤとこちらを見ていた。


(何で止めたんだ?)

《そこのニャンニャン受付嬢は、冒険者からひっそり “力試しの受付嬢” と呼ばれています。スキルは【怪力】。相当の手練れ。

握ったら最後、手を痛めつけられますよ。王人の耐久力なら下手をすれば折れてしまいます》


ニャンニャン受付嬢を見ると、まだニヤニヤしていた。「どうした、早くしないのか?」 と言われてるみたいで、少しイラっとする。


文字通り力を試すという訳か。


「ニャんだ、潔癖性だったのかニャ? それとも獣人は嫌いだったのかニャ?」

「……いや、何でこんな事をするんだろうと思ってな。俺は依頼を出しに来ただけだというのに」

「ニャニャ〜気づいたのかニャ! うんうん、お金もたくさん持ってるし! 不思議な人間だニャ〜」


ニャンニャン受付嬢は、「お金もたくさん持ってる」と強調。そこだけ声を大きくする。

酒を飲んでいた人間が、2階へ依頼を受けに行こうとした人間が、一斉に俺を見た。その目はギラギラと欲望の感情が映っている。あからさまに武器の手入れを始める人間もいた。

慌ててニャンニャン受付嬢は口を手で押さえた。傍目から見れば、受付嬢が口を滑ったようにも推測出来る。


……こ、こいつ!


何が性格は天然っぽいだ。違う。髪と一緒でひん曲がっていやがった。


悪女。そう、悪女。


手では抑えきれない口の歪みが、俺には見えた。


「おいコラ何企んでる」

「まあまあ、いや、ニャアニャア落ちついてくれよニャア。

私はこう見えても見るだけで相手の実力って分かったりするのニャ。そんな私が見て、君の実力は分からないのニャ。本当に不思議だニャ〜。

勘ではすっごく強そうなんだけどニャア」

「それと何の関係がある」

「……これは独り言ニャんだけど、最近素行の悪い冒険者が増えて、ギルドも嫌気がさしてたんだニャ。今日はそんな冒険者が多いし、さっき私はうっかりと口を滑らせてじったのニャア。

君はまだ幼いし、見た目も強そうじゃニャいし、ギルドから出たら気をつけてニャ」


簡単に言うと、このニャンニャン受付嬢は俺にタダでゴミ掃除を依頼してきたという訳か。俺の見た目が弱そうだから、馬鹿な蝿共がこぞって殺りに来ると。

くっそ腹がたつ。

ニャアニャアうるさくなってきた。


「正当防衛はいいんだろうな?」

「……これも独り言ニャんだけど、素行の悪い奴に限って実力のない者が多いんだよニャア。ハッキリ言って国にとっても害にしかニャらニャいし、きっといなくなったって碌に捜査もしないはずだニャ」


黒っ、ギルド真っ黒!

まあいい、それならスライムの餌にしてやろう。さっき食べさせてやった時、結構喜んでたんだ。つまり、俺もギルドもウィンウィン。

だけど腹がたつ。

今度からこいつじゃなくて、全て白髪受付嬢のお世話になろう。


「俺はもう帰るぞ」

「またのご利用をお待ちしてるニャ〜」

「……是非そうさせてもらおう」


お前以外でな!


そう決意し、俺は素行の悪い冒険者に分かるようはっきりギルドを出ようとすると、途中で大男が目の前に立ちふさがった。


面倒くさい予感。


大男は俺の目を睨みつけながら、大声を出してきた。


「おいおい、何だなんだぁ? テメェみたいなおチビが冒険者になろうってか!?

はんっ、お家でママといた方がいいんじゃねえのか? それともなんだ、今すぐ俺が色々と面倒見てやろうか!!」




「あ、違います」

「……は?」


俺は彼の勘違いを正してやる事に。


「ですから、俺は冒険者になろうとした訳じゃありません。

ただ依頼を出しに来ただけですから」

「……」

「分かりましたか?」

「……お、おおう、そりゃすまん……悪いな、俺の勘違いだったみたいだ」


おや?

大男も例の素行の悪い冒険者かと思ったが、素直に謝ってきた。しかも恥ずかしさで若干顔を赤らめている。

少なくとも、さっきのニャンニャン受付嬢よりも愛嬌がある。見た目で相手を判断しちゃならない事がよーく分かった。


「いいですよ、勘違いは誰にでもあるものですから」

「ほ、本当にすまんな。そう言ってくれるとこっちも助かる。

いやー……な、実はさっき見たんだよ。あの受付嬢がお前に力試しをしたの。

お前は知らないと思うが、あれは冒険者になる奴みんながされるからな、てっきりお前もそうなのかと……ほら、変な正義感や夢を持った奴が冒険者になりたいと思ってるだろ? 冒険者ってのはそんなに良い事がある訳じゃねえし、むしろ嫌な事がたくさんある」

「……だから貴方は、そんな冒険者をやめさせる為に?」

「おうよ。俺ってば見た目だけは誰にも負けない自信があるんだ」


確かに、ボディービルダーも真っ青の体型をしている。顔だって鬼の形相だし、これは夜道で会うと酔っ払いも冷水ぶっかけられたみたいに酔いが覚めるに違いない。

なんというか、本能で怖いんだ。俺も思わず敬語使ってる。


「俺がちょっとガラの悪いふりすりゃあ、冒険者になりたいなりたいとか言うガキンチョも、嫌になるかもしれないだろ?

……実を言うと、お前と同じくらいの年で俺には息子がいたんだ。どうしても冒険者になりてえって聞かなくて、俺もそれを止めなかった。いや、止められなかったんだ。息子のキラキラした目に、俺は負けたんだよ。

んで、死んだ。

息子には冒険者なんかよりも、もっと偉大な事をしてほしかったんだけどなぁ……

俺はあの時の気持ちを、他の誰かにもなってほしくねえ」

「だから、さっきみたいな事を……それは良い事かもしれませんね。少なくとも貴方はいい人ですよ。

ですが、時にはそれが余計なお世話なのかもしれませんし、気をつけた方がいいでしょう。覚悟がある人間には尚更」

「ああ、お前の言う通り偶にいるんだ。そういう奴らは目で分かる。覚悟のある人間は、目が真っ直ぐだから、俺も止めねえ。そいつが弱っちくても、止められるはずがねえよな……」


最後の方は何かを思い出すように……しかし、悲しそうな顔は一瞬で、次にニイッと笑った。多分笑っているのだろうが、食べられそうで怖い。

条件反射で謝りたくなる。


「しっかし、お前こそ良い奴だな。

何か困った事があれば俺に言いな。出来る限りの事はしてやれるぜ。俺も伊達にこんな体してねえしよ」

「気持ちだけ受け取っておきます。こう見えても俺は強いですから、大抵の事は大丈夫ですよ」

「……そっか、つえーのか。

あぁ、息子もお前みたいに強ければ良かったのかなぁ。あいつは女房に似たからなぁ」


大男の目からは、涙が出ていた。大の大人が泣くその姿を、俺は決してみっともないなんて思えない。

きっと大男には、それだけの理由があるのだ。他の誰もが理解できない気持ちが、今溢れ出してしまっているだけ。


「聞いてくれよ。息子はなぁ、馬鹿なんだ。人助けがしたいとか理由で冒険者になって、本当になりやがった馬鹿。

息子はある日依頼を受けた。あいつの好きな人助けでよぉ、人探しだった。

そこはまだ息子が到底太刀打ち出来ねえほど凶悪な魔物がいるってえのに、馬鹿だから行ったんだあいつは。

結局帰ってきたのは、探していた本人だけ。息子が助けてくれたと、そいつは大泣きしながら話してくれたよ。

そん時に俺は気付いたね! 息子は馬鹿じゃねえ。大馬鹿だってな」

「……なんだ、息子さんはちゃんと、偉大な事をしているじゃないですか」

「っ……あぁ! そうだ、そうだったなぁ! 息子は大馬鹿もんで、そして、そしてっ……あいつは偉大だったよ!」


周りを見ると、ボロボロ涙を流している人間がいた。男も女も、若い奴もいい歳した奴も……中には俺を狙おうとした人間までもが、下唇を噛んで自らの頬を叩いたり、天井を見上げて「母ちゃん……」と呟いていたり。

後で聞いた話だが、この日から大勢の冒険者が変わったという。はっきりと口には出来ないが、確かに何かが変わった。

大男の息子は、ああ、本当に偉大だよ。死んで尚こんな事をできる人間が偉大じゃないはずがない。


——しかし、俺を狙おうとしている人間はまだいる。心の底から何とも思ってない人間はいる……スライムの餌にするのに、躊躇うはずもない。


「俺の名前はグレート。グレート・フアーザだ! お前の名前、聞いてもいいか?」


この世界で自分の名を全て言う事には、意味がある。

それは決戦の時だったり、深く尊敬する人物を前にした時だったり、相手を認めた時だったり……


「犬 王人。言いにくいだろうから、気軽にオオトって呼んでください」

「オオトか……今度に一緒、酒でも飲もうぜ」

「その時はお手柔らかにお願いしますね」


きっと、そんな機会は無いだろうと思いながら、それでも関係ない。言ったことに意味はあるのだ。


俺はホッコリとした気持ちになり、今度こそギルドを出る。


平和最高!


こんな気持ちで見るゼルガノドの景色は傑作だろうと確信しながら、眺めのいい場所を見つける事に。


《次の曲がり角を右折。路地裏で、30秒待機してください》


……なのに、何でだろうな。人が平和を実感している時に、何でそれを平然と壊せるんだよお前らは。


「ちょっと、アタいらの分も取り分はあるんだろうね?」

「俺らで山分けだ。

——なあ坊主、大人しくしてりゃあ殺しまでは死ねえからよ、暴れてくれんなよな」


前から後ろから、囲まれた。

殺しまではしない?

誰が信じる。口封じに始末するに決まってんだろうがよ。


「……なあ、ひとつ聞くが、見た所あんたらは強いな。最前線のここでもなければ、随分と活躍できるくらいに。

そんなあんたらが、どうしてこんな事をする?」


向こうは強いと言われて気を良くしたらしい。ペラペラと喋ってくれる。


「分かってねえなぁ。よそじゃ金なんてろくに持ってねえだろう。

だから、時々お前みたいなカモが俺たちには必要なんだよ」

「なあ、もういいだろ! さっさと殺っちまおうぜ」

「バッカ、殺っちまおうぜなんて言うなよな、楽しみ半分だぜ」


もう言葉なんて俺たちには不要だった。この後どうなったかは、スライムが喜んだとだけ言っておこう。

気を盛り直した俺は、景色がいい場所を改めて探しに行くのだった。


……その後は、宿に行かないとな。

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