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皇帝との別れ

◇◇◇◇◇


「ところでさハク君、あっ、ハク君って呼ぶな。ハク君は何でその……仮面、をつけてたりするのかな?

あれか、火傷してますみたいな?」

「一応そういう設定です」


……設定?


「えっと、じゃあ実際には?」

「火傷はしてませんよ。ただ、事情というものがありまして。

こんな世界に来てから、少々自分の顔……というか目に異常が出来たから、しょうがなくです」


成る程成る程……中学二年生の病気ではないらしい。お兄さん少しホッとしたぞ。

事情というのは気になるが、後で異世界知識さんにでも聞けばいい。


「そういえば、ハク君は何でこんなところにいるんだ?

まさか、冒険者になったのか?」

「俺はダン……例のあれから必要な道具を取り出してすぐに外へ出ましたから。どうも束縛されてるみたいで合わなくて、俺は適当にこの世界を探索するつもりです。

——そろそろ換金したいんですが、いいでしょうか?」

「ああ悪い」


ハクはフィーナのところで換金するようだ。俺は邪魔にならないよう、横にずれた。そこは暴力女がいる場所だった。ギルドカードの手続きなどが終了したのだろう。


「知り合いなのか?」

「まあ、そうだな。実際に口を交わしたりしたのは今日が初めてだが」

「そうか……あやつ、中々の強者だぞ」

「やっぱりか」


俺も感じた。

格が違う。なんと言うか、人間には思えないのだと、俺の勘がいう。一体どんなスキルなのか興味を持ってしまうが、ハクは教えてくれないだろうという確信があった。


俺たちは見た目こそ気軽に接していたが、内心では警戒しあっていた。


それで分かったが、ハクは強い。スキル云々ではなく、何が起きても動じないという肝の太さが感じられた。動じないというのは、それだけで戦闘に有利だ。冷静な判断は、勝利へ導く。


だからハクは強い。そしてきっと、躊躇いなく人を殺せる。


「しかし、何となくだが、少しオオト殿と似ているな」

「俺と?」

「何となく、だ」


俺と似てる、ねぇ……あんましそれは、いい情報じゃない気がする。


俺は暴力女の勘がはずれる事を祈っていると、ハクが魔石を取り出し、それを見てフィーナが声を上げた。


「嘘っ、これって……!」


ハッとしたフィーナは、口を抑える。情報の保護でもあるのだろうか。案外気がきくんだなと呑気に思っていた。

俺の刀術スキルは近距離専用。近距離ならば、鋭い五感が役に立つ。

小さい声だが、確かに聞こえた。


「貴方、まだギルドカードが緑なのに、どうしてこんな魔石を」

「おかしな話だ。別に、ギルドカードの色イコール強さというわけでもあるまい。引退した騎士団長とらやがギルドに入っても、そいつだって緑なのだからな」

「でもっ、貴方はまだそんなに若いじゃない」

「これはまた異な事。歳と強さが必ずしも比例はしないだろう。

詮索は無用だ。早く換金してくれ」

「……分かったわ」


——何あいつカッコいい。俺は何となくそう思った。ハクなら俺と違ってモテそうだなぁとも思った。


……しかし世の中には、イエスとノー、ライクとディスライクといった風に、全てが全て同じ感想を持つわけではない。


チョコを好きな人間もいれば、嫌いな人間もいる。ハクを凄いと思う奴もいれば、それが気に食わない奴もいる。


だが、ここにいる人間は大丈夫だった。多少の嫉妬はあれど、それを消してハクを褒めれるくらいは出来た人間だった。


……そう、ここにいる人間は。


嫌な感情を感じた俺と、それに暴力女は、ギルドの二階から降りてきた人間を見た。図体のでかい、白髪のジジイだ。


白髪のジジイは、受付を見る。視線の先には緑のギルドカードと貯蔵魔力とやらが多いかもしれない魔石。

そして次に、ハク。


「チッ……何だなんだぁ、いつからギルドはこんな腑抜けになっちまったんだぁ?

おいフィーナ!」


フィーナは、嫌々という顔をしながら、手に持ってた魔石をカウンターに置く。力が入りすぎて、大きな音がした。


「なんの事でしょう、ギルドマスター」


ギルドマスターっていうからには、1番ギルドで偉いんだろう。

……なんか想像と違う。

もっと、実力者かと思ってた。あんなの弱々じゃねえか。しかも性格が悪そうときた。ここにはラピスもいんだぞ。教育に悪いな全く。


「すっとぼけんじゃねえよフィーナ。その魔石、グリズリーマグナムだろ。あいつには俺でさえ手こずるんだ。

そんな若造が討伐できる筈がねえ」

「本人は討伐したと言ってます」

「だから腑抜けだって言ってんだよ。

討伐した本人以外が魔石を売るのはいいが、功績を奪うのは禁止事項。さっさとそんな嘘つき野郎ギルドから放り出しとけ」


おいおい、このギルドマスターは実力差も分からないのか。暴力女の方が圧倒的に強いぜこいつは。


「証拠がありませんギルドマスター」

「証拠もなにも、そんなヒョロッヒョロした奴が倒せるかってんだ」

「身体能力系のスキルを取っている可能性があります」

「グダクダうるせえぞ!」


あっ、フィーナ舌打ちした。


「そんな奴がスキル持ってるわけねえだろう! いいから俺の言うこと聞きやがれ!

そこの……そこ……の」


ん? ギルドマスターが怒鳴るのをやめて、口がピクピクしだした。

何事かと視線追えば——ハクは欠伸をしていた。なんというか、人を怒らせるのがうまい奴である。

俺は不覚にも少し笑ってしまった。


「ん? 終わったか?

なら早く金をくれ。ギルドカードの手続きもあるだろう。早く済ませてくれるとこちらも助かるんだが」

「……て、てんめぇ俺の話を聞いてやがったのか?」

「さっきの幼稚なガキがする話の事を言っているのか?

それならば結構面白かったと言っておこう。思わず欠伸をするくらい、な」

「こんのぉガキ……!」


図体と態度のでかいギルドマスターがハクに近づき、殴りかかろうとした。

周りはヤベェギルドマスターがキレたぞ。フィーナはギルドマスター最低。暴力女はワクワク。


……俺も、しっかりと見ていた。


まず、最初に相手にすらならなかったとだけ言っておこう。俺はハクのスキルさえ見る事は出来なかったと思う。


早い話が、迫り来るパンチを、ハクは片手で掴んだのだ。


「なっ……」

「弱いな。弱い……ギルドマスターとは名ばかりか。確か緋子(あかす)は、ギルドマスターは大体あり得ないくらい強いから気をつけろと言ってたが……ふむ、意外とあてにならないなあいつも」

「こんの舐めやがって!」


ギルドマスターは蹴りを繰り出す。それはハクの横腹へ綺麗に入ろうとして、実際ギルドマスターも勝利を確信したのだろう。


だが、そうはいかない。


ハクはギルドマスターの手を放し、軽くジャンプして体を上下逆さまにすると、足を土台にして手を置き、ギルドマスターの顔めがけて連続で蹴りをお見舞いしてやった。


速さが異常な為、ギルドマスターからすれば、訳も分からず吹っ飛ばされただろう。


「ぐぁぁっ!?」


——トンッ……と、危なげなくハクは着地する。

やっぱり強い。これも勘で悪いが、スキルを使ってないと思う。使ってないのに、この強さ。身体能力が異常だ。まともにやり合ったら、勝てるかどうか怪しい。

俺はきっと、逃げに回るだろう。


「さてギルドマスター、俺が不正をしてないのはこれで分かっただろう。

何か文句はあるか?」

「ぎ、ぎさまぁ!」


おや、鼻の骨が折れてらぁ。

口も切れてるな。喚き散らしながら、血とヨダレを飛ばしている。ばっちいから、ラピスにかからないよう配慮した。


「俺にでをだじて、ただでずむと思っでんのか!? 」

「ふむ、冒険者を止めさせるつもりか?」

「よぐ分かっでるじゃねえか」

「……それは参ったな」


言葉とは裏腹に、ハクは落ち着いていた。そして、ギルドマスターを見る目がどんどん冷たくなる。

死人が出るか?

なんて予想したが、フィーナが優秀だった。


「無理ですよギルドマスター。いえ違いますね。たった今、貴方はギルドマスターではありません」

「な、何を言っでる!?」

「貴方も……いや、アンタも分かってるでしょう。何の理由もなく人に暴行を加えるなんて、ギルドマスター以前の問題よ。

ああ、逃れようとしたってそうはいかないわ。今度こそ、ちゃーんと録っておいたから」


そう言って、フィーナは真四角の水晶のような物をちらつかせる。きっとあれで、映像か音声かを残しておけるんだろう。

ギルドマスターの顔が真っ青になった。


「これを本部に提出すれば、アンタは終わりよ。今まで散々お世話になったわね」

「……さぜるか」


グッと、ギルドマスターの手に力が入った。


先手必勝。


俺はスライムを召還させる。


「んなもん、提出させなきゃいいんだ。

寄越せ。それを寄越せフィーむぐっ!?」


今すぐにでも突撃しそうだったギルドマスターに、ラピスラの伸ばされた腕が顔にひっつく。

引っ掻いたりしてもがいているが、約30%の物理無効だからな。そんな弱い攻撃でどうにかなる訳もない。例えどうにかなったとしても、さらなる触手が顔を襲う。

呼吸がおぼつかなくなったギルドマスターは、ブクブクと気絶した。気絶したらしたで邪魔になったな……ラピスラに言って、ギルドマスターは適当に床でも転がせておいた。


「見ろラピス、あんな大人にはなるなよ」

「ん、ひとがゴミのようだ」


おい待て、何でお前がそれを知っている。


「貴方達……」


フィーナがハクと俺を交互に見ながら、厄介事が来たわね、みたいな表情をする。


——お詫びとか何とかで、ハクは別室へ連れて行かれた。本人は嫌そうだったが、フィーナが俺もいくと言うと、渋々納得。

……おい、いつから俺が?


だがまあ、謝罪金として幾らか貰ったのでよしとしよう。


「御免なさいね、迷惑だったでしょ?」

「ああ」「全くだ」「ねむねむ……」


フィーナはギルドマスターの事を言ったと思うが、俺はこの状況が迷惑だ。暴力女も後ろに付いてきているし、冒険者ギルドのイメージダウンが嫌なら帰らせてくれ。


「アイツはさ、普段から問題ばかり起こしてたのよ。問題といっても小さい事だけど、数がね。金で成り上がった物だから、全てのギルドマスターがああじゃないの。

アイツだけが悪くて……だから今回は助かったわ。きっと、私以外の職員も冒険者も、今回の事は貴方達に感謝していると思う」

「興味無いな」「ラピス、昼寝は大丈夫か?」「ねむねむぅ」


ん、フィーナは何か言ったか?

普段のギルドマスターが素行が良かろうと悪かろうと知らない。今回は邪魔だったから、ちょっと黙らせただけ。

ハクもそうだろう。自分に危害を加えようとしたから、ギルドマスターに対して容赦なかっただけ。


「ハクはやっぱり相当強かったな。それに、根性もある。

欠伸は思わず笑ってしまったぞ」

「……生意気だったでしょうか? どうも俺は無意識で人をイラつかせるらしく、友人からは気をつけるよう言われてるんですが……難しいですね」

「いや、無理に直そうとしなくてもいいだろう。ハク君の言動にイラつく奴は、きっとさっきのギルドマスターみたいな奴だ。

悪いのは向こうでこっちじゃない」

「そう言ってもらえると気が楽になります」


うんうん、ハクは良い子じゃないか。


……俺とハクの関係を、フィーナが怪しく見ている。関係性を探ろうしているのか。

厄介な。


「フィーナ、俺たちはもう帰ってもいいよな?」

「あ、そうね……今回の事は本当に御免なさい。今度のギルドマスターはマシなのが送られる事を、私達も祈ってるわ」


……あんなギルドマスターのしたで働いてたんだ。きっと、苦労したんだろうなぁ。


俺には関係ないから気にしない事にして、ギルドを出る。こんな場所来るんじゃなかった……が、ハクに会えただけでもよしとしよう。


——ハクはもうこの町を出るという。挨拶をした後、すぐにどこかへ行ってしまった。


また会えるような気がする。何の理由もなく、俺はそう確信した。


「……さて、これからどうしよう」

「また私の家に来るか?」

「さっき行ったから却下。っていうか、俺とラピスはそんなに長くはいられないんだよ。そろそろ帰ろうかと思う」

「もう帰ってしまうのか……それは、寂しくなるな」


パーティーもあるし、ダンジョンを抜け出してきてしまった。そろそろ帰らないと、コールされるかもしれない。

だから暴力女もそんなに悲しまないでほしい。俺とラピスとは、さっき会ったばかりだというのに。


「……楽しかったぞ。オオト殿とラピス殿と一緒にいて、本当に楽しかった。

何だか、まるで友達が出来たみたいに……」

「アホ」

「ア、アホ? ラピス殿、確かに私はアホなのかもしれないが、何も今言わなくたって」

「アホ、もうともだち。まるで、は違う」

「っ……」


暴力女はラピスを見て、次に何かを期待するよう俺を見る。

ああったく、ラピスのせいで、余計な事を言わなくちゃならないみたいだ。


「そうだよ、もう友達だよ」

「……うっ、うぅ」

「おいおい泣く奴がいるか?」

「な、泣いてなんかないぞ……これは雨だ。きっと、そうに違いない」


空を見上げると、本物の陽の光が目を照らす。雲も無いぜこりゃあ。


「分かった分かった。雨でも雪でもいいから、じゃあな。

きっとまた会えるその時まで、さよならだ」

「うむ……さよならだ!」


涙声の気がする暴力女。その名もフォークス。将来が不安で仕方がないこの女とも、またいつか会うことになるのだろうか。


……異世界知識さんには聞かないでおこう。楽しみってのは、とっとくもんだからな。


——暴力女は姿が見えなくなるまでこちらへ手を振っていた。結局、獣耳はおあずけみたいだ。


〜〜〜〜〜


さて、門で手続きとやらは面倒くさい。だから、どうやって切り抜けられるか考えていると、それはふと目についた。


「あの、お野菜いりませんか? 美味しいですよ。お野菜いりませんか? 安いですよ」


ボロボロの服を着た女の子。

バスケットに、多分野菜を入れて、それを売っている。

通行人は鬱陶しく避けているが、女の子は、諦めなかった。

力のない声で、お野菜いりませんか? なんて言っている。普段の俺なら、ここでスルーしただろう。


だが今日は、ラピスがいる。しょうがないので、スルーしない俺になる事にした。


「くれないか?」

「えっ……あ、本当ですか? ええっと、な、何をいりますか?」

「この金で買えるだけ」


さっき、謝罪金として貰った金を袋ごと渡す。中身を確認した女の子は、目を見開いた。


「こ、こんなに……あの、申し訳ありませんが、全部買ったとしても、多すぎます」

「そうか……ならお釣りはいらないから、その野菜を全部くれ」

「え、ええっ!?」


釣りはいらない。

こんなセリフ、1度言ってみたかったんだ。俺は少し満足した。

狼狽えている女の子からバスケットの中身をひったくり、無理にでも金を渡す。


「じゃあな」

「っ……あ、あの!」

「……なんだ?」

「いえ、その……なんでですか。何で、こんな事するんですか?」


スルーしていればいいものの。彼女はきっと真面目なのだろう。

今も多すぎるその金を手にして、複雑な気持ちなのか顔を顰めている。難儀だな。俺ならほくそ笑むところなのに。彼女からしたらありがた迷惑ってやつか。


「——俺は、生徒会だ」

「せいと……かい?」

「ああ、そして副会長……俺はただ、自己満足しただけ。自分のやりたい事をやったまでだ」


自己満足を満たすため、我が道を行く。それが生徒会なんだ。


「じゃあな」


2回目のそれで、今度は声をかけられる事はなかった。

俺は、もう振り返らない。ラピスが良い子に育てばいいと思った。


《ダメです。引き返してください王人》

(えぇー? いや、今いい感じで終わろうとしてたじゃん。

なになに、全てぶち壊す気?)

《さっきの子供、このままじゃ襲われて、お金を全て奪われてしまいますよ》

(なんだ、ヤンキーみたいなのが異世界にもいるのか)

《殺人も強姦も強盗もしてしまうヤンキーとは、地球って怖いんですね》

(……)


——でも、迷うな。別に俺はさっきの子と深い関わりはないのだし、そこまでして助ける必要はあるのか?

襲われるのが暴力女だったら、まあ助けるのもやぶさかではない。


……んー、迷う。


《オオト、私は引き返してくださいと言いました。オオトは、私の言う事を聞いてくれないのですか?》

(それは……)

《私は道具じゃないと言ったはずです。私だって、心はあるんです。

……ここで助けないのなら、私は今後一切、口をきかないかもしれません》


それは参った。

全く、俺のスキルはワガママらしい。でも、もしかして俺は、こういうのを本能で……止めとこう。今は、助けるのが先だ。


「出でよ、サイレントバード」


引き返さなくてもいい。音を消して飛べるこいつらに任せれば、万事解決するのだ。


そして魔物使役の効果、共感覚。


これは、自分の操る魔物の五感を知る事のできる力だが、今の俺には聴覚とほんの少しの視覚が精一杯。だがまあ、それくらいでチンピラには十分だ。


——俺は女の子をサイレントバードの群れに探させる。数の力で、女の子はすぐに見つかった。耳に雑音と声が聞こえてくる。


『さっき見てた………よこ……な!』

『いやです!……これ……は、おくす…………』

『ていこう……なら……しねえぜ』


別に聞かなくてもいいか。行け、サイレントバード。

……サイレントバードは、羽音がしない。気配も薄められるので、こんなチンピラ程度には丁度いい。


『ぐあっ……!!』

『んだ……れは!』

『ぎゃ、……やぁぁ』


適当にアキレス腱でもついばんどけ。髪もちぎっていいぞ。十分に懲らしめてやるんだ。


『ってぇ……!!』

『あぁ……ぐあっ!』



俺が直接手を出していないからかな。清々しいや。

チンピラの数は3人。どれも男。心を痛める理由がない。やがて1人が2人に肩を貸し、脇目も振らず逃げていく。


(ほら、これで満足か?)

《ありがとうございますオオト。やはり、オオトは優しいですね》

(何を白々しい。異世界知識さんがやれと言っただろ……ったく、何で今日はそんな良い子ちゃんなんだ)

《私はいつも良い子ちゃんですが、敢えて言うなら、もったいないと思っただけです。

せっかくオオトが理由はアレとしていい事をしたのに、最後が報われなんじゃ意味ありません。ハッピーエンドとは、何と響きがいいのでしょう。

……家庭菜園で採れた野菜を売って、病気で寝込んだ母に薬を買ってあげれて、3日後には家族円満な食事風景が出来ます。

オオトも、悪い気はしないでしょう?》


それは……まあ、悪い気がするはずもない。俺だって女の子の不幸を我先にと望んでいるわけではないし、むしろ幸せになるのなら万々歳。良かったじゃないか。


……ハッピーエンド、ね。人生の全てが、そうであればいいのに。


さーて、引き上げるか。


『……りがとうござます……いとかいの……ふくかい…うさん』


——まさか、な。


そうして俺は隠密を使って町を出る。何だか色々と問題がありそうな気もするが、保証人は暴力女だ。置き土産とでも思ってもらおう。


◇◇◇◇◇


俺はダンジョンに帰ると、すぐさま土下座した。急に出て行った事を謝ったのだ。

何か言おうとしていたココも、俺の真摯な態度にしつこい事は言わなかった。


……ああ、そうそう、ラピスは土下座なんかしていない。土下座した俺の背中に座ってたんだから。

俺はどこで教育を間違えたんだろう。まあ、理由が少しでも離れたくないだったから、こちらも強くはでれない。


「それよりいい匂いがするなぁ」

「つまみ食いはダメだよ。もうすぐ燈華ちゃん達が来るそうだし、もうちょっとだけ待ってね」


——待ってね……か。


コール。



『なに、兄』

「来い、妹」


——待てなかった。


『ちょっと待って、まだ……』

「死ぬ気で急げ」


俺はコールを切った。

ふぅー……


「良かったなココ、丁度向こうもこちらへ来れるらしい」

「……王人」


ジーっと見られた。

迂闊。

目の前で話したんだから、俺の言ったことで予想はつくじゃん。

策士策に溺れるとはこの事か!

……全然違うか。

だが、俺が死ぬ気で急げと言ったんだ。妹は本当に死ぬ気で急いで来る。


——昔、俺がテレビの中で『うわー美味しいー』と不味くてもそう言うであろう番組で、黒いダイヤと呼ばれるトリュフをパスタに乗せて召し上がってた時の事。黒いダイヤってオオクワガタもだよなぁなんて無意味な事を思いながら、それと同時にふと「トリュフ食べたいなぁ」とこれまた無意味な事を言う。

本気で美味しそうだと思ったわけではない。珍味と言われるくらいだから、珍味の意味くらい俺にもわかる。ただ、意味がないから無意味なのだ。「宝くじ当たりてぇ」となんら変わりないそのセリフを、しかし妹は本気にしてしまい、母に頼んで1週間以上も学校を休み、現地調達してきた。


バカじゃないのか。


だが、実際にやったのだ。


「兄貴、トリュフ採ってきた」


こんなにワイルドな妹が世にいるだろうか? その日はトリュフを食べた。味は、それほどしなかった気がする。何せ量が多いとは言えないので、もう覚えてない。香りかな、トリュフは。独特な風味。俺はそこまで好きじゃない。


しかし、妹のバカさとありがたさで、俺は涙が出そうだった事は覚えている。


——閑話休題。


妹は来るだろうと玉座さんの部屋に行き、やはりすぐに来た。

俺の自慢の妹だ。

後ろにはひなたがいる。ひなたは妹と遊んでいるのを遠目にしか見たことないが、オーラが迷子の子猫ちゃん。大人しそうな性格をしているのは、一目みて分かった。

妹の横には霰。霧氷(むひょう) (あられ)。生徒会執行部の会計で、散々会長に付き合わされている俺と忍の癒しだ。

霰は……っとと。


「副会長!」


霰は床を滑りながら(・・・・・)、俺へ突撃を仕掛けてくる。毎度の事なので、慌てずに受け止めた。

アメリカンハグってやつだな。


「お久しぶりです副会長!」

「おお、久しぶりだな霰。元気してたか?」

「まあまあですね」


久しぶりに会った従兄弟みたいなノリの会話を終えて、ふと、右下から視線を感じた。


「ジーーーッ」


ラピスから睨まれていた。

こいつまたか、みたいな目つきで。

ちょっと怖い。


「……俺が悪い? ……そっか、ごめん」

「うむ、よろしい」


よく分からんが許されたらしい。

霰はというと、ラピスに興味を持っていた。


「この子が副会長のサポートキャラですか……ランダムですよね。んー……副会長にピッタリな子です。

——あれ、じゃあそちらの方は……」


今度は狩人殿に目がいく。妹も、説明しろと目で訴えてきた。そういえば説明していなかったな。

美羽 愛里の事を詳しく説明したのも会長だけだし、霰も知らないようだ。


「この方は狩人殿。弓の達人だ」

「弓、ですか」


霰の目がキラリと光った。そういえば霰は、弓道部だったな。全校大会まで行った事のあるとかないとか、俺にはそれがどれくらい凄いのかよく分からないが、まあ、想像よりも凄いのだろうと思われる。


——この部屋にいるのもあれだし、ココにも挨拶して、皆は早速食堂へ行く事になった。狩人殿が手伝い、ほんの少しパーティーっぽい雰囲気の出た食堂へ、だ。



……途中気がついたが、ひなたから避けられている気がする。俺何かしたっけ?


まあ決めつけるのもよくないと、考えるのはやめにした。


「わぁっー!」


ピザ。寿司。ラザニア。パエリヤ。カレー。白米。アボカドサラダ。オム焼きそば。刺身。ステーキキドニーパイ。シュウマイetc……

コーラ。メロンソーダ。麦茶。緑茶。紅茶。オレンジジュース。牛乳etc……

プティング。ケーキ。アイスクリームetc……


全くまとまりのない、全国からデリバリーしたような料理の数々。もっと俺が名前を知らないような食べ物だってある。

隙間なく詰められたそれは圧巻で、思い浮かべるのはホグ⚫︎ーツの食事風景。確かあれって全て本物らしいんだよな。俺もあの時だけ出演したかった。


「……いぇーい」


むむ、妹のテンションも高くなってるな。ジュルリと汚くないヨダレが垂れているぞ。


——誰か、もしくは皆のお腹の音を合図に、それぞれが座り出す。

……俺の横にはココと狩人殿がきた。膝の上にはラピス。向かい側には妹。挟むようにしてひなたと霰。


「それじゃあ、頼むラピス」

「うむ——いただこう」


お前誰だよ。

我が娘ながら全くキャラの掴めない。ま、今は気にせず、目の前のご馳走にありつく。

……このクオリティでこの数、ほんとうに昼から作ったとしたら、どれだけ大変だったのだろう? いや、大変という言葉で済まされるのか。というより行程的にどうしても時間の足りないものがあるような……


俺は舌にご褒美を与えながら、ココに改めて心からの賞賛を送った。



「く、くる、苦しゅうない……!」


ラピスは焼きプリンを食べながら感嘆の声を……って、おいおい、もうデザートかよ。

自分の勝手か。

なら、俺はパエリヤを頂こうかな。

少し遠いと思っていたら、妹がよそってくれた。


「ありがとうな」

「うむ、苦しゅうない」


……妹が、妹までもが苦しゅうないに取り憑かれてしまった。

まあいい、苦しゅうないより、パエリヤだ。その後はあのサーモンも良さそうだ。わさび醤油をつけてツーンと……腹八分は守れそうにないな。


〜〜〜〜〜


「ケフッ」


みんなの胃はどうなっているのか、あれだけあった料理の数々は、綺麗さっぱり無くなっている。綺麗さっぱりは俺の仕業なんだがな。ちょっと残ってたりするのが嫌だから。


しかし、大体は吸い込まれるように皆の口へ消えていった。意外にもひなたは静かに大食いで、予想通りといえばいいのかラピスは物理的法則を無視するほど食べて、もう何が何やら。


——皿洗いは俺が裏技を思いついた。繊細な事も出来るようになったラピスラに放り込めば、汚れを全て吸収してくれるのだ。ラピスラまじ便利。魔法を一発でもくらえば死んでしまうが、こいつにはこれからも頼りにするだろう。


「うぅ、ボクも今日は食べ過ぎちゃった……動けないや」「ああ、どうしましょう副会長。私はお腹いっぱいになって眠気が……」「兄、苦しい」「狩人殿……私は狩人殿なのか……ちゃんとした名前はあるのだかなぁ」 「デザートのチーズケーキはとても美味しかったです」


俺も食べ過ぎて動けない。

霰の言う通り眠くなってきたし、妹と同じで少し苦しい。

狩人殿は狩人殿だ、うん。

チーズケーキそんなに美味しかったのか、くそっ、一口食べていればよかった。


——真面目な話、どうしようもない。所謂、詰んだ。


俺たちは、ガキみたいに腹を膨らしすぎて、歩く揺れすらキツイ状態になってしまったのだ。


「……そういえば今日、白王 帝に会ったぞ」

「ええっ!?」


何の気なしに言った言葉に反応したのは、ひなただった。


「そういえば、ひなたは白王 帝が好きでしたね」

「ちょっと霰ちゃん!?」

「だってファンクラブにも入ってるくらいなんですから」

「あわわわ!!」


なるほど、やはりハクはモテていたか……ん? ファンクラブ、だと……?

どこの物語の中の話だそれ。会長にあるのはブラックリストに載るくらいだぞ。


「妹はどうだ、ハクの事?」

「どうでもいい」


そっか、よかったよかった。ハクとお話ししなければいけないところだった。


「霰はどうだ?」

「私は異性を好きになるという感覚がどうも……」


お前はそのままでいてくれ。

ひなたの疑わしげな視線が気になるが、霰は確かに人を好きになるというのが苦手かもしれない。まず、少しでも下心ありきで霰に近づけば、霰はそういうのに敏感なので、絶対零度の視線を浴びせられる。

彼女のスキル冷獄無火とは、伊達じゃない。


「ラピス、お前はハク君の事どう思った?」

「強い」


ふむ、という事は意外にも、この中でハクを好きなのはひなたくらいか。ファンクラブまであるという事は、ここにいないだけで、ほとんどの学生が好きなのだろうが。


「白王様は、他校にもファンクラブがあるほどなんですよ! 成績優秀、運動神経抜群。100人が100人、1億人が1億人振り向くほどの容姿。全国でも、白王様を知らない人間の方が少いないかもしれません!

私が印象に残った白王様のエピソードはあれですかね、強盗退治です! 相手はナイフを持っていたのに、白王様の手にかかれば赤子をひねるが如く! その姿は、漫画の一部を切り抜いたように凛々しく、偶然撮れた生写真は万単位で取引がされているとか。最早伝説のアイテムなので、私はまだ目にする事は出来ていませんが……他にも白王様が捨て猫の前で佇む写真がこれまた!パジャマ姿なんてレアは1度見た事がありまして、普段とのギャップで気絶してしまう威力! 恥ずかしながら私も、何度か慣れるまでに倒れてしまいました」


触れてはいけない部分だったらしい。怖いくらいの勢いを感じた俺は、ハクの話をやめることにした。ひなたは残念がっていたが、このままじゃ、こっちがおかしくなりそうだったから。

っていうか何だよ強盗退治って。ハク君カッコよすきだ。それならモテても仕方ないか。


「副会長もある意味モテてるような……」

「ある意味ってどんな?」

「ああ、いえっ、何でもありません何でも……は、はは」


霰はそう言ったが、何でもない訳がなかった。しかしこの時は、無理に追求するのをやめておいたんだ。

それを後で俺は後悔するのだが、この時はまだ知らない。もう少し休んだら、後もう少し……と先延ばしにし、結局皆が帰ったの朝の4時。

容赦なく襲い掛かってきた睡魔には勝てず。俺は眠りについた。

◆後書き◆

遂に……!!

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