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皇帝との出会い

◇◇◇◇◇


朝起きると、俺とラピスは日課であるドリアードから搾りたてジュースをもらう。ドリアードたちは成長が早く、既に身長はラピスと同じくらい。土の外でも生活できるようになっていた。


昼前にラピスラも覚醒させた……時に、目に見える成長があった。


——触手を伸ばせるようになったのだ。前は不完全で、そんな事すると体がぐしゃぐしゃになっていたが、今は違う。


ほら、向こうでラピスを高い高いしているんだよ。心なしか、1番この事を喜んでいるのはラピスラのような気がする。


「楽しそうです」


ここは憩いの場。

俺と狩人殿は、ベンチに座ってラピスとラピスラを見ていた。


「……お前は楽しくないのか?」

「お前?」

「……狩人殿は楽しくないのか?」

「か、狩人殿……

——そんな事ないですよ。私も楽しいです。何か気にしているのなら、遠慮なくなのです」


ベンチの下はコンクリートが敷き詰められ、隙間からクローバーが生えている。


……俺は、四つ葉を探していた。


ただ、四つ葉というのはクローバーが踏みつけられて、成長点か何かが刺激されて出来るものだと聞いた事がある。幸運、または幸せの四つ葉が、まさか踏みつけられて出来るものだとはなんと皮肉かとその時思った。


憩いの場に来たのはこれが初めて。だから、四つ葉は無いのかもしれない。

といって態々クローバーを踏むはずもなく、四つ葉は当分諦める事にしよう。


「別に、気にしてなんかない。

……ただ、少しでもここの生活が苦になれば、すぐにでも出て行ってもらおうかと思ってたところだ」

「容赦がないのですね」

「嫌な気分をしてまで残る必要はないって事だ。昨日言っただろ。これから先、死を間近に経験するかもしれないと」


戦争とは、そういうものだ。


……狩人殿はベンチから離れて、クローバーを避けるように立った。

俺も自然とクローバーを避けて、狩人殿についていく。今まで屋根に隠れていた、優しい偽物の太陽の光が降り注いだ。


「死を間近に経験……そんなの、どこでも一緒なのですよ」


それもそうか。

現に狩人殿は、そうなったばかりではないか。今この世界はあちこちにダンジョンが現れた事で、少しざわついている。

どこかしらトラブルはあるだろう。


——狩人殿はしゃがんだ。どうやら、花を見ているらしい。


……それは確かスイセンだっけ。綺麗だけど、どっかに毒があるんじゃなかったか? 食べれなかっただけだったか?


狩人殿は知ってか知らずか、顔を近づけてそれを見ていた。


「どこにも危険はあるです。一見素晴らしい場所でも、隠しきれない裏というのはどこにでも……その点ここは、こんなに綺麗なのですよ。

同じ危険なら、ここの方がいいに決まっているのです。

それに……」



こっちを向いたその時、風が吹く。

狩人殿の髪と一緒に、花びらが舞った。散って尚美しいとは、花は何と深い存在なのか。


「メイドがご主人様から離れるなど、考えられないのですよ」


どこか幻想的で、神秘的。

まだ風はおさまりそうにない。俺は眩しくなって、目を背けた。

というか、ご主人様って……


「……もうすぐココが来る。行こう」

「はいなのです」


まだ遊び足りないみたいのラピスを抱っこして、食堂へ向かう。

俺は、自然と笑顔になっていた。こういう日がいつまでも続けばいいなと、そう思った。


◇◇◇◇◇


今日の昼ごはんはこれ!

ココが作ったホットケーキに、お好みでバターを塗ったり、ハチミツをかけるもよし。何もかけずにシンプルに食べるのもよし。

飲み物は牛乳。俺はそれをミルクココアにした。


「あーっむ」


ラピスはハチミツをかけたらしい。とろーりと少し口から垂れている。何だか健康的なエロさを感じるのは気のせいか。

いいよなぁハチミツも。口の中に濃い甘さが広がって、ホットケーキが何倍にも美味しくなる。


「はむ」


狩人殿は何もかけないのか。うん、全然いいよな。噛めば噛むほどってやつか。

喉が渇いたら牛乳で潤す。そしてまた、ホットケーキを食べる。


「あむっ」


ココはバターをかけたらしい。

……少しくれないだろうか。

熱々のホットケーキに溶けかけのバターが満遍なく広がって、うん、やっぱり少しくれないだろうか。


——そして、俺はこれ。


バターをかけます。

ハチミツをかけます。

アイスをタップリかけます。


至高!


健康に悪そうだが、そんなの関係ない。美味しいはジャスティス。美味なるものを食すのに、リスク無しじゃ都合がいいというもの。俺は、健康を生贄にホットケーキを召喚したのだ。


……ホットケーキと接した場所から、アイスが溶ける。アイスを引きずるように、ハチミツが上から流れる。


俺は全てを一緒に、口の中へ放り込む。


「あーむっ」


っ……俺は猫舌なのだが、熱々のホットケーキ君が食べれるのは、このアイスのおかげ。アイスちゃんは自分を犠牲にして、俺の口を守ってくれているのだ。もう戻れないと知りながら、それでも……


そこでハチミツさんの登場。熱と冷で対立していた2人は、和解する。ケンカすることなく味が調和し、胃の中へと飛び込む3人は、自身の最後だというのに、笑顔であり続けたのだ。


くぅっー! ありがとうホットケーキ君。あり

がとうアイスちゃん。ありがとうハチミツさん。俺はいつまで君たちのことを忘れない。この味を、絶対に……!!


《甘く切ないラブストーリー、「溶け合いのクリーミー」——完》


「ご馳走様でした」


タワーのように積まれてあったホットケーキは、全て胃の中へ入り、今日も今日とて大満足。

だが、今日のココは帰らない。何故なら今日は、夜にパーティーをやるから。今の時間からご馳走様を作るのだという。

本当ならもっと前から作りたいと言っていたから、それはもう厨房は凄いことになると予想される。


「で、俺はどうしようか」

「その事なんだけど……」


ココは気まずそうに話した。

おいおい、俺とお前の仲。断るはずがないというのに何でそんなに躊躇っているのか。

さあ言えココ、出来る限りのことはしよう。


「キングジュニアの事を」

「すまん」

「はやいっ!?」


頑張ったよ、俺。

俺がやりきった感を出していると、ココが心底不思議そうに声をかけてくる。


「キングジュニアの面倒を見ててくれないかなぁって思ってただけなんだけど」

「ぐっ、すまないな。今日は頭痛と腹痛が激痛で、このダンジョンから出ると死んでしまうんだ」

「そんなに嫌なの!?」


いろんな意味で滅茶苦茶な日本語を言った気がする。が、しかし、そんなに嫌なのだ。俺は、キングジュニアが好きじゃない。

むしろ、逆。

マゾなんて初めて見たせいか、どう接すればいいのか分からない。なら、接しなければいいというのが自論だ。


「ラピス、来い!」

「っ……あいあいさー」


俺に向かってラピスがジャンピング。それをしっかり落とさずキャッチ。

俺は2人でランナウェイする事にした。


「夕方前に帰ってくるから!」


ココの呼び止める声が後ろからしてくるが、俺は振り返らない。

すれ違った狩人殿に声をかけて、俺はダンジョンの外へ出る。


——憩いの場とは違い、本物の陽の光だ。


俺は、あそこに向かって飛びたい。大空を羽ばたきたい。

自由になりたい。


「出でよ、フェニックス!」


魔物使役の能力、換装。


“不死鳥の翼”


俺の背中に、紅蓮の翼が装着される。これはいくら攻撃を食らっても、すぐに再生するので意味がない。フェニックスは攻撃を期待できない代わりに、こういう補助方面では他の追随を許さないのだ。


「いくぞラピス!」

「お、おー」


飛翔。

ラピスをお姫様抱っこをして、急上昇する。風の防壁が張ってあるので、呼吸が苦しいなんて事はない。そよ風は感じるが、それまでだ。


……ああ、楽しい!


地上というのがどれだけチッポケなものかよく分かる。俺は今、空を飛んでいるのだ。あの空を、羽ばたいているのだ。


このままどこか、誰も知らない遠くまで行ってしまいたい。


「……いいの?」

「何がだ?」

「……サボり」


うっ……ラピスが、ストレートに俺の現状を報告してくる。

でもな、キングジュニアはダメだ。そして、料理の手伝いもココが本気を出したら俺の手には負えない。


「偶にはこういうのもいいだろ。

ラピスは嫌か?」

「……ううん、楽しい」

「なら、それでいいんだ」

「そっか」


そうなんだよ。

さーて、ラピスから許可も頂いた事だし、どこへ行こう。

正直勢いとノリだけで来ちまった。何か、目標があればいいんだが。

……こんな時は


(教えて、異世界知識さん!)

《……私は道具じゃないんですからね、そこ、忘れないでください。

——こういうのはどうでしょう。生徒会長も今はダンジョンの外へ出ています。合流してはいかがですか》

(却下)


何で俺が会長に会いに行かなければならないんだ。厄介ごとの匂いがプンプンしやがるぜ。


《では、パワーティス帝国の皇帝とやらに会いに行きましょうか?

ケンカ売りに行きましょうか?

おちょくりに行きましょう》

(いや、何でそんな好戦的なんだよ。俺が平和主義なの知っててそんな事言ってんならぶっとばすぞ)

《では、適当に自分のダンジョンをグルグルしてればいいんです》


そんな冷たい事言わないで。ほら、もっとこう……日帰り冒険ツアーなんてないのか?


《そんな事より王人、貴方狙われていますよ。避けないと》

(は……?)


っ……急停止する。

後ろで一瞬、不死鳥の翼がかき消えて、すぐに元へ戻る。

何が飛んできたのか確認すると、それは——槍だった。上空へ槍が飛んでいた。


《斜め左下です》


異世界知識さんに従い下を見ると、微かに人が見えた。赤い服と、それに髪が長そうな事くらいしか分からない。

仮に暴力女と名付ける。暴力女は、一体何で俺を狙ったのか。


《学生じゃありません。この世界の住人です。丁度王人が向かう先は彼女の住んでる場所なので、パッとみ魔物でしかない王人を槍で突き殺そうとしたのです》


そういえばそうだった。俺が暴力女の姿があやふやなように、暴力女も俺の姿はあやふやなワケで、紅蓮の翼が特徴としては、俺が魔物にしか見えなかったんだろう。

刀術スキルはバリバリの近距離。あんなに遠くにいては、気配がわかるはずもなかった。


(どうする?

このまま隠密で姿を消すか、それとも地上におりるか)

《隠密で姿を消しては、逆に警戒させて騒がせてしまいます。地上におりるならば気をつけてください》

(了解)


急降下。

ラピスは慌てていなかった。むしろ、楽しんでいる。


「もういっかい」

「後でな」

「んー……分かった。後ろ」


今度は俺にも分かった。そこは、刀術スキルの範囲内だ。

暴力女は、ガントレットのようなものをつけていた。さっきまで距離は結構離れていたはずなのに、身体能力の高さが伺える。


俺は、刀を出して、迫り来るパンチをギリギリ防ぐ。右手はラピス、左手だけで防いだから少し痺れた。


「落ち着け!」

「なっ……人間?」


暴力女の着た赤い服は、ローブで頭まで被っており、見えるのは赤い目と流れる金髪くらいだが、敵意がどんどんと無くなっていく。

俺は魔物じゃないと、ようやく分かったらしい。ただ、警戒しているのは変わらないらしく、俺から距離をとった。

こちらに敵意はないと、刀を消す。「消した」事に興味を持っていたが、俺は翼も消す。


……ふぅ、これが重力ってやつか。不便で仕方がないぜ。


「いきなり攻撃を仕掛けてくるなんて、随分なご挨拶じゃないか」

「あ、いや……」


虐めてみた。

俺は少し、嫌な気分になっていたのだ。例えるなら、日曜の夜、シーフードファミリーの時間が終わり、否応なく次の曜日の事を考えてしまう時と同じような、嫌な気分。

せっかく空を自由に飛んでいたのに、邪魔された。

だから、虐めてみた。


……向こうはオロオロして、頭を下げる。


「す、すまない。まさか人間だったとは思いもしなかったんだ。

どうか許してほしい。本当にすまなかった」


ここまで謝られちゃ俺も……

イジメ甲斐があるってもんだ。


「あっ、さっきの槍が当たったせいで、腕が取れそうだ!」

「な、なんだと!?」


……意外とアホ属性がこの子にはあるのかもしれない。俺が槍を避けたのは、ギリギリ見えていただろうに。


「いかん、さっきのパンチで骨が折れたかも!」

「そ、そんな……私はどうすれば」


……ちょっと可哀想になってきたので、冗談だと伝えると、俺を怒るよりも先に安心していた。

この子の将来が少し、心配になった。


——第一印象が槍投げる危ない子で、次に頭の緩い子である暴力女は、俺を町まで案内する事に。

何で町に案内されるかまでは分からないが、アホの子の事だ。きっと、何も考えてないのだろう。


「あっ……」

「どうした?」

「いや、その……槍を取りに行きたいなぁと……すまない」

「ああ、そんな事なら別にいいが、槍……か。俺を後一歩で殺す事になったあの槍か」

「本当にすまない!」


素直な人間は嫌いじゃないので、さっきまでの嫌な気分はなくなり、俺はこの子を気に入っていた。

と思っていると、ラピスから二の腕をつままれたのはどういう事だ。

解せん。


「そ、それにしても、オオト殿は凄いのだな。あんな翼、あれはスキルなのだろ?

人間でそんな事が出来るなど、私は知らなかった」


感心感心といった風に、暴力女は頭を縦に降る。俺は名前を名乗ったのに、向こうは教えてくれない。というより、自分が名乗ってない事を忘れているのかもしれない。俺は後でいじる材料として、あえて追求はしなかった。


……にしても


「さっきから思ってたんだがな」

「うむ」

「お前、人間じゃないのか?」

「うむ……うむ!?」

「いや、言葉の節々に俺を人間人間だと言うから、てっきりお前は人間じゃないのかと」

「わ、私は人間に決まっているではないか! は、ははは、オオト殿もおかしな事をいう。じょ、冗談が上手いのだな!」


お前は嘘が下手なんだな。

隠したいなら、別にいいけど。


(なあ異世界知識さん、人間じゃないからって差別があるわけじゃないだろ?)

《場所によりけり、です。

しかしこの娘の場合、もっと別の理由がありますが》

(別の理由?)

《フード取っちゃえばいいですよ》


なるほど、手っ取り早い。

十中八九こいつは獣人。だとすれば頭には耳があるはず。俺はモフモフ最高! って訳じゃないが、だからと言って嫌いじゃなく、触ってもいいのなら是非触りたい。

それに、異世界で初めての体験だ。俺は欲望に負けて、暴力女のフードを取ることにした。


——ひょい


……避けられた。今度は少し本気を出して、暴力女のフードを


——ひょい


くっ、素早い奴め!

どう見ても俺より俊敏さはあるぞ。


「な、何をするんださっきから」

「いや……そこに耳がありそうだから」

「なななっ、無いと言ってるではないか!」


警戒された。

きっと、このままじゃ埒があかない。ひとまず暴力女の獣耳は諦める事にした。


——その代わり、嘘は嫌いだぜ。


「なあ、この子の目を見てくれ」

「……?」


俺はラピスと暴力女の視線を合わせる。


「もう一度聞くが、お前は人間じゃないだろ?」

「だから私は……」



馬鹿め!

トラップカード、無垢なる瞳!



「ジーーー」

「うっ!」


ラピスの視線が、暴力女に突き刺さる。槍よりも純粋に鋭いその視線。暴力女よ、これに耐えられるものなら、幾らでも嘘をつくがいい。


「わた、私は……」

「ジーーー」

「うぅ……」


遂に暴力女は、視線を外す。


「……確かに、私は人間ではない。でも、内緒にしているのだ。あまり広めないでくれ」

「お安い御用さ。

——おっ、槍があったぞ」

「……はぁ」


何故だか疲れている暴力女。槍を気だるげに背中につけて、町があるであろう場所へ歩き出す。


……いい槍だ。


なんて、俺には全く槍の価値が分からないんだかな!

しかし、暴力女は赤が好きなのか。この槍も赤。ローブも赤。目も赤。

もしや二つ名とかでクリムゾン何ちゃらなんて呼ばれてはあるまい。


(おっと忘れてた。

町へ入るのに何かいるか?)

《ギルドカードでも渡してればいいのです》

(そのギルドカードが俺にはないんだが?) 《世の中金です》

(その金も持ってないのだが?)

《そこの娘が冒険者なのです。保証人になってくれれば、大丈夫ですよ》


なるほど、ね。保証人という事は、俺がその町で問題を起こした場合、責任は暴力女がとってくれるという事か。

……ちょっと悪い事を考えそうになったが、ラピスもいる事だし、大人しくしていよう。トラブルなんていうのは、会長にでも食わせてやればいいのだ。


〜〜〜〜〜


異世界知識さんの言う通り、暴力女に保証人になってもらい、俺はクロイヌという町に来た。食が他よりも盛んらしい。逆に言えば、他はあまり食べ物が美味しくないとか。


「どうだ、美味しいだろう」

「あむっ——うん、奢らせてもらった事には感謝する。なかなか歯ごたえもあって、おいしいな」

「そうだろう、そうだろう」


当たり前だ、といった風に、頭を縦に振るが……正直ココの料理を食べているこちらとしては、感想が乏しくなる。確かに俺よりは美味しから、文句はいえない。


「ここが我が家だ」


ほお、アパートって感じだな。見た感じ集合住宅ってわけか。


大空を飛んでいたはずなのに、俺なんでここに来たんだろうと思いながら、暴力女についていく。

1階を通り過ぎて2階、フォークスと札のついたドアで止まった。もしやこいつ狐娘か。


「ここが、私の部屋だ。さあ、遠慮なく」「おじゃましまーす。うわっ、思ったより玄関狭いな」「本当に遠慮がないな!?」


俺はいつもの癖で靴を脱ぎ、暴力女も靴を脱いだから気にすることなく中へ入る。


……下着やら何やらが、ほんの少しだけ散らばっていた。


——目にも留まらぬ速さで、暴力女がそれを処理した。


「……み、見たか?」

「見てはないが、やっぱりお前は赤色が好きなんだな」

「見てるではないか!?」


反応から分かる通り、下着も赤でした。というか、家具のほとんどが赤色だ。こいつ血を見て興奮したりしないよな? 大丈夫だよな?


——俺は赤色の絨毯を歩き、赤色のクッションの上へ腰を下ろす。隣を見ると赤色の壁があって、目の前を見ると暴力女の赤色で赤色が赤色……

赤色ゲシュタルト崩壊だ。


「……で、これからどうするんだ?」

「どうするとは……あれ、どうすればいいのだ?」


こいつやっぱり何も考えていなかった。なんとなく予想はしてたんだがな。


「とりあえず、お客さんには飲み物をだしたり?」

「おおっ、すぐに持ってこよう」


さて、ここで何が出てくるか。

……見た目トマトジュースが出てきました。ほんとう、期待を裏切らないなこの暴力女。


……味もトマトジュースでした。トマトはココが大好きなんだよなぁ……ミニトマト弁当なんて作ってたくらいだし。


「……それで、次に私は何をしたらいいのだ?」

「とりあえず服を脱げば?」

「おお、それもそうか……って、騙されないぞ!」

「おいおい人聞きの悪いことを言うなよ。家の中までそんな暑苦しい格好をするなんて非常識だぜ?」

「うっ……いや、しかし」

「つべこべ言わずに脱いじゃいな。今日はあったかいから、裸でも大丈夫だ」

「それはそうかもしれないが……って、誰が裸になるか!」


暴力女はノリツッコミ……と。

息を切らした暴力女は、胸に手を当てて深呼吸をした。俺の場合は頭の中でジンギスカンが柵を越えて、それを何匹か数える方法で落ち着くが、暴力女は深呼吸なのだろう。


「ふぅ……しかしあれだな、久しぶりにこんなに喋ったが、オオト殿は愉快な方だな。一緒にいて楽しいぞ」

「お、おぉ……?」


ちょっと、嬉しい。一緒にいて楽しいなんて、そんな……照れるぜおい。


と、いい気になっていたら、またラピスから二の腕をつままれた。

解せん。


「で、真面目にこれからどうするんだ? お前は、何か用事でもないのか?」

「用事か……魔石を換金するくらいで、特に大事なようはないが」

「それでいいだろ。ここにいても何かあるわけじゃないし、換金? っていうの見たことないんだよ。冒険者ギルド? だっけ。結構楽しみなんだ」

「そんなに知らないのか……オオト殿は珍しいスキルを持っていたし、身のこなしからして中々の強者と思う。

しかし冒険者ではない……オオト殿は不思議な存在だな。そんな不思議と出会った私、こういうのを運命というのだろう」


真面目な顔して何言ってんだこいつ。

恥ずかしいよ、聞くこっちが赤面だよ。赤色ゲシュタルト崩壊だよ。


「出会ったというか、殺されかけた、だけどな」

「それはもう本当にすまない」


〜〜〜〜〜


冒険者ギルドへ入ると、思ってたより清潔感が漂っていた。

絡まれるか? 絡まれるか?

なんて思っていたのに、どちらかというと、からかわれている。


「なんだフォークス、やっと男が出来たのか」

「ち、違う! オオト殿とは断じてそういう関係ではないぞ!

大体、そういうのは止めてくれ。オオト殿に失礼ではないか」

「おいおいフォークス、隠すなって」

「だからちがーう!!」


嫌味じゃなく、爽やかにからかわれる。意外といい雰囲気なんだなと思った。こういうの、嫌いではないかもしれない。


「全く……すまないなオオト殿。迷惑をかけてしまっているようだ」

「全然いいって。むしろ、勘違いされた方が俺は嬉しい」

「そ、それは……っ!?」


……あれ?

俺はてっきり、ノリツッコミでもされるかと思っていたら……何この空気。やってしまった感がある。

赤がどれだけ好きでも、頬まで赤く染めることはないだろう!? こいつは俗に言うチョロインなのか!?


「ば、バカを言ってないで行くぞ……ォ、オオト殿」

「お、おおう」


モジモジとしだした暴力女。俺までしどろもどろになってしまって、案の定ラピスに二の腕を、今度は両腕つままれた。

解せん。


——変な空気、ピンク色のオーラが出ているような気がしながら、受付のところまで行った。暴力女を対応する受付は女性らしい。ポニーテールで、後ろに髪を束ねてある。


「あら、フォークス……アンタもついに大人の仲間入りなのね」

「……」

「え、うそ、本当に?」

「いや違うからな。そこの君も今はそれに触れないでくれ。

お前も何か言えよ、勘違いされるぞ」


暴力女が何も言わないので俺が助け舟をだすと、暴力女は心なしかウルウルした目でこちらを見てきた。

な、なんだ?


「……か、勘違いされても……いいのだろう?」


マ、マジかこいつ。マジなのかこいつ。ヤバイ、タイムマシンはどこだ。あの時の楽観してた俺を殴り飛ばしたい。

くそっ、冗談じゃないぞ。ラピスの二の腕攻撃がシャレにならないくらいの強さになってきた。


「ははーん……ちょっと心配してたけど、これなら安心ね。

そこの貴方も、フォークスの事泣かせたら私が貴方をぶっ飛ばしにいくわよ」

「だから違うって言ってるだろ!」


分かってます分かってますって雰囲気だして、全然分かってないんだよコンチクショウ。

そういうのイラつくぜ。


「くっ……ほら、もうさっさと魔石を換金しろ。こんな場所早く出るぞ」

「そ、そう……だな。頼むフィーナ」

「はいはい」


フォークスはローブの内側にからってたバックを出して、中身をカウンターに出す。

緋。

黄。

橙。

鮮やかでどこか毒々しい色をした魔石。狩人殿が倒したミノタウルスは黒だったかな。あれを狩人殿がどうしたかは知らないが、案外草原にでも捨ててたりして。


「んーと、今回はすくないわね。貯蔵魔力も少ないほうだし」

「指定された場所を探しても魔物が居なかったんだ。もしかしたら、私以外にも魔物を討伐した者がいるのかもしれない」

「アンタ以外にあれをねぇ……はい、ギルドカード渡して頂戴」

「ああ、すまない」


段々と調子を戻してきた暴力女にホッとして、ふと、外に通じる扉を見る。最初はなんとなくだったが、それは確信へと変わる。


——格の違う存在が、近づくのを感じた。


暴力女の耳がピクリと反応して後ろを振り返ったその時、扉は開かれた。


……奇抜な格好をしている。左腕だけの鎧に、右足だけの鎧。そして何より目を引くのは、左側の顔と髪を隠すようにしてつけたカッチョいい(俺の感想です)漆黒の仮面。

仮面ライ⚫︎ーみたいなそいつは、俺が知ってるかもしれない人物だった。


「むっ……」


向こうも俺に気づき、こちらへ近づく。

近づいてハッキリと分かるその顔は、やはり俺が知っている、つまり同じ学生。

異世界知識さんめ、わざと教えなかったな。


「あー……久しぶり?」


一応そんな事を言ってみたものの、向こうは腕を組んで首をかしげる。

こいつ、真近でさらに分かったが、めちゃくちゃイケた面、イケメンだ。俺は平均より上だと自覚しているが、こいつは明らかに上のその上。

く、悔しくなんかない。


「久しぶり、ではないような気もする。少なくとも俺は、先輩……貴方と直接な関係はないのだからな」

「あれ、なのに俺の事知ってるのか」

「生徒会副会長、犬 王人。貴方の噂は、良くも悪くも耳に入る」


そういえばそうだった。


「じゃあ、初めまして、かな?」

「そうなるだろうな、王人先輩。

……王人先輩とお呼びしても?」

「あ、ああ全然構わないが……悪い、そっちの名前を思い出せないんだ」

「むっ……名乗るのが遅れた。

俺の名前は白王 帝。親しい者はハクと呼ぶ。王人先輩は親しい間柄とは言えないが、遠慮なくハクと言ってくれ」


——そうして、俺はこの日出会ったんだ。

高校では『皇帝』と呼ばれた存在、白王 帝に。

因みに俺は、『王様』と呼ばれていた。名前に王があるという、単純な理由。

しかしハクは、名前を縦にすると『皇帝』となり、しかもほとんどが完璧に近い、つまり色々とハイスペックな為に『皇帝』と呼ばれていた。


本人は皇帝と呼ばれるのを嫌がる。俺も王様なんてアホらしいから嫌がる。


……何だか、仲良くなれそうな気がした。自然と俺たちは、握手を交わしていた。

◆後書き◆

そっちの皇帝かーい!


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