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形見の九弓弐式

◇◇◇◇◇


「ブンオォォッ!」

「しつこいのは嫌いですっ!」


かれこれ何時間……いえ、実際は1時間も経っていないはずですが、中々に緊張感あふれる濃い体験のせいで、体感時間は狂ってしまっています。


足を曲げてしゃがみ、今まさに斧が頭上を通り過ぎた。休憩はない。すぐさま身体を横にずらす。


さっきまで私がいた場所は、ミノタウルスの足で踏みつけられていた。


「私はどちらかというと、冷静で動じない人が……いえ、何でもないですよ。だからブオブオ怒らないでください」

「ブルルゥゥゥッ!」

「ブルブルもダメです」


話を聞かない人も私は嫌いです。残りの矢は3本と、予備が1本。

……心許ない。せめて、あの弓さえあれば。


無い物ねだりをしても仕方がありません。精々足掻いてみせます。いえ、死ぬつもりはないのです。だから言葉が違いますね。


——殺して清々してみせます。



「ブオッブオッ!」

「気持ち悪いですねそのスタミナ。いい加減倒れろですよ」


忍び足と隠密はもう効かない。向こうがああも警戒しては、意味をなさないから。

だから……やはり私は、これしかないのです。


——カチッカチッ


逃げやすく畳んでいたのを、瞬時に展開。〈一弓壱式〉で、矢を1本放つ。狙うは右足首の、小指の付け根。


しかしこれはミノタウルスの斧で防がれ——しかしそれは唯のフェイクで、本命は左足首の小指の付け根。



「ブゥゥッオオ!?」

「一撃目は騙し。二撃目こそ警戒しなければならない。基本中の基本です」


次に、斧が揺れて守りが不安定になったその右足首の小指の付け根へ、矢を放つ。

痛みでこけていたミノタウルスはそれを避けきれず、立ち上がろうとしていたその瞬間、また痛みでこかされる。


きっと、激しくお怒り、プンプン状態ではないでしょうか?


「ブルルルォオオッ!」


やっぱり。

ミノタウルスは、その眼力だけで私を殺そうときているが如く、睨みつけてきます。片目に刺さった短剣が滑稽ですね。


……と、言ってみたものの、本格的にきつい状況になりましたのですよ。体力が少なくなってきたから、しょうがなく弓を使ったのですが……もう、予備が1本。考えて使わなければならないので——…っ!!


「ブゥゥッン!」


行動パターンを変えてきた。

ミノタウルスは——斧を投げてきた。ミノタウルスの馬鹿力によって飛ばされたそれは凶悪な遠距離攻撃となり、私の体を真っ二つにせんとクルクル回りながらこちらへ。


——急な攻撃に避けれな……いや、ギリギリよ蹴られるのです。体制を無理に崩して、だけどそうすれば……


「ブオォォッ!」


やっぱり。

ミノタウルスは、既に私の方へ走ってきてました。今度こそ避けれないのです。

くるであろう衝撃に備えていると、ミノタウルスの足が見えて——私は蹴られた。胸の内側にある骨が折れる、内臓がひしゃげたような音を聞きながら、吹っ飛ばされる。

壁まで。


———ぐぅっ……受け身は、とれたのか怪しいですよ。幾らか折れた骨が肺に突き刺さっているのかもしれないです。呼吸が、苦しいのですよ。


「ブルルルルゥ……」


勝ちを確信した嫌らしい笑みを浮かべながら、ミノタウルスは私に最後のとどめを刺そうと、ろくに動けない私にむかって走り出す。


……ああ、やっとですか。やっと……やっときてくれた。


——オオト。


「狩人殿!」


階段からおりきてきたオオトが、私に向かって弓を投げる。大きな弓。


しかし、このままだとミノタウルスの方が速い。弓を待っていれば、その前に私が挽肉へとかす。


……オオトなら、そこからでもミノタウルスを倒せそうな気はしますが、まさか私がミノタウルスを殺すのを見届けるつもりなのでしょうか。私が殺したいと言ったから、見守るつもりなのでしょうか。


つまりそれは、信じてくれているという事で……だったら私は、期待に応えたいです。


「あとでたくさん、一緒に笑い合いたいのです!」


笑うなんて、難しそうですけど。笑い合うなんて、とっても恥ずかしいかもしれないけど。私はまだ、それらを忘れてはないと思うから。


——カチッカチッ


内蔵された1本。予備の1本を、2つの動作で取り出し、構える。

この矢は少し変わってますよ。


——狙うはあそこ。短剣しかないから不釣り合い。まだ無事な方の右目!


身体中が痛むのをこらえて飛ばした最後の1本は、突進をするミノタウルスの右目を目指し——さっきと同じくミノタウルスが顔をずらして避けようと……


無駄です。特殊なその矢は、曲がるんですから。


「ブァァアア!?」


ミノタウルスが足を止めした。ここでようやく、大きな弓が私の方へ飛んできて、片手でそれを掴む。

……懐かしい。自分の体の一部のような一体感を感じる。


九弓弐式(きゅうきゅうにしき)


父が作り上げた、私の弓。この弓には九つの矢が内蔵されており、さらに〈一弓壱式〉との組み合わせも含めて、九つの仕掛けが施されてあるのです。


父の、最高傑作。


……まずは8本。独特な形状の弓矢で構えて、再び突進を始めたミノタウルスに向ける。壊れかけの目が私を睨んでるのです。

今度こそ避けようとしているのなら、おバカさんと罵ってあげるですよ。


「ブルルッオオ!」

「……おバカさん」


仕掛けその一、〔拡散〕

ミノタウルスが近づいてきたそこへ、8本全ての矢を同時に放つ。


さっきまでとは比べ物にならない威力。それをくらったミノタウルスは、後方へ吹っ飛ばされようとしているのです。いつもは、もしかしたら耐えれたのかもしれないですが、ほとんど見えない視界と、弱点である足首の付け根などが傷つけられている事もあり、それは無理な話なのです。


——カチッカチッ


仕掛けその二、〔貫通〕


今度は〈一弓壱式〉を畳む。いつもの棒状ではなく、少しばかり円に畳んだそれを、〈九弓弐式〉と組み合わせ、内蔵された最後の1本をそこへ通すように構えた。


「終わりです」


尻餅をついたミノタウルスへ、放つ。〈一弓壱式〉を通る矢は、何が起きたのかギュルギュル回転しながらミノタウルスへ向かっていく。

ミノタウルスの——頭へと。


貫通。


最後にブヒィ……と弱々しい声を出して、ミノタウルスは動かなくなった。

私も、少し動けそうにない。ミノタウルスが倒れた事を確認して、私の方に近づいてくるオオトへ感謝の意を表したいのですが……そうですね、動けないのなら仕方ありません。

せめて、伝えるです。


◇◇◇◇◇


狩人殿がこちらへ微笑みを見せてくれた。それは見てるこっちが温かくなるもので、俺も狩人殿に微笑み返す。


……全て終わったのだという実感が湧いてきた。俺は最初、血塗れビッチに勝てるビジョンが思い浮かばなかったけど、狩人殿は指一本動かしてないところを見ると相当苦戦したみたいだけど、2人共死んでない。それでいいのだ。


「大丈夫か?」

「……動けないです」


やっぱり。

俺はココのくれたストラップを使う事にした。無いよりはマシだと思ったからだ。


『対象を確認——自分以外にやる場合は、傷へ触れてください』


すると、俺の手が光り出す。ピカーではなく、ぼんやりと。薄緑色に……これで触れろとな。少々いけない事をする気持ちになってくるが、気のせいだ。

これは、狩人殿の為。決して身体に触れたいとかそんな気持ちは一切ない。


「どこが酷い?」

「どこがと問われれば、全てと言いたいのですが……そうですね、実際今も呼吸が苦しいのです」

「骨が折れて突き刺さった……は、ないよな。いやでも、この世界がHPなんて体力が数値化されているとしたら、幾ら危険な怪我でも関係なく——うん、異世界知識さん」


面倒くさくなったので、応急処置をするべき場所を教えてもらうことにした。《……王人のエッチ》なんて事も言われたが、ふふ、どうやら異世界知識さんまで勘違いしているようだな。俺に下心はないというのに。


「じゃあいくぞ」

「はい、で……すっ」


きゅっと狩人殿の身体が縮こまり、何かに耐えるように顔を赤くして息を止める。俺はそれを視界からシャットアウトして——嘘だけど——胸を布越しに触れていく。


布越しかぁ……あ、いや、何でもないですって異世界知識さん。本当、何も。


「んっ……なん、だか、温かいのです。少しだけですけど、満たされてる気がするのです」

「ラピス風に言うなら?」

「ポワポワァーっとからのブワァ……って、何言わせるですか」


意外にもノリの良かった狩人殿に感心しながら、今度は少し下の、胸の真下をさする。円を描くように、時に押し当てたり。


「あっ……んん」


……何だか面白くなってきた。

タバコが身体に悪いと思いながらも吸ってしまう、そんな誰もが普通に思っているであろう人であるところの我が父がタバコを止められない理由。

それは、規制されているからではないだろうか。押すなと言ったら押したくなるように、ダメと言われるとやってしまう。人生毎日が反抗期。

まあ、タバコを止められない理由としては成分的な事情が絡んでいるのもあるが、要はそういうことだ。

本来なら恋人でも夫婦でも、何でもない女性の身体を触るのはダメだ。論理的とか常識的に。でも、俺は今それを合法的にやっている。そして、狩人殿が艶かしい声を出している。

……ククッ、楽しいぜ。


《王人?》

(……冗談だよ冗談)


ま、それでも触ってしまわないといけないんだがな。今度はもう少し下、ヘソの辺り。その次に回り込むようにして後ろの腰。

流石に変な気持ちになってしまうので、別のことを考えよう。


「そ、その弓凄いな。なんか、ちっさいのもカチカチって。

……凄いな、な?」

「父が作って、くれたのですよ……何分こんな森のっ……村、ですから、満足に材料が取れっ! ずに、結局んんっ、その2つだけですが……はぁ……はぁ……私の、自慢です」


俺はバカか。何で気を紛らわせようとして自分を追い込んでいるんだ。

冷静に、今度は自分の頭の中でだ。



……へえ、狩人殿の父親が弓をねぇ、何か今も小さい弓と合体してるし、他にも色々なギミックが存在してそうだ。

まさか異世界の全てがこんな弓な訳あるまい。だとしたら狩人殿の父親って結構凄い人なんじゃ? 材料さえあればもっと作れる風だったし。

ああ、俺にもそんなの欲しかったなぁ。なんていうか、厨二心? みたいなのを刺激される。見た目からしてカッコいいし、狩人殿が俺にくれないかなぁ。無理だろうなぁ。ダメだろうなぁ。無理だろうなぁ。ダメ……


——落ち着け俺! 今腰の辺りだからって落ち着くんだ!


そう、そこに目をやるからいけないんだ。どこか一箇所……例えば狩人殿の顔なんて……


「……あぁ、そこはっ」


ぐぁぁあ!? 学習しろよ俺。狩人殿の顔を見てたら少なからずドキドキするのは分かってたことだろう! しかも! 顔が上気してる今なんて! っていうか近いよ!

目が蕩けてるってこういう事をいうのか。ココめこんな危険なアイテムもたせやがってグッジョブ!


《……本来なら一瞬で終わる快感を、なまじ効果が小さいために、じっくり……じわじわと、まるで焦らされてるが如くいやらしいですから、確かにある意味危険なアイテムです》

(だよな。これ、恐ろしいアイテムだよな)

《お願いですから若者の衝動に身を任せないで下さい。次は太ももですよ》


太もも……だと!? そこは、そこは布が無いでありんすよ?

まさか、ここに来て最難関。俺は、狩人殿の肌に触れるというのか。


——もっちりと、いや、何かサラサラしてるような……


耐えきれなさそうなので、俺はシリアスに戻る事にした。


「ダンジョンの主、捕まえたぞ」

「……流石ですねオオトは。ダンジョンの主っ……といえば、もちろんんっ、私が倒したミノタウルスよりは強いですよ」


そりゃあな。この世界の常識としては、ダンジョンの中で1番強い存在がダンジョンの主だから。

例に違わず、チート並の強さだったし。


「俺の持ってる特殊な道具、というか本来なら奴隷などについてる道具だが、それをしてある。

どうするかは、こちらの自由だ。煮て食ってもいいし、焼いて食ってもいい。いっそ殺してもいい」

「……そう、ですか」


あんまりこういうのは苦手なんだけどな。もっと、楽しくいきたいもんだ。

ああくそ、今になって血塗れビッチをコロコロしたくなってきやがった。


「私、は……オオトに任せるです」


そういうのが1番困るんだよ……実際、狩人殿が今、どれだけ血塗れビッチを憎んでいるのかが分からない。

そりゃあ、村の時は感情的になっていたが、狩人殿は普通なら割り切れるタイプ。もう、楽しかった思い出なんかを全く過去のものへと切り替えてる可能性がある。俺ならそうする。


血塗れビッチには家畜生活を送ってもらうか、平民くらいの生活を送ってもらうか……はぁ、面倒くさい。このままスベスベお肌を触り続けてもいいだろうか。


「——分かったよ。俺が、なんとかする」


血塗れビッチは、この世界の奴隷みたいな扱いでいいだろう。


「ありがとうんっ……ですよオオト。あの、そろそろ、いいんじゃないですか?」

「ああ悪い。うん、でもな、もうちょっとこっち側も……」

「いいんじゃないですか?」

「あ、はい」


狩人殿のジト目は、確かに怖いかもしれないが、今この状況においてはご褒美ほかならない。何故弱った女の姿というのは、こんなにも可愛いのか。


「でも動けるか? 今やったのはほんの応急処置。全然危ない事に変わりはないのだが」

「……動けます」


そう言って狩人殿は足や手を動かす。しかし、その苦しそうな顔を見る限り、満足に歩けそうもないな。


——魔物使役の出番だ。


魔物使役の能力、換装。


「出でよ、デュラハン」


計2体のデュラハンは、圧巻だ。

狩人殿も軽く驚いている。そういえば、ドリアードとスライム以外に見せた事はなかったな。ドリアードに関しては見た目ただの植物だし、スライムなんて……俺はどんだけショボい魔物使いだって話だ。


……デュラハンの換装能力は、防具。フェニックスは付属。カオスドラゴンは武具。


俺は2体を、足に換装する。ふはははは、きっと地球で体力測定をしたらぶっち切り。

幼稚園の競争に、オリンピック金メダル君が出るようなもんだ。


「さあ、行くぞ」

「それはやっぱり……」

「おぶっていこう」

「……お手柔らかにお願いするです」


狩人殿の変なセリフを聞きながら、俺は狩人殿を俗に言うおんぶする。お姫様だっこはロマンだが、ちょっと俺の腕がもちそうにない。

ここから何十キロもあるのだ。大人しく、狩人殿の太ももで我慢しよう。


……それに、お姫様だっこは顔が見えそうで嫌なのだ。まだ、シリアスは終わってないのだから。


〜〜〜〜〜


血塗れビッチと狩人殿は会わせたくないので、残りデュラハン3体に一応護衛を任せながら、約300メートル後ろくらいを付いて来いと命令してある。


俺は木の根っこなどに必要以上警戒しながら、無様な姿を見せないよう、息切れひとつせずに狩人殿を運んでいた。


……そして結構、緊張していた。言わなければならない事がある。俺はもう、狩人殿を信用していた。100パーセントではないが——誰であっても100パーセント信用してはいないが——確かに信用していた。


「実はな、俺もダンジョンの主なんだ」


なんの脈絡もなく、俺は言った。いっそ風に紛れてしまえばいいと思いながら、しかし後ろから息を飲む音がして、それはかなわない事だと理解する。


「お前の村を滅ぼした女と、同じ存在だ。同じ、ダンジョンの主なんだ」

「そうですか」


……あっれぇ?


「もうちょっと感想をいただけないですかね?」

「なんとなく、分かってたですよ。私は言ったはずです。風呂の景色は良かったと。道を覚えていたのですから、そこから見た森で、私がいた場所はあのダンジョンだと思ったですよ」

「ああ、そうか」

「他にも理由はあるですが、そんなところです」

「……何とも思わないのか?」

「何がです?」


俺には、狩人殿の顔が見えない。


「俺はダンジョンの主だ。世間一般では悪だし、さっきも言ったがお前の村を滅ぼしたのと同じ存在。

恨んだりしても、それが普通だ」

「……なら私は、普通じゃないです。例えオオトがダンジョンの主だろうと、他とは違う、オオトはオオトなのですから。

私の村を滅ぼしたのと、オオトは全くの別です。恨む理由など、どこにもないですよ」


——良かった。俺と狩人殿は、同じ思考らしい。俺だってもしも狩人殿から恨まれようものなら、意味わかんねーと思ってた。

だって俺は、血塗れビッチではないのだし。ダンジョンの主だからといって恨まれるなんて、理不尽もいいところだ。


……例えば、この世界には昔、魔人がいたらしい。魔人といっても力がありすぎて、人間から進化したみたいな存在だが、魔人は伝説だ。

しかしその一方、恨まれたりもしている。一部の魔人が人間を襲ったりしたから。その一部の魔人を退治したのも魔人だというのに、襲われた人間の関係者は全ての魔人を恨む。

それは非道いだろうと俺は思った。お前ら人間にだって人間を襲う人間というのがいるのに、どうして自分を恨まないか。どうして知人を恨まないのか。どうして、魔人だけを恨むのか。


……俺はそれが、理解できない。


「良かったよ、安心した」

「安心なんて……私は恨むどころか、オオトに感謝しなければならないのです。

ダンジョンに戻ればアレ、お願いするですよ」


……アレ?



——アレ、というのが分からないまま、俺はダンジョンに戻った。ひとまず玉座さんの部屋で血塗れビッチを監視し、俺は遂にアレを理解する。

というより、異世界知識さんから教えてもらったフェニックスの羽を煎じた薬を飲ませて、すっかり回復した狩人殿自身から聞いた。

俺は聞いてなかったのだが、狩人殿は無事にダンジョンへ戻ると、もうアレを決めていたらしい。


……俺の目の前には、なぜかメイド服の狩人殿がいた。狩人殿は顔を赤らめている。恥ずかしいのなら止めればいいのに。


「実を言うと、子供の頃から、それにラピスを見て少し憧れていたのですよ」


俺がダンジョンポイントで出してあげたメイド服。ラピスが、仲間ができたみたいに嬉しそうだ。


「でも、何でメイド?」

「恩を返すのにピッタリなのです」


そうか?

まあ、俺にとっても目に保養だし、断る理由はないが。


……そして最後に、狩人殿は意味深なことを言った。


「小さい時、母から読んでもらったのです。メイドが王子に恋をして、それが成就されるまでの恋愛話。

面白かったですよ。それまでの苦労や、その後の2人が結ばれたハッピーエンド。

メイドと、あり得ないはずの身分差である王子。いいと思いませんか?」

「……お前、何が言いたいんだ」

「お前ではなく、セルサス。父と母から授けられた、それが私の名です」


狩人殿は怪しい笑みを浮かべるだけで、俺の本当の疑問には答えなかった。

……何だかなぁ。


◇◇◇◇◇


今日のお風呂は1人——のはずだった。メイド仲間として、妙に親近感の湧いていたラピスが狩人殿をつれて先に入り、その後俺が……と、確かに1人のはずだったんだ。


——なにが言いたいかというと、スク水姿の美人さんがいた。


俺個人の感想を言わせてもらえば、裸と同程度のエロさがある。ピッタリと肌に密着した紺のスク水。もう、こいつは今後から理性崩壊魔ちゃんに決定だ。


「そんなに何度も現れると、神性さ、ありがたみがなくなるぞ」

「私だって何度も来るのは自分ルールに反するさ。この前は恥ずかし事も言った気がするし。

けど今日は、どうしても君に言いたいことがあったんだ」

「言いたいこと?」

「それ」


美人さんの横に浸かっている俺は、首元を指された。そこには、隷属の首輪が。

あっ、美人さんの脇が見えた。


「コレがどうしたんだ?」

「いやぁ……さ。それ、なしにしない? なんか、ズルいんだけど」

「いやだよ。これは、俺が見つけた裏ルールだ。何かと便利だし、外したりするもんか」

「でも……みんながそれをしちゃうと、正直面白くないっていうか。まだ君のダンジョンの色を変えないっていう事をしてまで隠したいんだよね、それ。

本当、自分につけちゃダメってルールつけるからそれ外してよ」


……考え中。案外本気で美人さんはこれを外したいらしい。声が本気だし、プラスのスク水をつけるというサービスをしてまで。


「ううん、これは私がつけたかったから。学校って少しだけ憧れてるんだよね」


スク水は関係ないとして、本気なのに変わりはない。

俺の考えが正しければ、きっと美人さんが隷属の首輪を用意したのは、学生同士にそれらのつけあいをしてほしいからだ。だとすれば俺の抜け穴的考えは、美人さんにとって都合が悪いからな。


「……オーケー分かった。俺はこれを外そう。ただ、こちらのお願いを聞いてくれたらだ」

「お願いにもよるけど……なに?」

「ダンジョンポイントを増やす方法だ。魔力最大値ってのがどうも……殺すにしてもこの世界の住人じゃ少ないだろ?

もっと別の方法があってもいいと思うが」

「おー! うんうん、それならこっちもオーケー分かっただよ。

実はさ、考えてあるんだそれ。一部は衣食関係が苦しそうだから、私も心が痛くって」


へえ、美人さんも考えてたんだな。感心感心。俺は最初っから信じてたぞ美人さんの事。実は心優しいってな。


「……で、本当は?」



「暇つぶし」


——ポチャン


スク水を着た美人さんが、お湯に潜る。俺は美人さんの言葉に、ただただいやな予感がするだけだった。


次の手が打たれるという事なのだろう。


……戦争。


いやな言葉だ。平和主義者の俺にとっては、戦という時の時点で嫌いになる理由は十分。

いっそ戦争が起きないよう、戦争を起こす可能性のある人間を全員殺すか……それとも関わりたくないので俺はダンジョンを捨てて何処かへ雲隠れするか……


前者は考えておくとして、後者は完全にダメだな。ダンジョンはポイントさえあれば生活が楽だし、ココに会えなくなる。雲隠れにココを付き合わせるわけにもいかないし、却下だ。


もう全て会長に任せときたい。

そうだ、血塗れビッチの事、後で報告しないと。今頃、全体のチャットでは、俺が血塗れビッチに隷属の首輪を付けたことによって、白色のダンジョンが出来たからザワザワしてるだろうし。


「——ぷはっ……ふぅ……」


息が必要かどうかも分からない美人さんは、お湯から顔を出してはぁはぁ言って……絶対わざとだろこれ。

意地悪く細まった目のせいでよく分かる。


……っていうか、何でこいつこんなにくつろいでいるんだよ。必要以上に干渉しないっていう自分ルールどうした。


「ジャンけんしようよ」

「俺が勝ったら胸を揉む! 俺が負けたらお前のファーストキスをもらう!」

「え、えっ?」

「最初はグー! ジャンけんポンッ!」


俺はパーを出して、美人さんは——チョキを出していた。

チッ……


「へ、へへーん。私は仮にも、美人さんなんだよー。ジャンけん強いんだから、負けるわけないじゃん」


ジャンけんが強いとか弱いとか変な話だが、美人さんが結構焦っているのは分かった。

惜しいことをしたぜ。本当に胸を揉めたかもしれないのに。


って、あれ? ファーストキスは?


「わ、私がファーストキスだっていう理由がないじゃん。美人さんは、け、経験豊富かもしれないじゃん。

つまり! ファーストキスをもらうなんて条件が成立しない。はい論破!」


いや、お前絶対経験ゼロだろ。何だよその焦りよう。逆に怪しいわ。


……まあ、別にいいか。


「あれ、いいの? 何だチキン」


こいつ襲ってやろうか。

手を出さないと知った途端チキン呼ばわりとな。強気に出やがって。


でも、どうせ抵抗されたらこっちは何も出来ないだろうし。


——寝よ。

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