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形見の一弓壱式

◇◇◇◇◇


入り口から入ると、中は何も手入れされていない、つまり俺が初めてダンジョンに来た景色と変わらない部屋が、そこにはあった。異世界知識さんに聞くと罠もないらしい。


だったらポイントはどうしたのか。使ってないだけなのか。異世界知識さんに聞く事は簡単だが、俺だって推理したい。


「なあ、村の中で1番強い人間って誰だった?」

「私です」

「……次に強いのは?」

「それは分からないです。あえて言うなら、皆どっこいどっこいなのですよ。

私だけは、毎日が修行みたいなものでしたから。同年代が友人との関係にうつつを抜かす中、私は幾らかの生命を奪ってきたんです」


なるほど。それならば、ポイントは高くないのかもしれない。


しかし、それでもあるはずなのだ。狩人殿はこう言ったが、狩人殿が特別なだけで、狩りも出来た人間が弱いはずがない。


ポイントは、確かにあるはず。部屋に罠すらかけずに使った、何かがあるはず。


「ここからは気をつけていこう。何があるか分からないしな」


狩人殿は素直に頷いた。


——そうして2階に来たのだが、何もない。俺みたいに通路を作ってもいないので、本当に何もない広い部屋なのだ。


だが、休憩はこれまで。3階に、とんでもないものが現れた。


「……ブタさん?」

「ミノタウルスです」

「……牛さんだったか」


次は3階、という階段からひょこり部屋を見渡すと、二足歩行のブタ牛さんが、左の床に斧を置いて正座をしていた。

そこは、4階へと通じる階段なので、こいつは門番代わりという事なのだろう。


「……どうする?」

「あれを倒さなければ2階には行けないのです。なら、それ以外に選択肢はないのです」


……だよな。

俺が刀術スキルを使って瞬殺してもいいんだが、それはどうなのだろう。何ならカオスドラゴン……は大きい。フェニックスは戦闘力期待できないし……そう、デュラハン先輩を呼び出してブタ牛さんを殺してもいい。


でもやっぱり、なんか違う気がする。


「——お前はどうしたいんだ?

あれは、お前の復讐相手じゃない。きっとそいつは、ダンジョンの主。ダンジョンの主は、この上の上の階にいるぞ」


俺の問いに、狩人殿は黙った。黙って、考えて、準備のために大きく息を吐いてから、喋り出した。


「……私はきっと、そいつを殺すです」


でも———

と、狩人殿は言った。

その言葉をどんな思いで喋ってるのか、俺には分からない。


「殺したくないという気持ちも、あるのですよ。私がではなく、父と母はきっとそういうのを望んでないと思うんです。

……さっき見たのですよ。父と母の顔を……だから、私は今そう思えるのです。少し、ですけど」


……さっき見た。

どんな顔をさっき見たのか、狩人殿の顔は歪んでいる。それを隠すように、無理な笑みを作る。

さっきの綺麗な笑みじゃなかったから、俺は少し残念な気持ちになった。


「とても殺したい。少し殺したくない。

これじゃあ釣り合わないです。だから私は、全てをあのミノタウルスにぶつけようと思うです。その間にオオトは、私の代わりに狐女をどうにかしてくれなのです。

……オオトも、それを望んでいるのでしょう?」


俺の心は、狩人殿に読まれていたらしい。狩人殿は俺を巻き込んでいるんじゃなくて、むしろ俺の方が私情で狩人殿の意思を捻じ曲げてしまったのかもしれない。


——だが、だからこそ俺は、狩人殿の言うことを聞こう。これ以上狩人殿の意思を、変えたくはない。


「分かった。俺がいく。

血塗れビッチ改め狐女。確かに殺さないかもしれないが、それ相応の罰は与えよう」

「……頼むです」


——カチッカチッ。


狩人殿が走り出した。ミノタウルスはそれに気づき、斧を手にとって構えを取る。


雑魚ではない。力もスピードもそれなりだ。力に限っていえば、狩人殿よりも俺よりも強いはず。


一発でもくらえば終わりのそれを、狩人殿は避けて避けて、ミノタウルスの位置をずらし始めた。


俺も動き出す。自分の気配に隠密をかけて、玉座さんの階へと向かうのだった。


◇◇◇◇◇


久しぶりに感じる、「殺」の場。少しでもミスをすれば、「死」につながる空間。

恐怖よりも懐かしさを感じながら、私は何度もミノタウルスを避けるのです。


既にオオトはいない。きっと、行ってくれたのでしょう。オオトも私に何か言いたかったはずなのに、それをしなかった。私ももっとオオトに言いたいことがあったのに、何も言わなかった。


……なら、それでいいのです。


今は、やるべき事をやるだけです。


一弓壱式(いっきゅういちしき)


——カチッカチッ。


父が私に初めて作ってくれた弓。一弓壱式は、1本の矢が内蔵されてある。それ以外にこれ専用の矢を、私は5本しかもっていないので、計6本。あとは短剣がひとつ。


それが、切り札。私の攻撃手段。


普通よりも小さい矢。使うべきところを誤れば……死ぬ。


「ブンォオッッオオ!」

「っ……」


——ミノタウルス。

厄介。戦うのは初めてですけど、非常にやりにくいのです。図体のでかさは、身の丈ほどもある斧といい働きをしている。中途半端に避けてしまえば、リーチの長いそれで真っ二つ。


カッコつけないで、オオトと一緒に戦えばよかったのに……でも


「私は、負けられないのですよ!」

「ブオォオォ!」


短剣で受け止める、そんなバカな真似はできない。狙うは1箇所。投げるしかない。


ミノタウルスは、斧を振り下げてくる。私はそれを、幼少期から鍛え上げられた観察眼で、ギリギリを避ける。風を切る音と共に、耳の横で斧が地面に突き刺さった。


ここ!


「ブンゥッッ!?」


ミノタウルスの弱点は目。投げた短剣でも刺さるほどそこは柔らかく、例に漏れず私の短剣も、目の前のミノタウルスの左目に突き刺さった。

しかしこれは、動けば取れるほど危うかったので、トドメと言わんばかりに一弓壱式で1本矢を放つ。

矢は空間を貫く勢いでミノタウルスの——左目に突き刺さった短剣へ当たり、今度は深く入った。


…….これで死んでくれればよかったのだが、そう甘くはないのですね。

ミノタウルスは、片方の血走った目で私を睨んでくるのです。激しくお怒りプンプンブフブフ鼻を鳴らして、体を丸めたかと思うと……っ!


「ブオッッ!」


とっさに横へ飛ぶ。耳が痛い音がすぐ後ろで発生し、見るとミノタウルスが壁へ突っ込んでいた。


汗がつぅーーっと垂れる。


少しでも避けるのが遅ければ、私は今頃ひき肉になっていた。


足が震えそうになるのを、矢の先で小さく突き刺し、血を流してから冷静になる。大丈夫。単調な動き。直線上の突進は、横によければ何の問題もない。


素早さ、というよりすばっしこさは私の方が上。なら、このまま行けば大丈夫。この次は仕留める。


「ブルルォォォ……」


しかしミノタウルスは、突進をしてこない。この短時間で学習し、警戒をしているのか。知能のあるものは、これだから……


——ミノタウルスは距離を詰めてくる。ジリジリと、斧を構えて……逃がさないぞと言ってるみたいです。口は、笑っているみたいにつり上がっています。


試しに残りの目に矢を放ちましたが、今度はミノタウルスが顔を横にずらし、眉間に当たるだけです。当たったそこからは血が流れてますが、刺さってはいない……少々早計だったのです。これで残りの矢は、予備を含めて4本。

ちょっと、ヤバイかもですよ。


「ブルルォォ!」

「ブルブルうるさいのです!」


距離が詰まってきた頃、勢いよくミノタウルスが地面を蹴る。私は身構えてたお陰でそれを避け、スキルを発動する。狩りで習得した、力を。


【忍び足】

【隠密】


足音を殺し、気配を揺らめかせる。ミノタウルスは急な変化に対応できなかったみたいですね。完全に足音を殺しきれてないのに、完全に気配を消したわけでもないのに、オロオロ戸惑っています。


少し離れた所から、私は次の弱点を狙うです。場所は付け根。足指の付け根。目の次に柔らかいそこへ、矢を放つ。

外すことはない。次にミノタウルスがどう動くかを予想し、狙いは確かに、付け根へ届いた。


「ブンッオオオッッ!?」


このまま畳み掛ける。

ほんの少しよろめいた隙をつき、今度は左の足指の付け根。


……これも当たる。ミノタウルスは、バランスを崩して1度こけた。


でも、やっぱりヤバイです。このままでは私は……勝てないのです。威力が小さすぎる。止めをさせない。

矢が尽きたら、逃げるしかないのです。


「ブルルゥゥ……!」


荒い鼻息。殺気がギラついているのです。きっと、私のことが憎くて憎くて仕方がないのでしょう。


——ここからは鬼ごっこ。


捕まったら死の罰ゲーム。逃げ切れたら……あなたの負けなのですよ。ミノタウルス。


◇◇◇◇◇


ジメッとした階段を歩く。隠密を使わなくても、足音はしない。俺は、落ち着いて玉座さんの部屋へ来れた。

途中の自室は開けようとしても開かない。自動的に鍵がかかるシステムだったらしい。


……玉座には、女が偉そうに座っていた。きっと俺より様になってるそれに、少しイラつく。玉座の隣には、大きな弓が立てかけてあった。


「こんにちは、犬 王人先輩」


部屋の中へ一歩踏み出すと、血塗れビッチが俺の名を呼ぶ。

その表情は官能的で、俺みたいにラピスや美人さん、それと妹達と一緒にお風呂を入って抵抗をつけてなければ、一般人は一瞬で虜になってしまいそうな……大人の魅力を感じる。血塗れビッチは俺の後輩だというのに、そこは流石ビッチだという事なのだろう。


「何で俺の名を知ってる」


俺は足を止めて、そう聞いた。

血塗れビッチはこちらを挑発するように、小さく鼻で笑う。それさえも抑えきれない魅力を放っているのは、血塗れビッチ自身の力だ。俺にとっちゃ吐き気を催す類だが。


「何でって、それは貴方が有名だからでしょう王人先輩。

生徒会執行部副会長。知らない人など、そういませんよ」


それもそうか。

生徒会は、良くも悪くも、生徒から教師まで全てにおいて有名だった。例え関わりのない後輩だとしても、俺を知っている事に疑問を覚える必要はなかったな。


「ところで王人先輩、生徒会執行部副会長なんて関係なく私はあなたの事を知ってましたよ。だって王人先輩は、昔からカッコいいと思ってましたから」


何こいつきもっち悪!

上目遣いが、甘ったるい声が、俺の五感を震わせる。寒気的な意味で。妹から忠告されるわけだ。あまりの気持ち悪さに、吐きそうになった。


確かにこいつは、それなりに美人なのだろう。これまで自分の存在に自身を持てる青春を遅れるほどに。


だが、俺はビッチ嫌いだ。特に顔目当てのビッチは、つまり美羽 愛里は、俺の嫌いなタイプにどストライクしている。その自信満々な顔を、一発殴りたいくらいに。


「……でも、おかしいですね」


俺が手をグーの形にするところで、血塗れビッチは虚空を見て……違うな。きっとディスプレイを見て、指をほおに当てながら不思議そうにする。


「何がおかしいんだ?」

「だって、ここに王人先輩がいるなんて予想外でしたよ。私、この娘が目当てだったのに」


なんだ。血塗れビッチは、俺が来る事を予測していなかったらしい。だが、その余裕から察するに、俺に負けるとは微塵にも思ってない……いや、そもそも戦いになると思っているのだろうか?


「……1つ、聞いていいか?」

「王人先輩の質問にならなんでも」


うえっ


「村に死体を戻したのは、狩人殿をおびき寄せる為だったのか?」

「狩人殿? ……ああ、この娘ですか。

ええ、そうですよ王人先輩。ちょっといい男がいたから夜をつきあって楽しくしていると、おかしな事に1人足りないって気づきまして、それも村1番の強者だとか。

自分から探しに行ったりもしたんですけど、それくらい強いならいずれ私のところに来るんじゃないかと思いまして、弓矢までここね持ってきて、結果来てくれたから良かったです。

ああ、死体を戻したのは私じゃないんですけどね。ちょっとお願いしたら、みんな頑張ってくれるんですよ。その頑張ったご褒美として、先輩が来たからさっき解放してやりました」


お願い。

解放。

お願い——魅了効果。

解放——死。

なんで俺が来たから解放したのか、正直聞きたくない。


「ねえ王人先輩、私といい事しません?」


いい事って。馬鹿じゃないのかやっぱり。

誘い方からして却下だ却下。お前なんか豚とでも戯れてろと言いたい。


「いい事ってのが何なのかよく俺にはわからないが、それよりあともう少しだけ聞かせてくれ。

村のみんなをここに連れてきて殺したのは、ダンジョンポイントを増やす為だったのか?」

「決まってるじゃないですか」


血塗れビッチは、とても純粋な笑みを浮かべた。


「あれ、もしかして王人先輩はそういうのダメな系でしたか?

そんなはずありませんよね。生きる為には仕方のない事なんですから」


お前の場合、明らかに性事情も絡んでるだろ。もちろん口には出さないが。


「そういえば、なんでミノタウルスなんか作ったんだ? 他にも必要なものはあるだろ。どうしてそこに拘った?」

「質問が終わらないような……いえ、何でもありません。

何でミノタウルス、でしたか。それは恥ずかしながら、見てみたくなったんです。村1番に強い——そして村1番の美貌を持つと言われてるこの女が、ミノタウルスに犯されるところをどうしても見たいんです。

ちょっと燃えません? 正直似たようなシチュが飽きてきたところなんです」


……さて、どうしよう。

俺は狩人殿と恋人でもないし、もっと言えば友達なのかも怪しい。

だが、血塗れビッチのセリフはいい気持ちにはならなかったぞ。というより、勢いあまって殺してしまいそうだ。


「私はこうして質問に答えているんですから、そろそろ王人先輩も答えてくださいよ。

私と、いい事しません?」

「生徒会執行部の目標みたいなの知ってるか?」

「はぁ……?」


俺の急な発言に、眉をひそめる血塗れビッチ。俺は構わず続けた。


「表向き生徒会執行部の行動指針は、より良い学校づくりの為。信条は、一致団結。

——けど、違うんだよなぁこれが。

実際の生徒会執行部は、自己満足を満たす為、我が道を行く事」

「……結局、王人先輩は何が言いたいのです?」


俺は刀術スキルで、刀を出す。レベル10のくせに普通の刀とはけち臭い。だが、ないよりはマシだ。

俺は刀を構えた。


「俺は俺の為に何かをするって事だ……秘技 一刀閃」


斬撃を飛ばすという無茶苦茶な攻撃を、俺は確かに血塗れビッチへ放った。

しかしそれは、何事もなかったかのように途中で止まる。

やはりこれは、アクションストップ。

俺が次の攻撃を考えている間、初めて血塗れビッチは驚いたような顔をして、口びるを噛んだ。


「交渉決裂、って事ですか……」

「最初っから交渉も何もねーだろ馬鹿」

「……そう、ですか。つまり王人先輩は私よりこの娘を選んだという事なんですね。こんな青臭い、明らかに処女なこの女を。

処女ってそんなにいい事ありませんよ? 絶対、私の方が王人先輩を気持ちよくさせてやれますって」


だからそっち系は興味ないんだけどな……どうも話が噛み合わん。こいつ、男の事を生きた性欲程度にしか思ってないんじゃないか?

ココを見てみろってんだ。あいつは、セックスのセの字を聞いただけで顔を赤らめるピュアな人間。まあ、こいつにはどうしても会わせたくないし、会わせないが。


「秘技 一刀閃」

「っ……分かりましたよ王人先輩。丁度今日いい代物が送られてきた事ですし、私、そういうのもやってみたかったんです!」


やはり、斬撃は止められるな。

にしてもいい代物ってのは、隷属の首輪か。なんだSMでもやろうって?

俺には隷属の首輪が通用しないんだが、これは言わなくてもいいだろう。

……と、目を合わせないよう気をつけないとな。


「どうしたんですか王人先輩。私は、逃げも隠れもしませんよ」


俺がその場から動かないことに痺れを切らしたらしい。

血塗れビッチはイラついている。


「バーカ。誰が半径8メートルに近づいてやるか」

「……なるほど。じゃあ」

「お前の目も見てやんねーよ」

「っ……私のスキルはお見通しってことですか。それが、王人先輩の能力なんですね。刀を持ってることからして、それもですか」

「半分正解ってところだな。まあ、いいや」


なんて余裕ぶっこいてみるが、正直どうしようもない。俺の刀術スキルは攻撃最強って訳じゃないが、明らかに向こうは防御力最高スキル。

どんな攻撃も、あいつの前じゃ通用しない。

……本当やべえ。


隠密で姿を消して近づいても、今度はあいつ周りを全部止めるはすだ。つまり近づくことはできないし、攻撃も通用しない。


「マジどうやって勝とう……」

「何を企んでも無駄ですよ王人先輩。私には勝てません。

大人しくしてくれれば、その体が傷つかなくてもいいんですから、言うことを聞いてください。私だって王人先輩を傷つけたくありません」

「村のみんなは殺したっていうのにか?」

「それとこれとは別でしょう。

王人先輩は、私達は、こんな理不尽な目にあっているんです。少しくらい贅沢してもいいじゃないですか」


俺は思いっきり贅沢をしている気がするんだけど……

確かに理不尽な目にあってはいるが、だからといってこの世界の住人をためらいなく殺せるこいつを、俺は見逃せない。


——でも、ダメだ。勝てる策が思い浮かばねえ。……だから俺は、自分の勘を従うことにした。


異世界知識さんは言っていた。スキル選びは、本能が関わっていると。本能に従ってとったスキルは、その者が1番才能を発揮できるスキルだと。


『じゃあ俺の場合は?』

『異世界知識という私を求めたのは、王人が心の底で孤独を嫌ったから。

隠密というスキルをとったのは、王人が孤独を愛したから。

貴方は、存在自体が矛盾しているんです』

『何がひどい言われよう』

『大丈夫です。私は気にしてませんから』


俺の妹は直感スキルをとった。真に血の繋がった妹が直感スキルをとったのなら、俺が全くそれと無関係だとは思えない。


——スキルを取得するのが、本で選ぶだけなわけがない。本来なら習得。才能と努力によってスキルが取れるということはすでに分かっている。


実際、俺たち学生の間でも、スキルレベルが1から2になった奴や、新しくスキルを覚えれた人間はいる。


……だから俺は、勘に従った。勘に従い俺は——血塗れビッチに近づいた。


「無謀ですね!」


俺もそう思う。だって、ただ近づいているだけなのだから。

近づいて半径8メートルに入ったということは、血塗れビッチの射程範囲内。


「[止まれ!]」

「うっ……」


俺は指一本動かせずに、その場へ止まる。これは本当に無謀だと思いながら、何もできない。

そんな俺を嘲笑っているのか、血塗れビッチは薄い笑みと共に、俺の視線と自らの目をぶつけた。


「終わりです先輩。スキル——魅了」


俺の中で、パリンと音がした。


『魅了を防ぎました。残り回数、0』


◇◇◇◇◇


パリンと音が……ってあれ、何だ……何が起こった?

俺は今魅了されているのか? それに変な音も聞こえたぞ。


《御守りです》

(御守り? って、ココがくれたやつ?)

《はい。あれは、どんな魅了でも1度だけなら防ぎきれる効果があります》

(ほーほー、そりゃ便利な)


どんな魅了でも、ってね。

ココには感謝だが……感謝なのだが。納得できない。


(都合が良すぎないか? 何だってピンポイントに魅了を防ぐ御守りだったんだよ。まさかこれを予想したわけじゃないだろ)

《イヤだったのですよ》

(……何が?)

《奪われたくなかったのですよ。親友を、そんな無作法な技で取られたくはなかったのですよ。失いたくは、なかったんです》

(……そっか)


とりあえずこれが全て片付いたら、ココにはたっぷりとお礼をしよう。

まずは目の前のこいつをどうにかしないとな。血塗れビッチは俺が魅了されると思い込んでいる。


「さあ先輩、私に近づいて」


俺はなるべく焦らないよう、ゆっくりと近づく。血塗れビッチが眉をひそめたのを見て、心拍数が上がるのを感じた。

が、止まらない。ゆっくりとゆっくりと……そして、目の前まできた。


「安心して下さいね王人先輩。身も心も、いつかスキルなしで私の虜にしてあげますから」


そう言いながら血塗れビッチは、ポケットから何かを取り出して俺を視界から外す。


ここだ。


隠密で動作を悟らせず、血塗れビッチの襟を掴み……


「……?」


相手の自重を利用し、足を引っ掛けてこかしながら、襟と腕のすそを使って……


「っ……まさか、[止ま]」


自分の異変に気付き、即座にアクションストップを使う判断はうまい。

だが少し遅かった。

奴が止まれの「れ」を言う時には、血塗れビッチを俺が地に伏せて、しっかりと体を固定された状態。


——アクションストップが発動された。おれは動けない。が、奴も動けない。こうもしっかりと固定されては、ピクリともしないのだ。


「どうしてっ、私の魅了が!」

「俺の親友のおかげさ。一回きりだったが、それでも防いでくれた」

「くっ……離してください!」

「無理だよ動けないもん」


すると、アクションストップが解除されたのか、俺は動けるようになる。

……動けるようになるだけで、動きはしないが。


「どうして!」

「少しでも動いた瞬間、お前はまた俺にアクションストップを使うだろ。

だから俺は動かない」

「私も動けませんよ!」


そうだ。動けない。どちらも動けない。このまま相手と俺の我慢比べなのだが、確か動かないでいた場合、女性の方が助かるんじゃないか? 体力を温存するのは、圧倒的に女性の方が有利だと聞いた気が……


勘違いかもしれないが、それでも考慮するべき。それに、狩人殿が心配だ。どうにかしてこいつを何とかしないと……


「こ、このっ! 」

「ちょっと待ってろよ。今考えてるから」

「こんな事して、私を犯すつもりですか!」

「それお前だから、な? 少しだまってろよ」


——よし、いける。

この方法は賭けだ。うまくいけば奴を捉えられる賭け。

俺は、勘に従おう。


「離してください!」

「分かったよ今離れる」

「えっ……」


俺は血塗れビッチから離れて、その場に立った。しばらくボッとしていた血塗れビッチだが、すぐに気を取り直す。


「[止まれ!]」

「うっ……」


何度やっても、この感覚は慣れない。急に動きが止まるなんて、慣れたくもないが。


「ふぅ……今度こそ終わりですよ王人先輩。私の魅了を防ぐ事は、もう出来ないでしょうし。それに、例え防いだとしてもその時は確かめる術があります。

それのおかげでさっき違和感を感じたんですが、信じてればよかったと反省です」

「なら早くやれよ。俺はもう、疲れた」

「……いいでしょう。スキル——魅了」


っ……なんだ、なんだこの胸のときめきは。って、目の前に美女がいる!? 絶世の美女! 世界三大美女なんてめじゃない!

これは、このお方こそ間違いなく、美の極み! ああ美しい。美しい。美しい。美しい。美しい。美しい美しい。美しい美しい美しい。美しい美しい美しい美しい美しい……


「さあ王人先輩、私に近づいて」

「分かりました!」


この王人、僭越ながら貴女様に近づかせてもらいます!


「ふふ、どうやら、ほんとうに私に魅了されたようですね。今までの男と反応が一緒ですよ」

「貴女様に魅了されないはずがありません!」

「ああっ、嬉しいです王人先輩! 私、もう濡れてっ……いえ、落ち着くのですよ私。

——そうですね、王人先輩、まずは私にキスをしてください。出来るだけ濃厚で、息が苦しくなるくらい、全ての愛を私に注いで」

「なんとっもったいなきお言葉! 私、幸せで幸せで心の臓がはち切れそうです!」


だが、それでも貴女様の命令を聞きましょう。愛する貴女様に近づいて、近づいて……近づいて———近づきました。


「さあ王人先輩、私の腰に手を当てて……あれ?」


貴女様は、私に違和感をもたれました。


「どういう事ですか王人先輩? いつから貴方は、腕が失くなっている(・・・・・・・・・)んです?」

「ごめんなさい貴女様。私の腕は、ちゃんとありますよ」

「なにを……」


私は隠密をときました。そして貴女様の首に伸ばしてた腕を抱きせ寄せるようにして、私は、隷属の首輪をつけます。


「っ…[止]」


今度は、「まれ」も言えませんでしたね。


「[スキルを使うな]」

「まれ……っ、そんな、ありえない。ありえないですよ王人先輩! どうして!」

「すいません貴女様、これは、命令(・・)なのです」

「命令……?」


どうしても逆らえない。私は、貴女様をこんなにも愛しているというのに、無力な私をお許しください。

あとひとつ、命令があるのです。


「[スキルを解除しろ]」

「そんなっ——み、魅了……かいっ、じょ!」


———とと、成功したみたいだな。うん、俺冴えてる。


タネは簡単だ。例えどれだけその者を愛していたとしても、絶対に逆らえない命令というのはある。

隷属の首輪。

そう、俺は、自分に命令したのだ。そうすれば、例え魅了を使われていたとしても関係ない。


「終わりだな美羽 愛里。少しは学習しろよ。

[動くな]」

「くっ……」


血塗れビッチは俺を憎しみの目で睨み付け……そして、諦めの感情を表に出した。


「どうするんですか、私を犯しでもするんですか?」

「だからそれはお前だって。俺は、はなっからお前の体に興味なんてねえよ」

「うそっ……!」


嘘じゃないよ。

お前の思考回路にビックリだよ。


「私はっ、私の身体は……男なんてみんな……」

「何言ってるんだ?」

「……なんでも、ないですよ。

それで、犯しでもしないのなら、殺しますか、私を? 王人先輩なら、それも出来るでしょう」

「……殺さねえよ。狩人殿は、殺したくないと言った。そして心の中ではきっと、殺しても殺しても殺し足りないと思ってるはず。

だから殺さねえよ。お前は、生きながら苦め」

「……少しは、優しくしてくれたっていいじゃないですか——バカ」


血塗れビッチ——美羽 愛里は、初めて歳相応な顔を見せる。

俺はそれを気にせず、玉座さんの部屋に立てかけてる弓を手にとった。

これはきっと狩人殿の物。早く渡しに行ったほうがいいのかもしれない。


——スキル選びは、本能が関わっている。血塗れビッチの魅了は、そういう事だ。

なら、アクションストップは?

どうして彼女は、動きを止めるなんて、まるで「自分の身を守るスキル」を取ってしまったのだろうか。一体彼女の過去に、何があったのだろうか。


……俺は何となくそれが分かり、そしてどうでもいいので、やっぱり狩人殿の身を案じたのだった。

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