第6話 明けました!
京都駅は一年中大賑わいだ。
元日の京都駅。
私は秋渡くんをお迎えに来たんだけど、まあー、なんだか年々人が増えるような気がするわね、京都駅の改札あたりって。
で、地上で待っていてもきっと見つけられないかな? と考えた私は、大階段のエスカレーターを上がったところにあるカフェへと向かう。ちょうど改札を見下ろせるところにカウンターがあって座れるようになってるのよね。チョッピリ寒いのが難点だけど。
熱い珈琲を買って、下を見下ろしていると、秋渡くんが改札を抜け出てくるのが見えた。待ってるところを教えてあったので、仰ぎ見るようにした彼と目が合った。
私がニッコリ笑って手を振ると、秋渡くんはわかった、と言うように頷いてエスカレーターへと向かってくる。
「お待たせ、ここ寒くなかった? 」
「ううん、私もさっき来たばっかりだから、って、…ふふ」
思わず笑ってしまう私に、怪訝な顔をして秋渡くんが聞く。
「どうしたの? 」
「なんだかとっても恋人してる会話じゃない? 今の」
ちょっと茶化してしまった私に、怒ったように言う秋渡くん。
「付き合ってるんですけど、俺たち」
私はその反応にちょっと驚きながら、ごめんと手を合わせる。
「怒らせちゃった? ごめんね」
そのあとすっと姿勢を正して言った。
「えーと、まず、あけましておめでとうございます。…それから、おかえりなさい、椿」
すると、少し目を見開いた秋渡くんが、照れたようにそっぽを向いてからまた私に向き直って言う。
「…いや、いいよ。あけましておめでとう。えっと…ただいま」
そのあとなんだか急に機嫌が良くなった秋渡くんが、
「じゃ、行こうか、由利香」
と、腕をくの字に曲げて私の方へ向ける。
「はーい」
実のところちょっぴり寒かった私は、これ幸いとその腕に自分の腕を絡めてくっつきながら、ふたりしてエスカレーターを降りて行ったのだった。
「お帰りなさいませ」
京都ではすっかり定宿となった駅近くのホテルに到着すると、これまたなじみになったドアボーイがお出迎えしてくれる。
「ありがとう」
寒い外から暖かいロビーへと入る。
今年は何十年かぶりに、京都市内にも雪が積もって、歩くのも一苦労。行きはこわごわ歩いてたけど、帰りは秋渡くんと腕を組んでるせいでとっても楽だった。
私はふうーっと深呼吸しながら秋渡くんに絡めていた腕を離した。
「あー、生き返ったー」
「由利香ってそんなに寒がりだったっけ」
「ううん、そうでもないんだけど、フェアリーワールドで味を占めちゃったのかな。椿って体温高いのかしら、くっついてると、とーっても暖かいの。暖を取るのにピッタリ」
「なんだよ、俺はカイロがわりか」
「そ」
えへへ、と笑ってもう一言。
「あ、それからね。道がツルツルだったから、つかまるものがあって安心~だったわよ」
「うわっひでぇ。俺はカイロと杖代わり」
「あはは、そうそう」
秋渡くんとの会話は、見た感じ鞍馬くんたちとふざけてる時と変わらないんだけど…。何だろう、楽しさの種類が少し違うような気がする。
ちょっぴり砂糖菓子を加えたような甘さがある…。
ああ、そうか。
しばらく自分の中から追い出していた、恋愛力ってヤツかしら。ようやく私の中の恋愛トラウマが少しずつ抜け落ちていってるみたい。
そうやってふざけあっているところへ、騒がしい声が聞こえてきた。
「椿ー! おっかえりー」
「ああ、ただいま、夏樹」
「なーんかすっごく久しぶりのような気がする」
「うん、俺もだよ」
よおっ! と言う感じで片手ハイタッチなどする2人。こういう男同士のノリっていいなあーって思うから仲間に入りたいんだけど、そこはそれ、お邪魔しちゃいけないわよね。
「じゃあ、チェックインしてくるよ」
と、フロントへ行こうとする秋渡くんに、夏樹が付き添いながら言った。
「ああ、椿は俺と同室だから、部屋番号言うだけでいいと思うぜ」
「ああ、そんなこと言ってたな。じゃあお願いするよ、夏樹さま」
「うげ、気持ちわりぃ。では、こちらへ、椿さま」
「げげ、きもちわりぃ」
ははは、と笑いながら連れ立っていく2人の背中をあきれて見ていると、エレベーターホールから、鞍馬くんと冬里がこちらも連れ立ってやってくるのが見えた。
二人仲良く? チェックインを済ませたあと、なぜか1番広い私の部屋じゃなくて、鞍馬くんと冬里が泊まっている方の部屋で、これからの予定などを話し合っている。
この部屋は、隣の部屋と扉でつながっているコネクティングルームなので、秋渡くんが荷物の整理をしながら相談できて便利だろうと言う理由でね。
「で、初詣は明日だし、夕方までは暇よね。今日はこのあとどうするの? 」
そうなのだ。
大晦日から元日にかけて、ヤオヨロズさんとニチリンさんは自分の神社に降臨? されている。だからと言って、他の日をないがしろにしているわけじゃないのよ。まあ、何というか、日本人のけじめの日と言うことで。
なので、今日お伺いしても出てこられないらしいから、行くのは明日になった。
それでね、今日は秋渡くんの帰国歓迎会と称して、冬里が知り合いの町屋を借りてくれて、そこで夕食をごちそうしてくれるんですって。
料理は3人にお任せすればあっという間に出来そうだし、それまでの時間をどうするか聞いてみたのだけど。
「みんな何かと疲れてるだろうから、今日はこれから全員お昼寝だよ」
「何よそれ」
「日本の冬と言えば、こたつにミカンでしょ。あ、そうだ、ここにこたつ持ってきてもらってさ、皆でぬくぬくってのはどう? 」
また冬里が実現できそうもないことを言う。けど、放っておくと本当にしちゃうのも冬里よね。だから私はすかさず反対しようと思ったのだけど、手強い相手がいた。
「こたつにミカン? うわっ初めてっす、こたつー。 はい! 賛成賛成ー」
夏樹が手を高く上げて言う。
「いやよ! 何が楽しくて京都のホテルでこたつミカンなのよ」
「いいじゃないっすかー、ここに未経験のヤツがいるんすから、えーっと、大盤振る舞いしてくださいよー」
夏樹ってば、難しい言い回しするわね。でも、私は絶対反対なので首を縦には振ってやらない。
「でもね~、1つだけ難問が…」
と、冬里が全然難しそうじゃない様子で言う。
「なに?」
「ここに置けるサイズのこたつってさ、正方形なんだよねー。辺は4つ、でも、僕たちは5人。誰か一人は必ずあぶれるんだよー」
冬里の言葉を聞いて、最初に顔色が変わったのが夏樹。
「それってもしかして…。こたつの4辺を争うバトルとか、あるって事っすか? 」
「ふふ、そうかもね」
「げっ、そんなの俺が1番不利じゃないっすか」
夏樹が真っ青になるのをあきれて見ながら言ってやった。
「もうあきらめなさい、夏樹。帰ったら、そうね、デザートエリアにこたつコーナー作ってあげるから。いまどきは椅子に座って入れるこたつもあるのよ。…だ・か・ら、いいわよねー、鞍馬くん」
冬里の真似をして、心持ち首をかしげつつニーッコリ笑いながら鞍馬くんを見ると、こちらは一瞬不思議そうな顔をしたのだが、ああ、と言うように納得して言った。
「何かと思えば、冬里のイミテーションですか。ですが少し恐怖要素が足りませんね」
「え、なに? そっち? 」
思いも寄らない答えに驚いて言うと、鞍馬くんはふふっと笑って言った。
「冗談です。…そうですね、こたつですか。それは、坂之上さんのお許しが出れば考えましょう」
「えー? 親方に言わなきゃなんないんすかー。きっと反対されますよお」
「そうだね」
夏樹はガックリと頭を落とす。そんな様子を見ていた秋渡くんは、ポンポンと夏樹の肩を叩きながら言う。
「あきらめるなよ。帰ったら、その、坂之上さんに一緒に交渉にいってやるよ」
すると、そんな秋渡くんの手をガッチリと取って、夏樹がよみがえる。
「ホントか?! よーっし、椿がいれば大丈夫のような気がしてきた。頼む! 」
「まかせとけ」
嬉しそうに言う2人を、ちょっぴり苦笑いしながら見ていたんだけど、ずいぶん話がずれてきてるのに気がついて、軌道修正しようとしたとき、唐突に鞍馬くんが立ち上がって言う。
「のどが渇きませんか? 珈琲でも入れましょうか。部屋にはインスタントしか置いてありませんが」
そう言えば、この部屋へ入ってからお茶の1つも出してなかったわね。自分の部屋なら勝手に出来るんだけど。
「あら、気が利かなくてごめんなさい。じゃあルームサービス頼む? 」
「いえ…。せっかくですから、由利香さんに、インスタントを美味しく入れる方法を教えてあげましょう。お手伝いいただけますか? 」
「へえー、そんな裏技があるの? じゃあ伝授してもらっちゃお」
と答えたのだけど、案の定。
「え? なんすか。そんな技があるんなら、俺にも教えて下さいよ」
夏樹がすかさず言い出した。
「わかったよ、じゃあ、夏樹はケトルに水を汲んできてくれるかな? それと一緒に、ここのグラスに水を半分ほどお願いするよ」
鞍馬くんは微笑んで、部屋に備え付けの電気ケトルと、ガラス制のグラスを夏樹に渡す。夏樹は「はい! 」と、いつものごとく良いお返事をして、勇んで洗面所へと向かって行った。こういうとき、日本のいいところは、安心して水道水が飲めるって事よね。
すると秋渡くんがひょいと席を立って、隣の部屋からカップとインスタントコーヒー一式を持ってきてくれる。うーん、この連携、いいわねー。
そして、にわか珈琲教室が始まった。
「まず、インスタントコーヒーをカップに入れて」
「「はい! 」」
夏樹と私は、元気にお返事したあと、スティック状のインスタントコーヒーをカップに入れる。
「そこに、水をティースプーン一杯…。部屋にはスプーンがないから、目分量でほんの少し入れてみて」
鞍馬くんが慎重にグラスから水を注ぐ。夏樹も同じように、器用にティースプーン一杯ほどの水をグラスに注いだ。
問題は私よね。
ティースプーン一杯って、結構少ないわよね。ああー手が震える。
けど、やったわね。ちゃんと2人と同じくらいの水が注げたの。偉いぞ、私!
「よくできましたね。それではコーヒーの粉が完全に溶けるまで、かき混ぜて下さい。スプーンがないのでマドラーで。やりにくいでしょうが…」
へえー、インスタントコーヒーって水でも溶けるんだ。最初はダマになっていた粉が、よーくかき混ぜていくと全然なくなってしまった。
「できましたー、先生、これで良いですかー」
「俺も俺もー」
鞍馬くんは2人が見せたカップの中身を確かめると、頷いて丁度お湯がわいたばかりのケトルを取り、それぞれのカップに注いでくれた。
「それでは試飲してみますか。ご自分で作ったものは、まずご自分で」
と、少しいたずらっぽく言う。
夏樹と私は興味津々で、その熱いコーヒーを口にした。
「へえー? ホントだ。インスタントじゃないみたい。なんて言うか…」
「すごくなめらかで、粉っぽさが全然ないっすよ。すげー」
「うん! それそれ。粉っぽくない」
私たちがああだこうだと評価している横で、鞍馬くんはいつの間にか2杯分のコーヒーを入れて、冬里と秋渡くんに持って行っていくところだった。
私は、鞍馬くんさすがー仕事が早い、などと思いながら、カップの中身をひょいとのぞく。
あれ?
「どうぞ」
「ありがと」
「あ、ありがとうございます」
鞍馬くんが秋渡くんに渡した方のコーヒーは。
チラッと見ただけでわかるわ。琥珀感が全然違う! もしかしてあれって。
「うん、ホントだ。美味しいねー」
冬里は私たちとほぼ変わらない感想だったけど。
「う、わ、何なんですか、このコーヒー! 美味すぎる! 鞍馬さん、どこかにドリップしたヤツ隠し持ってるんでしょ」
秋渡くんは、一口飲んだとたんにそんなことを言い出した。
やっぱり。
鞍馬くん、本気を込めたわね。でも、何で?
「まさか」
苦笑いしながら答える鞍馬くんに、「ええー? 本当ですか? 」とか言いながら、立ち上がって後ろをのぞき込んだり、ソファの下を見たりしている。
でも、しばらくすると、どうしたんだろう、秋渡くんの身体がふらつきだした。
「あ、れ。何かすごく眠くて。ごめん、なんで、かな」
するとすかさず夏樹が秋渡くんのそばへ行き、彼をソファから立ち上がらせた。
「おお、きっと時差ボケだよ。こういうときは無理せず寝た方がいいぜ」
夏樹はそのまま秋渡くんを支えるように隣の部屋へと移動する。
私は本当は心配でついて行きたかったのだけど、それより先に、鞍馬くんに聞くことがあった。
「ちょっと、何なの? 鞍馬くんてば、椿に何したの? 」
くってかかる私に少し驚いたような顔をしていた鞍馬くんは、けどすぐいつもの顔に戻って言った。
「ちょっと見はわかりませんし、本人も気づいていませんが、椿くん、かなりお疲れのようでしたので。少し深い睡眠をとれば、回復するでしょう。まだお若いですしね」
まだお若い、のところで少し微笑んだ鞍馬くんは、また言葉を続けた。
「それにしても、由利香さん。私が本気を込めたのがよくわかりましたね」
「当たり前でしょ。いくら鈍感な私でもわかるほど、見た目が全然違ってたわよ」
「そうでしたか? 私もまだまだ修行が足りませんね」
「修行って…、もう、からかわないで。でも、椿、そんなに疲れてたんだ。ちっとも気がつかなかったわ」
シュンとする私に、なぜか今までおとなしくしていた冬里が話をはじめる。
「うーん、シュウのコーヒー美味しかった~、ごちそうさま。でさ、由利香。椿が疲れてるのは、由利香にも原因があるんだよ? 」
「え、私? それってどういうこと? 」
「由利香が告白なんて大それた事をしちゃうから」
「告白ー? 違うわよ、あれは私たちの相性が良さそうだから、一度付き合ってみましょうかって言ったのよ。でも、それがそんなに負担になってたのかしら…」
私はほんの軽い気持ちで言ったことが、秋渡くんを疲れさせるようなものだったのに責任を感じてしまう。
「ううん、負担じゃなくて」
「? 」
「椿は、由利香の方から付き合いたいって言ってくれたことが嬉しかったんだよ、ものすごーくね。だからいつもより色んな意味で頑張り過ぎてるんじゃない? 」
「だったらいいんだけど」
そう言って隣の部屋との出入り口を見ると、ちょうど夏樹が現れるところだった。
「あ、夏樹。椿の様子は、どう? 」
「もう、グッスリっすよー。心配なら見てきますか? 」
と、夏樹が言ってくれたので、私は「そうする」と、そおっと隣の部屋に入って、寝ている秋渡くんをのぞき込む。
秋渡くんは何だか幸せそうな寝顔で、すやすやと眠っていた。私はちょっとホッとして、そばにあったスツールをベッドのすぐ横に運んできて腰掛けた。
特に何がしたかったわけじゃないけど、そのときは、なんだかそこから離れがたくて。
ベッドに頬杖をついて彼の寝顔をながめているうちに、私もそのまま眠ってしまったようだ。何だか今回の私って、寝てる場面ばっかりね。
しばらくすると、冬里と夏樹が隣の部屋から顔を覗かせた。
「由利香も寝ちゃったねー」
「そうっすね。ま、これはこれでいいんじゃないっすか? 」
「そだね」
2人は楽しそうに言って、また顔を引っ込める。
「さあーて。じゃあ僕たちはひと仕事しに行こうか」
「了解! 料理するの久しぶりだー。腕が鳴る」
「久しぶりって、まだ3日しか休んでないよ」
「3日も、ですよ。1日でも休むと腕がなまっちまうみたいで、本当はイヤだったんっすよお」
相変わらず夏樹は料理命ね。
「由利香さんも寝てしまったの? 」
と、2人の会話を聞いた鞍馬くんが、彼らと同じように隣の部屋を覗く。そしてベッドに突っ伏して寝ている私に、予備の毛布を取り出してそっとかけたあと、静かに部屋を出て行った。
それにしても、秋渡くんと私はお邪魔になるだけだから、ちょうど寝ちゃって良かったみたいね。
そのあとは3人でくだんの町屋へ行くはずだったんだけど。
出かける用意をする鞍馬くんに冬里が言う。
「あ、5人分の料理くらいなら僕たち2人で十分だからさ、シュウは残っててよ」
「? なぜかな? 」
「2人が目を覚ましたとき、誰もいないんじゃ…」
「ああ、そうだね。驚くよね」
「じゃなくて」
と、冬里はいかめしい顔をして言う。
「若い2人に間違いがあっては困るじゃないか」
ゴホッ、ごほっ。
夏樹が残ったコーヒーを飲もうとしていた所だったらしい。盛大にむせかえっている。
「冬里! なんちゅうことを言うんすか」
「なーんてね」
冬里はいかめしい顔はそのままで、ゆるーく言う。そんな冬里をため息つきながら見ていた鞍馬くんだったが、袖を通しかけたコートを脱ぐと、2人を送り出すべく言った。
「…わかったよ、ここは私にまかせて、行っておいで」
「はい! 」
「はーい、じゃあね」
冬里と夏樹が部屋を出て行ったあと、鞍馬くんは隣の部屋とのドアを少し開け、まだ入れていなかった自分用のコーヒーをおもむろに作りはじめた。
あ、でね、偶然にも冬里が借りた町屋にね、なんとこたつが鎮座していたの!
長方形で6人まで入れるすぐれものが。
夏樹が涙を流さんばかりに喜んだのは、言うまでもなかった…。