第5話 そうは言っても神様なんだから
「よう、遅かったじゃねーか」
出てきたのは、立派な体躯の、精悍な風貌をした男の人だった。
マイクロバスの車内でアワアワとする。ホントに全くアワアワとする私に、笑いをこらえる冬里。鞍馬くんがいつものごとく、ため息ついて説明しかけてくれたのを制して、冬里がだめだよと言うように首を振る。
夏樹はへえー、とか、さすがだー、とか言いながら、車内をキョロキョロと見回している。
「何がさすがよ。なんなの、この成金趣味! 感じ悪いったらありゃしない! 2人の知り合いって豊臣秀吉のファンなの? 黄金の茶室ならぬ、黄金の車内! 」
私は声を落として隣に座る夏樹に言う。
「え? 違いますよきっと。秀吉の方が真似したんすよ。だってヤオさんって、あ…」
何かしら、私の斜め前に目をやりながら、夏樹の顔色がすうーっと引いた。
するとそこには向かいに座って、ニーッコリと笑う冬里がいた。
「夏樹、どうしたのかなー? 」
「い、いえ。何でもないっす。あ、だからえーっと、これは、誰の真似でもなく」
アタフタと言い訳をする夏樹の言葉を引き継いで、冬里が言った。
「ヤオとヒワのさ、いつも通りが1番っていうもてなしなんだよ。わかってあげてよ」
わかってあげてって。いつも通りって。
どう考えても、自分たちが金持ちだって事を自慢してるとしか思えないわよ。少なくともこれから会う2人は千年人じゃないわね。鞍馬くんたちは、一度たりとも自分のことを大きく見せようなんてしなかったもの。
でも、それはやっぱり私が彼らの正体を知らないが故の誤解だったの。だから、ちょっと弁明しておくね。
彼ら神様にとって金属としての金はありきたり。日常でふんだんに使うものなの。
なぜなら。
金は、ほとんど酸化も腐食もしないから。
それこそ何千年も使う建物や道具にとって、これほど良い材質はない。だから、日輪さんが志水さんに相談した答えそのまま、「いつも通りにすればいいんじゃない? 」と言ったのを素直に受けて、普段と同じ車内にしたのだ。八百さんたちにとってはごく普通にね。
けど、百年人にとって、これほど普通じゃない空間はないわよね。さすがに志水さんにとっても、これは想定外だったみたいよ。あとで黄金の車のエピソードを詳細に伝えると、目を丸くして驚いていたもの。
冬里も冬里よ。最初から2人が神様だって教えてくれてれば、もっと印象が違ってたのに。志水さんからも、私になら明かしてもいいって言って下さってたらしいのに!
私がこっそり大騒ぎしてることを、シフォはとっくに気づいていたのだけど、彼は何事もなかったように車を走らせていく。
それにしてもこのバスは、外からは車内が、そして車内からは外が見えない作りになっているの(だから最初、バスに乗り込むまで、中がこんなに金ピカリン? だってわからなかったのよね)。私はどこをどう走っているのか皆目見当がつかないままだ。まあ、見えててもきっと見当はつかないだろうけどね。
やがて速度が落ちたかと思うと、車は静かに停車する。
そして。
「お疲れ様でした」
と、シフォが運転席から振り向いて、また少年のようにニッコリと微笑んだ。
私がブンむくれてなかなか立ち上がらないものだから、冬里と鞍馬くんが顔を見合わせながら先に、そのあと夏樹がバスを降りる。本当は降りたくなかったんだけど、ここは大好きな弟たちの顔を立てるのも姉のつとめか、と、覚悟? を決めた。
バスのタラップ下にはシフォがいて、かなり遅れて出てきた私に嫌な顔ひとつ見せず、きちんと手を差し伸べてくれる。
鞍馬くんたちは、もうそのあたりにはいないようだ。
「ごめんなさい。お待たせしちゃったわね」
やはりこういうときはきちんと謝らなきゃね。で、そのあとニッコリと微笑んで見せた。
心が決まった私の切り替えが早いのは、ご承知の通り。けど、シフォは少し驚いたみたいに手を取りながら言う。
「あんなに軽蔑めいた言葉を使われていたのに」
「わ、聞こえてたの? それこそごめんなさい。っていうか、まだ納得したわけじゃないのよ。でも、可愛い弟たちが楽しみにしてるんですもの、私のせいでそれに水を差しちゃいけないでしょ? 」
「…貴女は、変わった方ですね。しかも気持ちのいい方だ。実は冬里にもう少し黙ってて、と言われたのですが、大ヒントを差し上げます」
そう言うとシフォは、私をマイクロバスのすぐ横に立たせて、ミラー越しに彼が見えるようにする。
「僕のフルネームは、シルバーフォックス。銀色の狐、ですね。神さまの使いには色んな動物がおりますが、狐もそのうちの1つです」
すると、ミラーに小さく映る彼の姿が、揺れながら美しい毛並みの狐になったり、人に戻ったりする。
「…神さまの、使い? 」
ミラーの中の狐がニッコリと笑った? ように見えた。
「ええーっ! 」
私は、思わず叫ぶと、鞍馬くんたちの姿を探す。3人は、本当に美しくて心が洗われるようなたたずまいを見せる建物の玄関前にいた。真相を聞き出すべく、私はとっさに走り出した。
すると、声に驚いたように振り向いた3人の後ろで、静かに玄関の引き戸が開いた。
「よう、遅かったじゃねーか」
出てきたのは、立派な体躯の、精悍な風貌をした男の人だった。
でも、その言葉遣いといい、どう見ても神さまには見えないわね。この人ももしかしたら神の使いかしら? などと思っていると、3人がそれぞれ声をかける。
「久しぶり、でもないかな」
「ヤオさーん、会いたかったっすよー」
「お世話になります」
「え? あれ? 」
八百さん? 今、夏樹が確かに八百さんって呼んだわよね。
と言うことは。
と言うことは。
「貴方がヤオさん?! 」
失礼にあたると思いつつも、ビシッと八百さんを指さして、私は、またまた叫んでしまったのだった。
「ハハハ! 冬里も人が悪いな。その、なんだって、志水さんとやらにお許しをもらってたのによ」
「うーん、僕はさ。もっとこうドラマチックに由利香に伝えたかったんだよねー」
「だからってあの車内を見せながら、本当の事言わないって言うのはどうよ! 」
私は、今度は全然失礼とも思わず、ビシッと冬里を指さした。
「あはは、ごめんごめん」
「ごめんじゃ済まないわよ。私、本気で軽蔑しそうになってたんだから、あんな金ピカ見せられて」
「そんなに驚くことなのか? 」
八百さん。もとい、もうヤオヨロズさんでいいわよね。彼はキョトンとしながら言う。
「当たり前です! 金って言ったら、太古の昔から大金持ちの象徴なんですから。それで悪い奴らが、どんな汚い手を使ってでも全部俺のものにしてやるぜぇー、ヘッヘッヘェーていう感じで、醜い争いを引き起こすような代物です! 」
と、私は役者顔負けの極悪笑いなどを繰り出しながら言う。
「ほほう」
ヤオヨロズさんは感心したように相づちを返す。
「あんたは面白い人だな。金銀財宝は人が喉から手が出るほど欲しがるもんなのに、あんたはちっとも執着してないんだな」
「ええ、はい…。なんて言うか。人がゴールドをほしがるのは大金持ちになりたいからで、そりゃあ私だって、お金は、たーくさんある方がいいです。けど、彼らとの暮らしは、そんなことが些細に思えるほど居心地が良くて。それに」
と、私は、鞍馬くん、冬里、夏樹を順番に見やる。
「なぜかお金に困ることが全然ないんですよね。お金が向こうからやって来るって言えばいいのかしら。それこそ、この3人が、お金に執着していないからかもしれないけど」
「あたりまえだろ。千年人がそんなもんに執着するわけがないだろ」
「なんでですか?」
「なんでって、それが千年人だからさ」
「答えになってなーい! 」
どうもこのヤオヨロズさんって、神さまだって思えなくて。
本当はきっとすごい人なんだろうけど。あ、人じゃないか。まあそれはいいわね。ついつい気軽に口をきいてしまう。
すると、そんなやり取りを聞いていたもう1人の神さま、冬里は日輪さんって呼んでいたけど、本名? ニチリンさんが、少しあきれたように取りなしてきた。
「おふたり、もうそのあたりでやめておいたらどう? 」
「あ、すみません…」
私はどうでもいいことになぜかこだわっていたのが恥ずかしくて、シュンとして心持ち小さくなる。ニチリンさんはそんな私を興味深そうに眺めていたんだけど、ふと優しい笑みを浮かべて答えてくれる。
「いいのよ、素直が1番。それにしてもあなたって気持ちのいい子ね。志水やリュシルの言うとおりだわ」
「ありがとうございます」
答えてから、志水さんはともかく、リュシルって誰だろう? と言う思いがよぎったのだけど。
そんなことより、ニチリンさんってね、神さまとはかくあるべき! と言う見本のような、立ち居振る舞いや仕草や物腰が本当に美しい方だ。だから褒められたのがチョッピリ嬉しくて、ほんのりと照れ笑いなどしながらお礼を言った。
えーっと、さっきからこんな感じのたわいない会話を交わしているのは、ヤオヨロズさんのお住まい? って言ってもいいのかしら。外観と同じく、中も落ち着いた雰囲気をかもし出している、純日本風邸宅の広間。
さすがに椅子はなくて、皆、畳に座っているのだけど、「くつろいでくれ」と、言ったヤオヨロズさんが真っ先に片膝を立てるような座り方をしてくれたので、他の皆も安心して足を崩している。
「ここは金ピカじゃないんですね」
と、ちょっぴりしかめた顔で土の壁や木の柱を眺めながら聞くと、ヤオヨロズさんは堪えた様子もなく、
「百年人には、そう見えないように幻惑してあるんだ」
などと驚くようなことをサラッと言ってのける。
「金のままにしておくと、盗賊どもがこぞってやって来て困るからな。最初のうちは、壁と柱がどんどんなくなっていってな、危うく建物が崩れそうになった事が何度もあったんだぜ。まったく、金ってのは、人を狂わせちまう。そんな中で、あんたみたいなのには、なかなかお目にかかれないぜ。で、実を言うとだな、金の車内はあんたを試すリトマス試験紙だったんだ」
あっけにとられる私をいたずらっぽく見ながら、豪快に笑ってみせたあと。
「さて、と…。俺はそろそろ行かなけりゃならない」
ひょいと立ち上がったヤオヨロズさんが、彼の後について慌てて立ち上がろうとする夏樹と私に座っているよう手で示しながら、ニチリンさんに向かって言った。
「ニチリン、頼む」
「はあ~い」
なんとも神さまらしくない返事をしたニチリンさんが、いつの間に取り出したのか、薄くて軽そうな素材で出来た足下まである羽織を、ふわぁ、とヤオヨロズさんの肩にかける。
すいーとそれに腕を通したヤオヨロズさんだったが、思いついたように私の方を見て、ニヤッとした。
「ななな、なんですか? 」
私は何だか言われもなく引きながら聞いた。
「せっかくの客人だ。しかも、百年人に正体を明かすのはその名と同じく百年ぶりだからな。もてなしをしなけりゃならないことに今気がついた」
「いえいえ、ここに連れてきて頂いただけで、もう、充分です」
「まあそう言わずに、神さまの親切は受けとっとくもんだぜ」
「あ、ははは」
なんだろう、この感じ。まるで冬里が「いいこと思いついたー」って言ってるときの、ぞわぞわっとした感覚と同じなのよね。ヤオヨロズさんてば何する気?
「ヤオが担当になってる仕事のひとつを見に行くだけ。どうってことはないわ」
なんてことをニチリンさんまで言うけど、しごと? ヤオヨロズさんの仕事って?
「わー、ずるいっす! また由利香さんだけ。俺も見てみたいっすよーヤオさんの仕事ぶり。シュウさんだって、冬里だって、見に行きたいでしょ? 」
すると、また夏樹が駄々をこねだした。けど今回に限り、グッジョブよ! だって、さすがに4人も連れて行けないわよね。
私が目立たないように親指など立てていると、冬里が夏樹に答えて言う。
「シュウも僕も見たことあるから、もういいよ。ね? 」
最後の、ね? で、冬里が鞍馬くんに確認すると、「ああ、そうだね」と言ったあと、鞍馬くんはこっちを見ながら言った。
「きっと良い経験になると思いますよ。誰もが見られるものではありませんから。本当にせっかくですから…。それから、夏樹も行ってくればいいよ」
「うす! やったあ、良かったっすね、由利香さん」
夏樹はガッツポーズなど決めながら、嬉しそうに私の方を見る。私はそれでも考え込むように顔をしかめていた。すると、夏樹の目が不安そうにウルウルしはじめる。
ああ~もう。
しかたがない。鞍馬くんに勧められると、なぜか行かなきゃって言う気になっちゃうのよね。
「わかりました。じゃあおもてなしをお受けします」
私がおふたりに頭を下げるのを見て、夏樹もガバッと音が出そうな勢いでお辞儀した。
「よろしくおねがいします! 」
ふふ、と、微笑んで私たちを見るニチリンさん。
「おう、いいって事よ」
と、快い返事をするヤオヨロズさん。
だったのだけど。
なぜか返事をしながら、ヤオヨロズさん、大きくなって行ってる?
そうなの、目の錯覚とかではなくて、ヤオヨロズさんは天井に届くほどの背丈になり、そのまま行くと屋根を突き破る! と、思わず目を閉じようとしたところで、スッと身体が半透明に変わり、難なく天井を通り抜けてどこかへ飛んで行ってしまう。
「おふたりさま、お手をどうぞ」
すると、ニチリンさんが夏樹と私に手を差し伸べてくる。
言われたとおり、彼女の手に自分の手を乗せると、とたんに身体から重さというものが消えたような感覚になり、私たちは空へと舞い上がって行った。
「うわあー」
「ひゅーう」
次の瞬間には、私たちは宇宙空間にいた!
無重力のはずなのに、ちゃんと地面があるような感覚で立っている。
そして、もう大丈夫と手を離したあと、ニチリンさんが指さした方を見た私は、思わず大声を上げる。
「え? ええーーーーっ!」
そこにはヤオヨロズさんがいるのだけど、そのサイズが半端ないの!
だってね、だってね。
ヤオヨロズさんの手のひらの上には、地球が、ピンポン球くらいのサイズで浮かんでいたのだ。そして、ふわふわと暖かそうな光を出しながら、その手のひらを地球の周りにクルクル回してあてている。
あれって、地球が小さくなったわけじゃなくて、ヤオヨロズさんが巨大になったのよね、それにしても。
「な、何やってるんですか?! 」
思わず叫ぶと、
「ああ、地球のメンテナンスだ」
「メンテナンス? 」
「地球にもたまには安らぎをってヤツかな。こう言っちゃなんだが、人は地球をずいぶん酷使してるんだぜ。あんたたちにとっての世界は、この惑星の上だけなんだってのによ。でも、これをするのは何も人だけのためじゃない。ここに住む生きとし生けるすべてのもののためだ」
「ヤオヨロズさんから見たら、地球ってそんなに小さなものなのに? 」
「大きい小さいは関係ない。どの星どの星団どの銀河が良いってのもない。宇宙、ザ・ワールドの中に存在するものは、皆、必要だし、いとおしい」
「…」
すると、ヤオヨロズさんの手のひらのあたりから声がする。
「ヤオ、どしたの? 今日はずいぶん小さいじゃない。ホントのサイズになってあげれば?」
冬里の声だ。冬里たちにはヤオヨロズさんが見えてるってこと? でも、ずいぶん小さいって…。
「このサイズで小さいの? 」
恐る恐る聞くと、いつものごとく当然のように冬里が言う。
「うん、その何倍かな~」
「何倍…って」
「だって、そこは神さまなんだから」
「冬里、最初からあんまりこのお嬢さんをビックリさせちゃいけないって思ってるんだよ、俺は。そいつを考慮してだな」
「うわ! 由利香さん! 」
ヤオヨロズさんのセリフがちょっと途切れたところで、夏樹が焦った顔で手を差し伸べてくるのが見えた。
私は話をするうちに、なぜだか身体に力が入らなくなって、その場に崩れ落ちてしまったのだった。夏樹に抱えられたのまでは覚えていたんだけど、あとは夢の中。
けど、本当は寝ていたんじゃなくて、脳が見ている事実を処理しきれなくて、現実を夢だと錯覚させてしまったらしい。(これは後で鞍馬くんが解説してくれたんだけどね)
とにかく、なんだかんだ言っても、私ってすごい経験をさせてもらっているのだけは、確かな事なんだわ。
鞍馬くんたちと出会えて良かった………のかしら?