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第4話 京都到着! のそのあとは


 12月30日の早朝。


 私は大あくびをしながら『はるぶすと』の玄関前に立っていた。

 旅の準備は万端。

 京都へ向けて、本来ならテンション上がってるはずなんだけど…。


「ふわぁ~。やっぱり眠ーい」

 誰に遠慮をすることもなく伸びをしつつ大口を開けていると、すぐ横からあきれたような声がした。

「由利香さ~ん、緊張感なさすぎです」

 夏樹がいつもと同じく、思いっきり脱力しながら言っている。

「だってほんっとに眠いんだもん」

「ホントに眠いって。最近は毎日このくらいの時間に起きてるじゃないすか、ジョギングするのに」

「うーん、…そうなんだけどね」

「? 」

 私がちょっと訳を言いよどむと、夏樹は不思議そうに首をかしげる。


 すると、開け放してあった玄関から、冬里が可笑しそうに言いながらやって来る。

「夏樹。由利香ってさ、こんなにお姉様面してるけど、ホントは結構お子様なんだよ」

「ちょっと! 冬里、なにを言いたいの? 」

「遠足の前の日と一緒。嬉しくて眠れなかったんだよね~」

「! 」

 驚いたように目を見開く夏樹に、「ちがうわよ! 」と答えながらも、実際はその通りだから次のセリフが出てこない。しばらく金魚みたいに口をパクパクさせていたんだけど、もうこうなったら仕方がない。

「ふん! そうよ。楽しみで明け方まで寝られなかったのよ、悪い? 」

 言いながら顔を赤らめてそっぽを向く私に、夏樹がははっと笑って何やら言い出そうとしたとき。


 カラン、パタン。

 玄関ドアの閉まる音がして、続いてガチャリ、と、丁寧に鍵をかける音がした。

「鞍馬くんー。ナイスタイミングよお」

 夏樹の攻撃を防いでくれた鞍馬くんに、思わず親指を立てる私。

「あーもう、シュウさん。せっかくいいところだったのにー」

「? 」

 2人のセリフを訳がわからず聞いていた鞍馬くんは、けどすぐに苦笑いしながら言い出した。

「また姉弟ゲンカですか? 」

「ケンカって訳じゃないんだけど」

「そうっすよー。由利香さんって意外と子どもなんだというのを認識した今日この頃、っていうか」

「夏樹ー」

 ぽかりとはたく真似をする私から器用に逃げる夏樹。まったく、最近はおとなしくはたかれてくれないのよね。


 けど、夏樹の言葉を聞いた鞍馬くんは、大真面目に言ってのけた。

「由利香さんが子どもなのは知っていますよ。私はそれでいつも困らせられていますから」

 ポカンとする夏樹と私に、冬里が吹き出しながら鞍馬くんの肩に手を置いて言った。

「この勝負、シュウの勝ちー。さ、丁度タクシーが来たよ、乗って乗って」

 見ると、駅まで行くために呼んであったタクシーが、滑るように店の前に停車するところだった。




 今回の京都行きが決まったとき、私は当然ながら、りんちゃんにも会えるものだと思っていたんだけど、冬里は〈料亭 紫水〉には行かないと言った。

「料亭は休みに入ってるけど、総一郎と中大路が婚約して初めての年明けだからね。色々あってきっと忙しいと思うからさ」

「そうなの…」

 私はちょっとがっかりする。

 すると、そんな様子を見ていた冬里が続けて言った。

「また落ち着いたら行けばいいじゃない? 挙式もあるしね。それより、今度会うヤオとヒワも、あの2人に負けず劣らずユニークだからさ、きっと由利香も退屈しないと思うよ」

「へえ? じゃあ、楽しみにしてる」

 そうよね、料亭は逃げていかないし。なにより結婚式には絶対来てって言われてるし!

 でも、冬里たちの知り合いって、八百さんと日輪さんって言うんだ。どんな人たちなんだろ…。


 そんなことをつらつら考えているうちに、どうやら私は新幹線の座席で熟睡していたらしい。

「あと5分くらいで着きますよー」

 と言う夏樹の声で、ハッと目が覚める。

「ふふ、由利香残念だったねー。もうちょっと寝たかったでしょ」

 私は眠い頭と身体を起こすようにウーンと伸びをして、椅子に座り直すと言った。

「ホントだわって言いたいけど。ちょっと、もう5分しかないの? じゃあとっとと支度しなきゃ、夏樹も! 」

「え、もう支度終わってますよ。遅れてるのは由利香さんだけっすよ」

「えー。やだ、なんでもっと早く起こさないのよ! 」

「知らないっす。ちゃんと起こしたんですから文句言わないで下さいよー」

 生意気にもツン! とそっぽを向く夏樹をどうしてやろうかと思ったんだけれど、今は時間がない。慌てて窓枠のところに置いていたお菓子やらジュースの残骸を片付けようとして…。

「あれ? ここにあったジュースとか、お菓子の袋とかは? 」

「申し訳ないと思ったのですが、時間がなさそうでしたので、私が片付けておきました」

 こんなセリフをさらっと言えるのは。

「さすが鞍馬くん、女子力高ーい。ありがとう」

 すると、鞍馬くんは一瞬遅れて返事を返してくれた。

「いえいえ、大いびきをかいて寝ていらっしゃる由利香さんを起こすのは、忍びなかったもので」

「! 」

 鞍馬くんってば、私は大いびきなんてかかないわよ。でもなんでそんなこと言ったのか知ってるわ、女子力って言われたのがお気に召さなかったのよね。

「それはご迷惑でしたわね。申し訳ございませんわ」

「どういたしまして」

 ニッコリと笑いながら応戦する2人を、

「なんすかー、今日は2人ともちょっと怖いっすよ」

 と、言う夏樹の声にかぶるように、アナウンスが京都に着くことを知らせ出した。



 いつものホテルにチェックインしておのおのの部屋に入る。ちょうど荷物の整理がついた頃を見はからったように部屋のチャイムが鳴った。

「さーて、これからどうするの? 」

 私はドアを開けて3人を招き入れながら聞いた。


 あのね。

 また4人でコネクティングルームに泊まると思っていた私は、誰と同室になるのかなーとちょっと楽しみだったんだけど、いざ到着してみると、コネクティングルームには、鞍馬くん、冬里、夏樹の3人だけで入り、私のは同じ階なんだけど、“はんなりスウィート”と名付けられた、このホテルで何番目かに豪華なお部屋だったの! 

「え? なにこれ。なんで私だけ部屋が離れてるの? 」

 部屋のキーが3つあって、そのうち2つは続いたナンバー。もう一つは同じ階だけど、少し離れた番号だ。それに驚いて言うと、冬里がいたずらっぽい顔で答える。

「え? 当然じゃない。あとで椿が来るんだから、由利香の部屋に泊まるんだよ」

「「ええ!?」」

 私がびっくりするのはわかるんだけど、なぜか恒例のように夏樹までが声を上げる。

「話が違うっすよー、椿は俺と同室にしてくれるって言ったじゃないっすかー」

「ええっと。えー、まあ、もう私だっていい歳なんだからー、まあ、そのー、一緒の部屋でもいいんだけど…。でも、でもちょっとこの旅行では…」

 私の答えに、鞍馬くんと冬里は少し驚くような、感心するような表情で無言だったんだけど、夏樹はそうは行かなかった。

「由利香さんずるい! 今回の旅行では俺、椿と男同士、語り合おうと思ってたのに! 」

「ああ、そうだったわよね。夏樹がすごーく楽しみにしてたんだから、夏樹の部屋に泊まればいいんじゃない? 」

 と言うと、夏樹は目を輝かせて喜んでいる。


 けれど、一筋縄でいかない方がおもむろに言った。

「ああ~、椿が可哀想だ~。長旅で疲れてるのに、むっさい野郎と同室なんて。ここはやっぱり由利香が癒やしてあげるのが筋じゃない? 」

 すると、はっとして私を見た後、「…そうっすね」とうなだれる夏樹。

「もう、冬里。私がいいって言ってるんだから」

「へえー、でも椿がね、どっちを選ぶかなー」

 追い打ちをかけるように言う冬里に、またドヨーンと夏樹のまわりが暗くなる。


「紫水 冬里」

 すると、あくまでもふざけようとする冬里に、今までふたりのやりとりを見守っていた鞍馬くんが、いつかみたいにフルネームで呼びかけた。

「いい加減にしてあげなさい」

 あれ? 表情はきついのに、ものすごく丁寧な言い方。しばらくほけっとしてその言葉を聞いていた冬里が、ペロッと舌を出して言った。

「わ、またシュウを怒らせちゃった。わかったよ。椿は夏樹と同室。でも、そのかわり何百年分も語り合っておくんだよ? 」

 その言葉に顔を上げ、いっせいにキラキラがまわりを取り囲むように浮上しながら、夏樹が言った。

「やりぃ! もう、何百年と言わず、何千年分も語り合いますよ! 」

「何千年って、さすがにあんたでも何千年は無理でしょ?」

 あきれて言うと、「そういう気持ちでってことっすよ」と、夏樹は本当に嬉しそうに言ったのだった。



 部屋割りも決まったところで、このあとは今回の目的のひとつ。

 この旅行に招待してくれた、鞍馬くんと冬里の知り合いに会いに行くことになった。

「古い知り合いって言ってたけど、その人もやっぱり千年人なの? 」

 私が当たり前のように聞くと、なぜか、あの冬里が歯切れ悪い。

「ううーん、違うんだよね、それが。…まあそんなことはいいじゃない。どうしてもって言うなら、帰ってから志水さんに聞いてみてよ」

「ええ? またまたー、本当にあんたたちは秘密が多いのね」

 そう言いながら鞍馬くんを見ると。あ、あの表情は絶対に言ってくれないときの顔。

 私は仕方なく、あきらめて言葉を続けた。

「でももう慣れっこになっちゃったわ。じゃあ聞かないから、早いこと出発しましょ」

「おお、由利香、バージョンアップしたね。さすが」

 ふざけて言う冬里を笑って見ながら立ち上がり、「さ、行くわよ! 」と号令? をかけると、夏樹も「ウッス」と立ち上がって、部屋の出入り口へと向かう。

 冬里はニッコリ笑って、鞍馬くんは少し笑顔だけどやれやれとため息をつきながら、その後に続いたのだった。


 冬里の差し向けてくれたリムジンに九条さんが乗ってやってきて…、と言うのは今までの話よね。

 実はもうひとつ寂しいことに、九条さんは今、日本にいないの。

 というのはね、娘さんのひとりが外国に嫁がれていて、これまではなかなか会いに行けなかったから、その埋め合わせに行ってるんですって。

「いつまで向こうにいるの? 」

 と聞いた私に、冬里はちょっと首をかしげながら言った。

「さあー? 九条夫妻の気が済むまで? どっちにしろ何日とかの単位ではないみたいだよ」

「わあ、すごいのね」


 と言うわけで、リムジンはなし。

 だから八百さんたちのところへはバスとか地下鉄とかで行くのかしら、と思っていたら、冬里はエレベーターを降りると玄関へは向かわず、スタスタとラウンジへと歩いて行く。

「冬里、どこ行くのよ」

「うん、お迎えがちょっと遅れてるみたいなんで、休憩。由利香の部屋で珈琲飲んでも良かったけど、ルームサービスだと時間がかかるからね」

「え、そうなの? でもお迎えが来てくれるんだ。さすがね」

「まあね、僕は公共のバスで行くよって言ったんだけど、それじゃあもてなしにならないって言い張るから、仕方なく了解したんだよね。何か勘違いっぽいんだけど」

 言いながら、座り心地の良さそうなソファに座る冬里。私たちも少し遅れて腰掛けると、「いらっしゃいませ」と給仕の人がメニューを持って現れた。



 しばらく珈琲をゆったり楽しんでいたんだけど、鞍馬くんがふっと顔を上げて、ホテルの正面玄関へと目線を向けた。

「冬里」

 呼ばれて同じく玄関の方を見た冬里が、軽く手を上げる。

 見るとそこには、輝くようなふわっとした銀髪の、小柄で線が細くて、でもものすごく綺麗な顔立ちの、年齢不詳の男の人が立っていた。

 彼は音も立てず、周りの空気を動かすこともなく(と言うふうに私は感じたの)すーう、とこちらへやって来る。


「遅れてすみません。車内を整えるのに手間取ってしまいました」

 口を開くまで冷たそうだったアイスブルーの瞳が、しゃべったとたん、思いがけないほど人なつっこくなる。冬里とはまた違った感じでニッコリするその顔は、本当に年端もいかない少年のようだ。

「それは? ヤオが何か言ったの? 」

「はい、でもヒワさまも助言されました」

「なるほど」

 冬里は頷きながら可笑しそうに何か考えている。

 私と、それから夏樹も彼と会うのは初めてだったらしい。夏樹はそわそわしながら鞍馬くんと冬里を交互に見やっている。

 すると、

「紹介が遅れたね。こちらはヤオさんの元で働いている、と言えばいいのかな。シフォだよ。シフォ、こちらが夏樹と由利香さん」

 と、考え込む冬里に変わって鞍馬くんが3人を引き合わせてくれた。


「朝倉 夏樹って言います。よろしくっす! 」

 夏樹はいつもの通りキラキラした瞳で握手を求めている。シフォさんはちょっと苦笑いしながらそれに答えている。

「初めまして、秋 由利香です。よろしくね、シフォさん」

 私も夏樹にならって手を差し出した。

 軽く握ったシフォさんの手はフワフワとしてとても温かい。彼はまたちょっと苦笑いして言った。

「シフォで結構ですよ。日本の人は生真面目にさん付けしてくれますが、僕たちにすればそっちの方が何だか落ち着きません」

「あら、ごめんなさい。わかりました、シフォ」

「はい」


 それぞれ自己紹介が終わると、それまで黙っていた冬里が、「じゃ、行こうか」と唐突に立ち上がる。

 私は、「え? ちょっと待ってよ! 」と、残っていた珈琲に慌てて口をつける。

 冬里の後に続いて意気揚々と席を立つ夏樹を恨めしげに眺めながらも、ここの珈琲はすごく美味しくて、残す気になれないのよね。

「ゆっくりでいいですよ」

 クスクス笑いつつ、鞍馬くんだけはちゃんと私を待っていてくれた。




「! なにこれー!」

 さて、ホテルの駐車場へと行ってみると、そこには深い紫色って言えばいいのかな、シックな感じのマイクロバスが止まっていて。

 一歩中へと入った、私の第一声がそれだった。

 だってね。

 内装もシートも、運転席以外はすべてが金箔と黄金で統一されていたのだから…。




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